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5章【そんなに好きにさせないで】
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しおりを挟むその日の夜だ。
ツカサが突然、枕を片手にカナタの部屋の扉を開けたのは。
「──カナちゃんっ! お泊り会しようっ!」
「──はいっ?」
突然現れたかと思えば、予想外も甚だしい言葉を投げかけられた。
ヘアブラシで髪を梳いていたカナタは、驚きのあまりビクリと肩を震わせる。
しかし、突然の来訪者はカナタの戸惑いを意に介していない。
「明日のデートが楽しみで、眠れそうになくてさ? どうせ眠れないのなら、カナちゃんの寝顔を堪能するっていうのもありかなぁって! どう? 名案でしょう?」
ツカサはベッドに腰掛けて、椅子に座るカナタを見つめる。
「それに、思えばお泊りはしたことなかったなぁって。そう思うと、居ても立っても居られなくなっちゃった」
ツカサがカナタの部屋に来ることは、多々あった。
だが確かに、ツカサがカナタの部屋で眠ることは、今まで一度もない。
ツカサはいつも、カナタとの逢瀬に満足をした後、必ず部屋に戻るのだ。
……毎晩のように体を重ね、毎朝ツカサの端整な顔を見て一日が始まっていたカナタにとっては、ツカサの言う『お泊り』と大差ない日々ではあるが。
だが、そんな無粋なことは口にしない。
「お泊り会の定番、恋バナでもする? カナちゃんの好きな人は誰? その人のどんなところが好き?」
ツカサがいつにも増して、はしゃいでいるのだから。
カナタはヘアブラシを机に置いた後、ツカサの高すぎるテンションに若干戸惑いつつ、曖昧な笑みを浮かべる。
「オレはいったい、なにから答えたらいいのでしょうか?」
「好きな人は?」
「……ツカサ・ホムラさんです」
「その人のどんなところが好き?」
「どんな、ところ?」
ふと。
「……ツカサさん、の……好きな、ところは……っ」
喉の奥が、ひりついた。
カナタ自身にも届かない胸の奥が、妙に震える。
「……っ」
言葉が、出てこない。
それは【好きなところがない】からではなかった。
答えは、確かにある。
──しかしなぜか、カナタは【答え】の本性が見えなかった。
──あることは分かっているのに、その本質が見えていないのだ。
だが、ここで答えに詰まる様を見せるのは【好きなところがない】とツカサに誤解をさせてしまうだろう。
確かに、答えはあるはずなのに……。
「……秘密、です」
カナタは【それ】を、言語化できなかった。
逃げるように瞳を伏せると、ツカサは枕を抱いたまま笑う。
「ヤッパリ、カナちゃんって秘密主義だよねぇ」
そう言うと、ツカサは持っていた枕をベッドに置き、立ち上がった。
そのまま、ツカサはクローゼットへと向かう。
「ねぇ、カナちゃん。明日はどんな服を着てくれるの?」
話題が変わったことに、カナタは無意識的に安堵する。
「服ですか? えっと、普段着に──」
そこで、カナタはハッとした。
──話題が変わって、安堵したのは間違いだったと。
「──『普段着』? 違うでしょ、カナちゃん。カナちゃんは明日、俺と【女の子の服を着て】デートするんだから」
──そう、カナタは誤解していたのだから。
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