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混沌へ

113.皇国への進軍

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 こぢんまりとした馬車にミラは拘束された状態で乗せられた。

 向いに座るのは、ヒロキを殺したアシだ。



 ミラは目の前のアシを睨みつけた。

 アシは気にした様子もなくミラの目を見返した。



「…あのシューラって人は…?」

 ミラは昨日まで食事を運んでいた青年のことを聞いた。



「シューラはマルコム・トリ・デ・ブロックに仕返しするまで帰らないって言っている。」

 アシは困ったように両手を広げて言った。



「マルコムさん…?」

 ミラはライガと戦い、破れ、ミラとの仲を認めてくれた青年を思い出した。



「ああ。襲撃時に不意を突かれたとはいえ、ケガを負ったのを根に持っているらしい。面倒くさいな。変な実力主義の脳筋は…」

 アシはシューラのことを面倒くさいと言った。

 それはシューラが、心のよりどころの話を彼が面倒くさそうな顔で煩わしそうに言っていたことに似ていた。



「あなたは…帝国に心残りが無いのね…」

 ミラはアシの懐を見た。

 彼が大事に抱える小刀がある。



「ああ。…俺の心残りは、ここにあるからな。」

 アシは歪んだ笑みを浮かべていた。



 アシとミラを乗せた馬車は、夜遅く市場を出発した。

 目指すのは、皇国であった。





 





