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六本の糸~収束作戦編~

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 赤い星、火の星、神話では軍神が充てられる名前の星。そこにある国はその軍神とは違う神の名を騙っているが、力強さは感じられる。

 そこに向かう一つの戦艦とそれに続くように飛ぶ小さな沢山の影。



 赤い星の表面にあるのは廃墟のような遺跡のような構造物。破壊されているのだから廃墟だろう。

 廃墟が大多数を占める中、光る幾つかの構造物がある。戦艦はそこに向かっている。

 重力圏内に入る前に戦艦は軌道に乗るように星の表面をなぞるように動き始めた。ばらまくように黒い小さな影が戦艦から出て行く、それはゆっくりと戦艦に続いて飛んでいた沢山の影に向かっていた。



「試し打ちしていいですか?」

 シンタロウは慣れない宇宙空間でドールをじたばたさせていた。

『シンタロウはできるか?』

 通信に答えるのはキースだ。その声は少し心配の色が見える。

「ハンプス少佐そんな心配しなくてもいいですよ。」

 動きはじたばたしているが、シンタロウの声は冷静だった。



『ジョウさん。防衛ラインこちら側を優先して守る形で電波を逸らしてくれないか?』

 キースの言葉にシンタロウとジョウはフッと笑った。



『いいんですか?コウヤを納得させたのは本部を守るからと・・・・』

 ジョウは呆れているようだが、納得しているようだ。



「何のためにドールを戻らさせたんですか?ドールを無力化して洗脳されても対処できるようにするためですよね。」

 シンタロウは納得していないようだ。



『本部は遠い。あちらからの攻撃が届くまで時間がある。手前はそうはいかない。全部で最善を尽くす。』

 キースは断言するように言った。



『コウノ准尉とハンプス少佐。自分は電波の発生地を探りに行ってきます。お二人はここでフィーネの援護と宇宙空間に内での最終調整に入ってください。』

 ジョウはそう言うとドールを飛ばして行った。



『・・・・行っちまったか・・・・』

 キースはしんみりとした声で言った。



「自分たちも定位置に付きますか。とりあえずドールで銃を扱ったことが無いので試し打ちがしたいのですが?どこに向かってすればいいですか?」

 シンタロウはもうじたばたしてなかった。



『戦艦が遠ざかったら、ドールを殺すなよ。』

 キースの乗るドールはフィーネに付いてきた補助部隊の戦艦たちに向いていた。



「まだ近いですね。銃の威力は聞いていますが、流れ弾なら当たりそうですね。これレーザーなんですよね。」

 シンタロウのドールには背中に銃が付属されている。今までのドールの形とは違った。



『・・・・頑張ろうぜ。シンタロウ。』

「はい。隊長。」

 シンタロウは照準を付いてきている補助部隊のドールに合わせた。











 



 操舵室のモニターには宇宙空間に出た三体のドールが映っていた。

「俺らはコウヤ達を目的地に降ろせる場所までいく。火星の重力圏内にはいる。」

 レスリーは舵を握るモーガンに言った。



「ハンプス少佐達は・・・・・?」

 リリーは恐る恐る訊いた。



「あの三人は宇宙空間に残ってもらいます。大丈夫です。空気も数日持ちます。」

 イジーは横のリリーに言った。



「コウヤ達の作業が終われば、直ぐに回収する。火星は地球よりも宙に出やすい。」

 レスリーはそう言うと艦長の席に座った。



「・・・・ハンプス少佐とシンタロウは何をするつもりですか?」

 モーガンは舵を握ったままレスリーを見た。



「補助部隊のドールを戦闘不能にしてもらう。ドールは的が小さいから狙える時に狙う。敵に回っても的のでかい戦艦は狙い撃ちができる。ドールはそうはいかないというわけだ。」

