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真実へ
80.裏切りを辿る
しおりを挟む小さな町を見下ろす屋敷。
小さな要塞のような作りだった。
石造りの壁、貴族の屋敷と言うと華やかな印象だが、ここは違った。
ブロック伯爵の屋敷、マルコムの実家はとことん威圧的だった。
色彩のない、まだ町の方が華やかな気がする。
少し物騒な屋敷に感じた。
リランは門の前に立った。
「ブロック伯爵。先日お世話になった帝国騎士団のリランです。少しお話したいことがあって来ました。」
リランは出来る限りの大声を出した。
騎士団内の大声なら、リランとアランがトップだろうと言われる五月蠅さだ。
二人の大声によくジンが眉を顰めている。
屋敷の方で人影が動いた。
暫くすると、数人の警備を連れたブロック伯爵が出てきた。
だいぶこの前よりも恰好が楽そうだ。
それは当然だ。今は屋敷にいる。あの時は皇国の国境近くだ。
戦うこともあるだろう。
そういえば、伯爵は強いのだろうか?
リランはふとそんなことを考えた。
マルコムは強い。
マルコムの力主義はおそらく伯爵の影響が大きいだろう。
彼は、帝国の貴族では珍しく私兵を有している。
国境の貴族だから当然だ。
それを取りまとめているのは彼だろう。
リランは少ない情報と決して良くはない頭をフル回転させて、マルコムの父であるブロック伯爵は弱いはずないという結論に着いた。
「…リラン君?どうした?」
ブロック伯爵は警戒するようにリラン達を見た。
それはそうだ。
リランも、連れている騎士たちもいつでも戦えるような状況だ。
「実は、皇国のことを聞きたくて…上層部に繋がっている者の影がありましたので…」
リランは声を潜めて訊いた。
ブロック伯爵は顔色を変えた。
伯爵もマルコムと同じく大柄ではない。
だが、マルコムと同じく鍛え抜かれた体をしていた。
薄着だからなおさら目立つが、さすが親子だ。
筋肉の付き方が似ている。
要は、二人ともバッキバキだ。
「…リラン君だけ、入りなさい。」
ブロック伯爵はリランの連れている騎士たちを見て言った。
「わかりました。」
リランは頷くと騎士たちを見た。
「少しだけ、待っててくれるか?」
と騎士たちに待機を頼み、屋敷の中に入って行った。
案内された屋敷には、様々な武器が飾ってあった。
重そうな斧、槍、大きい剣。
刀も…
こんな武器だらけの環境で暮らしていると嫌でも物騒になるだろう。
マルコムのルーツを見た気がした。
その他気付いたことは、屋敷の規模に対して、人が少ないことだ。
ここまでの屋敷なら、多数の侍女がいて、執事がいるはずだ。
だが、全く見ない。
「…済まないが、彼を客間に通してくれ。私は着替えてから向かう。」
伯爵は入り口にかろうじている、執事らしき人物に声をかけた。
「わかりました。」
執事は礼をして、リランの前に立った。
わかるものだ。
この執事は、伯爵の私兵の中の一人だろうと。
まず、騎士のような雰囲気があった。
屋敷には常に武力を感じるものがある。
リランはマルコムを気の毒に思った。
通された客間も、確かにほどほどに豪華そうな椅子と机、カーテンの飾りがあり、シャンデリアがあった。
リランは隠密活動をするのですぐに気が付いたが、シャンデリアはカモフラージュで、その奥に覗き穴がある。
冷えないために焚かされる暖炉の奥にいくつか剣が見える。
おそらく、丸腰で襲われても直ぐに暖炉の奥から剣を出せるようにするためだ。
「…見事な要塞ですね…」
ここまで来るとリランも感心する。
執事の男は驚いたようにリランを見た。
「シャンデリアと暖炉…テーブルと椅子は床に固定していますよね。」
リランは促されるままに座るふりをしながらテーブルと椅子を動かそうとしてた。
客間の窓は、見晴らしのいい位置にあるが、それは外からでもある。
丁度客人が座る位置は、窓の外から矢で射やすい位置に置かれるだろう。
「…お見事ですな。…流石坊ちゃまの同僚です。」
執事はリランに礼をした。
「いえいえ。俺はただ、隠密活動をすることが多かったから…他の人は気付かないかもしれないです。」
リランは謙遜をしておいた。
ちなみに他の人とは、他に精鋭以外の騎士であるのは言わずにいた。
「旦那様から聞いております。腕も立つようで。帝国騎士団の精鋭はやはり別格ですね。」
執事はリランを興味深そうに見ていた
「俺は精鋭の中でも弱いです。」
リランは謙遜でなく本当のことを言った。
剣ではミヤビには勝てるだろうが、リランとアランは二人で共闘して生きる。
ジンもそう考えたからこそ二人を一緒にした。
それでもミヤビ以外だと敵わないのが現実だが、他の騎士とは違うのは確かだった。
従来の騎士団だと、力量を平均化するためリランとアランはおそらく分けられることが多い。
だが、双子ならではの息の合い様はリランも自信がある。
ガタン
と音を立ててブロック伯爵は部屋に入ってきた。
「待たせてすまないね…しかし、外の騎士といい、君といい…顔つきが変わったけど…どうかしたのか?」
伯爵はリランの顔つきが以前と変わったことを言った。
確かに、ライガの逃走だけでなくヒロキの死もあった。
犠牲が出ているのだ。
「…実は、皇国の襲撃犯によって…犠牲が出ました。」
リランはヒロキの死を話した。
「副団長とは…噂で聞いたことはあるが、団長のお気に入りとか、見目がいいから飾り物とか言われていたが…」
「ヒロキさんは強いです。俺達よりもずっと…」
リランは伯爵の言葉を思わず止めた。
伯爵は驚いた顔をした。