 帝都は閉鎖されていた。

 逃げることは出来ても入ることは騎士以外は難しい。

 いや、今は逃げることも難しくなっている。



 情報漏洩対策である。



 帝都内には、平常よりも多くの騎士が険しい顔をして歩き回っている。



 朝陽が上る前に、王城裏の騎士団の演習場には、馬と馬車と騎士で溢れていた。



 それを眺めるように高い位置に両脇に騎士を連れた王と王子がいた。

「…父上…帝国はどうなるのですか?」

 王子は縋るように王を見た。



「私にはどうする力もない。」

 王は諦めたように言った。



 もはや帝国の王は飾り物になっていた。

 襲撃を受け、騎士が権力を持ってからは、もう彼らの暴走や憎しみのままに動くことを止めることは出来ない。



 王の前に、二人の騎士が現れた。

 サンズとジンだ。

 二人を見て王子は委縮した。



 同じ王族だと思って育ってきたジンは、元から怖いと思っていたが、彼にはそれに加えて鑑目を有し、本当は王族ではないという事実が明らかになっている。

 要は、王子にとって怖くて理解できないものとしては拍車がかかっているのだ。



「残した騎士団は頼れます。」

 サンズは彼らの両脇にいる騎士を見て言った。



「わかっている。」

 王は少し投げやりに答えた。



 ジンは両脇にいる騎士を軽く睨んだ。

 彼の視線を受けて騎士たちはその場を外した。



 王子はもう怯えて動けなくなっている。



「権力と人望を持つ精鋭や、それに熱狂する騎士たちは…全部連れて行きます。」

 ジンは王を見た。



「帝国は丸裸というわけか…」

 王は彼の視線を受けて諦めたように言った。



「いえ、王政や王族に対して批判色が強い者は全て連れて行くということです。」

 サンズは首を振って王子を見た。



 王子は震えながら首を傾げていた。



「残した騎士たちは、あなた方を守ってくれるはずです。」

 ジンは演習場に集まる騎士たちを見下ろして言った。



「…待て…お前は王族を恨んでいるはずだ。何故…」

 王はジンの様子を見て首を傾げていた。



「…あなたはライガの疑問に答えてくれ、アレックスを尊重してくれた。…貴族街にあるヒロキの彫像も中々趣味がいい。」

 ジンは口元に優しい笑みを浮かべた。



「お前、知っていたのか…」

 サンズは少し顔を引きつらせていた。



「ヒロキもだが、可愛い部下がここの帝都には、帝国には眠っているんです。それを壊すような真似はしない。」

 ジンは王の目を見て断言した。



「たとえ、皇国を凌いでも、今の騎士団では王族を完全に傀儡にするか滅ぼしかねない。そうなれば、帝国は混乱する。そこにまた皇国が付け込めば、本当に帝国は滅ぶ。」

 サンズは王子を見た。

 どうやら彼に講義しているようだ。



「帝国騎士団の不安要素も、皇国も一緒に消えます。」

 サンズは王子の目を見てから跪いた。



「それは、他の騎士たちは納得しているのか?」



「命は元よりかけています。彼等は、今は皇国憎しで動いている。それを無下にしないだけです。」

 ジンは少しだけ冷たい口調だった。



「…どういうこと…」

 王子はやっと絞り出すような声を上げた。



「帝国を頼みます。」

 サンズは王子を見上げた。



「…皇国の皇王を殺したら、俺はヒロキに挨拶しに来る。」

 ジンは王と王子を見下ろした。



「その時に滅んでいたら、許さん。」

 ジンは相手の地位が上なのにもかかわらず見下ろし、言葉遣いもだが、威圧的に言った。



 ジンは言い終えると、姿勢を正し、サンズの横に並んだ。

 サンズも姿勢を正した。



「…失礼しました。」

 二人は礼をして、王と王子の元から下がって行った。







 

 実力ではとはいえ、ライガは初めて自分の隊を任された。

 ライガはなじみのポチではない馬に乗っていた。馬も戦用の装備がされている。

 それはここにいる騎士たちみんなそうだった。



 ポチは皇国へ行く馬車の馬の一頭を担っている。

 考えてみると彼は騎士団の馬の中でも屈強だ。



 頼もしい仲間と、別々になりライガは少し寂しかったが、今はそんなこと言っていられない。

 彼の後ろでは24人の騎士が目つきを鋭くしてライガを見ていた。



 きっと不本意なのだろう。裏切り者のライガの下に付くのは。



「勘違いしない方がいい。彼等は赦してはいないけど、納得はしている。」

 リランはライガの肩を叩いた。



 彼もライガと同じく初めて自分の隊を任されている。

 リランはどうやらなじみの馬を充てられたようだ。



「リラン…」



「お前の力が必要…それは自惚れていいと思う。」

 リランは険しい顔をしていた。



 どうやら彼は少しだけ緊張しているようだ。

 久しぶりに見る彼の後輩らしい一面にライガは嬉しさを感じながらも、今まで見れなかったことの寂しさも感じた。



「…戻ってきた。」

 隣のマルコムが、王達がいる櫓のようなところから戻ってきたジンとサンズを指した。



 

 戻ってきたサンズはライガたちの前に立ち、ジンは馬の乗らず、横に並んだ。



 サンズは、いつもよりも厳つい鎧を身に着け、背に大剣、腰に普通の剣をかけている。



 それに向かい合うようにジン、マルコム、リラン、ライガが並んでいた。



 彼等もいつもよりも厳つい鎧を身に着けている。

 他の騎士と見分けがつくように色が違う鎧を着ている。

 どうやら小隊の隊長のしるしのようだ。

 彼等四人の後ろには20~30人程度の騎士が並び、その後ろにはさらに大量の騎士がいた。



 前の20~30人の小隊が探索兼包囲隊で、その後ろが帝都付近を防衛する隊だ。



「帝国内の皇国兵、殲滅を誓う。」

 ジンはサンズに剣を掲げた。



 サンズは頷いた。



「…皇国へ、痛みを届ける。」

 サンズはジンに大剣を掲げた。



 ジンは頷いた。



 二人は剣を軽くぶつけた。



 ジンはサンズに軽く目を合わせてから自分の馬に乗った。

 そして、彼は剣を掲げた。





「帝国騎士団!!出撃!!」



 彼は、演習場に響き渡る声で叫んだ。



 それにこだまするように騎士たちは雄叫びを上げた。



 正面ではなく、騎士たちがよく利用する帝都の裏口からジンを先頭に騎士たちは駆けた。



 サンズは彼らが全て出て行くのを見送った。



 全て出て行くのを確認するとサンズは自分の馬に乗った。



「続け!!」

 サンズは叫んだ。



 向かう場所は違うが、必ず合流する。

 そんな気持ちを込めて言った。



 彼の叫びに、残った騎士たちも叫んだ。



「目指すは…皇国だ!!」

 サンズは大剣を仕舞い、馬を走らせた。



 サンズの後には、残った騎士たちや馬車が続いた。



 彼は後ろの騎士たちではなく、王城や帝都を振り返った。



 サンズが帝国と騎士団を守るために取った手段は、一部過激派と皇国を共倒れにすることだった。

 それには、自分が先頭に立つ必要がある。



 そしてサンズはわかっていた。



「…さよならだ…」

 自分が生まれ育った帝都、守り仕事をした王城。

 それらに別れを呟いた。

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