 レスリーは淡々と言った。



「「え?」」

 リリーとモーガンは声を揃えた。



「シンタロウは少しでも手間を省くために、対処できる方を選んだんです。」

 イジーは補足するように言った。



 レスリーは頷かずにモーガンに視線を向けた。

「・・・モーガン。降下準備だ。二人はその旨を艦内放送しろ。非戦闘員は操舵室に呼べ。砲撃のスイッチくらいは押せるだろう。」



「・・・わかりました。」

 リリーは深呼吸をしてから艦内放送を繋げた。



「・・・・火星に降下します。全員揺れに備えてください。また、戦闘状態に移れるようにしてください。」

 リリーはかつてのフィーネで言っていたような口調で艦内放送をした。



「非戦闘員は操舵室に集まってください。」

 イジーは付け足すように言った。



「降下に準備に入ります。」

 モーガンは周りを見渡して言った。





 



 格納庫ではマックスが各ドールの前で大きく身振り手振りして叫んでいた。



「俺とカカはここから離れる。出るときは通信で教えてくれ。」

 マックスの様子から各ドールには人が乗っているようだ。



 特に返事があったわけではないが、マックスはドールを見て頷き傍にいたカカの腕を引いて格納庫から出て行った。

 格納庫は大きく揺れていたが、マックスとカカの足取りははっきりとしていた。

 降下は大気圏突破以上に戦艦に負荷がかかる。地球を出るとき以上に厳重なロックが必要だ。

 戦艦の表面上に絶え間なく電磁波を流し装甲を強く保つため、通信はもちろん、出撃もできない。



『頼もしいな。』

 マックスの様子を見てクロスは感心していた。



『そうだな。肝が据わっているのか、この状況でも怯えを出さない。』

 ハクトも同じく感心していた。



『あー・・・・うん。そうだね。』

 ユイは曖昧に同意した・。



『怖い奴はいないか?』

 ディアは冷やかすように言った。きっとにやけているのだろう。



『ここまで来て怖いって言っても、あんたは頑張れぐらいしか言わないでしょ?』

 レイラは呆れたような声だった。



「あ、俺怖い。なんかすごく揺れている。」

 コウヤは誰も見ていないが手を挙げた。



『我慢だ。』

『頑張れ。』

『ファイト!!』

『そうか。』

『ああ、あんたはね』

 それぞれが冷たい気がした。



「声かけたくせにディア頑張れも言わないじゃん!!」

 コウヤは抗議の声をあげた。



『何かするとは言っていない。』

 ディアはシレっとした態度だろう。開き直ったような何ともないような顔をしているのが目に浮かぶ。



『相変わらず嫌な女だね。君は』

 クロスは素の口調で言った。



『お前に言われたくないな。』

 ディアは慣れているように返した。



『あー、嫌だ嫌だ。この腹黒性悪の二人。頭が軽い分ユイのほうが接しやすいわ。』

 レイラはため息をついた。



『聞き捨てならん!!』

 ユイが叫んだ。



『頭がゆるキャラならコウも負けてないよ。』

 クロスはきっとニヤニヤしているだろう。



『同感だ。』

 さっきまで言い争っていたディアは頷いた。



『お前らは気が合うのか合わないのかわからないな。』

 ハクトはため息をついた。



『同族嫌悪よ。同じようなタイプだからね。』

 ユイはふふんと笑いながら言った。



『賢くなったのねユイ。』

 レイラは感心していた。



『ひどーい!!それはレイラだってそうじゃん。元から賢かったみたいな顔しているけど、レイラもおバカさんだったでしょ?』

 ユイはキーキーと抗議した。



 コウヤは皆のやり取りを聞いて安心していた。そして、嬉しかった。

 口元に笑みを浮かべた時、コウヤははっとなった。



「聞き捨てならん!!」





 






