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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】
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しおりを挟む桃枝が作業をやめたので、山吹はなにを気負うこともなく素直に甘え始めた。
「えいっ」
「ん? なんだよ、突然もたれかかってきて」
「エアコンの風で寒くなっちゃったのかもしれませんね。課長は大人しく、ボクの湯たんぽになるといいでしょう」
「なんだそれ。寒いのか?」
桃枝はすぐに、エアコンのリモコンを手に取ろうとする。無論、山吹は桃枝の手を制した。
「今のは、建前です。だから、課長は『そうなのか』とだけ言ってください」
「たて、まえ。……ッ! あ、あぁ、なるほど。そ、そういうことか、なるほど……」
「分かっていただけたのなら、とりあえず『そうなのか』の一言で済ませてほしいのですが」
「そ、そうなのか。そう、なのか」
しみじみと、桃枝が頷いている。
エアコンによって涼しくなっているはずの室内で、桃枝の顔が赤らんでいることは指摘しないでおこう。気遣いではなく、返り討ちに遭うのが明白だからだ。
理由がないと、甘えられない。それでも、誰が聴いても『苦しい言い訳だ』と分かる言葉を並べてでも、山吹は甘えられるようになった。
「なんつぅか、不思議な気分だな。お前がこうして、俺に懐いているのは」
桃枝が感慨深そうにそんな言葉を呟き、わざとらしくうんうんと頷くのは自然な流れだろう。
不意に、山吹は肩を掴まれる。そのまま山吹は、桃枝にぐいっと引き寄せられた。
山吹が驚いたのは、束の間。肩を抱いていたはずの手が、頭を撫で始めたのだから。
「お前のことを常々『猫みたいだな』と思ってはいたんだが、こうして関係性が変わると『犬みたいだな』と思う回数の方が増えた」
頭を撫でながら「関係性は変わってないか」と、桃枝が苦笑する。
「訂正する。お前が素直になってくれてから、だな」
言うと同時に、桃枝は山吹の額にキスをした。
瞬時に、山吹の頬が赤く染まる。見つめ合うのが照れくさくなった山吹は、プイッと視線を外してから相槌を打った。
「ネコっぽくなくなった、ですか。……それはつまり、どういう意味です?」
「見えないはずの尻尾をいつも振られている気がする」
答えると同時に、桃枝は山吹の頬を両手で包んだ。まるで本物の犬を扱っているかのような手つきにも思える。
頬を包まれ、顔を強制的に上げさせられて。おかげさまで、山吹は桃枝の方を向くしかなくなった。
桃枝に山吹の両頬を堪能されている間も、山吹はツンとした態度を取る。
「それは錯覚ですね。それとも、ボクに尻尾を付けてほしいという遠回しなおねだりですか?」
「そんなつもりはなかったんだが、それもいいな」
「ツッコミの放棄は良くないですよ」
「ふたつの意味でか? なんてな」
「オジサンくさいです」
鋭い指摘にショックを受けるどころか、桃枝は笑顔だった。『山吹との会話が楽しくて仕方がない』と。そんな感情が駄々漏れだ。
至近距離で見られる桃枝の笑顔に、山吹の胸は律儀にときめいてしまう。なかなか熱の引かない頬をどうすることもできずに、山吹は唇を尖らせた。
「課長はネコ派ですか?」
「いや、山吹派だ」
「えっ? えっと、それは……嬉しい、です」
「これこそ『オジサンくせぇ』ってツッコミ待ちのつもりだったんだが、照れられるのも悪くはねぇな」
嬉しいことを言われたのに、どうツッコミを入れたらいいのか。そもそも、ツッコミを入れる要素もない。
山吹は顔をさらに赤くしながら、ソワソワと落ち着きを失くした。
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