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真実へ

96.馬車の後

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 燃える帝都には、帝国の人間、皇国の人間の死体があちこちに転がっていた。



 中でも死体が多い中心に、マルコムとリランは背を向け合って立っていた。



「王城に行く前に…町で安全地帯を作ろう。」

 リランは逃げ惑う人たちを見て提案した。



「ああ。生き残っている騎士たちと町の人を回収していこう。」

 マルコムは皇国の者の遺体を踏んで歩き出した。



 リランは彼らが握っている刀を取った。



「…追いはぎかい?」



「どんなものであれ、町の人には武器が必要だ。」

 リランは顔を顰めていた。

 マルコムは感心したように頷いた。



 壁に寄りかかり、息を潜めて周りを見ている騎士を数人見つけてマルコムとリランは呼んだ。

 彼等は二人を見ると縋るような目をして向かって来た。



「王城には近づけない。出口付近に町の人たちを集めよう。できる限りの食糧を集めてくれ。できれば水路の近くが望ましい。」

 マルコムは未だ戦いの音が止まない王城近くを指した。



「わかりました。」

 騎士たちはよろめきながらも姿勢を正した。



「俺達は…王城へ行く。」

 リランは大量の皇国軍に囲まれ、わずかな帝国騎士たちが応戦する王城前を見た。



 早い段階で町と王城の間に防衛線を張ったため、王城の皇国軍が積極的にこちらに流れ込むことは無かったが、時間の問題なのは見てわかる。

 だから、少しでも早く加勢が必要だった。



「危険です。もう、王城を渡してしまった方が…」

 騎士たちは二人を止めた。



「王城を拠点に取られると、帝都は本格的に危険になる。人数で負けているなら尚更だよ。」

 マルコムは呆れたように騎士たちを見た。



「行くぞ。マルコム。」

 リランは騎士たちを冷たく見てからマルコムに言った。

 マルコムは頷いて、王城に向かって走り出した。



 だが、正面大通りから王城に向かうのは無謀だ。



 二人の腕が立つとはいえ、明らかな人数差だ。

 せめて後数人いれば違うだろうが、今はマルコムとリランしかいない。



 ガシャンガシャン



 なにやら慣れ親しんだ金属音が聞こえる。

 懐かしい音に二人は振り向いた。



「ガキども…これを着ろ。」

 サンズは帝国騎士の鎧に身を包み、立っていた。

 そして、彼が抱えるのは帝国騎士の鎧だった。



「俺はもう騎士では…」

 マルコムは首を振った。



「俺も」

 リランも首を振った。



「これは突入するのに必要だ。鎧だけで帝国騎士を気取るなガキども。」

 サンズは二人に冷たく言った。



 二人は驚いた顔をした。



「いいか、鎧を着ているから帝国騎士だと思いあがるな。」

 サンズは二人に押し付けるように鎧を渡した。



「…なんだよ。あんた…」

 リランは呆れたように言ったが、少し嬉しそうだった。



「実用性の問題ですか。俺としたことが、頭が固くなっていましたよ。」

 マルコムは少し嬉しそうに言った。



「俺も王城に行く。」

 サンズは、いつも持っている大きな剣を持って言った。



「今更ですね…」

 リランは呆れていた。



「そうだ…だから、お前等も力を貸せ。」

 サンズは二人を見て頭を下げた。

「頼む。俺は、アレックスと一緒に戦わないといけないんだ。」



 マルコムとリランは顔を見合わせて溜息をついた。



 三人は大通りから逸れて、裏道に入った。

 王城付近にいる皇国軍の目から逃げるように三人は動いた。



 サンズが加わったにしろ、人数の差は大きい。



「この辺りで、様子を見るのに適した場所を探せないか?」

 サンズは裏道の建物を見て訊いた。



「そうですね。…さっきのアランが閉じ込められていた建物…あそこの地下牢は隠し部屋だったね。」

 マルコムはリランに聞いた。



「…そうだ。」

 リランは苦い顔をした。



「…いや、一番いい方法は…」

 サンズは後ろの町を指した。



「…防衛線沿いの皇国軍全員倒すことだ。戦力不足だと結局背中を狙われたら最後だ。」

 サンズは二人を見た。



「確実にアレックスの助けになる方法だ。」

 サンズは二人を見た。



「…市街地殲滅ですね。」

 マルコムは溜息をついた。



「じゃあ、俺が先導します。」

 リランは周りを見渡した。



「頼む。」

 サンズは一番後ろに付いた。












 

