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六本の糸~プログラム編~

81.位

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 言われた作戦と与えられたドール。平凡だったころからは考えられない。

 自分がなぜここにいるのか、発端を考えた。



 忘れてはいけない。覚えていて自分は冷静でい続ける。

 第一ドームで過ごした日々。決して戻れない。父も母もいない。あの時の襲撃で死んだ。

 のうのうと生き残った自分は復讐に走った。

 そして、騙し、利用し、殺した。

 憎しみは揺らいだが、その過去があるからこそ今自分の手は震えない。

 昔なら震えていた。



 学生の時にしていた筋トレでもともと筋肉はあった。それは健康のためであり、飾りのためであった。

 今、体についている物は違った。

 壊すために強化された身体。殺すことで身に着けた能力。あばら付近を撫でれば銃創がある。

 携帯用の拳銃を持ち上げた。広げる手のひらによくなじむ。

 この引き金を引いた数なんてもう覚えていない。



「ごめんな。父さん、母さん。俺、地獄に堕ちるわ。どう考えても天国に行けない。」

 今は亡き両親に呟いた。



 いつかの時、自分に好意的だった研究者が持ち出したハーブ漬けの匂いが蘇った。

 彼の故郷を懐かしむ様な顔と一緒に思い出したとき、胃からこみあげてくるものがあった。



「でも、俺はただで地獄には堕ちない。」

 シンタロウは両手で顔を覆った。





 




「うわ・・・・くさ!!」

 恨み言を言うわけでもなく、憎まれ口を叩くのでもなく、ましてや労うわけでもない。

 新しいドールを見るためにコウヤ達とクロス、ハクトの元に来たマックスは顔を顰めた。



「ちょっとマックスさん失れ・・・・くさ!!」

 マックスを窘めるつもりだったカカが窘めれてなかった。



 二人の言葉を聞いて、ハクトとクロスは顔を見合わせた。

「あー・・・・向こうの壁際に宇宙用スーツを置いた。臭すぎて・・・・」

 気まずそうにハクトは言った。



「そうですか。では、マックスさん。回収お願いします。カカさんは私の後に付いてきてください。新しいドールの説明をします。実物は後でも大丈夫でしょう。」

 カワカミ博士はマックスを一瞥するとお辞儀をした。



 コウヤ達の間を縫い、マックスの横を通り過ぎて、カカの肩を引いて行った。

 カカはマックスに軽くウィンクをしてカワカミ博士の後に付いて行った。



「あ・・・カワカミ博士・・・」

 コウヤは引き留めようとしたが、ユイに腕を掴まれた。



 ユイを見ると首を振っていた。

「コウ、お父さんの言葉に嘘はなかった。」

 ユイは断言していた。それはコウヤも、ディアも、レイラも感じていた。

 だが、何か引っかかることがあった。それが何かは分からなかった。



「何があったのか知らないけど、ニシハラ大尉とクロス・バトリー・・・・臭いです。」

 マックスはあからさまに顔に出して、叫んだ。



「そうだろうな。」

 クロスはマックスの言葉に起こるわけでもなく、当然のことのように言った。



「まともに体を洗えていない。何せほぼドールの中だった。」

 ハクトもクロス同様に当然のことのように言った。



「とりあえず風呂入るか?二人とも・・・・」

 ディアは鼻をつまみながらも嬉しそうにハクトを見ていた。



「そうね。片づけはマックスがやるから」

 レイラもディアと同じく鼻をつまみながらクロスを見た。



「頑張ってね。マックス。」

 ユイは心底嫌そうな顔をしたマックスを励ますように言った。



「俺、ドールを確認しに来ただけなのに・・・・」

 文句を言いながらもマックスは、ハクト達が脱ぎ捨てた宇宙用スーツを探しに行った。







 




