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真実へ

100.鼓舞する声

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 ガキン

 ガキン



 とイシュの剣撃をアレックスが受け止める音が響く。



 イシュの攻撃を真に食らって、アレックスは相当きついはずだ。



 サンズは歯がゆかった。

 見える位置にいるのに、邪魔するものが多く助けに行けない。



 ただ、アレックスの動きが数段も良くなっている。

 興奮状態のうえに感覚が冴え渡っているのだろう。

 しかし、それも長時間は続かない。



「クソ野郎!!」

 マルコムは一向に減らない皇国兵に怒鳴った。



 王城の中から湧いてくる。

 倒しても倒してもだ。



「サンズ殿!!」

 背後から騎士たちの声が聞こえた。



 振り向くと、帝都の守りについていた騎士たちとその他に大量の騎士たちが駆けて来ていた。

 どうやら王子から状況を聞いたことと、他の詰め所に騎士の増援を要請したようだ。



「帝都はいいのか?」

 リランは駆け付けた騎士たちの人数を横目で見て訊いた。



「もう、仕事を放棄するのは嫌です。」

 騎士は姿勢を正して言った。



「…そうだよね。」

 マルコムはそれを聞いて笑った。



 人数が急激に増えたサンズたちは、背後を気にしなくてもいいようになった。

 それにより、三人の王城突入は急激に近くなった。



 ガキン



 ガキン



 アレックスは変わらずイシュの攻撃を受け止め続けている。

 ケガのせいで彼はイシュに決定的な攻撃ができない。

 右肩を痛め、力の入った攻撃ができないのだ。



「待ってろ!!アレックス!!」

 サンズは叫んだ。



 アレックスは横目でサンズたちの状況を見た。



 サンズたちの他に沢山の騎士たちがいるのを見てアレックスは口に笑みを浮かべた。

 だが、直ぐに引き結んだ。



「遅い!!それでもお前らは帝国騎士団か!?」

 アレックスは怒鳴るように言った。



 アレックスとは反対にイシュはサンズたちの様子を見て顔色を変えた。



「…とっとと死んでもらわないとな…」

 イシュはアレックスに剣を構えた。

 そして、素早く踏み出した。



 アレックスは避けようとした。



 ヒュン



 そこにすかさず矢が飛んできた。



 ドス

 アレックスの膝に刺さった。



「が…」

 痛みに呻き、一瞬アレックスの動きが遅くなった。



 イシュの剣はアレックスに真っすぐ降りてきた。



 ガキイイイン



 金属音が響いた。



 アレックスはイシュの剣を受け止めたが、右腕でうまく衝撃を殺すことができなかった。



 カラン



 アレックスの持っていた剣は、刃が折れ、地面に落ちた。



「じゃあな。」

 イシュはアレックスに追撃を試みた。



 ザク



 素早く屈んで、膝に刺さった矢をアレックスはイシュに刺した。



「があああ!!」

 イシュの右足の指部分に刺さり、彼は悲鳴を上げた。



 アレックスはその隙に距離を取った。

 だが、彼は足に怪我をしているうえに武器が無い。



「…この野郎!!」

 イシュはアレックスに剣を振った。



 ザシュ

 避ける際にアレックスの右腕を深く抉った。



 ダッダッダッダ



 なにやら人の足音でないものが近づいている。



「…遅いぞ。…アシ。」

 イシュは音を聞いてにやりと笑った。



「背後警戒しろ!!」

 その言葉を聞いてサンズたちは慌てて後ろに続いている騎士に叫んだ。



 笑っていたイシュだが、近付いてくる影を見て顔色を変えた。

「何だと?」

 何やら思っていたものと違ったようだ。



 アレックスもその方向を見た。



 驚いた。

 背後の皇国軍がかなり倒されている。

 均衡状態が破壊されて、帝国騎士優勢だ。



 そして、何よりも驚いたのは



「やっとかよ。」

 アレックスは見えてきた影を見て呆れるように笑った。



「代理ですからね。」

 アレックスは呟いた。





 ドゴン



 イシュは慌てた様子でアレックスに攻撃をした。

 アレックスは寸でのところで避けた。

 だが、剣が無く怪我をしていつ倒れてもおかしくないアレックスは、いつ倒されてもおかしくない。





