上 下
42 / 466
3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】

9

しおりを挟む



 手を伸ばしたまま、山吹は続ける。


「課長の後ろにある、壁の凹み。そこはボクが父さんに蹴られた反動で背中をぶつけた場所なんですけど、その後もずっと父さんがボクを殴ってきたので、必死に身をよじってかわした時のものだったかな。……だいたい、この部屋の傷はそういう類のものです」
「お前……虐待でも、受けていたのかよ……っ」
「あれっ? 言ってませんでしたっけ? 山吹家のコミュニケーション術は父親からの暴力だけだって」


 なんて白々しい返答だろう。当然、山吹に自覚はある。

 それでも、この話題は楽しいものではないだろう。その自覚もある山吹は、それとなく話題を変えようとした。


「もっとカワイイ部屋かと思いましたか? ご期待に沿えず申し訳ございません、課長」
「俺は、そんなことが言いたいわけじゃ……ッ」
「あっ! でも、ご安心ください! この部屋にある家具は全部、父さんが死んだ後に揃えた物ですよ! だから気兼ねなく好きに使ってくださいっ。思い入れとか、そういうものは全くないので!」


 両親が既に死んでいようと、山吹にとってはどうだっていい。それは過去のことで、ただの事実だ。嘆いたところでなにも変わらない。だからこそ山吹は、平然とした態度で【親の死】を語れている。


「ちなみに、こっちの部屋が寝室みたいなものです。……って言っても、このドア。形が変わっちゃってうまく閉められないので、開けっ放しなんですけど」


 言われるがまま、桃枝は形の変わった扉から開け放たれた先にある寝室を見た。
 すぐに、山吹が暗い雰囲気を壊すような言葉を呟いたが。


「あっ、パンツ。ごめんなさい、洗濯物が干したままでした」
「えっ? ……あっ、あぁ。そう、だな」
「あれれぇ~っ、なんですかぁ~っ? ボクのパンツ、チラチラ見ちゃってぇ~っ?」
「ッ! わっ、悪いッ!」


 桃枝は顔を真っ赤にした後、即座に俯いた。首を痛めてしまうのではと思ってしまうほど、勢いよく。

 赤い顔のまま俯く桃枝を見て、山吹はにたりとイタズラな笑みを浮かべる。


「課長って、実は意外とむっつりさんなんですねぇ~っ? この一ヶ月、キスすらしてこなかったくせにぃ~っ?」


 今のは、嫌味ではなく揶揄いだ。山吹にとっては、その程度の意味合いしか含まれていない。
 しかし、桃枝は気まずそうにピクリと体を震わせた。……動揺だろう。

 すぐさま桃枝は、気まずさから後頭部を掻き始める。


「いや、放置していたわけじゃ、ないんだ。俺はいつだってお前のことを考えていたし、その。……お前とキ、キス、が、したくないわけじゃ、なかったからな」
「へぇ~? ……ふぅ~ん?」
「くっ。その目、やめろよな」


 ジロジロと眺めながら、山吹は桃枝の周りをちょろちょろと動き回った。


「パンツをチラチラ見るくせに、上着のひとつも渡してくれない。キスがしたいくせに、朝晩の挨拶以外はなにもしない。……課長の愛って、結構冷たいと言うか、薄情なんですねぇ~?」
「上着くらい渡すし、なにもしたくないからしなかったわけじゃ、ない」


 宣言通り上着を脱いで手渡しながら、桃枝は山吹から顔を背ける。


「──がっついてるって、思われたくなかったんだよ。……大事にしたいんだよ、お前のこと」


 ロマンに溢れたような、回答。優しい言葉が、桃枝からの返事。


「だ、いじ……」


 照れ隠しからか、桃枝はその場にドカッと座り込んだ。やはり、その顔は赤い。
 桃枝の上着を受け取り、そのまま呆然としていた山吹は……。


「──やめてくださいよ、そんなこと言うの」


 上着をハンガーに掛けながら、そう返した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

ウケ狙いのつもりだったのに気づいたら襲われてた

よしゆき
BL
仕事で疲れている親友を笑わせて元気付けようと裸エプロンで出迎えたら襲われてめちゃくちゃセックスされた話。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

処理中です...