 狙うとしたらちょうど施設と「天」が向かい合うときだ。防衛ラインを知っているのは勿論だからそこも潰しにかかるだろうな。

 おおよその検討を付けてその直線上にかかった。

 生まれた国、人生をかけていた国。



「俺は、他人にどう言われようと、幸せだった。」

 ジョウは自分の頭に手をかけ、宇宙用スーツのヘルメットを脱いだ。



 目を瞑り破壊された祖国に向かって意識を向けた。



 やはりジョウの思った通りで、対面する時を狙っている。



「・・・あと数分か・・・・。」

 ジョウはチラリと自分が来た方向を見た。



「ロアンさん。あなたの娘・・・・貴方に似てきていました。」

 ジョウは脱力するように座席に体重をかけた。



「悔やむことがあるのなら・・・・彼女にもう少し早く気づきたかったです。」

 ジョウは口元に笑みを浮かべていた。



「・・・・・え・・・?」

 何かに気付いたのかジョウは顔色を変えた。



「違う・・・罠だ。」

 ジョウは急いで元来た方向を見た。









 ガタガタ揺れる戦艦は火星の重力圏に入りつつあることを語る。

「揺れがひどいです・・・・・地球から出る時よりも・・・・」

 リリーは机にしがみついていた。



「当然だ。突破するのと降下するのは違う。だけど、地球に降下したときよりはましだろ。」

 レスリーは揺れに臆することなく言った。



「艦長・・・・何かが来ます。」

 モーガンは舵にしがみついていた。



「洗脳電波か?」

 マックスはモニターに駆け寄った。彼の足は震えていなかった。



「違います・・・・実体です。」

 イジーはレーダーを見た。声が震えていた。



「降下を狙ってか・・・・」

 レスリーは舌打ちをした。



『違いますよ。レスリー様』

 急に機械音性が響いた。



「・・・!?カワカミ博士。操舵室に早く・・・・」



『いえ、ここで機械を見ています。コウヤ様たちが戦っているときに不具合があるとよくないので。』

 急に響いたカワカミ博士の声にマックスは不信を浮かべていた。



「戦艦が狙いではないと・・・?」



『はい。彼らの狙いは・・・・・まあ、ハンプス少佐方や補助部隊でしょうね。コウヤ様たちを招きたいのですからそれ以外を狙っている。強いて言うならジョウ様でしょうか?洗脳電波を逸らさせたくないのですから。』



「そんな・・・・連絡しないと・・・」

 リリーは急いで通信を繋げようとした。



「無理な状態で降下している。通信は落ち着くまでできない。」

 レスリーはリリーを止めた。



「ゴードン曹長。彼らはそれを分かった上で出ています。」

 イジーは淡々を言った。



「ルーカス中尉は心配じゃないんですか?」

「危険なのは私たちもよ。他人の心配している暇はないわ。」

 イジーはそう言うと眉を顰めた。彼女の言っていることは半分本当で半分嘘だ。



「・・・・違う・・・・艦長!!降下しないでください!!」

 モーガンは叫んだ。



「・・・え?」

 全員がモーガンを見た。

 モーガンは舵を握り、操作盤を睨んだ。



「来るのは・・・・本体だ!!」

 モーガンが叫んだ。



『そうか・・・・シンヤめ・・・』

 カワカミ博士が舌打ちをした。










 

 揺れがひどくなった。何かが壊れたようだ。

『・・・・なんだ?』

 ハクトは異常を感じたのか声に警戒があった。



『艦内の様子がおかしい・・・・降下中は外の察知がし辛いからよくわからん。』

 ディアも警戒しているようだ。



『降下を止めようとしている。何があった?』

 クロスも警戒をしていた。



『・・・・ゼウス共和国に行かないといけなんじゃ・・・・』

 レイラも他のみんな同様に警戒と緊張をしていた。



『お父さんの様子が・・・・変わった。みんな、お父さんの感情の流れ・・・・』

 ユイはそう言うと神経接続を外しドールの外に出ようとした。



『おい!!まだ何も連絡が入っていない。無理なこと・・・・』

 ハクトが止める声をかけた時。



 足元から風が吹くように、毛を逆立てさせるように鳥肌が走った。

 顎に力が入らないときのような、急激な降下で体に重力がかかるような感覚だ。

 風が吹いたように感じる触覚とともに不快な音も感じた。耳の奥に響く、耳鳴りのような機械音と断末魔のような叫びが。



「罠だ・・・・罠だ!!」

 コウヤは叫んだ。

 他の5人も同様に感じたようでユイと同じように神経接続を外し外に出た。





 6人は格納庫から艦内の中心、操舵室に向かった。



「降下してはいけない・・・・罠だ。ゼウス共和国はおとりだ!!」

 コウヤは叫んだ。他の5人も頷いた。





 



