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姉からの仕打ち

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 私の姉、リディア・アルストリアは、誰もが認めるアルストリア伯爵家の「誇り」だった。黄金色に輝く髪、整った顔立ち、華やかで人を惹きつける振る舞い。それだけなら、彼女は本当に完璧な姉だっただろう。

 でも、実際の彼女はまったく違った。

 彼女の笑顔の裏には、冷酷で計算高い本性が隠れていた。リディアが愛しているのは、ただ一つ――「リディア自身」だ。私も含め、家族や使用人、友人、そして彼女に群がる貴族たちも、全て彼女にとっては「自分を輝かせるための道具」でしかなかった。

 幼い頃から、私はリディアの影だった。誰もが姉ばかりを褒めたたえ、私には目を向けない。それが辛い時期もあったけれど、成長するにつれてわかってきた。姉は本当に優れているのではなく、彼女が自分を目立たせる方法を知っていただけだったのだ。

 例えば、リディアはいつも「優しい姉」を演じた。母や父が見ている時だけ、私の世話を焼くような素振りを見せる。私に笑顔で話しかけ、私のドレスの裾を直してくれたりする。

「エリーナ、これでは少し乱暴よ。もっとこうするの。」
 そんなふうに柔らかい声で注意するのだが、その手元はわずかに力を込めて私の肌を傷つける。爪が食い込んで痛くても、私が顔をしかめると、彼女は無邪気な笑みを浮かべて言う。
「大丈夫よね?少し痛かったかしら?」

 周りの人々はその光景を見て「リディアはなんて良いお姉さまなんだ」と賞賛する。でも、私にだけわかる。彼女の目が、わずかに笑っていないことに。

 

 姉が「完璧」であるためには、周囲に「欠点」を背負わせることが必要だった。私がその最適な標的だったのは、言うまでもない。

 舞踏会や社交界の集まりで、私はいつも姉のそばに控えるように言われた。それは、私を守るためではなく、彼女の「完璧さ」を引き立たせるためだった。

「エリーナ、あなたは派手に振る舞う必要はないわ。むしろ、控えめでいる方が貴族らしいのよ。」
 そう言われて地味なドレスを選ばされた私が姉と並ぶと、どう見てもリディアが眩しく輝いて見える。彼女はその効果を計算していたのだろう。

 さらに彼女は、私の存在を利用して周囲に自分を正当化することさえした。私が人前で小さなミスをすると、彼女はそれを上手にフォローするふりをしながら、私をさりげなく非難する。

「申し訳ありませんわ、皆さま。妹はまだ未熟なところがありまして。ですが、私がしっかりと教えておりますのでご安心ください。」
 言葉では私を守るように見せながら、彼女の目には明らかな嘲笑が浮かんでいる。その結果、私は「できない妹」、彼女は「優れた姉」という立場が固定されていった。


唯一、私に優しく接してくれる存在はメイドのあんなだった。私が落ち込んでいるときも、言葉を選びながら励ましてくれる。彼女は、私が雑務を押し付けられた時、他の使用人から守ってくれた。

「アンナ、私は……どうすればいいのかしら。」
思わず漏れたその言葉に、アンナは驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな声で答えた。

「お嬢様、きっと大丈夫です。いつだって私がついていますから。」

彼女の言葉に救われる気持ちがした。アンナだけは、私を信じてくれるのだと。
しかし、そんな彼女も……。


 屋敷内での姉は、表面上は優雅で品のある令嬢を装いながら、実際には使用人たちを支配するための小細工を欠かさなかった。

 ある日、私は掃彼女の部屋に呼ばれた。雑務を私に押し付けるのも日常茶飯事だった。

「エリーナ、少しこれを片付けてくれる?」
 姉の机には、豪華なアクセサリーや書類が散らばっていた。それを片付けていると、彼女は何の脈絡もなくこう言った。
「今朝、アンナが仕事をさぼっていたのよ。とても困ったわ。」

 彼女が言う「さぼる」というのは、些細なこと――ほんの数分、紅茶を用意するのが遅れた程度のことだ。しかし翌日、そのアンナは解雇されていた。
 
 全く私の知らぬところで話が進んでいた。知った時既にアンナは屋敷を追い出されていた。私は父に、必死に抗議したが、全く聞き入れられなかった。
 後日、アンナから私宛てに謝罪の手紙が届いた。申しわない気持ちで一杯だった。謝らなければならないのは私の方なのに。

 姉は恐らく、私と仲の良いアンナを鬱陶しく思って追い出したのだろう。姉に逆らう人間など、この屋敷には居ないのだ。




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