 鎧でなく、布の服を着ているライガとジンは、服を血で真っ赤にしていた。



 彼等が被った返り血以上の血が、二人がいる川辺に広がっていた。



 ジンは剣を地面に叩きつけた。



 倒れる皇国軍の者達は時間稼ぎのためとは言え、こんなあっさりと命を捨てられたことに普段のライガなら寒さや恐怖を感じただろう。



 だが、今はライガもジンと同じである。



「クソ!!」

 同じように剣を地面に叩きつけた。



 倒れる死体から刀を数本取って、ジンはライガに投げた。

 どうやら必要になるようだ。



「…追うぞ…」

 ジンは村の方に向かった。

 ライガも頷いて向かった。



 村の方に行くと、もぬけの殻になっていた。



 随分前から準備をしていたのだろう。

 家の中は綺麗に空っぽだ。



 人もいない。

 ただ、いるとすれば、族長の家の前で横たわるキョウだけだ。



 ジンはキョウの元に駆け寄った。

 アシの言った通り、ジンが看取ってからライガの元に駆けつけたようだ。



「…一族は、俺に鑑目があるのを知らない。」

 ジンはライガの方を見ながら包帯を外した。



「団長。俺は一族を赦せません。」

 ライガはジンの目を見て言った。



「俺もだ。」

 ジンは頷いた。



「キョウは…祖父は、一族の者達から皇国への亡命を提案されていた。だが、ヒロキの父を通じて行った時のことを知っている彼は、提案を飲まなかった。絶対に利用されるだけだと…」