 シャトルが付属された巨大な戦艦が飛び出した。

 その衝撃波に飲まれるようにゼウス共和国の通信施設、研究施設は音を立てて崩れ出した。

 巨大な戦艦は真っ白で、目に痛いほど光を弾いていた。

 戦艦の中には人は誰もいない。いや、一人だけいた。

 少女が戦艦の真ん中に座っていた。少女の周りには壁一面にモニターがあり、外の風景が映っていた。とはいっても変わらない風景から、動画ではなく静止画のようだ。

 映っているのは残骸が漂う吸い込まれそうなほど黒く暗い宇宙空間と、黄土色の衛星だ。



「ふ・・・・ふははは。ゼウス共和国に俺が長くとどまる理由はないだろ?」

 少女は右手と左手の指をそれぞれこすり合わせて言った。



「ふさわしい場所に向かうのは当然だ。」

 少女は口元を歪めた。



「ギンジ・・・・私はお前より頭はよくないが・・・・お前が思うほど馬鹿ではない。」

 モニターに映る映像は過去のものだった。

 少女は懐かしそうにその映像を見ていた。








 



 火星の重力圏内直前のところで立ち往生している戦艦が目に留まった。

「ハンプス少佐。おかしいです。電波の準備が察知できたのに、まったくその様子が窺えないです。それに、フィーネが止まっています。」



 シンタロウは自身の足元?にある戦艦に目を留めた。

『おかしいな・・・・洗脳電波にしても・・・・・』

 キースは体勢を変え、戦艦フィーネに対面した。



 足の裏からふわりと寒気が漂うように体を伝って来た。



「!?」

 シンタロウは感じたことのない感覚に思わず息を詰まらせた。



『・・・・シンタロウ。お前もなんとなく感じたか・・・・』

 キースは感じたことのあるもののようだ。



「なんですかこれ・・・・さっきの洗脳電波と違います。」



『俺がこれよくを感じたのは・・・・シンタロウ。罠だ。』

 キースは止まっているフィーネの方に向かった。



 シンタロウもそれに続いた。



『何かが火星から出てくる。クソっ。よく考えれば・・・・そうだよな。』

 キースは舌打ちをして悪態をついた。



 火星とは汚いところなのかわからないが、砂埃のような砂漠の砂嵐のような靄がかかっており、地表を確認することができない。



「ムラサメ博士がゼウス共和国にいる意味っていうのは・・・電力と通信機器を確保するためですよね。」



『そうだ。それを満たせば・・・・』



 ザーザー

 通信が入った。

『ハンプス少佐。コウノ准尉。俺だ。これは罠だ。』

 ジョウだった。



「はい。何かが上がってくる気配が・・・・」

 シンタロウはジョウを探した。



『・・・・避けろ!!』

 キースは叫んだ。



 ゴゴゴ

 シンタロウとジョウは音の直線上から逃げるようにドールの体をひねらせた。



 光の束が足元、いや、赤い惑星から飛んできた。

 突如放たれたレーザー砲に補助部隊のいくつかのドールが散った。



『まじかよ・・・・』

 光の元が姿を現した。

 砂埃の中から出てくるように大気突破の鋭さを持った速さで。



 真っ白い巨大な戦艦だ。



「・・・・って、ハンプス少佐!!本部とフィーネに連絡を!!」

 シンタロウは白い戦艦を魅入るように見送っていたことに気付いて慌てて自分の頬を叩いた。



『フィーネはあれを察知したから止まったんだ。』

 ジョウは声が震えていた。





 



