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混沌へ
110.棺の中
しおりを挟むミラは布団に包まってひたすらライガのことだけ考えていた。
また会いたい。
彼と一緒にまた話したい。
いや、話さなくてもいい。ただ、彼と目を合わせて微笑み合うだけでもいい。
会いたくて仕方ない。
彼に会えないことや急な周りの変化にミラも体調が悪くなっていた。
「…頭痛い…」
ミラは疲労からか原因は分からないが、不快な頭痛が時たま起こっていた。
ガタン
ミラの居室の扉が開いた。
「食事だよ。」
白髪の青年が面倒くさそうにお盆を持ってきた。
乗せてあるのはミラの食事だ。
青年から何か不快なにおいがした。
ミラは顔を顰めて青年を見た。
「何だよ…その顔…」
青年はミラの顔を見て少し困惑していた。
「あなた…臭い。変なにおいがする。」
ミラは手で空気を払うような真似をして言った。
「臭いって…さっきまで他の兵士と居たからその匂いか…」
青年は自分の匂いを嗅いでいた。
「何か…焦げ臭い…」
ミラは変わらず険しい顔をしていた。
「お前うるさいよ。」
青年はミラの前に乱暴にお盆を置いて言った。
「ま…どうせ、お前とはもう少しでお別れだからね。」
青年はしゃがみ、ミラに視線を合わせた。
「ライガのところに帰りたい。早く帰して…」
ミラは青年を睨んだ。
「いや、お前はアシと一緒に皇国に向かってもらうよ。如何せん、皇族が第一将軍まで持ちだしたら怒りやがって、機嫌を直させるのに早めに行ってもらう。」
青年はミラの目を見てぺらぺらと話し始めた。
どうやらミラに隠すのは諦めているようだ。
「私の目を見て話してくれるのね…」
ミラは青年を驚いて見た。
「だって、隠しても隠さなくてもお前には外に連絡する手段はない。なら変な労力や気を遣わない方がいいよ。」
青年はミラの食事に手を伸ばした。
ミラは青年の手を叩いた。
「…食べる。」
ミラは青年の手を押しのけて食事を摂った。
緊張の連続のせいであまり食事を満足に取れていなかったせいか、すごくお腹が空いていたのだ。
青年は口を尖らせていた。
「…あなた、お名前は…?」
ミラはこんな環境や状況だが、自分の目を見て話してくれる数少ない人間に少しだけ情が湧いていた。
「シューラ。…聞いてどうするの?」
シューラと名乗った青年は怪訝そうにミラを見た。
「…名前を知りたかっただけ。」
ミラは情が湧いたことを察せられないように目を逸らした。
「僕はどちらかと言うと君が嫌いだからね。変に情は感じなくていいよ。僕にも皇国にも…まあ、皇族には湧かせた方がいいだろうけどね。」
シューラはミラの目を見て言った。
彼の本心だ。
ミラは、ここまで考えや人に対する想いの強さが違うことに少し寂しくなった。
ここまで、違うものなのか。
ミラは、一族以外だと王城の者達と騎士団の者しか知らない。
彼らは、ミラに対して冷たい想いや憎しみを露わにしたことはある。だが、ここまで興味が無い様子は初めてだった。
「君と僕は育った環境も考えも違う。僕を理解できないという様子だけど、それが当たり前だよ。」
シューラはミラの様子を察して言った。
「君が鑑目で聞いて分かった事実でも、理解できないものはたくさんある。答えを聞くのと理解するのは別問題だよ。」
シューラはミラの目を指して言った。
「あなたは、どうして私が嫌いなの…?」
ミラはパンをちぎりながら訊いた。
「僕の生い立ちと君の生い立ちは違いすぎる。君は生活には恵まれている。そんな立場で好き勝手やっているから嫌い。」
シューラはミラを見て淡々と言った。
「好き勝手って…」
ミラは考えたことないことを言われて立ち上がった。
「好きな人と逃げる。君は心が好き勝手やっているでしょ。僕は心を押し殺して人を殺して生活をしている。そのくせ悲劇のヒロインみたいにライガに会いたい会いたいって…生きていればそれでいいのにって思うよ。」
シューラはミラの目を見て言った。
「私があなたに直接的な被害は…受けさせていないはず」
「でも嫌いだ。大丈夫、さっき言った通り理由はしっかりある。」
シューラはミラを指した。
「じゃあ、君は何でライガが好きなんだ?僕はそれが理解できない。外見?一緒に過ごした時間が長いから愛着や馴れじゃないのかい?」
シューラは首を傾げた。
「そんなことない!!ライガは…私はライガのことが好き。だって…」
ミラはライガのことを考えた。
どこが、何でライガが好きなんだと。
彼の笑顔、手、声、仕草…全て愛おしいが、それだけではない。
「…好きになるのに…理由なんて…」
ミラは首を振った。
とにかくライガが好きで愛しかった。
「人を嫌いになったり憎むのに理由は求めるのに、人を好きになるのに理由は必要ないんだね。…それが理解できない。」
シューラはミラを理解できない様子で見ていた。
