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真実へ

83.顔を見る

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 ミラとライガは久しぶりのまともなご飯と寝床に、有難さや体力が落ちていたことを実感した。



 ジンの厚意か、キョウの厚意か、二人の寝床は一緒だった。



 だが、ジンに



「お前は安静だからな…」

 とくぎを刺されたため、ライガはミラの腰を抱いてくっつくだけしかしていない。



 心地よい眠気で寝て、心地よい日差しで目覚める。



 ミラは朝日で目を覚ました。

 横のライガはまだ寝ている。



 ミラは彼を起こさないようにそっと布団から出た。



 与えられた寝室を出ると、いい匂いがしてきた。



 ミラは空腹であることに気付いて、匂いの元に歩いた。



 焼き立てのパンの匂いだった。

 王城にいた時は確かにおいしい食事に恵まれていたが、それとは違った魅力のある匂いだった。



 どうやらキョウが食事を作っていたようだ。



 キョウはミラが起きてきたことを確認して微笑んだ。



「おはよう。ここで食べるかい?」

 優しい声でミラに尋ねた。



「いいんですか?頂いても…」

 ミラは匂いにつられてやってきたのはバレバレなのについ聞いてしまった。



「いいんだよ。気にすることは無い。」

 キョウはミラに微笑んだ。やはり彼は優しい。

 彼は、ミラが村にいる時から優しかった。

 彼はミラの両親と違って、長女も次女も両方とも愛情を注いだ。

 だがら、お宝様に取られる悲しさや口惜しさが他人事ではないのだろう。

 ミラの両親は割り切ってミラを育てていたため、そんなことは無かった。



「団長殿から…聞いたようだね。私と彼の関係を…」

 キョウはミラを見た。



「…はい。やっと、彼が王族内でどんな立ち位置にいたのかわかりました。」

 ミラは姿勢を正して言った。

 そうだ、ジンはお宝様の子供として育ったはずだ。

 王族にももちろんお宝様の子供はいる。



 だが、不思議と重宝されない。やはり鑑目が無いのが大きいのだろう。



「…帝国の王族は利用するだけ利用して…人を人と思わない。そんな奴らだ。」

 キョウは憎々し気に言った。

 ミラの目を見て言った。本心だ。



「はい…」

 ミラは自分の目が潰される話を思い出した。



 だが、それと同時に家族のことも思い出した。



「でも…それは王族にだけ言えることですか?」

 ミラはキョウの目を見た。



「人を道具としか思わないのは…王族だけではないです。」

 ミラは家族のことを思い出した。



 姉と区別され育てられたミラ。

 生まれながらミラは道具だった。



 ライガに会うまではそうだった。





「…君の家族のことは…私を見ているから。防衛するためにしたことだ。」

 キョウはミラを申し訳ないように言った。



「…そうですか。」

 ミラは別に優しい言葉や自分を労う言葉が聞きたかったわけではない。



 ただ、ミラは自分が道具のように育てられたことを知って欲しかったのだ。



 ミラはライガさえいればいい。

 両親も姉妹もいらない。

 ライガと彼と築いていける家族があれば、それでいい。



「君は本当に彼を愛し、彼に愛されているんだね。」

 キョウは眩しそうにミラを見た。



 ミラは彼の目を見た。



「そうです。」

 はっきりと言った。





 







