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序幕
第2話 【百鬼夜行】
しおりを挟む閻魔殿、裁きの間には既に多くの獄卒たちが集まっていた。鬼獄卒をはじめ、動物獄卒、狐狸妖怪たちまで顔を揃えてざわめく中、夕立らが足を踏み入れると歓声が上がる。
「夕立さまー! 陀津羅さまー!」
「おはようございます!」
「おはようございます。二人とも、今日はいつにも増して元気ですね」
声を弾ませて駆け寄ってきたのは、獄卒になったばかりの新米鬼、丑生と月出だ。
「すげぇ人数だな。こんな騒ぎにするつもりはなかったんだが」
「あはは! 夕立さまが声かけたら、冥府中が集まるに決まってるじゃないですか!」
「声なんてかけてねぇよ。なんとなく口走っただけだ」
「貴方はもう少し、己の影響力というものを自覚したほうが良いですよ。これでも私たちは官僚なのですからね」
にこやかに辛辣な陀津羅をじとりと睨み、夕立はこめかみを押さえた。
それは二日前のこと。何気なく浄玻璃の鏡を覗き込んでいた夕立が、仮装した現世の人々を見て声を上げた。
「現世はそろそろハロウィンか。街が死人とバケモンであふれてやがるぜ」
「もうそんな時期でしたか。冥府には四季が無いので、季節感覚も無くなってしまいます」
「そうじゃのう。こう変化が無いと、退屈で死にそうじゃ」
頬杖をつき、つまらなそうに言うのは閻魔だ。豊かな黒髪を頭頂部で小さく団子に結い、垂れ髪は玉座を流れて白御影石の床に紫光りの波紋を広げている。一見、男女の区別がつかぬ中性的な美貌の持ち主で、皆の知る閻魔大王絵図とは似ても似つかぬ風采だ。亡者が閻魔殿へ到着して、最も驚くのがこの姿なのである。
「閻魔が死ぬって笑えるな。地獄崩壊じゃねぇか」
「わしが居なくなったところで、代わりなどいくらでもおるわ。そもそも十人も必要か? 平等王から向こうは、暇で死ぬるが口癖ぞ」
「まぁ確かに、変わり映えしない日々に忙殺されるばかりでは、獄卒たちのストレスも溜まるいっぽうですね」
夕立は陀津羅へ視線を向け、首を傾けて問う。
「ハロウィンってのは、日本の盆みてぇなもんなんだろ?」
「ええ。元はケルト族の死者を迎える日で、邪悪なものを家に入れないため、魔除けの火を焚いていたのが起源らしいですよ」
「へぇ……。それ、ここでやったらどうなるんだろうな」
説明に相槌を打ちつつ、なんの気なしに呟いたのが事の発端だった。そこから人づてにあれよあれよと話は広がり、今日に至ったわけである。
「ゔぁー、めんどくせー……。どうしてこうなった……」
げっそりと仏頂面をさらす夕立に反し、皆のテンションはますます高まっている。
「夕立様! ハロウィンとは何をすれば良いのですか!?」
「夕立さまはどんな仮装をなさるの?」
「夕立様、ご教授を!」
目を輝かせる獄卒たちに詰め寄られ、夕立は半ばやけ気味に壇上へ上がると、よく通る声を響かせた。
「てめぇら、ありったけのホオズキと菓子を集めてこい。仮装したけりゃ勝手にやれ。太鼓橋から正午に出発する。百鬼夜行だ、歌うなり踊るなり好きに楽しみやがれ!」
「はーい!」
嬉々として出ていく獄卒たちを見送る夕立の袖を引いて、丑生が首をかしげる。
「なんでカボチャじゃなくてホオズキなんですか?」
「ジャック・オー・ランタンの代わりだ。日本風にするなら鬼の灯だろ。今からカボチャなんてくり抜いてたら、何時間かかるか分かりゃしねぇ。菓子はついでだ。適当に配りゃあ、子鬼どもも喜ぶだろうぜ」
「ああ、なるほど! 獄卒の家族サービスも視野に入れているとは、さすが夕立様ですね」
「煽ててもなんも出ねぇぞ、月出。ほら、てめぇらもはやく支度してこい」
「はぁい! 行こー、月出!」
「そうだね。丑生は仮装するの?」
「んー、シーツかぶるとか?」
「芸が無いなー。どうせならもっと面白い物にしたら良いのに」
そんなやり取りをしながら走っていく丑生と月出を見ていると、横から笑みを含む穏やかな声がかかった。
「本当に彼らは仲が良いですね」
「そうだな」
「……ねぇ、夕立」
「なんだ」
「昔、私が言った言葉を覚えていますか?」
「あ? どれだよ。いろいろ言われ過ぎてて分かんねぇぞ」
片眉を上げて答えると、陀津羅は微笑を浮かべたまま目を伏せた。
「そうですよね……。なんでもないです、忘れて下さい」
「はあ? やめろよ、そういうの。気になるだろうが」
「ふふ……。さて、私もお菓子の準備をしてきましょうかね。では、また後ほど」
陀津羅はわずかに寂しげな横顔を見せたものの、答えることなく出て行った。
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