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逃避へ
33.感情に任せて
しおりを挟む訓練所には無残な木屑となった丸太たちや、無残に壊れた槍や剣が転がっていた。
「いい加減にしろ。」
サンズは残骸らの前で俯いているマルコムとミヤビを叱咤するように言った。
「俺は、みんなが何でそんなに冷静なのかわかりません。裏切りですよ。」
マルコムはサンズを睨んだ。
「ライガは私たちを捨てたんですよ。サンズさん。命を預け合った仲なのに…それなのに、小さい時しか知らない生ぬるいような奴を選んだ。」
ミヤビは吐き捨てるように言った。
「俺だって腸煮えくり返りそうだけどよ、お前等の様子見ているとそれどころじゃないんだ。」
サンズは溜息をついた。
「団長も副団長も深刻に考えていない。いや、あの二人はライガがお宝様に対して並々ならぬ想いを持っていたこと、知っていた可能性もある。」
マルコムは顔を歪めたまま考え込むように呟いていた。
「…ライガが抱いていた?彼女から何か言っていたんでしょ。クズ王子に嫁ぐ前にイケメンといい思いで作りたかっただけじゃないの?それに流されたライガもライガよ。…殺してやる。」
ミヤビは憎悪を露わにしていた。
サンズは二人の様子を見て困ったような顔をした。
「お前等二人は、仲間として裏切られたことがショックなだけじゃないんだな。」
サンズの言葉に二人は目を上げただけだった。
『…勘弁してくれよ。俺だって怒りたいのによ…』
サンズは内心溜息をついた。
謁見の間から移動する時、また同じ渡り廊下の同じ柱の後ろにヒロキはいた。
「待ってくれたのか?」
ジンは柱に寄りかかっているヒロキの前に出た。
「当然ですよね。何を王様たちに言ったのか知りたいですからね。」
ヒロキは柱から背を離してジンの前に向き直った。
「…そうだな。俺は随分弱気なことを言った。」
ジンは歩き出した。ヒロキにも並んで歩くことを促すように彼を見た。
ヒロキはジンの横に並んで二人は廊下を歩いた。
「あんたは勝気に見えて、えらく弱気ですよ。みんなは気付いているかわからないですが、王族や帝国に命を投げやりに預けていたのが証拠です。」
「投げやりか…そうかもしれない。」
「前団長のことは、決まりだから仕方ない。あんたが強かった。それは騎士団全員が分かっている。その後の王族の言いなりになって体制を変えたのは後悔しているからですよね。」
ヒロキは横を歩くジンを探る様に見た。
「同じことを言って来た。」
ジンは諦めたように笑った。
「俺に隠し通せると思っていたんですか?バレバレです。」
ヒロキは弱気な表情のジンを揶揄うように笑った。
ジンは足を止めて、歩みを進めていたヒロキの腕を掴んだ。
「そうだな。」
「そうですよ。」
ヒロキは歩みを止めた。
ジンは何かを堪えるように俯いた。
「胸貸しますか?」
ヒロキは腕を掴まれたままだが両手を広げて胸を張った。
ジンは何も言わずにヒロキの腕を引いた。
勢いよくジンの胸に吸い込まれたヒロキだが、彼がぶつかるとジンは少し呻いた。
「やっぱり、あばらやっていますね。」
ヒロキはジンの顔を見上げて心配そうな顔をした。
「…そうだな。」
ジンは両手でそのままヒロキを包んだ。
「今度は俺が手を引きます。」
ヒロキは仕方なさそうな顔をして、あやすようにジンの背中を叩いた。
「…そうだな。」
ジンは何かを堪えるように歯を食いしばった。
山小屋の中は思った通り汚かった。
埃が舞い、蜘蛛の巣が張っていた。
ライガは窓を開けて、外の空気を入れた。
「ミラ。外から木の枝をいくつか持ってきて貰える?」
ライガは蜘蛛の巣を興味深そうに見ているミラを見て言った。
「わかった。枝ね。」
ミラは役に立てることがあって嬉しいのか目を輝かせた。
弾む様な足取りでミラは外に出て行った。
ライガは台所を確認した。
台所部分は石造りだが、置いてある鍋は錆びており、かまどは小動物の巣になっていた。
幸い水は近くに小川があり、そこから調達できた。
水をいくつかぼろいバケツに汲むと最初は水漏れを起こしたが、何度か汲むうちに水漏れは少なくなった。
充分な水を確保し、埃まみれの寝床にあった布団を斬り、雑巾にして窓を拭いた。
暫くすると髪に木の枝や葉をつけたミラが弾みながら戻ってきた。
「ライガ。これでいい?」
ミラは両手で持てないほどの枝をドレスの裾を持ってためるようにしていた。
ドレスの下のミラの白い足が太ももまで露わになり、ライガは咄嗟に目を逸らした。