「今すぐに戦艦を月に向けろ!!」

 コウヤをはじめとした6人が操舵室に流れこんできた。



「態勢を整えたら全力噴射で向かう。とにかく火星から逸れるのが先だ!!」

 レスリーが怒鳴るように言った。どうやら予期していない事態だったようでそうとう慌てている。



「レスリー。父さんは・・・・「希望」の跡地に向かっている。月が危ない。」

 コウヤは確信を込めた口調だった。



「呼ばれたのも全て目をゼウス共和国に向けさせる演技だったってわけか?」

 モーガンは舌打ちをした。



「ゼウス共和国に呼んでいたかは別として、ムラサメ博士は確かにコウを呼んでいた。演技半分ってところだと思う。」

 ディアはそう言うとリリーとイジーのところに駆け寄り、機械の操作を手伝い始めた。



「ハンプス少佐達をフィーネに張り付かせろ。・・・ここからは戦艦とドールの戦いになる。」

 レスリーはモーガンの横に立ち操作盤をいじり始めた。

 戦艦が揺れて体勢を変えるのがわかった。



「クロスさん。本部への連絡はあなたかニシハラ大尉が行ってください。」

 イジーはやっと繋がり始めた通信機器を操作している。



「わかった。」

 クロスは頷くとイジーの方に寄って行った。



「レスリー・・・・ネイトラルの影響の強い「翼」にも連絡をしていいか?」

 ディアは申し訳なさそうにレスリーに訊いた。



 その様子をリオとカカは気になっているようだ。二人はネイトラルの所属だから自国影響の強いドームが気になるのは当然だった。



「いいに決まっているだろ・・・・国とか関係ない。」

 レスリーは柔らかい声で言ったが、表情は険しいままだ。



「レスリーさん。とにかく落ち着きましょう。カワカミ博士やラッシュ博士とも相談して・・・ハンプス少佐達とも連絡を取って・・・・」

 マックスはレスリーを落ち着かせるように言った。



「コウ。私・・・・あの戦艦なんか嫌。変な塊に感じる。」

 ユイは肩を震わせていた。



「変な塊・・・・?父さんが乗っているから何か細工がされているかもしれないけど・・・」



「ユイの言う通り。だいたい正面突破なんて勝機があるかやけくその時にしかできない。」

 ハクトはユイに同意した。



 通信を始めたクロスは顔を顰めた。

 慌てるような叫び声が雑音の様にあった。

 本部の方の飛んで行ったことと月が危ないことを伝えたからであろう。



「防衛ラインに戦艦はいるな。それを全て前進させろ。そして、防衛ラインには別の戦艦を追加しろ。・・・・あと、あまり近づかないようにしろ。」

 クロスは無茶とも思える助言を最後にした。



『フィーネ!!これは罠だ!!』

 キースの声が響いた。



 全員がその声を聴いて安心した表情を一瞬したが、直ぐに緊張したものに戻った。

「キースさん!!」

 モーガンも見えない相手に縋るように叫んだ。



『白い戦艦を確認した。三人は様子を見て引き返したフィーネに合流する形をとる。』



「それで頼む。もしかしたら戻るように頼むかもしれない。」

 レスリーは険しい顔をしていた。どうやら相当無茶な体勢変更のようだ。



『できる限り観察して白い戦艦の動力を抑える手段を探します。』

 返事をしたのはシンタロウだった。



「シンタロウ・・・・」

 コウヤは出撃した親友の声を聴いて安心した。



『俺らはフィーネを待つ。通信で忙しくなるだろうから、合流できそうになったらこちらから連絡する。』

 キースはフィーネ内に沢山の通信が入りつつあるのを察したようだ。



「ああ。頼む。隊長さん。」

 レスリーは頼もしそうに言った。



「そちらこそ・・・艦長さん。」

 キースもレスリーと同じだった。





 






