マチエール

カマンベール

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16話 夕焼け

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高文展まで残り13日間。

大翔は焦っていた。購買で鉛筆と細い筆と絵の具を何本か購入した。

ネットか画材屋で買った方が安いのだが、時間がないので、自分の中では特別に購買を利用を許可した。

彼はレモンもらった3万6千円(4割はレストランアザミの取り分)があるので画材代に少し強気だ。  


(…これを描かなかったら八王子レオにバレなかったんだろうなあ)

購買のお会計窓口にいるカエルの置物、ふーちゃんを見ながら大翔は思った。ふーちゃんを隅っこに描いた紙に、コンビニで見かけた八王子レオを描いて、それが蛇さんに取られて…。

その流れで、リップを塗られたこと、道路でハグされたことも、彼の甘い匂いがも、また思い出してしまった。



(あ~~~~っっ)

大翔は彼に触られた後頭部がゾワゾワした。後ろ髪をクシャクシャにしながら美術室に向かった。




「湊もう帰るの?」

湊が画材の後片付けをしていた。

「ん。仕上げだけしにきた。完成でーす!」

湊は完成した水張りのキャンバス絵を持ち上げて見せてくれた。

「いいなぁ…。」

湊が描いた絵は昇り龍。体をくねらせ、青空を突き抜けて、太陽に向かっている。

「湊って龍好きだったんだ。そういえば中学の時、裁縫セット青い龍だったな。DRAGONって書いてある」

「や、あれは兄貴のお下がりで…。龍は母さんが好きだから、どうせ展示会終わったあと家に持って帰るなら、と思って」
  
大翔はリュックを下ろした。

「オカン、龍好きなの?」

「うん。龍神様が人々をお守りくださるって…何かハマってんだよね。スピリチュアル系に。」

「ほお…」

大翔はヨレヨレの絵の具がついたTシャツを着ながら返事をした。

「スピリチュアル…はよく分からんけど、人の好きなものを描くっていうのは考えてなかった。そういう視点も良いな」

オレンジのジャージを履いて、紺色のエプロンをする。いつもの絵を描くスタイルが完成した。

「じゃ、大翔がんばって~」

湊は足取り軽く帰っていく。美術室には大翔だけが残った。


高文展のテーマ「好きなもの」

大翔の絵は白いキャンバスにむかった。何層も鮮やかな色を重ねたので、深みのある白だ。ところどころに赤や青がにじみ、塗り重ねたからこそ表現できるマチエールがそこにはあった。


(外側に小さく、たくさん、俺の好きなものを描いて。真ん中に1つだけ大きく描こう。それが何かは、まだ決まってないけど…描いていくうちに見つかるはず)


大翔はレモンを描き始めた。これは自分の絵を購入してくれたレモンへのお礼も兼ねて。

さらに、カルピスとはちみつの絵も描いていく。意外と美味しかったから。

鶴の絵。千鶴のことだと本人に言ったらツバを吐かれるだろうかけど、大事な妹には変わりないから仕方ない。 

父と母の後ろ姿。2人の後ろ姿を見ながら歩くのが好き。

美術室の作業机。大きくて好き。購買にいるふーちゃん。やっぱり何回見てもかわいい。

アザミのグリーンサラダ。大盛りで美味い。

大豆。お肉の代わりに食べてる大切なタンパク質。
 


いままで描けなかったのが嘘のように大翔は下描きを続けた。小さい“好き”なら数え切れないほどある。


何がきっかけで描けるようになったのか。やはり、レモンが絵を購入してくれたことが大きかったのだろう。

それと締切が本気でやばいことも、かなり後押ししている。


もくもくと描き続け、ふと、外を見たら驚くほど赤かった。夕焼けに染まる木々、空、校舎、すべてが幻想的で、この中で絵を描いている自分が立派に見えるほどだった。

美術室は一階にあり、細い道と生い茂った木々が見える。道なりに進むと段差があり、そこを降りると運動場がある。


外からかすかに音楽が聞こえる。窓に近づいてみると、夕焼けに負けない赤い髪をしている人が踊っていた。

(あれって…鳩田と八王子?)

木々と夕焼けを背景にして、三脚にスマホを縦に固定して、踊っている動画を撮っているようだ。

踊る、スマホをチェック、を繰り返していた。

夕焼けが綺麗なほど、暗くて人の顔がよく見えないが、楽しそうだなと思った。


(黒のシルエットだけでも美しいのか、あの人たちは……ってあれ?!)


気づいたら大翔はスケッチブックに2人の先輩のシルエットを何回も描いていた。



(何やってんだ俺…)

スケッチブックを閉じて、カーテンも全て閉じた。


(鳩田先輩を描くのは初めてだな…八王子レオと鳩田淳ってほんと絵になる2人)




「あ」


カーテンに寄りかかった彼はハッとした。今、全ての問題が解決した。


八王子レオが自分にリップクリームを塗った時に感じた心臓のチクッとした感覚。

抱きしめられた時に、お腹から喉までキューッと絞られるように込み上げてくる何か。  

八王子レオの鎖骨に自分の唇が当たって、今すぐ飛び上がりたい気持ちになったこと。

八王子レオのことを考えるとお腹がザワザワしてご飯が食べれなくなること。

八王子レオと鳩田淳が仲良くしている時に感じる、霧の中に1人いるようなモヤのかかった景色。

彼の香水の匂いで腰がフワフワしてしまうこと。

遠くでは彼の美しさに魅力され、近ければその体温と香りに、頭も心も体も、全部全部、握りしめられてしまうこと。



全ての理由は1つだった。

  


「俺…ハトハチ推しなんだ……!!!」




だから八王子レオが自分に近づくと変な気持ちになるんだ。千鶴も言っていた。パッと出のモブが…、と。

千鶴の感情は正しかった。八王子レオと鳩田淳が仲良くすれば世界は平和なのに、自分がその間に割って入ってはいけない、と。

(まぁもう八王子レオに話しかけられないだろうけど)

そう思うとまた心がグサッとした。これの感情が推し活ってやつなのか

「なんだ。俺もいつの間にか…推しができてたのか」


この3年で千鶴に洗脳されてしまったんだなぁと思った。まぁ、それは仕方がない。

だって2人は本当に、同じ人間と思えないほど、美しくて尊い存在だから。

3人で撮ったリップクリームの動画はそれを客観的な証拠として繰り返し大翔に教え込んでいた。

  

ブーブー


大翔の頭がすっきり爽快になり、全ての重荷から解放されているとき、スマホが鳴った。


レモン「夕焼けめっちゃキレイ」
 

メッセージと一緒に写真が送られてきた。空は赤く、黒い木々が前方に頭だけ見えた。
 

(わっ、キレイ。俺がさっき見た夕焼けとそっくり。)


レモンは仕事中だろうか、仕事終わりなのだろうか。何歳なのか、何の仕事してるのか。色々と知りたいけど、聞くタイミングが分からないな。そのうち、ゆっくりと話せたら良いな、と大翔は思った。







夕焼けの中、レオはスマホを見ている。


Nakamitsu Taishi「俺も今、外見てました。今日の夕焼けは格別ですね。」


レオは画面を見ながら微笑んでいた。



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