 戦艦フィーネは体勢を整えて「天」の港に入れる位置に着いた。

 数ある部屋の中、一部屋に二人の初老の男が向かい合っていた。



「わざわざ同じ部屋にしなくてもいいものを・・・・」

 リード氏は目の前に座るレイモンドを見て顔を顰めた。



「余計なことを吹き込まれるのはごめんだからな。」

 レイモンドはリード氏を睨んだ。



「昔からそうだが、お前は気に食わん。」

 リード氏は呟いた。その様子はいつもの演技がかかったものではなかった。



「こっちも同感だ。周りを巻き込み徒党を組む様子は昔読んだ小魚が大きい魚に対抗する様子に似ている。」

 レイモンドはリード氏を馬鹿にするように言った。



「誰もがお前の様に強い男ではない。お前はコバンザメのような男を連れていたがな。」



「小魚よりはましだ。言っておくが、俺がコバンザメだ。」

 リード氏の言葉にレイモンドは素早く噛みつき睨んだ。



「先ほどのお前は傑作だったな。ムラサメ博士が消せないとなると予定も変わるか?」

 リード氏は睨まれても怯むことはなかったが、会話は別の内容に変えた。



「関係ない。・・・・予定は昔に狂ったままだ。今更・・・・」

 レイモンドは舌打ちをしリード氏の言葉を振り払うように首を振った。だが、話す勢いが徐々に弱くなり、悲しそうに俯いた。



 リード氏は不思議そうにレイモンドを見ていた。

「お前は、レイ・ディ・ロッドになぜそこまでこだわる?平和主義の青臭い男。軍事政権の連合国には不向きな男だ。本気であの男が国を束ねる立場にいれる器だと?家が没落貴族でなければあり得たかもしれないがな。」



「お前の言いたいことは分かる。だが、レイは賢くて優しく優雅な男だ。そういう男が上に立ち、我々が守る。それが理想の形なのではないか?」

 レイモンドは強く主張した。



「優しい男が上に立てるわけない。そんなきれいごとの世界はおとぎ話だけだ。優しく綺麗ごとをほざくほど下の者が汚れを被る。いつまでも子供のままだった侯爵殿にはそんな大役は務まらない。」

 リード氏は呆れたように首を振った。



「汚れは全て私が被る。その程度苦ではない。お前にはわからないだろうな。」

 レイモンドは嘆くような芝居の様に大げさに首を振った。



「お前の弟が危惧した通りだ。お前がロッド侯爵と仲良くなったために落ちぶれていく。」



「それはこっちのセリフだ。ライアンはお前に取り込まれたために情けなくなった。」

 リード氏の言葉にレイモンドは即座に冷たく答えた。



 リード氏は憐れむようにレイモンドを見た。

「お前は弟のことを何もわかっていない。偉大な兄を持ったあいつの苦悩がな。」

 リード氏は不敵に笑った。



「私が偉大?ライアンがそう考えるわけない。現にあの男は私の失脚に協力的だっただろ?」

 レイモンドはリード氏の言葉を切り捨てるように鼻で笑った。



「やはり、わかっていないな。・・・・お前がもっと弟を見ていれば違っただろうにな。」

 リード氏はレイモンドに聞こえるか聞こえないかの小声で呟いた。








 



 輸送船や客船がせわしなく出入りする港に一時だけその行き来が落ち着いた。

 落ち着かされたのだった。輸送船は相変わらず港にある。

 不満の声が上がるが、直ぐに止んだ。



「天」の港に姿を見せたのは、最早全宇宙が知る戦艦「フィーネ」だ。

 客船の窓に張り付く人々、港で作業する人々も手を止めて戦艦が港に入る様子を見ていた。

 フィーネが止まった先には降りる人を乗せるのであろうか、車が用意されていた。

 その車は要人を乗せるかごとく豪華で厳重だった。



 戦艦から降りたのは4人の男だった。

 初老の男がふたり。一人は地連の軍人だった。位の高い男のようで来ている軍服には沢山の勲章が飾られていた。もう一人の初老の男は身分が高いことは分かるが、軍服ではなく仕立ての良いスーツを着ていた。



 彼の他に若い男が二人。彼等は地連の軍人だった。一人は軍帽を被り、整えた身なりとしっかりとした体つき。若いエリートのような気配を漂わせる軍人であったが、30近くのような外見だ。