「天」の軍本部は騒がしがった。

 責任者の席に座りながらレイモンドは辺りの叫び声と怒声を聞いていた。



「大将!!どうしますか?」

 一人の軍人がレイモンドに駆け寄った。



「どうするもこうするもない。今はフィーネ側の指示が最善だ。それの通りに動け。」

 レイモンドはそう言うと何事も無いような穏やかな表情だった。

 肝が据わっている、動じない、武人の鏡。様々なことを言われ続けた。



 鈍感、感受性がないともいわれたが、気にしない。



 作戦の結果はどうでもいいのであった。彼は人類が滅びようとも作戦が成功して自分がトップに立とうとも関係なかった。

「なるようになる・・・・・」

 前向きな言葉だが、今の彼にとってはすべてを投げ出した無責任な言葉だ。



「きっと、私は彼の気持ちがわかるのだろうな。」

 レイモンドは呟いた。その時、ふとリード氏の言葉が蘇った。



「・・・・血は時に枷でしかない。」

 聞いているわけではないが、リード氏に向けて言った。



 騒がしい中に異質な響きが加わった。

 鈍感等言われても、こういうのには耳ざとい。

 レイモンドは異質な騒音に目を向けた。



 数人の軍人がいた。

 彼等はレイモンドを見つけると急いで駆け寄った。自分に用があるのだろう。



「ウィンクラー大将!!」

 軍人が言った。レイモンドは一瞬眉を顰めた。



 叫んだ軍人を他の軍人が睨んだ。

 レイモンドは姓で呼ばれるのを嫌う。

 だが、叫んだ軍人は気にする様子もなく、いや、気にしていられない様子だった。

 レイモンドはそれを察し何も言わずに続きの言葉を待った。



「・・・・タナ・リード氏とライアン・ウィンクラー総統が・・・・逃走しました。」

 レイモンドは飛び上がるように立ち上がった。



「見張りは・・・・?どれくらい付けた?」

 レイモンドは怒鳴り散らしたいのを抑えて、声を殺しながら訊いた。



「5名ほど・・・・」



「多めにと言っただろう・・・・タナは剣術の達人だ。」

 レイモンドは舌打ちをすると軍本部の造りを考えた。



 ドール戦が主になった今、剣術を励むものはいても極めようとするものは少なかった。いや、いてもドールの技術を伸ばす方が優先される。

 レイモンドはそのまま部屋から駆け出した。



「大将!!」

 止める声が響いた。



 他の軍人に命じればいいものをレイモンドはそう思いながらも動かずにはいられなかった。

 飾りで装備している者が多い中、使うことを考えて装備している。それにレイモンドは手をかけた。



『お前がもっと弟を見ていれば違っただろうにな。』



 再び雑音で済ませた声が蘇った。

 レイモンドは舌打ちをした。





 






 白い戦艦は補助部隊のドールに目もくれずに進む。速い。どこに向かっているのかわからないが、痛いほどの光を反射させて白い戦艦は進んで行った。ドールを隔てているとはいえ、体に何かが響いてくるような気がする。