「…彼は、マルコムも認めていました。だから、彼はもっと怒り狂っていました。」
リランはとりあえずマルコムの話題を出して彼の機嫌を損ねない様にしようとした。
「今のは私が悪かった。気を遣う必要は無い。」
伯爵はリランの意図を汲んだのか、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「自分も、ムキになりました。」
リランも頭を下げた。
「しかし、マルコムが認めているのなら、副団長の力は本物なのだな…しかし、何故?」
伯爵は彼が死んだ理由が納得できないようだ。
「…まず、皇国との繋がりを持っていそうな大臣ってわかりますか?」
リランはヒロキのことを言う前に、情報が手に入るかを確認したかった。
「…それはわからないが、私もこの立場だ。君次第だ。」
伯爵は首を振った。
「副団長の…遺体を欲しがったからです。」
リランは、もう亡くなったからヒロキのことを言ってもいいだろうと思った。
「なんでだ?」
伯爵はかけている眼鏡を神経質そうに触りながら訊いた。
「以前…皇国の皇王は、殺した女の頭蓋骨を持っているいかれたやつだと言っていましたね。」
リランは伯爵に確認するように訊いた。
「ああ」
「その女性って…コマチという名では?」
リランはアラン達から聞いたヒロキの母の名を挙げた。
「…皇国関係者以外でその名を知っているのは…どうしてだ?」
伯爵は案の定驚いた。
「…その女性のものなんですね。」
「ああ。皇王が執心していた女性だ。皇国内でも有名な美女だったらしいが…」
「ヒロキさんの母親です。…団長や皇国の人が言うには、ヒロキさんはそっくりらしいんですよ。母親に…」
リランはアランが言っていたことを思い出した。
「…何て言うことだ…どうして?そうしたら彼は皇国の前大臣の息子だ。」
伯爵は険しい顔をしていた。
「詳しくは知りませんが…団長が助けたとか言っていました。…本当に、感謝しているみたいでした。」
リランはヒロキがジンにだけ言葉を残したのを思い出して少し寂しくなった。
伯爵は、黙って考え込んでいた。
「…伯爵?」
伯爵はリランの声に顔を上げた。
「…前団長のレイ・タイナー…彼は皇国と繋がりを持っていたが、それを黙認していた大臣がいる。」
伯爵はリランを見て言った。
「それって…」
「レイ・タイナーはあくまでも一族の保護に動いた。黙認していた大臣は、彼に弱みでも握られていたのだろう。」
伯爵は苦い顔をしていた。
「その大臣は…一体…」
「詳しくは知らないが、レイ・タイナーが持っていた人脈をどこまで利用しているかだ。彼は強い騎士として名を馳せていた。皇国でも、手を伸ばせば誰か彼かは拾ってくれるだろう。」
伯爵はリランを見た。
「ライガの父親が黒幕に通じている可能性…ですか。」
「ああ。私も彼を知っているが、とても腕の立つ…尊敬できる男だ。ただ、お宝様を愛してしまっただけだ。」
伯爵は少し悲しそうに言った。
「アレックスさんは、前団長が黒幕とかではないと断言しているんですよ。」
リランはアレックスが否定したことを話した。
「彼やフロレンス家の子息は、前団長とは戦友のような立場だからな…そう考えても仕方ない。だが、一族が絡むとレイ・タイナーは変わる。」
伯爵は皮肉そうに笑った。
「…ライガみたいにですか?」
「…さあな。レイ・タイナーは何よりも消息不明だ。その他に大臣の息がかかっている者をリストにしよう。」
伯爵は執事に目をやった。
執事は紙とペンを取り出して、彼に渡した。
伯爵は紙にいくつかの名前を書き込み、リランに渡した。
「これは、帝国を壊すほどの威力があるものだ。」
伯爵はリランを見て言った。
「わかっています。けれど、俺は…皆のためにも必要なんです。」
リランは早く元に戻ることを望んでいた。
ヒロキの死を悲しむ時間のない今を、どうにかしたかった。
「…送って行かせよう。…皇国の国境だからこの前のようなことは無いように…」
伯爵はリランに頷き、執事を見た。
執事は礼をして、入ってきた時のようにリランを玄関まで案内した。
「ありがとうございます。」
リランは伯爵に礼をした。
「いや、いいんだよ。」
伯爵はリランに微笑んだ。
その顔は、マルコムにそっくりだった。
リランが去っていくのを窓から眺め、ブロック伯爵は溜息をついた。
「…いい子だな…マルコムはいい仲間を持ったが…」
伯爵の後ろには、リランを玄関まで送った執事がいた。
「旦那様。数名の私兵をつけました。」
執事は礼をして言った。
「案内する道は…?」
「安全な道です。」
執事は答えた。
「二日かかるな…、気が利くな…」
伯爵は執事を見た。
「…どうされますか?」
「帝都に行く。リラン君が帝都に帰る前に、手を打たないといけない。使えん大臣にクビ宣告と、手の早い暗殺者どもをどうにかしないとな…あとは、隠れて帝都で過ごすこともできるだろう。…事態を見送らないといけないからな。」
伯爵は執事を見て不敵に笑った。
「あんな情報を渡してよかったのですか?見る人が見たらわかる…あなたにとっての邪魔者の名前しか書いていない。」
執事は心配そうに伯爵を見た。
「話したことは本当のことだ。まあ、彼が仲間にあの情報を持って帰ってくれれば、事はいい方向に行くだろう。」
伯爵は笑っていた。
「マルコム様は…?」
執事は気を遣うように伯爵に訊いた。
「さあ?死にはしないだろう。」
伯爵は変わらず笑顔だった。
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