 もう一人の男も軍服を着ていた。10代の少年のような幼さが残る顔をしているが、表情はどこまでも冷静で、他の3人にも頼られているようだ。

 二人ともロッド中佐でもニシハラ大尉でもなかった。





 車は3列になっており、運転席と助手席、二列目、三列目と合計6人乗りだ。

 各列に扉がついており、二列目に若い軍人二人、三列目に初老の男二人が乗った。

 運転手が乗っており気を遣うように後ろを見た。



「・・・・自分が運転しますか?」

 若い10代の軍人が横のエリートのような軍人に尋ねた。



「いや、彼らの厚意に甘えよう。君は前線に出ない人が役に立ちたいと考えるのかは分かるだろ?」

 エリートのような軍人が若い軍人を諭すように言った。



「そうですね。自分もその質でした。」

 若い軍人は納得したように言うと無礼のないレベルで座席に落ち着いた。



「じゃあ、本部まで頼めるか?」

 エリートのような軍人は運転手に笑いかけた。このように笑いかける様子を見ると、彼の外見にあるエリートらしさが薄らいで、気安さもある。



「はい。わかりました。」

 運転手は緊張しているのか強張った声で答えた。

 車は走り出し、港に停まるフィーネから離れていく。



「悪いね。レイモンド・ウィンクラー大将とリードさん。俺が進めちゃって。」

 エリートのような軍人は三列目に座る二人の初老の男に笑いかけた。



 初老の男の軍人はレイモンド・ウィンクラー大将の様だ。その横の男はリードというようだ。



「かまわん。それよりも、お前らを引っ張り出してきて悪かったな。」

 レイモンドは前にいる若い軍人二人に軽く頭を下げた。



「気にしないでください。俺は行きたいところがあったし、こいつに話もしたかったから。」

 エリートのような軍人は横の若い軍人を顎で指した。



「自分は気にしていますよ。自分みたいな未熟者は作戦前に怯え切っていますから。できれば落ち着きたかったですな。」

 若い軍人は明らかな目上の者に対して臆せずに言った。



 運転手はバックミラーで若い軍人の顔を見た。



「ははは・・・・君が未熟者か、経歴は全く短いかもしれないが、君が居なければ研究施設は攻略できなかった。」

 レイモンドは若い軍人を見て愉快そうに笑った。



「君が未熟で怯えるか・・・・笑えるな。そう思うだろ?ハンプス少佐。」

 リード氏は前に座るエリートのような軍人に言った。エリートのような軍人はキース・ハンプス少佐の様だ。



 普段の彼からは想像できない整えられた服装に無精ひげのない顔、何より軍帽をしっかりと被っていることから、間近で見ないと分からないだろう。



「まあ、そうですね。・・・・お二人はシンタロウに目を付けているんですよね。だから、連れだして階級をやるんですよね。尉官ですか?潜入作戦と手引きの成功、それに加え能力を評価という名目で、能力は実際にありますけど。前線に出るから与えられる階級もありますが、俺がそれ以外で昇進したのは作戦から生きて戻って来て、上層部の弱みを見た時ですね。」

 キースの言葉を聞いて横にいた若い軍人、シンタロウは一瞬驚いた顔をした。しかし、直ぐに納得したような顔をした。



「やけに皮肉的だな。正当な評価をして君を昇進させたのに心外だ。」

 リード氏はわざと困った顔をした。



「黙れ。今は他人を煽るな。」

 レイモンドは横のリード氏を叱った。リード氏は堪える様子もなく笑った。



「どうして俺がですか?クロスさんとかコウヤは?彼等こそ」



「彼らは作戦に集中してもらう。君にはこれからの話をしよう。」

 レイモンドはシンタロウの言葉を切って言った。



「シンタロウ・コウノ二等兵。君は前線に行くためにまずは階級を与えられる。これは地連特有のものだが、戦艦の乗組員はある一定の階級以上の人数が決まっている。新兵たちを前線に送り込む悪しき風習かもしれないが、そのことでハンプス少佐のような男がいる。まあ、階級が与えられる事の理由はそんなものだと思ってくれ。君に言いたいことはそれだけではない。」

 レイモンドの真面目な顔をみて横のリード氏は鼻で笑った。



「・・・・私の思った通りだな。」



 リード氏の言葉にレイモンドは顔を顰めた。

「黙れタナ。いいかいシンタロウ君。君はこれからコウノ准尉だ。数少ない前線人員になる。そして、生還したあかつきに我々は君に更なる階級を与える。しかし、それを辞退して君は士官学校に行くんだ。卒業したら君は幹部候補、いや、もっと上にいってもらう。作戦後のことは全て私が後ろ盾となる。ロッド中佐とハンプス少佐の折り紙付きの実力の証明は貰っている。」