 普通はドールの攻撃で撃墜されるのではと思う。違う。

 補助部隊のドールは向きを変える。

 白い戦艦の近くにいた小さな影が徐々に大きくなる。



『近づくな・・・・あれに近付くな・・・・』

 キースは叫んだ。



「ええ、距離を置きましょう。」



『違う・・・・あの戦艦の付近に・・・・洗脳電波が放たれ続けている。距離が半径何メートルかわからないが・・・・洗脳しながら進むつもりだ。』

 キースはそう言うとフィーネを再び見た。



 シンタロウはその言葉を聞くとすぐさまにドールを動かし装備している銃を構えた。



 レーザーの光が一つの小さな影を掠った。

 影はバランスを失い、ふわふわと漂い始めた。



「・・・・右腕と右足を掠らせたか。いい狙いだ。」

 キースはズームして漂う影を見た。



『フィーネとはまだ合流できそうにないですか?ハンプス少佐の言っていることが正しなら、あいつら洗脳されているっていうことですよね。』

 シンタロウの操作するドールは搭載された銃を構えていた。



「ああ、お前も洗脳されている可能性が大きいと判断しから撃ったんだろ?」

 キースは動き始めたフィーネを確認すると行くぞと言い向かった。



『あれだけ、撃ちます。』

 シンタロウは銃を構えたまま動かないでいた。



「ほどほどにな。」

 キースはシンタロウが狙うドールを確認して言った。

『殺しません。ここまで守っていただいた御恩は忘れませんから。』

 シンタロウはそう言うと再び銃を放った。

 レーザーはいくつかの影を掠った。キースは感嘆の声をあげた。



 ザーザー通信機器が何やら察知したようだ。

「補助部隊から通信入ったけどどうする?」

 キースは繋げずにシンタロウに訊いた。



『近づくなとだけ言えばいいのではないですか?』

 シンタロウは相変わらず淡々と言う。キースは思わず笑った。



『俺たちは大丈夫なのか?俺はまだしも、お前らは・・・・』

 ジョウは心配そうに言った。



「ああ・・・・・・俺は近づかないって。戦艦での戦いはフィーネに乗っているニシハラ大尉にでも頼んで、俺らは露払いだ。」

 キースは考え込んで言った。



『もし俺が操られたら』



『手足をもぐ。これでいいだろ?』

 シンタロウが言いきる前にジョウは言った。



『頼もしいです。』

 シンタロウは笑いながら言った。



「じゃあ、フィーネに張り付くぞ。」

 キースは白い戦艦とフィーネを交互に確認して言った。







 

『本部です。要請通り戦艦を追加しました。追加した戦艦のリストをデータでお送りしましたので確認お願いします。』

『補助部隊と連絡が取れません!!そちらはどうなって・・・』

『ドールが破損した信号が送られてきました!!』



 通信ができる状態になった途端に入ってくる連絡にレスリーは舌打ちをした。



「こんな時にのん気にデータなんか見ていられるか・・・・くそ!!」

 レスリーは拳を握った。



「データを読むことは慣れています。俺に見せてください。」

 マックスは手を挙げるとデータが出力されたモニターに向かった。



「・・・・旧型の戦闘機が出ています。乗れる人いたんですか?」

 マックスは驚きの声をあげた。



「ドールプログラムが主流となった今、旧型は乗れても操作できるものはいないだろ。年配の人たちぐらいか・・・・だいたいもう生産していないんじゃ・・・・」

 ハクトは驚いた声をあげた。



 ドールの台頭により、今まで戦艦と戦闘機の戦いだったのは変わり、戦艦はあるが、ドールが主流となった。小型飛行機のようで便利だと思われるが、プログラムを搭載した機械の方が圧倒的に操作性もよく、動き出しも早い、ドールに強力なエンジンを付属すればあまり速度は変わらない。そのうえ、体勢の融通が利き、動作が多いドール。

