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崩壊へ
58.冷たくて
しおりを挟む夜の森は冷える。
体を密着させライガとミラは暖を取った。
「ミラの足、冷たい。」
ライガはミラの足を掴んで笑った。
「ライガの手は温かい。…ってライガも足冷たい。」
ミラもライガの足を掴んだ。
「あ、俺の足は触らない方が…」
「臭い…」
ミラはライガが言い終える前に顔を顰めた。
「だから…ね。言ったよね。」
ライガは溜息をついて、言った。
「私、ライガにそんな苦労させていたのね。…私の足…臭くないかな?」
ミラは申し訳なさそうにしたが、直ぐに自分の足の匂いを嗅いだ。
「ミラ…この前まで王城で暮らしていたとは思えないって。」
ライガはあまりにもはしたないミラの体勢をみて呆れたように笑った。
「ふふ…私の足も臭い。」
ミラは顔を顰めながら笑った。
「俺が言わないであげたのにね…」
ライガは溜息をついたが、こんなやり取りも幸せだった。
ブルルル
二人の後ろにいるポチが構ってほしそうに鼻を鳴らした。
「ポチお手洗い?」
ミラはポチを心配そうに見た。
「さっきたくさん出していたからたぶん構って欲しいんじゃないかな?」
ライガはいい感じになるたびに鼻を鳴らすポチを軽く睨んだ。ポチはライガのそっぽを向くような仕草をした。
「ポチの手冷たい。」
ミラはポチのひづめを触って悲しそうにした。
「ポチは足だからね。ミラ。こっちにおいで。」
ライガはポチを軽く睨みならミラを手招きした。
ミラはポチの頭を軽く撫でてライガの胸に飛び込んだ。
「冷えるから離れないで。」
ライガはミラを腕で包み込んだ。ミラは嬉しそうにライガの胸に顔を摺り寄せた。
「明日は山奥に行こうか。そこで小屋でも作って…」
「畑を耕して作物を作って二人で町に売りに行こう。」
ミラは目を輝かせて言った。
「そうだね。…そんな暮らしもあるんだよな。」
ライガはふと剣に目をやった。
「でも、ライガは鍛錬を怠っちゃダメだよ。いつか団長さんを倒すんでしょ?」
ミラはライガの鼻を指でつついた。
「気が重いな…」
ライガはミラに顔を顰めて見せた。
「ライガ、ポチみたいで可愛い。」
ミラはライガの顔を見て、後ろのポチを指して言った。
「それは嫌だな…」
ライガは後ろのポチを睨んだ。
人が行きかう市場、日も落ちてきて晩御飯の買い出しや飲食店で騒ぎたいもの、女性と戯れたいもので賑わっていた。
そんな大通りから逸れた小屋の前で数人の騎士が俯いていた。
アランは真っ青な顔をしてひたすら下を見ていた。
リランは絶望した表情で何度も首を振っては涙を拭っていた。
マルコムは口元に怒りと憎しみを浮かべ、歯を食いしばっていた。
サンズは額に手を当てて静かに泣いていた。
「…俺のせいだ…俺の…俺が」
アランは何度も呟いていた。
「うるさい。」
マルコムは苛立ったような表情をアランに向けた。
「だって、みんなわかっているだろ!?俺がヒロキさんを置いて行かなければ…俺のせいだって!!ヒロキさんの言葉よりも団長の言葉を…」
アランは泣き出しそうな顔をしていた。
「だからうるさいって言ってんだろ!!気づけよ無能!!」
マルコムはアランに怒鳴った。
アランは普段なら飛び上がるのだが、ここは引き下がらなかった。
「無能だよ!!俺は…俺のせいだってマルコムだって」
アランが首を振ってマルコムに言いかけた時
バキン
マルコムはアランの顔を思いっきり殴った。
ズシャ
アランは地面に叩きつけられた。
「マルコム!!」
リランは思わずマルコムに飛び掛かろうとしたがサンズが止めた。
「だから気付けよ。お前は無能で弱い。」
マルコムはアランを見下ろして言った。
「何だよ」
アランは無能よりも弱いという言葉に少し反応した。
「お前が居たから何か変わったか?…思い上がりも甚だしい。勘違いするなよ。」
マルコムは口を歪めて言った。
「マルコム…」
アランはマルコムの言葉に拳を握った。
「正直言おう。ヒロキさんでなくて君が死ねばよかった。だけど、皇国の連中はヒロキさんを狙った。君ならすぐに死んでいたのにね。」
マルコムは冷たい目をアランに向けていた。
「おい、それは言い過ぎだって…」
サンズもさすがにこれ以上言わせない方がいいと判断したのか、マルコムを宥め始めた。
「アランはわかる必要があります。」
マルコムは首を振ってアランをまた見下ろした。
「どの道君がいない時を狙って接触を試みたはずだ。君が居ようといなかろうとね。弱い君がヒロキさんの死に責任を感じる資格は無いんだよ。」
マルコムは変わらずアランに冷たい目を向けていた。
「だけど、俺がいれば…」
「君が認識すべきは、君の方が死ぬのに相応しい価値の人間ってことだよ。」
マルコムは吐き捨てるように言った。
流石にこれにはリランが飛びかかった。
マルコムはリランの拳を叩いて弾いて、足払いをして彼を地面に押し付けた。
「君もだ。今の君たちが代わりに死ねばよかったのにね。」
マルコムはアランとリランを見下ろして言った。
「マルコム…これ以上は…」
サンズはマルコムの肩を掴んだ。
マルコムもさすがにサンズには力負けをする。
「…わかりました。」
マルコムはリランを抑える手を止めた。
