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逃避へ
26.一矢の瞬間
しおりを挟むなにやらミラの後ろに真っ白な服を着た男が数人来た。
「…何事です?」
予定外なのか、ミラの近くにいたミヤビが新たに来た者たちを睨んだ。
「気にしないでください。騎士は警備に専念してください。」
男達はミヤビをチラリと睨んで言った。
「…感じ悪いな。」
マルコムは横目で男達を睨んで呟いた。
力の過信と言われるかもしれないが、帝国騎士団の精鋭部隊のメンツは、自分の腕に並々なら自信を持っている。
双子もミヤビ、そしてマルコムもその例外ではない。
マルコムは武器を軽く握り直して、有事の際には後ろの白い服の男を間違って殴ろうと決心した。
だいたい、こんな大げさな行事を急にやることに不自然さも感じている。
『甘く見るなよ。』
マルコムは内心舌打ちをした。
マルコムは地方貴族の出だが、野性的な勘は優れていると自負している。
彼の育った地域は、国境に位置し、胡散臭い異国人や、胡散臭い帝国の役人を見てきた。
新たに来た白い服の男達は、彼が見てきた胡散臭い輩に該当する何かがあった。
もちろん状況の変化にはミラも気付いていた。
何かがおかしい。
騎士も男たちが来たことを聞いていないようだ。
何か得体の知れない不安がこみ上げてきた。
王族の守りについているライガを見て、ミラは自分を励ました。
彼が手を取って逃げる約束だけが、ミラのこれからを支えるものだ。
外に出たらどう生活するのかは別にいい。
山に籠って、二人だけ世間から離れて暮らすのもいい。
今の王城の生活は何不自由がない。
しかし、手を泥だけにしたり、冷たい水にかじかんだりするのも彼と一緒に暮らすのなら待ち遠しいくらいだ。
そう、彼さえいればいい。
今も昔も、ライガがミラの世界の全てだ。
豪華な祭典を見ても変わらない。
ミラの後ろに変な男たちが数人来た。
予定外だが、何をするのかは分かっている。
ミラの目を潰す奴らだろう。
流石に祭典が終わるまではそんなことはさせないであろうが、急ぎ足過ぎではないかと思う。
王族、貴族、町の人と祭典の出し物を純粋に楽しんでいた。
何を目的としてこれが行われているのかも知らずに
こんな残酷な儀式があっていいのか。
彼女の手を引いて、逃げて、その先は苦しい生活だろうけど、彼女のために苦しんで働くのは全然構わない。
なにより、自分には剣の腕がある。
帝国騎士団の精鋭部隊に所属していた過去は腕を売り込むのに確実な保障だ。
ライガはアシとの約束を果たした。彼がライガとの約束を果たしてくれることを信じて、逃避の計画を頭の中で反芻していた。
団長には悪いが、狙われてもらってそのどさくさでミラを連れようと思っている。
別に団長が死んでもいいと思っているわけではない。ミラと逃げるのが一番であるのと、彼が簡単に殺されることは無いと、確信があるからだ。
団長だって何かしら考えがあるはずだ。剣舞に出ているヒロキだって、警備面に違いない。
確かに剣舞は美しいが、団長は副団長であるヒロキを信頼している。きっと、有事の際に動くよう言われているはずだ。
『おお、いやだいやだ』
ヒロキは向けられる視線に内心舌打ちしながらも、他の騎士に比べて圧倒的に振るわれることのない自分の剣を振れて嬉しい気持ちはあった。
回って、斬って、特に動きは決めていない。
仮想の敵で、今は団長のジンを想定している。
仮想敵のジンは、とにかくギッタギタにやっつける方向だ。
アレックスやサンズは気付いたようで、苦笑いをしている。
サンズは横にいる双子に何やら耳打ちをした。
どうやら、動きを見るように言われたのだろう。
王族の席で、ニヤリと笑うジンが見えた。
わかるはずだ。見えなくてもジンは。
『お前の変な推しのせいでこんな難儀なことをしているんだ。空想で切り刻むくらい許してくれよ。』
いつも敬語を使っているが、内心はタメ口か罵詈雑言しかジンには向けない。
たぶんそれもバレている。
チラリと目に入った、主賓であるお宝様の目が輝いている。
ヒロキには気持がよくわかった。
彼の頭の中に、13歳の時に初めて外の世界に触れた時がよぎった。
誰かに手を引かれて外に出るのは彼にも経験があった。
城の中しか知らないのは、悲しいことだと思う。
閉鎖された世界にも幸せはあるかもしれないが、ヒロキは外に出てよかったと思っている。
何不自由ない生活もよかったが、それよりも外の生活の方がずっと生きていると感じた。
今の生き方も満足している。いや、多少の不満はあるが。
だから、別にライガがお宝様の手を引いて逃げようと思っているのは構わない。
流石に仮想の敵に負けるわけにはいかないと思い、仮想敵のジンを切り刻もうとしたとき
ヒュン
と耳障りな風切り音が聞こえた。
その瞬間、仮想敵がジンでなくなった。
「逃げろ!!」
ヒロキは持っている剣を構え直した。
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