 プログラムを使用した兵器に関しては大量生産の体制が完成しているため、プログラムが使用されていない兵器の生産は下火になった。

 また、各国がドールの持つ量によって戦力が変わると言われたことにより戦闘機の、ましてやプログラムを使用していない物を排してまで開発に熱を入れた。



「・・・嫌な予感がする。これを本部に伝えよう。おそらく出た機体のデータをそのまま送っている。向こうも吟味はしていない。」

 クロスは眉を顰めた。



『フィーネ・・・・大丈夫か?』

 数ある通信の中で全員が聞いたことのある声が響いた。



「キースさん!!」

 コウヤは飛び上がり安心した。



『コウヤか。今まだ、全員操舵室にいるんだな。白い戦艦についてだが・・・・あまり近づかない方がいい。』

 キースの言葉を聞いてコウヤ達は顔を見合わせた。



「そうなの?私たちも嫌な感じがして・・・・」

 ユイはうまく言葉で表せれないようだ。



『あれは洗脳電波を発しながら進んでいる。向こうの補充部隊が洗脳されている。』

 次に通信を入れたのはシンタロウだった。



 それを聞き、コウヤは何かがひらめいた。

「シンタロウ。キースさんもジョウ?さんも戻ったらどう?父さんは俺を呼んでいるのは確実だ。フィーネに乗っていれば安全だし、助けが欲しい時に出れば・・・・」

 コウヤはクロスとハクト、ディアとレスリーを見た。

 彼等も頷いていた。



「そうだな。極力安全を・・・・」

 言いかけた時にユイがモニターに走り出した。



「!?どうした!?ユイ!?」

 いきなりのことでコウヤはユイの行動を止めることは出来なかった。



 ユイはモニターに張り付き何かを見ていた。

「違う・・・・まだ出ていないけど・・・・何かが動いている。ハクト、クロス。本部に連絡を取って。」

 ユイは何やら怯えていた。



「?」

 ハクトは首を傾げていたが、ユイの発言を無視することは出来なかった。



「ディアさん。・・・地連の本部を介してテイリーさんから連絡が入ってますよ。」

 イジーは眉を顰めていた。



「何だと?ネイトラルの方とは連絡を取っていたのだが、足りないことか?」

 ディアも不思議そうな顔をしていた。



「・・・・本部を介して・・・?手間をかけすぎだ。」

 クロスは考え込むような仕草をした。







 フィーネは現在月の方向に向かった白い戦艦を追ってゼウス共和国付近から動き始めている。キースやシンタロウ、ジョウもドールでフィーネの傍についていた。



 全力で進み防衛ラインまで半日以上はかかる。

 月までは更にかかる。

 先ほどとは違い、油断できない長時間移動だ。



「・・・・・なんだと?」

 ディアは戦艦を強く叩いた。



「え?」

 コウヤ達はディアに注目した。



『・・・・ディア様。その通信本当ですか?』

 操舵室にいないが、戦艦の中にいるカワカミ博士から通信が入った。



 聞いていたのですか?悪趣味ですね

 などという軽口が出てもおかしくないが、ディアはそれどころではなかった。



「どうした?」

 ハクトがディアに駆け寄る。



 ディアは無言で通信の音量を上げて、スピーカーの状態にした。



『総裁。いや、元総裁。大丈夫ですか?・・・・その』

 テイリーの声が響いた。



「テイリー。私に言ったことを言ってくれ。」

 ディアは落ち着こうと深呼吸をしていた。



『・・・・はい。』



 戦艦の進行作業もしながらだが、全員がテイリーの声に耳を傾けた。



『ネイトラルは・・・・ムラサメ博士の殺害、いえ、彼が入っている身体のアリア・スーンの抹殺で動いています。』



「え?そんなことしたら・・・・」



『地球はまだ洗脳電波の被害が届いていないので、月付近は捨てるつもりです。いえ、宙に出ている部隊は全て切り捨てる予定です。・・・・あなた方も、地連の軍本部ももろともです。』



 コウヤは言葉が出なかった。

 ハクトは目を見開いていた。

 ディアは眉がぴくぴくと動いていた。

 クロスはモニターを眉と目がくっつくのではないかというほど変形させて睨んでいた。

 レイラは血が出るのではないかと言うほど唇を噛んでいた。



 ユイは悲しそうな顔をして頷いた。



「・・・・ディア。地連のものじゃない・・・・コウのお父さんのじゃない戦力が・・・・こっちに向かってきている。」

 ユイは察知したようでモニターを指差した。



 リリーは泣きそうな顔をしていた。モーガンは手が白くなるほど力を込めて舵を握り締めていた。

 イジーは自身の服を掴み、怒りを逃がそうとしていた。



 ネイトラルは、白い戦艦どころか作戦にあたっている地連の軍も潰すつもりだ。

 コウヤは頭の中で事実を整理した。



『・・・・は・・・・はははは・・・ふはははははは』

 カワカミ博士が高らかに笑っていた。



「何がおかしいんですか!?」

 ハクトが怒鳴った。



『いえ、そうですね。ネイトラルからしたら地連とゼウス共和国の小競り合いに巻き込まれたというわけですから当然ですね・・・・・』

 カワカミ博士は愉快そうな声だった。



「カワカミ博士・・・・?」

 モーガンは見えないカワカミ博士を恐れるように怯えた目で何もない空間を見つめた。



『・・・・・ハンプス少佐達には白い戦艦の護衛を頼みましょう。もちろんこの戦艦もです。』

 カワカミ博士は淡々と指示をした。



「それしかない。コウヤ達も準備をしろ。洗脳された補助部隊と・・・ネイトラルの軍を相手にするんだ。」

 レスリーは手を震わせていた。



「・・・・では、ハンプス少佐達にも連絡します。」

 イジーは静かな口調で言った。だが、彼女の声にも怒りが含まれていた。



 コウヤ達よりもリオとカカは口を開けて立ち尽くしていた。

 祖国に見捨てられたということだ。

 いや、地球からテイリーが発信してくれたということはおそらく宇宙にいるネイトラルの者も捨てられつつあることを知らないのであろう。



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