「あ、うん。そこに置いて。」
ライガは窓の前を指定した。
ミラは不思議そうな顔をしたが、直ぐに頷き枝を指定された場所に置いた。
彼女の持ってきた枝で簡易的な箒を作って蜘蛛の巣と埃を払い、残ったところは雑巾で拭いた。
ミラは積極的に取り組み、綺麗になっていく過程が面白いのかずっと笑顔だった。
寝床の布団で洗えそうなものは水に浸し念入りに洗った。
埃を払い、布団を洗い、残りは台所だった。
溜息をついてライガはかまどの掃除にかかった。
とにかく色んなものを退治してどうにか最低限の台所を得た。
埃が染みついた分厚い布団で水気を拭い、かまどに火をたいた。
ミラが持ってきてくれた枝を薪にしていると彼女も薪を入れたいのか覗き込むように見ていた。
掃除が終わって、食材の調達もできたが、布団は乾いていない。
今日買った大きな布を広げた。
「これで本当はミラの服を作ろうと思ったんだ。けれど、今日は布団にしよう。」
ライガの提案にミラはキョトンとしたが、直ぐに笑顔で頷いた。
硬い木のベッドに布をひいた。
「そうだ。ドレス脱がないと…」
ミラは慌てて身に着けていた服を脱ぎ始めた。
ライガはまた目を逸らした。
「ミラ。それは俺の目の前でやらないで欲しい。」
ライガの言葉にミラは悲しそうな顔をした。
「ごめんなさい。お行儀が悪かったのね。」
ミラは悲しそうに笑うと別の部屋に行こうとした。
「違うんだ。…その、俺が紳士でなくなってしまうんだ。」
ライガは先ほどの見えた彼女の白い足を思い出していた。
「私は紳士でなくても、ライガが好き。だから気にしないよ。」
ミラは首を傾げてライガを見ていた。
「君が、君が欲しくなるんだ!!」
ライガはやけくそになって叫んだ。
ミラはしばらくキョトンとしていたが、何かに気付いたのか顔が真っ赤になった。
「ごめん。俺はミラを傷つけたくないけど、自分を抑えられなくなると…君を傷つけてしまうかもしれない。」
ライガは未だミラから顔を逸らしていた。
ミラはライガの前に乗り出した。
「ライガならいい。ライガがいい。」
ミラは服の奥に忍ばせていた白い髪飾りを出してライガに見せて微笑んだ。
ライガは白い髪飾りを見ると、たまらない気持ちで胸が締め付けられた。
そして、微笑みミラを見た時、何かが彼の中で崩れた。
思いっきりミラを抱き寄せた。
あまりに思い切りが良すぎてミラの頭が勢い読む胸にぶつかり少し痛みに呻いた。
ミラが自分の胸の中にいることと、邪魔をするものがいないこと、そして髪飾りを翳して微笑む彼女を見てライガは自分の中の理性が飛んだ気がした。
「…ごめん。これから、ひどいことをすると思うけど、嫌だったら…」
息を荒くして、出来るだけ慎重に、丁寧にミラに触れた。
「私は、ライガに触って欲しい。」
ミラは顔を上げてライガを見た。
「ずっと思っていたの。恥ずかしくて言えなかったけど…私はライガに触って欲しい。」
ミラは少し媚びるように小首を傾げた。
「…ライガは、そんな私嫌じ…」
ミラが言い終わる前にライガは耐え切れなくなり口を重ねた。
いつもの木の上でしたような、ささやかなものではなく、深く、もっと欲のあるものだった。
ミラが震えているのを察して慌ててライガは口を離した。
「ご…ごめん。急に…」
ライガはミラを傷つけたと思い慌てて謝った。
「だ…大丈夫。びっくりしただけ。」
ミラは息を切らして顔を真っ赤にしていた。
苦しかったのか目に涙が滲んでいて、頬が赤いのがまた目に毒だった。
一生懸命欲を払うようにライガは首を振った。
深呼吸をして、ライガはミラの前に跪いた。
「…ミラ。俺と結婚してください。俺と夫婦になってください。」
両手を差し出し、ミラを見上げた。
自分ながら非常に卑怯な手だと思っていた。
お互いの想いの確信はあるのに、一緒に逃げて、自分しかいない状態で更に確認しようとしている。
彼女を、自分だけの女性にしたくて仕方ないのだ。
「…喜んで。」
ミラは涙目で、笑顔で答えた。
あの時の逃げる約束をしたときのように、いや、それよりもずっと彼女は輝いていた。
たぶんそれは後で考えていたのだろう。
彼女から了承の返事を聞くと、限界だった理性でライガはミラをまた腕の中にいれ、何度も何度も唇を重ねた。
何度目かでミラと目が合うと、ゆっくりと彼女を布の上に倒した。
手を重ねても絡めても、どんなに触れ合っても満たされず足りなかった触れ合いを、二人で求め合った。
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