 ガタン



 床に顔をつけて寝ていると、何やら物音が聞こえた。



 アランは飛び起きて、周りを見た。



 あの嫌な警備が来たのか、わからないが、アランは干した服が乾いたか確認してから着た。



 鎧を軽く身に纏ったが、何か違う。



 地下に降りてくる気配が無い。



 連れて来られてくるときに思ったが、ここの建物は地下の牢を隠している構造だった。



「…ここを知らないのか。」

 アランは納得して、鎧を脱いだ。



 前と同じように、換気口によじ登った。



 音を立てないように、慎重に人の気配を辿って動いた。



 あの皇国の男を見た部屋に人の気配があった。そこは部屋の中を覗けることがわかっている。

 アランは慎重に換気口の隙間から様子を見た。



 数人の男がいた。



 その中には大臣がいた。

 しかも、どちらか片方ではない。両方だ。



 大臣は二人とも皇国の協力者だったのだ。



 アランは他に誰がいるのか見られる範囲で見渡した。



 アランとリランを剣でいなした皇国の白髪の青年もいた。



「アシはどうした?」

 大臣の片方が白髪の青年に訊いた。



「彼はお人形さんとの思い出に浸っているよ。気持ち悪いし、イシュは動けないから僕だけが来た。」

 白髪の男は両手を広げて困ったような顔をした。



「…しかし、団長は単独行動をして行方不明…一族の場所も分からないとなると…」

 もう片方の大臣が白髪の青年を見た。



「厄介な精鋭は壊滅だよ。」

 白髪の青年は文句ありげな顔をした。



「死者も出て、戦力は半分以下ほどになっているらしいな。…だが、」

 大臣は白髪の青年を見た。



「…それよりも、何で呼ばれたの?僕だって暇じゃないし、ここまで来るのはリスクがあるんだよ。使えない無能の騎士団たちの目に留まったら大変だ。」

 白髪の青年は両手を広げて言った。



 ガタン



 部屋の扉が開かれる音が聞こえた。



「ずいぶんな物言いだな。」

 聞いたことない声が響いた。



 中年かそれ以上の年齢の男の声だ。



 ただ、彼が来た途端、態度の大きかった大臣の表情が変わった。



「これは…よくぞここまでおいでなさった。」

 大臣は二人とも腰が低くなった。どうやら、彼等よりも立場が上のようだ。



「状況は聞いた。団長暗殺未遂など、くだらないことをしてくれているようだが、殺さなくていいと言ったはずだ。ただ、王城さえ落としてしまえばいい。騎士団などもう弱ってきている。見当違いなやつをつるし上げるのも時間の問題だ。」

 新たに入ってきた男は、淡々と言った。



 どうやら、ジンの暗殺は彼の意には沿っていないようだ。

 そして、彼が黒幕と思っていいようだ。



「しかし…」

「だが、危険分子は…彼がいると精鋭も騎士団も…」





「騎士団は今は上流階級憎しで動いて王城をおろそかにする輩だ。精鋭に関しても、死者が二人も出て戦力は半減かそれ以下になっている。」

 彼は淡々と言った。



 アランは聞いていてふと思った。



 二人…?



 誰だ?誰が死んだのか考えた。



 誰も死んでほしくない。

 ありうるのはライガがマルコムにやられたことだが…



 まさかリランではないだろうが…不安になった。



「我々は…どうすれば?」

 大臣は新たに来た男に腰を低くして気を遣うように訊いた。



「王城で様子を見てくれ。時期が来たら、準備が出来たら王族を引きずり下ろして欲しい。その後の処理は私には無理だからな。期待している。」

 男は大臣たちに笑みを含ませた声で言った。



 ただ、その声は嘘くさいかった。

 大臣たちは嬉しそうに頷いていたが、アランは彼の本意が無い気がした。



 しかし、ここに黒幕らしき男と皇国の襲撃犯がいる。

 外に出て彼等のことを伝えないといけない。



 大臣たちが出て行って、皇国の青年と黒幕らしき男との二人になった。



「…王城で待て…か?笑いそうになったよ。」

 皇国の青年は男を見て笑いながら言った。



 アランの場所からは男の顔は見えないが、彼も笑っているようだ。



「王城は、無防備な砦になっている。王城を落として…皇国軍と合流して帝国は終わる。」

 男は楽しそうな声で言っていた。



「大臣たちに後処理を頼むって言っていたのは…?」



「あの無能たちができる仕事を私ができないとでも?」

 男は冷たい口調で言った。



 その口調が何かに似ていた、だが、アランは思い出せなかった。



 何よりも、「帝国が終わる」や「皇国軍と合流」というワードはアランの頭を混乱させた。



 死者のもう一人が気になっているのに、それどころではない。

 いや、両方ともそれどころではないがぶつかっていてアランは何に思考を優先していいのか分からないのだ。



「どうするの?帝都を支配しても…帝国は広いよ。」

 皇国の青年はフラフラと部屋の中を歩き回り、椅子に座った。



「皇国様が頑張ってくれるだろ?…私は帝都さえ押さえればいい。そのあとは、皇国の上層部など簡単に壊せる準備はしている。」

 男も部屋の中を歩きはじめた。

 そして、アランの見える位置の椅子に座った。



 彼の外見はやはりアランは知らない人物だった。

 白髪交じりの茶色の髪をオールバックにしており、眼鏡をかけている。

 口元の表情の作り方が神経質な印象を受けた。



 ただ、どこかで見たことがある気がしたが思い出せない。



「皇国から奪うつもりなんだね。強欲だな…」

 皇国の青年は感心したように男を見た。



「奪う?皇国が奪うのだろ?私は…それを奪い返す。そのシナリオで十分帝国は治められるだろう。だが、それには犠牲が必要だ。」

 男は皇国の青年を見た。



「それを僕に言うの?」



「君は、私の本意を知らないと納得して仕事をしなさそうであるし、命をかけさせるのに嘘をつくのはよくない。それに、皇国も私と争っての利点はない。今更君が皇国に知らせたところで結果は変わらない。」

 男は不敵に笑った。



「あの大臣たちは?」



「あれは違うだろ。弱者のくせに上に立とうとする、不相応な者達だ。私はわきまえのある人物には敬意を払うがな…」

 男は憐れむように言った。



 その彼の言葉がアランは聞いたことがあるような気がした。

 思い出せそうだった。



 たしか…



 ガタン

 男が立ち上がって、腰につけている剣を持った。

「誰だ!?」

 男は鋭い視線をアランが覗く換気口に向けた。



 アランは慌てて換気口から離れて、出口に向かった。



 考えに夢中で気配を殺し切れていなかったようだ。



 アランは牢に戻るか、外に出るか迷った。

 ここまで知ってしまったのだ、それに、牢は逃げ場がない。



「…こっちだ。」

 アランは外に向かった。
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