それは本心だろう。
「あなたは…心を許している存在や、心の支えとなっている者、唯一の存在は無いの?」
ミラは少し憐れむようにシューラを見た。
「それがある方が憐れだと思うよ。僕が信じているのは力だ。…だから、僕の心を揺らすのはそれに関係する者たちだ。」
シューラは逆にミラを憐れむように見た。
「…じゃあ、あなたには今、心を揺らされている人が…いるのね。」
ミラはシューラの様子を見て何となくわかった。
「そうだよ。…君って意外と察しがいいね。」
シューラは口元に歪んだ笑みを浮かべていた。
歯を食いしばっているから彼の八重歯がよく目立つ。
一通りの動きが決まると、王城内にある武器庫の点検や馬の調達に騎士団は動いていた。
ライガは特に手伝えることはないので牢屋に入れられていた。
馬車に武器や砲弾、大砲を乗せ、皇国への侵攻の準備は進んでいた。
騎士たちは表情が引きつっている者も多いが、逆に待ちきれないように目を輝かせ血走らせている者も多い。
明確な敵が出来たため、騎士団たちのライガへの当たりも優しくなってきた。
「…出ろ。」
ライガは牢屋から出された。
一瞬何が起きているのかわからなかったが、騎士団の施設内がすごく静かだった。
詰め所に連れて行かれ、中に入るとほとんど誰もいなかった。
「…何があったんだ?」
ライガは周りを見渡した。
残っている騎士は、マルコム、リラン、ジン、サンズという精鋭だけだった。
「出撃準備が進んで落ち着いたからな…皆家族や会いたい人にあいさつに行っている。」
サンズは少し悲しそうに言った。
どうやら、最後になるかもしれない挨拶を出来る者はしているらしい。
「挨拶は大事だからな。」
ジンはライガを見た。
おそらくアレックスが残した言葉を言っているのだろう。
ライガは何となく胸が苦しくなった。
「サンズさんは…ご家族は…?」
リランはサンズを気遣うように見た。
「俺は…他の貴族と同じように家族は帝都を出ている。正直騎士団は少ないが帝都以外の方が安全だ。」
サンズは申し訳なさそうに言った。
「お前が負い目を感じる必要は無い。別邸を持っている貴族はだいたい避難している。それに、お前に心配事がある方が問題だ。」
ジンはサンズの様子を見て首を振った。
「…そうですよね。」
マルコムは少し寂しそうにサンズを見た。
「…サンズさん…皇国に行くんですね…」
リランもマルコムと同じようにサンズを見た。
「ああ。お前らは帝国内の皇国軍を倒したくて仕方ないんだろ?それに、帝都の警備は…大丈夫だ。前は内部から攻め込まれたからだが、今回は膿はすべて出した。」
サンズはリランの頭を掴んでガシガシと撫でた。
「…ちょっと、バカになりますから…」
リランは頭を振ってサンズの手を払った。だが、その顔は少し嬉しそうだった。
「お前らも…常連の店とかに挨拶したければしとけよ。俺達も出るけど、お前らも出るんだからな。」
サンズはライガたちを見渡した。
「…俺は町に出れませんよ。」
ライガは首を振った。
「そうだな。サンズ…お前は家族以外はいいのか?貴族街でも残っている者もいる。」
ジンは心配そうにサンズを見た。
サンズは騎士団だけでなく多趣味で交流の幅も広い方であり、知り合いも多い。
識者の集会も彼の人脈があってできるものだ。
「…いいんだ。…一番会いたい奴は…地下にいるから…」
サンズは寂しそうな顔をした。
地下に安置されているアレックスのことだ。
「…俺もそうですね…一番会いたい人は…」
リランもサンズと同じように俯いて寂しそうな顔をした。
ジンは何も言わず俯いた。
サンズはアレックスに、リランはアランに、ジンはヒロキに一番会いたいのだ。
マルコムは彼等から目を逸らした。
「マルコムは…」
リランはマルコムの方を見た。
「…ミヤビに会いたいとでも言うと思った?」
マルコムは横目でリランを睨んだ。
「思ったよ。」
リランはマルコムに睨まれても臆することなく言った。
「…俺とミヤビはお前が思っているような気持ちの悪い関係じゃない。」
マルコムは顔を歪めた。
ライガにもそれはわかる。二人は本当に純粋に同期で騎士同士だった。そのうえでの友情だ。
「…文句は言いたいけどね。」
マルコムは口を歪めさせていた。
リランはサンズを見た。サンズも心配そうにマルコムを見ていた。
ライガの一番会いたい人、そんなのミラに決まっている。
早く彼女に会いたい。
また、この腕で抱きしめたい。
話をして、笑い合いたい。
「…明日、犠牲者の埋葬を行う。」
サンズの声でライガの思考は現実に戻った。
「その時にヒロキさんもアランもミヤビもアレックスも…一緒に埋葬する。」
サンズは全員の顔を見渡した。
「…じゃないと、俺達は出発できないだろ?」
サンズは悲痛そうな顔だった。
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