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32.魔の影たち

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 王城の謁見の間では、王座に座ったこの国の王と、両脇に睨みあった二人の家臣が苦い顔をしていた。



 三人の前では、ジンが跪いていた。



「どういうことだ?団長。おたくの部下が、お宝様をつれて逃げた。」

 王はジンを見下ろしていた。



 王はジンを見ているのに、両脇の家臣をお互いをけん制するように睨みあっていた。



「おそらく、駆け落ちのようなものでしょう。」

 ジンは淡々と言った。



「わが息子の妻となる女性だ!!」

 王は唾を飛ばして怒鳴った。



「王。これを機会にお宝様を王家に嫁がせるのをやめてはいかがでしょうか?」

 睨みあっていた家臣の一人がにやにやと嫌な笑みを浮かべて提案するように言った。



「伝統だ!!我が国の…我が国が成り立つために必要だ!!」

 王は頑なに首を振って言った。



「しかし、このような前例があった以上、一族の不信感から敵国へ寝返る可能性も…」

 もう一人の家臣も言った。



「そうですよ。例えば、貴族階級との縁談でも、王家に従う立場ですから。」

 二人の家臣たちは頷き合いながら言った。





「これからのことは三方でお話しください。」

 ジンは三人の様子を見て溜息をついた。



「王の前で無礼な!!」

 家臣がジンの態度に怒鳴った。



「皇国の者がいました。どうやら、自分の命を狙いに来たようです。」

 ジンは王だけを見て言った。



「!?お前を?」

 王は驚き立ち上がった。



「騎士団団長。お前は仮にも王族だ。」

 家臣は苦々しそうにジンを見た。



「そ…そうだ。お前はこれからも騎士団を背負ってもらわないと…」

 王は慌てて取り繕うように、媚びるようにジンに言った。



 ジンはしばらく考え込むように俯いた。

 その様子を見守るように王はじっと見ていた。



 しばらくするとジンは首を振った。



「いえ。自分は団長を退くことを考えたいです。」

 ジンは両脇の家臣を見て言った。



 家臣たちの表情は少し明るくなった。

「そうか。いや、いいことだと思うぞ。今回の件の処理が終わったら…」

 先ほどまで睨みあっていた家臣二人は笑顔で頷き合っていた。



「いや。それは困る。…ではなく、お前以上の実力者がいないだろう。国一番の剣の腕で…」

 王は二人の家臣を睨んでからジンを見た。



「剣の腕よりも、騎士たちのどう思われているか、騎士たちを統率できるか、動かせるか、なによりも有事の際の判断が出来るかが大事です。自分にはそれが著しく欠如しています。」

 ジンは皮肉気に口元を歪ませ首を振った。



「ほら。やはりおぬしは物わかりがいいな。そうだ。で、次はだれにしようか…うちの倅など…」

 家臣の一人は頷き、笑顔で言った。



「ただし、剣の腕は帝国精鋭並みであり、戦場経験者であるのは必須です。実戦経験が無いといつでも騎士は見下し、従いません。騎士団の伝統は階級関係なしが根強いです。」

 ジンは王を見て言った。



「階級が関係ないなど…それは無法地帯ではないか?」

 言葉を止められた家臣が顔を赤くして喚くように言った。



「では、一番でなくとも強い剣士であることと騎士が付いてく程度の経験があることが必要です。…精鋭のアレックスを推します。」

 ジンは王だけを見て言った。



「おい!!あいつは市民階級の出身だろ!!」

 次は、もう一人の家臣がジンを咎めるように言った。



「副団長にはサンズかマルコム。二人ともお二人の大好きな貴族階級です。マルコムは国境地方の貴族ですから、抱え込んでおいて損はないですし、サンズは立派な王都の貴族です。」