 ジンは吐き捨てるように言った。



「それが昨日の話だったんですね。」



「ああ。俺達がいなくなるまでは動かないと言っていたが、祖父が言うことを聞く気配が無いと思ったのだろう…」

 ジンはキョウを担いだ。



「せめて家に入れさせてくれ。…抜け道は知っている。一族よりも俺の方が周りの地理には詳しい。」



「お願いします。」

 ライガはあたまを下げた。



 ジンは寂しそうにその様子を見て、家の中にキョウを安置しに行った。



 ライガは追うにも、まずは移動手段が無いと困ると思い、辺りを見渡した。



 だが、馬も牛もいない。



 畑はそのままだが、移動するための動物は居なかった。



「…どうすれば…」

 ライガは、皇国軍が今まさにミラを捕えたままなので頭が一杯になり、考えがあまり湧かなかった。実際に移動手段は限られる。



 家からジンが出てきた。



「団長。馬も何も無いです。」



「…だろうな。…こっちに来い。」

 ジンはライガを呼びながら歩き出した。



 歩きながら二人は武器を確認した。

 元々持っていた剣と、皇国軍から取った刀二本を持っていた。



「大人数での移動なら、通れる道は限られる。」

 ジンは林の中に入って行った。

 ライガも追った。



 林から抜けると、崖のように土が切られた場所がある。

 数日前に振っていた雨のせいか、不安定だった。



「この辺りは木で足場が安定している。元々不安定な土壌なんだ。馬はこの道を避ける。だからここを通って先回りをする。」

 ジンは崖から飛び降り、ライガも彼の跡を追った。



 崖の下はジンの言った通り柔らかく、着地して転がりながら勢いを殺すだけで済んだ。



「一族の村は、帝都から馬で半日近くの場所に位置する。」



「じゃあ、近いですね。」



「そうだ。」

 ジンは周りを見渡して足を止めた。ライガも彼に倣い止まった。

 いつの間にか、山道に出ていた。

 今までも道なき道でなく、馬も馬車も通れる道だ。



「…うまい場所についた。」

 ジンは辺りを見渡した。



「…うまい場所?」



「音が聞こえる…」

 ジンは進行方向を指した。

 確かに、ジンの言う通り音が聞こえる。

 馬車の音だ。



「…やはり、慣れない大人数の移動は時間がかかる。」

 ジンは音を立てないように慎重に動き始めた。



「でも、何でうまい場所なんですか?」



「風下だ。馬に察せられにくい。」

 ジンは空に手を翳した。



 二人は素早く脇の木に登った。



 馬車の音が近づいてきた。

 二人は刀を持った。



 先導する皇国の兵士が見えた。



 ライガとジンは目を合わせて頷いた。



 皇国の兵士めがけて二人は刀を投げた。



 ザシュ



 投げた刀は、皇国の兵士に直撃した。



「ガホ…」

 血を吐きながら崩れ落ち、乗っている馬が暴れた。



 列が乱れた。



 そこを狙い、ライガは木から飛び降りて、斬りこんだ。



「ギャアア」

 叫び声が響いた。



 馬車に乗っている一族の者達のようだ。



 声に気にすることなくかかってくる皇国の兵士達をライガは切り捨てた。



 ジンも同じように飛び降りてきてライガに加勢した。



 二人背を合わせて、交互に斬りこむ。



 馬の乗っていており、機転の利いた動きの出来なかった皇国の兵たちはあっという間にライガとジンに倒された。



 血まみれになりながらライガはミラを探した。

 だが、いない。



 馬車を開くと、そこには一族の者達がいた。



「ひいいい!!」

 ライガを見て叫んでいた。



「…いない。」

 ライガはミラがいないことを確認するとジンを見た。

 ジンも顔を歪めていた。



 どうやらアシもいないようだ。



「…団長。」

 ライガはジンにどうしようかと訊こうとしたとき、ジンはライガが覗いた馬車を斬りつけ、無理やり開いた。



「お前!!」

 ジンを見て一族の者達は震えあがった。



「ライガ、手を貸せ。」

 ジンは冷たい声色でライガに命じた。



 ライガは断れる気配のないことから頷いてジン元に行った。



 ジンは一族の中から、一人の男の服の襟を掴み持ち上げた。



「キャアアア」

 周りの女性たちが叫ぶが、ジンは気にした様子も見せなかった。



「ライガ。そこの女抑えろ。」

 ジンはライガに近くにいる女性を指した。



 それは、ミラの姉だった。



「団長…何を?」



「鑑目を使うだけだ。」

 ジンは淡々と言った。



 そう言えば、ジンは今、包帯を巻いている。だからライガよりも降りて来るのが遅かったようだ。



 ライガは頷き、ミラの姉を軽く抑えた。



「何すんのよ!!人殺しめ!!!」

 ミラの姉は騒いだ。



「お前らのせいで何人死んだと思っている?」

 ジンはミラの姉を見て憐れむように笑った。



 ジンは持ち上げた男にミラの姉の目を見せた。



「聞こう…」

 ジンは男の瞼を指で乱暴に抑えていた。



「他の奴らはどこに行った?」



「知らない…さ、先に行った!!」

 男は必死に首を振りながら答えた。



「では、…族長を殺したのは誰だ?」

 ジンの言葉に男を口を引き結び、目を伏せようとした。



「では、別の聞き方をしよう…」

 ジンは男の首を絞め始めた。



 男は唸り声を上げ始めた。



「人殺し!!帝国の犬が!!

 ミラの姉を始めとした一族の者達が叫んだ。



「キョウは、俺の祖父だ。」

 ジンは冷たい声色で言った。



 その途端、一族は黙った。



「誰だ?誰が祖父を殺した?」

 ジンは男の瞼を剥がしとるように開かせた。



「皇国軍でないことは分かっている。あんな素人みたいな切り口のはずない。」

 ジンは口元を歪めていた。



「ミラのお姉さん。」

 ライガはミラの姉に少し優しい声色で声をかけた。



 彼女は驚いて彼を見た。



「団長も俺も、大事な人を取られた。…手加減は出来ない。」

 ライガは剣に手をかけた。



 ライガの様子を見たミラの姉は、ジンが抑える男を見た。



 男は恨めしい目で彼女を見たが、鑑目は一族であっても利く。



「俺だ。俺が殺した。」

 男は自白した。

 彼は言った後顔を青ざめさせた。



 ジンは男を見下ろしていた。



「そうか。…お前か。」

 ジンは刀を振り上げた。



 ザシュ



 あっさりと男の首は刎ねられ、地面に転がった。



 それに伴い、沢山の血しぶきが舞った。



「キャアアア」

 悲鳴が響いた。



「行くぞ。ライガ。」

 ジンはそれ以上一族に興味が無いのか歩き出した。



「わかりました。」

 ライガもジンと同じだ。



 二人は歩き出した。



 皇国軍が使っていた馬を使おうと思い、周りを見渡したが、馬たちは興奮状態でとても乗れるものでなかった。



 二人は落ちている武器を拾いながら乗れる馬を探した。



 だが、皇国軍が乗っていた馬は乗れる状態じゃなかった。



 ブヒヒヒン



 背後から馬の鼻を鳴らす声が聞こえた。



 ライガは振り向いた。

 どうやら馬車を引いていた数匹の馬が啼いているようだ。



 二人は馬の元に行った。

 だが、数匹の馬は興奮状態で暴れているようだった。



「抑えるしかないか…」

 ジンは諦めたように呟いた。



 ブヒヒン

 興奮する馬の中でもひときわ暴れている馬がいた。



 ライガはそれを見て驚いた。



 暴れる馬は、どうやら馬車を引くため固定されているのを嫌がっているようだった。



「団長。あいつ…」

 ライガは馬の元に駆け寄った。



 ブルルン

 馬はライガを見て鼻を鳴らした。



「ポチ…」

 ライガは数日ぶりに会う、逃亡仲間に目を細めた。



 ポチはライガに顔を摺り寄せた。



 ジンもそれを察して、ポチの拘束を解いた。

 ポチは拘束を解かれると二人の前に歩き出した。

 そして、横目で二人を見た。



「…団長。」



「ああ。」

 ライガとジンはポチに乗った。



 ポチは顔を顰めたが、直ぐに歩き出した。



「道案内お願いします。」

 ライガはジンに頼むと走り出した。



「わかった。」

 ジンは頷いて包帯を外した。



 ポチの上に二人乗る形で、最初ポチは嫌そうな顔をしたが、二人の様子を察したのか直ぐに走り出した。



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