そんなに可愛がらないで

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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8章【そんなに惚れ直させないで】

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 カナタの提案に、マスターは驚く。
 だがそれ以上に、ツカサの方が驚いていた。

 なにも言えず、ただことの成り行きを眺めることしかできない。
 それゆえに、口を開いたのはマスターだった。


「リボンにか? それは別に構わんが、なぜじゃ?」


 マスターは、知らない。
 カナタが【可愛いもの】を好きだということを。

 それは、ツカサだけが知っている秘密なのだから。

 可愛いものは、いつだって誰にも気付かれないように渡していた。
 可愛いデザインの食器を用意し、マスターに訝しまれたとしても、ツカサは上手に誤魔化していたのだ。

 それなのに、どうしてカナタはそんなことを訊いたのか。
 これでは、カナタの秘密がマスターにバレてしまう。

 ツカサが危惧していると、カナタは……。


「──オレ、実は……可愛いものが、好きなんです……っ!」


 その不安を、見事に打ち抜いたのだ。

 それはカナタとツカサ、二人だけの秘密。
 誰にも触れられないように、大事なところへ隠しておいたこと。

 それをカナタは、いとも容易く引っ張り出したのだ。

 突然の告白に、マスターは目を丸くしている。

 すぐにツカサは、ふたつのパターンを想定した。

 ひとつは、マスターがカナタを否定した場合。
 その場合、ツカサは有無を言わさずマスターを絞め殺すつもりだ。

 否定は、カナタを傷つける。
 カナタを幸せにすると誓ったツカサにとって、害悪と不安要素は取り除かなくてはいけない。

 しかし、もしも、万が一。

 ──マスターが、カナタを肯定した場合には……。


「そうじゃったのか」


 マスターは相槌を打ち、顎に手を添えた。

 そっと、ツカサはマスターを睨み付ける。

 マスターには、そこそこ感謝していた。
 それでも、カナタに勝るものはない。

 たとえマスターであっても、カナタを傷つけるのならば、殺す。
 マスターの一挙手一投足に目を光らせたツカサは、誰にも気付かれないように身構える。

 続く、マスターの言葉はと言うと……。


「──それなら丁度良かった! 前に妻が買ってきた土産で、どうするべきか悩んでいたモグラのぬいぐるみがあるのじゃが、貰ってくれんかのう?」


 ──【肯定】だった。

 カナタの強張っていた表情が、安堵によって緩やかに解けていく。

 マスターは何度も頷くと、突然立ち上がった。


「少し待っておれ! 今、部屋から持って来てやろう!」


 そのまま、マスターはダイニングから姿を消す。

 この状況は、ツカサが望んでいた【二人きり】だ。
 しかし、今のツカサはこの状況に喜べない。

 ……喜んでいる場合では、ないのだ。


「……なんで、マスターに『可愛いものが好き』って打ち明けたの? 人に知られるの、カナちゃんはイヤがっていたじゃない」


 声が、震える。
 その震えがどうか、カナタには届いていませんようにと願う。

 それと同時に、心のどこかでは気付いてほしかったのかもしれない。

 カナタとならば、秘密は星の数ほどあったっていい。
 誰にも名前を知られていないその輝きを、ツカサは『自分のモノだ』と胸を張れるのだから。

 けれど、カナタはその星に名前があることをマスターに教えた。
 二人だけの輝きを、他人にも共有したのだ。

 問いかけると、安堵によって柔らかくなった表情筋で、カナタは笑う。


「──オレも、ツカサさんみたいになりたいからです」


 カナタからの答えは、どこか眩しくて。
 どこか、禍々しいものに思えた。

 ……もしも、マスターがカナタを否定した場合。
 ツカサは迷いなく、マスターを絞め殺すつもりだった。

 だが仮に、もしも、マスターがカナタを肯定したら……。
 ツカサが殺すべきなのは、マスターではなく。

 ──カナタになってしまうのだから。
 



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