 ジンは王だけを見て言った。



「…副団長のヒロキは?実力は申し分がない。」

 王はジンを見て訊いた。



 家臣の一人が少し苦々しい表情をした。が、すぐに笑顔で王を見た。

「それはいいですね。実は…わが娘が、ぜひ副団長どのと夫婦になりたいと言っておりまして、彼は中々な美麗な外見ですし、品がある。」

 その片方の家臣の話しを聞いて、もう片方の家臣は顔色を変えた。



「待て。お前は出自がしっかりしていないとだめだとよく喚いているではないか。」

「騎士団長になる実力があれば申し分ない。教養もあるようだしな。」

「お前の娘ブスではないか。お笑いものだな。」

「なんだと?」

「それよりも、我が家がお宝様の一族を…」

「デブしかいない肥満家系がお宝様の一族を守れると?」

「なんだと?」



 家臣たちは喧嘩を始めた。



「それよりも、今は逃亡した二人を追うことが大事です。国境は閉鎖しましたか?」

 ジンは呆れながら家臣を見た。



「抜かりはない。」

 家臣たちは流石にまずいと思ったのか、姿勢を正して答えた。



「もちろん。お前の率いる直下部隊、精鋭部隊が責任を持って追うのだろう?」

 家臣二人は頷き合いながらジンに言った。



 王は不安そうにジンを見ている。



「なら…これを、私最後の仕事とさせてください。」

 ジンは王を見た。



 王は何か言いたげだったが、横の家臣たちは賛成するように頷いていた。



「…市民階級を騎士団団長に置くことは、必要です。自分の前は市民階級の騎士の家系の者でした。…自分は、未だに後悔しています。彼を力づくで団長から退けたことも…」

 ジンは王を真っすぐ見た。



「お前が強かったからだ。」

 王は苦い顔をした。



「…追跡の人員は精鋭から出しますが、帝都にはアレックスを残します。保証します。彼は間違いなく騎士団長に相応しいです。」

 ジンは跪いたまま深く礼をした。



「おぬしはどうするつもりだ。」

 家臣の一人はジンを見て訊いた。



「ヒロキを道連れにあちこち回りますかね…今回の件が処理できれば…ですね。」

 ジンは柔らかい笑みを浮かべた。



「王族なのだ。妻を娶り、子を残すことも考えないのか?」

 もう一人の家臣の言葉に王は少し過剰反応した。



「…追跡の方は全力で行います。騎士団はアレックスに引き継ぎます。」

 ジンは質問に答えず礼をして立ち上がった。



「わかった。おぬしは追跡に行くのだな。」

 家臣の一人はなにやら確認するようにジンに訊いた。



「…はい。」

 ジンはその家臣の方を推し量るように向いていた。







 山小屋に向かうと、馬が足を止めた。



「あれ?どうしたのかしら…」

 ミラは馬の様子の変化に顔を覗き込んで心配そうにしていた。



 ライガは剣に手をかけた。

「ミラ。ここで動かないように…」

 ライガは周りを見渡した。



「出てこい。」

 ライガはどこか一点を見つめて言った。



 ガサリ

 と音を立てて木陰から出てきたのは、アシだった。



「本当に両想いだったんだな。いや、疑っていたわけではないけどな。」

 アシは冷やかすようにライガとミラを見た。



「何のようだ?」

 ライガはアシを睨んだ。



「協力してやったのに、ひどいな。俺らは目的を達成できなかったけど…」

 アシはミラの方を見た。



「ほう。お宝様と言われるだけあるな。こりゃあ、美人さんだし、綺麗な目をしてやがる。」

 アシは言ってから不思議そうな顔をした。



「協力って、あなたライガに何をさせたの!?」

 ミラはアシを真っすぐ見て訊いた。



 アシは半笑いで首を振った。

「言うわけ…団長の暗殺のために精鋭の警備の位置を流してもらった…」

 またもやアシは言ってから顔色を変えた。



「ミラ。後で全て話す。」

 ライガはミラを見て、しっかりと言った。



 アシは目を見開いてミラを見た。



「お前がそんな風に言っていることは、団長はやっぱり殺されなかったんだな。」

 ライガは分かっていたことのように頷いて言った。



 ライガよりもアシはミラを見ていた。



「これが、鑑目か。…そりゃあ皇国も欲しがる…」

 アシは計るようにミラを見た。



 ライガはアシの視線を遮るようにミラの前に立った。



「彼女は渡さない。俺はミラと一緒になるためにここまで来た。彼女を道具のように扱うような奴には…」

 ライガはアシを睨んだ。



「わかっている。けどよ、ライガ。お前はこのまま終わると思っているのか?」

 アシはライガだけを見た。



「…わかっている。」



「わかっていないな。お前の仲間は相当キテいるぞ。」

 アシは頭を指さした。



「…みんなが追ってくるのか…」



「さあな。こっちも精鋭で来たのに二人、体おかしくしちまった。」

 アシは困ったように両手を上げて言った。



 そしてアシはライガたちが向かっていた山小屋とは逆方向に歩き始めた。



「気をつけろ。帝国騎士団の精鋭はやっぱり強いわ。」

 アシは手を振りながら言った。



 ライガは眉を顰めてアシの後姿を見送った。



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