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手を取り合う
4.言葉の力
しおりを挟む鏡に映る顔はいつもと同じ。囚われた少女だった。
本当の名は呼ばれない、ただ「お宝様」と言われ、利用されるだけ。
更に難点なのは、鏡に映った自分の目を見て、嘘を付けないことだ。
「…結婚したくない。」
こぼれる本音は、誰も聞かない。
本当に望む相手と結婚できるのならどれだけいいだろうか。
何も知らなかったとき、嘘というものを知らなかった純粋な時。
笑い合って、無邪気に将来に希望を持っていた。
本当に望む相手と結婚など、願うなんてとんでもないことだと分かっている。
大人になんてなりたくなかった。ずっと、好きな人と一緒にいたかった。
小さい時、手を取って遊んでいた少年。
成長するにつれて生まれるのは、絶対に叶わない残酷な想いだった。
「ライガ。会いたいよ。」
小さかった少年から、立派な騎士になった青年を思い浮かべた。
遊んでいた少年は、今や立派な自分を守る存在だ。
そして、成長するにつれて二人の間には決定的な壁が生まれる。
いくら強くても一介の騎士と「お宝様」の一族、しかも自分は王家に嫁ぐことが決まっている次女だ。
二番目の少女は王家に嫁ぐ決まりになっている。
だが、王家に嫁ぐ決まりになっていなければ、自分はライガに小さい時から守ってもらうことも無かった。
あと数週間で、もうライガに会うことは叶わない立場になる。
コツン
窓に何かが当たる音がした。
「?」
気になって窓の外を見ると、青年が立っていた。
お人よしそうだが、どこか精悍さを感じる顔をした青年は、帝国騎士である「ライガ」だ。
「ライガ!!」
窓から飛び出そうとすると、外にいるライガが慌てた表情をした。
なにやら顎で指しているようだ。
ライガが指す方を見ると、大きな木がある。
飛び移れと言うのか。だが、どうやって戻るのだろう。
そんなことが頭によぎったが、考えるのは止めた。
ただ、満面の笑みで窓を開け、何も考えずに木に飛び移った。
久しぶりに木に触った気がした。
ただ、自分の着ている服が思った以上に動きにくく、木にしがみ付くのが精一杯だった。
「今行く。」
下にいるライガが口だけ動かして言った。
ライガは地面から木に登り始めた。
鍛えている騎士はやはりすんなりと登る。
あっという間に目の前に来た。
「お待たせ。」
屈託なく笑う彼の表情は、ただ自分の心に響く。
「今日は付いてくれなかったのはどうして?」
囚人の尋問の時、「お宝様」である自分は騎士を伴って仕事をする。
今日の伴に彼がいないことを少し拗ねた。
「ごめん。だって、俺が別の任務に出ているときに行ったんだ。」
ライガは困ったように眉を寄せて言った。
目を見ても自然に話してくれる。彼は昔からずっとそうだ。
「絶対に、団長は俺をつけないようにしている。」
ライガは険しい表情をしていた。
その彼の言葉通り、最近は彼がつくことは滅多になくなった。
久しぶりに見る彼の姿に涙が出そうになった。
「どうして、つけなくなったの?」
「それは、君の婚礼が近いからだと思う。」
ライガは少し照れと悲しさが混じった表情をした。
「何で?」
彼の目を見て訊くと、彼は急に目を逸らした。
「どうしたの?ライガ。」
今まで目を見てくれたのに、急に逸らされたことに不安になった。
「…これは、絶対に言ったらいけないことだから、お願いだから目を見ないで。聞かないでくれ。」
ライガは目を閉じて懸命な表情をしていた。
急に彼が遠い存在に感じて寂しくなった。
「…なんで。ライガ。どうして?私がお嫁に行くから目を見てくれないの?」
ライガは頷いた。
「そうだ。」
目の前が真っ暗になった。
心にいた唯一の光であった彼が、ライガが消えた気がした。
「…ライガ。私、お嫁に行きたくない。結婚したくない。」
ライガの腕を力いっぱい掴んだ。
骨ばっていて、筋肉質で、思ったよりもずっと太い腕だった。
「!?」
掴んだライガの腕が、背中に回されて体ごと引き寄せられた。
「…ライガ?」
予想外のことが起きて少し声がひっくり返った。
心臓がバクバクして周りの音が聞こえない。
くっついている身体の部分から、鼓動が伝わってしまうのではないかと思うと恥ずかしくて顔が熱くなった。
「団長はわかっているんだ。」
彼の声は震えていた。
「何が?」
自分も彼のことが言えないほど声が震えた。
「…俺が、君のことを…」
自分の心臓の鼓動だけでなく、彼の心臓もバクバクとしている。
ふと見える彼の耳は赤かった。
「俺が君のことを好きだからだ。」
彼の言葉は、心臓を止めてしまうのではないかというほど威力があった。
だが、それと同時に心を癒してくれるような幸せなものでもあった。
そして、聞きたくなかった残酷なものでもあった。
そんなことは関係ない、言葉の力とはすさまじいものだ。
「私も、お嫁に行きたくない。…ライガがいい!!」
叫ぶとライガは顔を向けた。
今度は目を合わせた。
「俺も君に行ってほしくない。会えなくなるのは嫌だ。」
顔は真っ赤で、目に涙をためていた。
情けない表情なのに、うれしい顔だ。
「君が好きだ。愛しているんだ。「ミラ」」
ライガは真っすぐ目を見て言った。
目を見て話してくれる人、そして名前を言ってくれる人。
「ミラ」それが「お宝様」である自分の本当の名前。
「私も、ライガが好き。」
幸せだ。今だけであっても、彼と一緒にいられるのは幸せだ。
目と目が合い、気持ちが重なると、そのまま顔が引力の作用のように引き寄せられた。
ライガとミラが寄り添い合う木を、ミラの部屋から見下ろしている二人の人影があった。
ミラが飛び降りた部屋の窓から覗き込むように見ていた。
「悲劇の再来にするのですか?」
見下ろす一人は騎士団副団長のヒロキだった。
ヒロキは後ろにいるもう一人に訊いた。
「俺が決めることではない。」
もう一人は騎士団団長のジンだった。
「何やっているか教えましょうか?見えないでしょう?」
ヒロキはジンを揶揄う口調だった。
「…そんなの聞かなくてもわかる。」
ジンは呆れたように笑った。
「俺は、結構あいつ等好きですけどね。」
ヒロキは木の上の二人の様子を見てキャーと言いながら笑っていた。
「…こんな茶番のような逢引きに手を貸すほどか?」
ジンはヒロキを責めるような口調だった。
「見たいくせにカッコつけないでください。」
ヒロキはジンが責めるように言ったのを気にしない様子で言った。
「お前は…俺を裏切らなければいい。」
ジンはヒロキの肩に手をかけて言った。
ヒロキは呆れたよう笑っていた。
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