 サンズは歯がゆかったが、横にいたマルコムが舌打ちをした。



「あいつ等…」

 彼は顔を歪めていた。



「…」

 リランもだ。



 サンズも後ろを見た。



 はっきりする影は馬に乗っているようだ。



「…ライガ?」

 サンズは影を見て思わず叫んだ。



 その声に、加勢していた帝国騎士はざわめいた。



「敵は皇国だ。前を見ろ!!」

 リランが叱咤するように叫んだ。



 その言葉を聞いてサンズは安心した。そして、リランを見て思った。



「おい、それ借りる。」

 サンズはリランの両手に持っている剣を一つぶん取った。



 リランは急なことで驚いた様子だが、サンズが走り出したのを見て、後を追いかけた。



 大量の皇国兵が倒されたことにより、サンズたちを阻む壁は確実に薄くなっていた。

 斬りこみながらサンズは門の内部に足を踏み込んだ。



 まだ生き残っている皇国兵がいる中無茶だと思ったが、サンズはそれ以上は進まず立ち止まった。

 そして、体勢を整えてリランから奪った剣を掲げた。



「受け取れええええ!!アレックス!!」

 サンズは叫びながらアレックスに叫んだ。









 

 帝都の惨状にライガもジンも顔を歪めた。



 人の気配は少なく、死体の気配が濃い。

 血の匂いが漂い、あちこちで火が上がっている。



 帝都の入り口付近に避難所を設置したようだが、全員が入れるとは思えなかった。



 街中には死体が転がっており、見覚えのある町の人も多い。それと共に戦ったことのある帝国騎士や、憎い皇国兵。



「何だよ…」



「…早まったのか…」

 ジンは包帯を外して前を見ていた。



「団長。」



「もう、隠す必要は無い。急いで王城に行こう。」

 ジンはライガに頷いた。

 ライガも頷いた。



「ポチ、悪いけど進んでくれ。」

 ライガはずっと走らせていたポチに最後のお願いをした。



 ブルルン

 ポチは勇ましく鼻を鳴らして走り始めた。



「ありがとう。」

 ライガはポチの背中を撫でた。



 近付く王城は悲惨だった。

 門は閉ざされたのが無理やり壊されたようで、その前には大量の騎士と皇国兵がいた。

 そして、辺りには沢山の死体が転がっていた。



 近付いて見えてきた門の内部では、二人の男が向き合っていた。



 二人とも見え憶えのある男だった。



 一人は褐色の肌と黒い髪、大きな体躯に背負った弓。

 マルコムと倒したイシュだ。



 そして、もう片方の男は見てわかるほどの血を流していた。



 金髪の男だ。



 アレックスだ。



 ライガは血まみれのアレックスを見てポチを急がせた。

 そして、近付けるギリギリのところでポチから降りてジンと共に走った。



 ライガを見て帝国騎士たちは嫌悪を示したような顔をしたが、加勢するように剣を振るとすぐに前を譲った。

 ジンは、余計な混乱を防ごうと顔を伏せていた。

 顔は見えなくてもジンの存在を察した者もライガとジンに前を譲った。





「受け取れえええ!!アレックス!!」

 聞き覚えのある声が響いた。

 帝国騎士団の最前にはサンズとリランとマルコムがいた。



 サンズは力いっぱい持っている剣を投げた。



 勢いをつけすぎではないかと思うほど剣は速くアレックスに届いた。



 アレックスを方を見てライガは息を呑んだ。



 血だらけだけではない。

 右肩の怪我と右腕に抉られた怪我と、口からは抑えきれないほど血が流れ、背中にも複数矢が刺さっている。



「まさか、あいつ…一人で王城を…」

 ジンは信じられないことのように呟いた。



 アレックスは剣を確認すると慣れたように左手で取った。



 わずかに見えるが、その手は震えていた。



「来たなら斬りこみに協力しろ。」

 リランはライガに冷たく言い放った。



 ライガは思った以上に冷たい様子に衝撃を受けたが、そんなことを気にしている場合じゃない。



「わかった。」

 ライガは剣を構えた。

 ジンも横で顔を伏せて剣を構えていた。





 ライガとジンが加わったことを察したアレックスと向き合っている男、イシュは大剣を構えた。



「そこまでだ!!」

 イシュは叫び、アレックスに剣を振り下ろした。



 ガギイイイン



 金属がぶつかる音が響いた。



 







