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9章【負うた子に教えられる】
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しおりを挟む赤くなったまま頭を撫でられ続ける山吹を見下ろして、桃枝は口を開いた。
「前にも言ったが、俺はお前に甘えられたい。だから、なにも気にすることはないと思うぞ」
「それは、知っています。ですが……でも、ボクは……っ」
あれだけ桃枝の好意を否定し、傷付けたというのに。果たして、資格があるのだろうか。……おそらく山吹は、そんなことを考えているのだろう。
桃枝としては、そんなこと杞憂以外のなにものでもないのだが。そう言ったところで、山吹はすぐに気持ちを切り替えられないだろう。それくらいのことをしたのだと、山吹は己自身を責めているのだから。
「大丈夫だ、山吹。俺は嘘を言わない」
ゆえに、桃枝ができるのはこれだけ。同じ内容だとしても、何度も何度も山吹に気持ちを伝え続けることしかできない。
その結果として、山吹は桃枝を選ぶことができた。愚直だろうと浅慮だろうと、桃枝の素直さで救えるものがあったのだ。
ぐっ、と。山吹の表情が、険しくなる。
「そんなに、優しくしないでください。今までの罪悪感とか、課長への気持ちとか……色々な意味で胸が詰まって、泣いてしまいそうです」
「そうか」
「なんなら、課長の前で泣いて差し上げましょうか? そうしたら課長、絶対に困りますよね? それでもいいんですか?」
「そうだな、困る。お前に泣かれると、俺は困る」
「だったら──」
「──だがそれ以上に、お前が一人で泣いちまう方が困るんだよ」
険しい表情を隠すように俯いた山吹が、ビクリと体を震わせた。
「いっぱい甘えてくれ。期待に応えられるかは分からないが、俺はいつだって全力でお前を愛するから」
背後に座る桃枝が、山吹を抱き締めたからだ。
ついに、山吹はスンと鼻を鳴らしてしまった。
「優しく、しないでください……っ。課長の前で泣くの、恥ずかしいんです。カッコ悪くて、こんなボクはイヤなんです……っ」
「素直に泣けるのはいいことだぞ」
「大規模な慰めはやめてください、ばか……っ」
目元を拭うと、すぐに涙が手袋に染みていく。
涙がもしも、冷たいものだったなら。きっとここまで、愛おしく思うこともなかっただろうに。桃枝はそんな、栓無きことを考える。
そうすると、ほぼ同時。
「涙は、しょっぱいですけど。同時に、からいですよね」
「そうだな」
「【からい】と【つらい】は、漢字で書くと同じ。……だから、涙はからいのでしょうか」
山吹もまた、他愛もないことを考えていたらしい。
「ホントに、情けないです。こんな時に、らしい言葉がなにも浮かばないなんて……。おかしいなぁ、ホント。ボクはもっと、人と上手に関われるタイプだと思っていたのに……」
ドラマの内容も、コマーシャルの内容も、なにも入ってこない。
念入りに作り込まれたそれらの作品より、腕の中にいる男が紡ぐまとまっていない言葉の方が、大切で仕方ないのだから。
「言葉なんざ、選ばなくていい。どんな内容でも、まとまっていなくたっていいから……俺にはいつだって、お前の素直な気持ちを聴かせてくれよ」
同じように、自分のヘタクソな言葉を受け止めてくれるといいのだが。贅沢なことを願いながら、静かに涙を流す山吹の頭を、桃枝は撫で続けた。
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