135 / 290
8章【そんなに惚れ直させないで】
7
しおりを挟むカナタの提案に、マスターは驚く。
だがそれ以上に、ツカサの方が驚いていた。
なにも言えず、ただことの成り行きを眺めることしかできない。
それゆえに、口を開いたのはマスターだった。
「リボンにか? それは別に構わんが、なぜじゃ?」
マスターは、知らない。
カナタが【可愛いもの】を好きだということを。
それは、ツカサだけが知っている秘密なのだから。
可愛いものは、いつだって誰にも気付かれないように渡していた。
可愛いデザインの食器を用意し、マスターに訝しまれたとしても、ツカサは上手に誤魔化していたのだ。
それなのに、どうしてカナタはそんなことを訊いたのか。
これでは、カナタの秘密がマスターにバレてしまう。
ツカサが危惧していると、カナタは……。
「──オレ、実は……可愛いものが、好きなんです……っ!」
その不安を、見事に打ち抜いたのだ。
それはカナタとツカサ、二人だけの秘密。
誰にも触れられないように、大事なところへ隠しておいたこと。
それをカナタは、いとも容易く引っ張り出したのだ。
突然の告白に、マスターは目を丸くしている。
すぐにツカサは、ふたつのパターンを想定した。
ひとつは、マスターがカナタを否定した場合。
その場合、ツカサは有無を言わさずマスターを絞め殺すつもりだ。
否定は、カナタを傷つける。
カナタを幸せにすると誓ったツカサにとって、害悪と不安要素は取り除かなくてはいけない。
しかし、もしも、万が一。
──マスターが、カナタを肯定した場合には……。
「そうじゃったのか」
マスターは相槌を打ち、顎に手を添えた。
そっと、ツカサはマスターを睨み付ける。
マスターには、そこそこ感謝していた。
それでも、カナタに勝るものはない。
たとえマスターであっても、カナタを傷つけるのならば、殺す。
マスターの一挙手一投足に目を光らせたツカサは、誰にも気付かれないように身構える。
続く、マスターの言葉はと言うと……。
「──それなら丁度良かった! 前に妻が買ってきた土産で、どうするべきか悩んでいたモグラのぬいぐるみがあるのじゃが、貰ってくれんかのう?」
──【肯定】だった。
カナタの強張っていた表情が、安堵によって緩やかに解けていく。
マスターは何度も頷くと、突然立ち上がった。
「少し待っておれ! 今、部屋から持って来てやろう!」
そのまま、マスターはダイニングから姿を消す。
この状況は、ツカサが望んでいた【二人きり】だ。
しかし、今のツカサはこの状況に喜べない。
……喜んでいる場合では、ないのだ。
「……なんで、マスターに『可愛いものが好き』って打ち明けたの? 人に知られるの、カナちゃんはイヤがっていたじゃない」
声が、震える。
その震えがどうか、カナタには届いていませんようにと願う。
それと同時に、心のどこかでは気付いてほしかったのかもしれない。
カナタとならば、秘密は星の数ほどあったっていい。
誰にも名前を知られていないその輝きを、ツカサは『自分のモノだ』と胸を張れるのだから。
けれど、カナタはその星に名前があることをマスターに教えた。
二人だけの輝きを、他人にも共有したのだ。
問いかけると、安堵によって柔らかくなった表情筋で、カナタは笑う。
「──オレも、ツカサさんみたいになりたいからです」
カナタからの答えは、どこか眩しくて。
どこか、禍々しいものに思えた。
……もしも、マスターがカナタを否定した場合。
ツカサは迷いなく、マスターを絞め殺すつもりだった。
だが仮に、もしも、マスターがカナタを肯定したら……。
ツカサが殺すべきなのは、マスターではなく。
──カナタになってしまうのだから。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
目立たないでと言われても
みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」
******
山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって……
25話で本編完結+番外編4話

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる