117 / 137
混沌へ
113.皇国への進軍
しおりを挟むこぢんまりとした馬車にミラは拘束された状態で乗せられた。
向いに座るのは、ヒロキを殺したアシだ。
ミラは目の前のアシを睨みつけた。
アシは気にした様子もなくミラの目を見返した。
「…あのシューラって人は…?」
ミラは昨日まで食事を運んでいた青年のことを聞いた。
「シューラはマルコム・トリ・デ・ブロックに仕返しするまで帰らないって言っている。」
アシは困ったように両手を広げて言った。
「マルコムさん…?」
ミラはライガと戦い、破れ、ミラとの仲を認めてくれた青年を思い出した。
「ああ。襲撃時に不意を突かれたとはいえ、ケガを負ったのを根に持っているらしい。面倒くさいな。変な実力主義の脳筋は…」
アシはシューラのことを面倒くさいと言った。
それはシューラが、心のよりどころの話を彼が面倒くさそうな顔で煩わしそうに言っていたことに似ていた。
「あなたは…帝国に心残りが無いのね…」
ミラはアシの懐を見た。
彼が大事に抱える小刀がある。
「ああ。…俺の心残りは、ここにあるからな。」
アシは歪んだ笑みを浮かべていた。
アシとミラを乗せた馬車は、夜遅く市場を出発した。
目指すのは、皇国であった。
帝都は閉鎖されていた。
逃げることは出来ても入ることは騎士以外は難しい。
いや、今は逃げることも難しくなっている。
情報漏洩対策である。
帝都内には、平常よりも多くの騎士が険しい顔をして歩き回っている。
朝陽が上る前に、王城裏の騎士団の演習場には、馬と馬車と騎士で溢れていた。
それを眺めるように高い位置に両脇に騎士を連れた王と王子がいた。
「…父上…帝国はどうなるのですか?」
王子は縋るように王を見た。
「私にはどうする力もない。」
王は諦めたように言った。
もはや帝国の王は飾り物になっていた。
襲撃を受け、騎士が権力を持ってからは、もう彼らの暴走や憎しみのままに動くことを止めることは出来ない。
王の前に、二人の騎士が現れた。
サンズとジンだ。
二人を見て王子は委縮した。
同じ王族だと思って育ってきたジンは、元から怖いと思っていたが、彼にはそれに加えて鑑目を有し、本当は王族ではないという事実が明らかになっている。
要は、王子にとって怖くて理解できないものとしては拍車がかかっているのだ。
「残した騎士団は頼れます。」
サンズは彼らの両脇にいる騎士を見て言った。
「わかっている。」
王は少し投げやりに答えた。
ジンは両脇にいる騎士を軽く睨んだ。
彼の視線を受けて騎士たちはその場を外した。
王子はもう怯えて動けなくなっている。
「権力と人望を持つ精鋭や、それに熱狂する騎士たちは…全部連れて行きます。」
ジンは王を見た。
「帝国は丸裸というわけか…」
王は彼の視線を受けて諦めたように言った。
「いえ、王政や王族に対して批判色が強い者は全て連れて行くということです。」
サンズは首を振って王子を見た。
王子は震えながら首を傾げていた。
「残した騎士たちは、あなた方を守ってくれるはずです。」
ジンは演習場に集まる騎士たちを見下ろして言った。
「…待て…お前は王族を恨んでいるはずだ。何故…」
王はジンの様子を見て首を傾げていた。
「…あなたはライガの疑問に答えてくれ、アレックスを尊重してくれた。…貴族街にあるヒロキの彫像も中々趣味がいい。」
ジンは口元に優しい笑みを浮かべた。
「お前、知っていたのか…」
サンズは少し顔を引きつらせていた。
「ヒロキもだが、可愛い部下がここの帝都には、帝国には眠っているんです。それを壊すような真似はしない。」
ジンは王の目を見て断言した。
「たとえ、皇国を凌いでも、今の騎士団では王族を完全に傀儡にするか滅ぼしかねない。そうなれば、帝国は混乱する。そこにまた皇国が付け込めば、本当に帝国は滅ぶ。」
サンズは王子を見た。
どうやら彼に講義しているようだ。
「帝国騎士団の不安要素も、皇国も一緒に消えます。」
サンズは王子の目を見てから跪いた。