 久しぶりに持つ左での剣は、案の定手が震えた。



 蘇る戦場の感覚が嫌で、恐怖心があって震えている。



 だが、今はそうも言っていられない命の危機だった。



 アレックスは左手にそっとキスをした。



 大量の味方がいる。その事実は、アレックスの気持ちを更に昂らせた。



 戦力差が変わってきているのにイシュは慌て始めた。



「そこまでだ!!」

 イシュが剣を振り下ろした。



 相変わらず、力のある剣撃だった。



 血を流したことにより頭がぼーっとしているが、それ以上に痛みで感覚は冴えわたっていた。

 興奮状態でどうにか動いている。



 目の前のイシュの動きがゆっくりに見えた。

 そして、彼の大剣の剣筋が見えた。



 左手の震えが止まった。



 アレックスは思わず笑みを浮かべた。





 ガギイイイン



 イシュの剣撃を横から早い段階で弾いた。



 イシュは驚いたようにアレックスを見た。



 左手の動きは忘れていなかった。



 今までもずっと振ってきたような感覚だ。



 弾かれたイシュの剣を持つ手にアレックスは斬りかかった。



 ザシュン



 イシュの手が血を吹き出した。



 足がよろめくが、それ以上にイシュもよろめいた。



「…お前…、は…ははは。わかったぞ。さっきお前が馬鹿みたいに攻撃を受けた理由…」

 イシュはアレックスの様子を見て何かに気付いたように笑い始めた。



「本当は…左利きだな。騙しやがって…」

 イシュは恨めしそうにアレックスを見ていた。



 アレックスは慣れたように左手で剣を横に構えた。



「…いや、これは制限付きだ。」

 アレックスは息を整えてイシュを見た。



 イシュは斬られた手を気にせず、両手でアレックスに斬りかかった。



 アレックスは剣を投げるようにしてイシュの攻撃を軽くした。



 ガキン

 と一瞬剣が弾かれ、勢いが死んだところにすかさず投げた剣をキャッチして、その動作の勢いのまま斬りつけた。



 ガキン



「く…」

 力以上に剣筋が鋭かったのか、イシュは押し負けてよろめいた。



 アレックスは左手で軽く剣を手放して持ち方を変えた。



 キャッチしながら斬りこんだ。



 ザン



 今度はイシュの直撃した。



 右わき腹から左肩にかけて袈裟斬りのように斬りこんだ。



 イシュから血が吹き出した。



「…とんでもない奴め…」

 イシュはやけくそのように剣を振り上げた。

 アレックスは持ち方を変えずに剣を横に構えた。





 ザスン



 血が吹き出し

 ポタポタ

 と飛び散った。



 そして、

 ドシャン

 と何かが崩れ落ち



 ゴトン

 と何かが落ちた。





 





 左手にで剣を持つアレックスをサンズは久しぶりに見た。



 持った瞬間は震えていた。

 だが、徐々に収まっていた。



 マルコムやリランは絶望的な顔をしていたが、サンズは確信した。



 アレックスは左手で剣を振れると。



 その通り、アレックスはイシュの剣撃を左での剣で防いだ。



 その様子を見てマルコムが目の色を変えた。



 彼は強い人間が好きだ。

 アレックスの剣筋は、いつも見ているものよりも遥かによかった。



 そこからの奇抜な戦い方はリランの目を引いた。



 持ち手を変えて、投げたり、それをキャッチしたりと。



「あいつは、元々左利きだ。」

 サンズは驚いている二人の肩を叩いた。



 二人は慌てて武器を構えた。



 後ろにいるライガとジンも驚いていた。





 そして

 イシュはアレックスに斬りかかった。

 アレックスもそれを横に構えた。



 ザスン



 という肉が切れた音から、血が吹き出し



 ポタポタ

 辺り一帯にと飛び散った。





 そして

 ドシャン

 イシュが崩れ落ち



 ゴトン

 と何かが落ちた。



 落ちたのは、イシュの首だった。



 アレックスは倒れたイシュの体を持ち上げ、皇国兵に投げつけた。



 皇国兵は驚いて、気が抜けたようになっている。



「帝国騎士団!!」

 アレックスは叫んだ。



 彼の声は王城前だけでなく、帝都中に響いた。





「帝都を…王城を守れ!!」

 アレックスは叫び、剣を掲げた。



 彼に言葉に応えるように、騎士たちは剣を持ち掲げた。



 サンズは驚いて周りを見渡した。



 皇国兵は気が抜けたような状況になっているが、騎士団は興奮状態だった。



「後輩ども!!」

 アレックスはサンズたちの方を見て叫んだ。



 サンズ、マルコム、リラン、ライガ、ジンはアレックスを見た。



「どんな立場にいようが、逃げようが…お前らはずっと俺の後輩だからな!!」

 アレックスは息を切らして叫んだ。



「憶えとけ!!」

 吐き捨てるように言うと、アレックスは怪我をしているのにもかかわらず、皇国兵の集団に飛び込んだ。



 左手で剣を振り、敵を屠り始めた。



「…続けええええ!!」

 サンズは剣を掲げ叫んだ。



 サンズに続くように騎士たちは叫びながら皇国兵たちに向かって行った。



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