「…今は俺たちが争っている場合じゃない。アランもいつまでも自分を責めるな。」
サンズはアランを見て慰めるように言った。
サンズの言葉で事態は収まったわけではなく、アランとリランはマルコムを睨んでいた。マルコムは二人の視線を受けても気にした様子はなかった。
「…とにかく休め。お前等全員だ。わかったな!!」
サンズは三人を指さして言った。
「で…ですが!」
アランが何か言おうとしたときサンズは首を振った。
「ずっと動きっぱなしだったんだ。何があっても休ませる。明るくなってから全部始めろ!!」
サンズは三人に有無を言わせない口調で言った。
三人は不満そうにサンズを見たが仕方なさそうに小屋の中に入って行った。
「…おい」
サンズは近くにいた騎士に声をかけた。
「はい…」
騎士もヒロキのことが悲しい様で、目を腫らしていた。
「ミヤビを探してくれ。必ず集団で動け。…おそらく今の精鋭は動けない。」
サンズは縋るように言った。
「わかりました。」
騎士は姿勢を正してサンズに礼をした。
彼は複数の騎士を連れて歩いて行った。
サンズは溜息をついて小屋の前に立って見張りのようにしていた。
歯を食いしばり、鬼の形相で、涙をこらえていた。
「後で来るって言ったのは…誰ですか。」
サンズは堪え切れない涙を流しながら一人誰が聞くわけでもないのに呟いた。
「俺には下手に追うなって言ったくせに…」
サンズは誰が聞いているわけでもないのに憎まれ口を叩いた。
小屋のヒロキがいる部屋にはジンとアレックスがいた。
ジンは横たわり、冷たくなったヒロキの髪を撫でていた。
手は握ったままだった。
アレックスは心配そうにジンを見ていた。
「…手が冷えている…」
ジンはヒロキの手を両手で包んで温めるようにさすった。
「団長…」
アレックスはジンの肩を叩いた。
ジンは黙ってヒロキの手を放した。
ヒロキは手を胸の前に置かれ、ベッドの上で眠っているようだった。
「…アレックス、無理をするな。」
ジンはアレックスに目を向けた。
「無理なんて…」
アレックスは俯いて首を振った。
「お前もみんな疲れているだろ…休め…」
ジンは俯いて言った。
「団長も…」
「頼む…」
ジンはアレックスを見た。
「…」
アレックスはジンを真っすぐ見た。
「…まだ、ここに居させてくれ。」
ジンは縋るようにアレックスに言った。
「断れるわけ、ないじゃないですか…」
アレックスは目を伏せて答えると、ジンに礼をした。ヒロキにも。
「では…失礼します。」
アレックスは部屋から出て扉を閉めた。
外に出て一人で見張りでもしようと思い、外に向かった。
もう夜遅い、みんなきっと休んでいるだろう。その証拠に小屋の中のあちこちの部屋には人の気配がある。
今日は動きっぱなしであったのだから休んで明日から、また動けばいい。
アレックスは、姿は見えないが隊員たちを労った。
アレックスは明日からのことを考えた。何から手を付けるか、帝都の騎士たちを大勢呼んでいるからここに本部を設置しようかとも考えた。
頭を忙しく働かせていないとやっていけない。
アレックスはやけくそのように外への扉を開いた。
「!?」
外には驚いた顔をしたサンズがいた。
「おい…お前、休めって…」
アレックスはサンズの様子を見て言葉を止めた。
目が赤い。
ここで一人で泣いていたのだろう。
「…考えることは、同じか…」
アレックスはいつもなら呆れて笑うのだが、今は歯を食いしばって涙をこらえた。
「アレックス…先輩。」
サンズはアレックスの顔を見ると、涙を流し始めた。
「取ってつけたような先輩止めろ…もう。」
アレックスはサンズの胸を軽く叩いた。
サンズは少しだけ笑みを浮かべてアレックスに軽く礼をした。
アレックスはサンズの横に並び、二人で見張りの様に立った。
「アレックス…」
サンズはしばらくの沈黙のあとアレックスに声をかけた。
「何だ?」
アレックスはサンズを見ず、前だけ見て応えた。
「ガキどもが暴れまくるから俺がしっかりと叱らないといけないのに…」
サンズもアレックスと同じく前だけ見て話した。
「…」
アレックスはサンズの肩を叩いた。
「悲しくて悲しくて仕方ねえんだよ…団長はもっと辛いのに、俺は…」
サンズは、今回は涙を堪えずに顔を歪めた。
「だったら、無理をするなよ。馬鹿が。」
アレックスはサンズの頭を叩いた。
「…お前もな。」
サンズはアレックスの頭を叩いた。
チリン
「綺麗…」
道に落ちているキラキラと光る鈴を見下ろしてミヤビは笑っていた。
「これ…やっぱり。」
ミヤビは宝物を拾うように鈴を持ち上げた。
空は暗く、夜は深くなっていた。
「ふふ、思った通りだ。」
ミヤビは空を見上げて嬉しそうに笑った。
ミヤビは鈴をつまみ、方位磁針のようにあちこちに向けて方角を確かめていた。
「どっちに行ったのかな?」
ミヤビは無邪気に遊ぶように鈴を鳴らしながら周りを見た。
チリン
「こっちの方が音が綺麗かも。ふふふ」
ミヤビは森の方を指さして言うと、堪えきれないように笑い出した。
「今の私の勘、当たるからなー」
ミヤビは誰もいないのに、一人で笑いながら同意を求めるように言った。
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