「それは、他の騎士たちは納得しているのか?」
「命は元よりかけています。彼等は、今は皇国憎しで動いている。それを無下にしないだけです。」
ジンは少しだけ冷たい口調だった。
「…どういうこと…」
王子はやっと絞り出すような声を上げた。
「帝国を頼みます。」
サンズは王子を見上げた。
「…皇国の皇王を殺したら、俺はヒロキに挨拶しに来る。」
ジンは王と王子を見下ろした。
「その時に滅んでいたら、許さん。」
ジンは相手の地位が上なのにもかかわらず見下ろし、言葉遣いもだが、威圧的に言った。
ジンは言い終えると、姿勢を正し、サンズの横に並んだ。
サンズも姿勢を正した。
「…失礼しました。」
二人は礼をして、王と王子の元から下がって行った。
実力ではとはいえ、ライガは初めて自分の隊を任された。
ライガはなじみのポチではない馬に乗っていた。馬も戦用の装備がされている。
それはここにいる騎士たちみんなそうだった。
ポチは皇国へ行く馬車の馬の一頭を担っている。
考えてみると彼は騎士団の馬の中でも屈強だ。
頼もしい仲間と、別々になりライガは少し寂しかったが、今はそんなこと言っていられない。
彼の後ろでは24人の騎士が目つきを鋭くしてライガを見ていた。
きっと不本意なのだろう。裏切り者のライガの下に付くのは。
「勘違いしない方がいい。彼等は赦してはいないけど、納得はしている。」
リランはライガの肩を叩いた。
彼もライガと同じく初めて自分の隊を任されている。
リランはどうやらなじみの馬を充てられたようだ。
「リラン…」
「お前の力が必要…それは自惚れていいと思う。」
リランは険しい顔をしていた。
どうやら彼は少しだけ緊張しているようだ。
久しぶりに見る彼の後輩らしい一面にライガは嬉しさを感じながらも、今まで見れなかったことの寂しさも感じた。
「…戻ってきた。」
隣のマルコムが、王達がいる櫓のようなところから戻ってきたジンとサンズを指した。
戻ってきたサンズはライガたちの前に立ち、ジンは馬の乗らず、横に並んだ。
サンズは、いつもよりも厳つい鎧を身に着け、背に大剣、腰に普通の剣をかけている。
それに向かい合うようにジン、マルコム、リラン、ライガが並んでいた。
彼等もいつもよりも厳つい鎧を身に着けている。
他の騎士と見分けがつくように色が違う鎧を着ている。
どうやら小隊の隊長のしるしのようだ。
彼等四人の後ろには20~30人程度の騎士が並び、その後ろにはさらに大量の騎士がいた。
前の20~30人の小隊が探索兼包囲隊で、その後ろが帝都付近を防衛する隊だ。
「帝国内の皇国兵、殲滅を誓う。」
ジンはサンズに剣を掲げた。
サンズは頷いた。
「…皇国へ、痛みを届ける。」
サンズはジンに大剣を掲げた。
ジンは頷いた。
二人は剣を軽くぶつけた。
ジンはサンズに軽く目を合わせてから自分の馬に乗った。
そして、彼は剣を掲げた。
「帝国騎士団!!出撃!!」
彼は、演習場に響き渡る声で叫んだ。
それにこだまするように騎士たちは雄叫びを上げた。
正面ではなく、騎士たちがよく利用する帝都の裏口からジンを先頭に騎士たちは駆けた。
サンズは彼らが全て出て行くのを見送った。
全て出て行くのを確認するとサンズは自分の馬に乗った。
「続け!!」
サンズは叫んだ。
向かう場所は違うが、必ず合流する。
そんな気持ちを込めて言った。
彼の叫びに、残った騎士たちも叫んだ。
「目指すは…皇国だ!!」
サンズは大剣を仕舞い、馬を走らせた。
サンズの後には、残った騎士たちや馬車が続いた。
彼は後ろの騎士たちではなく、王城や帝都を振り返った。
サンズが帝国と騎士団を守るために取った手段は、一部過激派と皇国を共倒れにすることだった。
それには、自分が先頭に立つ必要がある。
そしてサンズはわかっていた。
「…さよならだ…」
自分が生まれ育った帝都、守り仕事をした王城。
それらに別れを呟いた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる