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崩壊へ
55.歪みの方角
しおりを挟む市場の一角の小屋でアシ、イシュはうなだれて居た。
「…やっちまったな…」
イシュはアシの肩を叩いた。
アシは呆然としていた。
「まあ、あいつは予定になかったから、今はお宝様だけもらうように方向転換しよう。」
イシュはアシを慰めるように言った。
「…刺しちまった。俺、お前の矢が飛んで刺さったのに…」
アシは自分の手を見ていた。
「あれで俺たちが逃げられたのは幸運だ。シューラはもう体制を整えに一旦戻っている。」
イシュはアシの手を掴んだ。
「…」
アシは何か考え込むように俯いた。
「言っただろ…実力者だって、だから負けそうになったことは…」
「負けていた。お前の矢が無ければ俺は負けていた。」
アシはイシュを見て断言した。
「…とにかく、ここの市場に騎士団が集まるのも時間の問題だ。俺たちはライガたちを追って…」
イシュはアシの肩を叩いた。アシは変わらず呆然としている。
「あの弓の女が単独行動しているらしい。うまくライガとぶつけられれば…」
イシュはアシを諭すように彼の目を見て言った。
「…すごく綺麗だった…」
アシはおもむろに自分の小刀を取り出した。それには血がべっとりとついていた。
「あのコマチの息子だから当然だろ。…早くそれを整備しろ。」
イシュは何やら険しい顔をして言った。
「…」
アシは血まみれの小刀を眺め、しばらくすると口元に笑みを浮かべた。
「俺が殺した…」
アシは笑みを含ませて呟いた。
市場の周りをぐるぐると少しずつ範囲を広げてミヤビはライガを探していた。
「おい!!ミヤビ!!単独行動は止めろ!!ヒロキさんが大変な時に…」
ミヤビの後ろからサンズが説教するように叫んだ。
「早く元凶を見つけないといけないですよね。だって、全部、全部、ライガがあの女と逃げたことから始まったんですよ。それを始末しないと…」
ミヤビはサンズの言葉を聞き入れない様子だった。
「いい加減にしろ!!お前、マルコムは冷静になったぞ!!」
サンズは思わず叱った。
「彼と私は違いますよ。あいつ、女の子を殴るなんて最低。」
ミヤビは腫れている頬をさすりながら言った。
「アランにやったことも訊いた。手段はよくないが、お前にも非がある。」
「サンズさんはヒロキさんの方に行った方がいいんじゃないですか?」
ミヤビはサンズを見て淡々と言った。
「お前もだ。」
「だって、サンズさんの方が付き合いが長いですよね。…みんなわかっているんですよね。」
ミヤビはサンズを見て皮肉気に笑った。
「…」
サンズはミヤビの言葉に黙った。
「アランが医者を呼びに行きましたが…わかりますよ。私だって、ヒロキさんが助からないことくらい…」
「やめろ!!」
サンズはミヤビの言葉に怒鳴った。
「じゃあ、私の行動は遮りでもないですよ。医者に見せるのも…自己満足ですよね。貴族であるあなたの力を発揮できるかもしれない場面だから…」
「可能性に縋るのが普通だろ!!お前どうしたんだ?」
サンズは思った以上に声を荒げてミヤビに怒鳴った。
「ライガを追わないといけないのに追わない方もどうかしていますよ!!」
ミヤビは叫ぶと馬を走らせ始めた。
「おい!!ミヤビ!!」
サンズは舌打ちをしてミヤビの後を追った。
市場に場違いな馬車が着いた。
馬車に乗った白衣の男と、執事のような姿をした男とその手伝いのような数人の男が出てきた。
それに加えて警備のような男が二人。
「…あちらですね。」
執事のような男が先導して市場の色んな人の視線を受けながら一行は進んだ。
市場の大通りから少し逸れた小屋の前に着くと、小屋の前に立っている青年が集団に気付いて姿勢を正した。
「…あなたは。」
執事は青年に見覚えあるのか少し驚いた顔した。
「フロレンス家執事のチャーリー殿。久しぶりです。お医者様も早くこちらへ。」
入り口にいた青年は慣れた様子で礼をして、一行を小屋の中に案内した。
「…マルコム殿はこちらでの仕事になるのですか?」
チャーリーは案内をして居る青年のマルコムを見て訊いた。
「今はここが…それよりも早く」
マルコムはチャーリーと医者を見て急かすように一室に通した。
チャーリーたちが通された部屋には、ベッドと椅子があった。
椅子には色が白く顔に包帯を巻いて騎士の恰好をした男が座っており、ベッドに横たわる者の方をずっと向いている。
「…こちらですか…」
チャーリーはベッドの方を見て、包帯の男に訊いた。
「…」
包帯の男は無言で頷いた。動きがたどたどしく、相当参っている様子だ。
これがあの帝国騎士団団長だとは思えないほどだ。
医者とチャーリーは協力して、ベッドに横たわる者を診始めた。
正直顔だけ見ると、線が細い美人にしか見えず、男か女かわからないが、彼は間違いなく男だ。
傷を見るために服を脱がすと、本当に騎士なのかと思うほど細かった。
筋肉が付きにくい体質なのだろう。
わき腹の怪我や、背中の矢が刺さった部分は、筋肉粒隆々であったなら問題なかっただろう。かなり痛いが。
細いのが命取り。
チャーリーは彼を見てそう判断した。
医者も同じようで険しい顔をしていた。
「う…」
絶え絶えの呼吸の合間にたまに痛みに呻いている。
「…そうとう苦しいでしょう…」
チャーリーは彼の様子を見て呟いた。
「…とにかく、傷に菌が入らないようにと…いくつか薬を」
医者は一緒に入ってきた手伝いに目配せをした。
包帯の男は呆然としている。
「…団長。治療に入りますから一旦出ましょう。」
マルコムが彼に気を遣って、部屋の外に手を引いた。
「…ここにいる。」
包帯の男は席を立って、部屋の隅に向かった。
本来ならよく見ないで場所が分かるなと感心するところだが、彼の様子や状況からそれどころではなかった。
午前中にどうにか報告を終えて、昼前に帝都を出られるようになってアレックスは安心していた。
いや、安心はできない。
数人の騎士を自分と先につれた。
本当はそれだけでよかったのだが、何を不安がっているのか上がアレックスが離れるのを嫌がったため、その後市場を中心に騎士団を動かすように連絡体制を臨時で変えた。
アランの顔を見てヒロキの容態は思わしくないことは容易に想像できた。
さきほどフロレンス家から医者を派遣したという話を聞いたが、どうやらサンズが家の力を使って動くほどの事態だ。
動いているメンツを見ると、団長のジンは精神的に動ける状態ではないのだろう。
今頃リランとアランは目的地に着いているころだろう。
「行くぞ。」
アレックスは数人の騎士に声をかけて馬を走らせた。
騎士団ももうアレックスが団長になるという噂が広まっているのか、彼に対していつも以上に従順だった。
精鋭は別物というがそれは本当だ。
精鋭部隊が作られる前の体制では、アレックス、サンズ、ヒロキはそれぞれ部隊を持って隊長をやることになる。
マルコム、ライガ、ミヤビ、アラン、リランは若いため副隊長までしか任せられないが、純粋に実力で言うとその形になる。
ただ、ジンが騎士団全体での純粋な強さで人を集め、精鋭部隊を作り上げた。
そこには騎士団の士気を王族であるジンに向けやすくするためや、強い騎士を帝都に置くためという思惑があったのだろう。
「もう、思惑はいっぱいだ。」
アレックスは思考の度々にどこかしこの思惑がよぎることに嫌気がさした。
ジンが騎士団団長から逃げ出したいと思っていたのも理解できる。彼は若すぎた。
若く強い王族の騎士が、王族の権威を保つための生命線だった。
お宝様の一族と、王家を結ぶ…
アレックスはかつて接した一族の人間を思い出した。
会ったのは、数週間前のことだがずいぶん昔のことに思える。
「…戻りてえよ。」
ジンには悪いが、彼が団長でヒロキが副団長、サンズと自分がライガを始めとした後輩の面倒を見る日々が恋しい。
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