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パーティーの後で2
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数日後、父に呼び出された私は、彼の前で居住まいを正して立っていた。いつもの冷たい表情を浮かべた父の口から出た言葉が、私の心を大きく揺さぶった。
「エリーナ、婚約が正式に決まった。」
その一言を聞いた瞬間、私の胸に込み上げてきたのは、混乱と驚き、そして少しの喜びだった。婚約――それは貴族の令嬢として当然の役割であり、義務でありながら、どこかで夢見ていた未来でもあった。
「クロフォード侯爵家の嫡男、ヴィンセント様との婚約だ。先方から異論は出なかった。」
異論は出なかった――その言葉を噛み締めると、胸の奥で小さな温もりが広がるようだった。彼が私を拒まなかったという事実が、どれほど嬉しかったか。彼との初対面のときに感じた優しさを、また近くで感じられるのだと考えると、自然と頬が緩むのを感じた。
けれど、そんな私の心境を、父は気に留めることもなく淡々と続けた。
「これはアルストリア家にとって重要な縁だ。お前がしっかりと役目を果たせば、それで十分だ。」
その一言が、私の喜びに冷や水を浴びせた。父にとって、この婚約はただ家の利益のためだけの取引に過ぎない。私自身がどう感じているかなど、最初から興味がないのだ。
「……はい。」
私の声は小さかったが、父はそれで満足したのか、軽く頷いて再び書類に目を落とした。
その日の夜、母からも婚約についての話があった。彼女は優雅に紅茶を飲みながら、私を見下ろすように視線を向けた。
「エリーナ、婚約が決まったからには、少しは自分を磨く努力をしなさい。」
「……努力ですか?」
「そうよ。ヴィンセント様のような立派な方に、失望されないようにね。」
母の声には励ましのような響きは微塵もなく、ただ冷たく私に義務を突きつけるようなものだった。その言葉が胸に刺さる。それでも、私は母の言葉を無視することができなかった。
「リディアのようになれとは言わないけれど、少しは華やかさを身につけなさい。」
姉の名前を出されるたび、胸が苦しくなる。リディアのように――それは、私には到底不可能なことだとわかっていたからだ。
「……わかりました。」
それだけ言うのが精一杯だった。母の目には、私が頼りなく映っているのだろう。それでも私は、この婚約を成功させたいと思っていた。
自室に戻った私は、窓辺に座りながら外を見つめていた。ヴィンセント様との婚約――それは私にとって、これまでの人生にはなかった特別なものだった。
姉リディアの影の中で生きてきた私が、初めて手にした「自分だけの関係」。彼が私を選んだわけではないとしても、私を拒まなかったという事実が、私に小さな希望を与えてくれた。
「ヴィンセント様……」
彼の優しい声と、微笑みを思い出す。あの瞬間、私だけを見てくれたように感じた――たとえ、それが私の思い込みだとしても。
けれど、その希望にすぐに不安が重なる。彼が私に興味を持っていないのではないかという疑念が頭をよぎるたび、胸が締め付けられるような苦しさを感じる。
「私は……彼の婚約者としてふさわしいの?」
その問いに答えられるのは、私自身しかいない。けれど、今の私には答える自信がなかった。
翌朝、姉リディアが私の部屋にやってきた。
「エリーナ、婚約が決まったのね。おめでとう。」
その言葉には明らかに嘲笑が含まれていた。それがわかっていても、私はただ小さく「ありがとうございます」と答えるしかなかった。
「でも、本当に安心していいのかしら?」
「どういう意味ですか?」
「だって、ヴィンセント様があなたに異論を出さなかったのは、ただの礼儀かもしれないじゃない?」
その一言が、私の胸を鋭く刺した。姉の言うことは正しいのかもしれないという思いが湧き上がってしまう。
「あなたがこれからどうするかが重要なのよ。努力しないと、せっかくの婚約が無駄になってしまうわ。」
彼女の言葉に、私の胸は押しつぶされそうになった。
「エリーナ、婚約が正式に決まった。」
その一言を聞いた瞬間、私の胸に込み上げてきたのは、混乱と驚き、そして少しの喜びだった。婚約――それは貴族の令嬢として当然の役割であり、義務でありながら、どこかで夢見ていた未来でもあった。
「クロフォード侯爵家の嫡男、ヴィンセント様との婚約だ。先方から異論は出なかった。」
異論は出なかった――その言葉を噛み締めると、胸の奥で小さな温もりが広がるようだった。彼が私を拒まなかったという事実が、どれほど嬉しかったか。彼との初対面のときに感じた優しさを、また近くで感じられるのだと考えると、自然と頬が緩むのを感じた。
けれど、そんな私の心境を、父は気に留めることもなく淡々と続けた。
「これはアルストリア家にとって重要な縁だ。お前がしっかりと役目を果たせば、それで十分だ。」
その一言が、私の喜びに冷や水を浴びせた。父にとって、この婚約はただ家の利益のためだけの取引に過ぎない。私自身がどう感じているかなど、最初から興味がないのだ。
「……はい。」
私の声は小さかったが、父はそれで満足したのか、軽く頷いて再び書類に目を落とした。
その日の夜、母からも婚約についての話があった。彼女は優雅に紅茶を飲みながら、私を見下ろすように視線を向けた。
「エリーナ、婚約が決まったからには、少しは自分を磨く努力をしなさい。」
「……努力ですか?」
「そうよ。ヴィンセント様のような立派な方に、失望されないようにね。」
母の声には励ましのような響きは微塵もなく、ただ冷たく私に義務を突きつけるようなものだった。その言葉が胸に刺さる。それでも、私は母の言葉を無視することができなかった。
「リディアのようになれとは言わないけれど、少しは華やかさを身につけなさい。」
姉の名前を出されるたび、胸が苦しくなる。リディアのように――それは、私には到底不可能なことだとわかっていたからだ。
「……わかりました。」
それだけ言うのが精一杯だった。母の目には、私が頼りなく映っているのだろう。それでも私は、この婚約を成功させたいと思っていた。
自室に戻った私は、窓辺に座りながら外を見つめていた。ヴィンセント様との婚約――それは私にとって、これまでの人生にはなかった特別なものだった。
姉リディアの影の中で生きてきた私が、初めて手にした「自分だけの関係」。彼が私を選んだわけではないとしても、私を拒まなかったという事実が、私に小さな希望を与えてくれた。
「ヴィンセント様……」
彼の優しい声と、微笑みを思い出す。あの瞬間、私だけを見てくれたように感じた――たとえ、それが私の思い込みだとしても。
けれど、その希望にすぐに不安が重なる。彼が私に興味を持っていないのではないかという疑念が頭をよぎるたび、胸が締め付けられるような苦しさを感じる。
「私は……彼の婚約者としてふさわしいの?」
その問いに答えられるのは、私自身しかいない。けれど、今の私には答える自信がなかった。
翌朝、姉リディアが私の部屋にやってきた。
「エリーナ、婚約が決まったのね。おめでとう。」
その言葉には明らかに嘲笑が含まれていた。それがわかっていても、私はただ小さく「ありがとうございます」と答えるしかなかった。
「でも、本当に安心していいのかしら?」
「どういう意味ですか?」
「だって、ヴィンセント様があなたに異論を出さなかったのは、ただの礼儀かもしれないじゃない?」
その一言が、私の胸を鋭く刺した。姉の言うことは正しいのかもしれないという思いが湧き上がってしまう。
「あなたがこれからどうするかが重要なのよ。努力しないと、せっかくの婚約が無駄になってしまうわ。」
彼女の言葉に、私の胸は押しつぶされそうになった。
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