 レイモンドの話をシンタロウは何も言わずに聞いていた。



 シンタロウの横でキースはため息をついていた。

「いいじゃねーか。出世コースだな。羨ましい限りだぜ。」

 キースはシンタロウを横目で見て笑った。



「俺よりもモーガンは?」

 シンタロウは少し不服そうに言った。



「残念なことに、彼は上に立つタイプの人間ではない。彼は感情的だ。君の様にはなれない。彼も軍属の整備士だから適性は受けている。彼は、操舵はできても切り捨てる指示はできない。君はできるだろう?」

 レイモンドは試すような物言いだが、確信を持つような目でシンタロウを見た。



「俺も彼らと同じですよ。俺がこうなった根底にはコウヤやアリアの存在がある。」

 シンタロウは寂しそうに笑った。



「そのアリアとやらを撃ち殺そうとしてルーカス中尉に止められたのも知っている。」

 レイモンドは普段の優しい顔じゃなかった。

「君に目を付けたのはそれを聞いてだ。」

 シンタロウは無言でレイモンドから目線を外し、前の座席をただ眺めた。



 横で会話を聞いていたキースもシンタロウに倣うように前を見た。



 運転手はバックミラーを見るのが怖くなったのか、先ほどまで興味津々で様子を窺っていたのに嘘のようにバックミラーを見る回数が減った。







 



 戦艦フィーネの中のドール格納庫には10体のドールがあった。

 その中の6体のドールはそれぞれ色が付けられ鮮やかだった。

 赤、黄色、水色、青、紫、緑だ。他の3体のドールは黒かった。



「この赤いのがユイ・カワカミだ。黄色がディア・アスール。水色がレイラ・ヘッセ。青はハクト・ニシハラ。紫はクロス・バトリー。緑はコウヤ・ムラサメだ。分かりやすいな。」

 マックスは説明しながらドールを見て頷いた。



「そうだな。」

「考えて色付けしているのかもしれないな。」

 ハクトとクロスは明らかに風呂上がりの様子で髪も乾かない状態でいた。



「凝っているのかいまいちわからないけど、判別しやすいのはいいことなのかしら?」

「そうだ、敵にあからさまに狙われる可能性もある。」

 レイラとディアは少し難色をしめしていた。



「何がわかりやすいの?」

 ユイは4人の様子を見て首を傾げていた。



「さあ?色違いだから間違って乗らないとか?」

 コウヤも首を傾げていた。



「さ・・・て、一旦乗って設定をしろ。俺は部品をどう替えたら早く整備を出来るか実際に見て想像させてもらう。」

 マックスはコウヤとユイを可哀そうな目で見た後に切り替えて話し始めた。



「わかった。」

 クロスは頷いたあと、何が言いたげにマックスを見ていた。



 マックスはクロスの様子に気付いて首を振った。

「作戦だった。コウヤに全て聞いた。気にされないのは嫌だが、気にされすぎるのは作戦に臨んだあいつの行為を、まして、仲間を想ってお前に立ち向かった。それを侮辱することだ。」

 マックスはクロスを見て笑みは無いが頷いた。



「・・・・そうか。」

 クロスも笑みは無いが頷いた。



「二人は休んでいた方がいいよ。ずっとドールに乗っていたんだろ?」

 コウヤはクロスとハクトを見て言った。二人は帰ってきて風呂には入ったが、休んでいない。



「気になることがあった。さっきの様子だ。」

 ハクトは周りを見渡した。



 マックスは何かに気付いたのか、のん気に作業をするカカの腕を引っ張り立ち上がらせた。

「え?え?あの・・・・」

 カカは驚いてマックスを見た。



「カカ。飲み物を持ってこい。あとニシハラ大尉とクロス・バトリーに毛布を持ってこい。ここで寝るらしい。」

 マックスは何やら考えながら言った。



「え!?毛布と飲み物って・・・・」

 カカは文句を言いたげだが、マックスは構うことなくマックスを部屋の外に押し出した。



 その様子を見ていたコウヤ達は思わず笑った。



「もう少し自然にできないのか?」

 ディアは呆れていた。



「彼はお前たちの先ほどの様子についてわかっているんだな。」

 クロスはマックスの様子を見てコウヤ達を見渡した。



「・・・・待て」

 レイラは硬い声色で言うと、部屋に付属されている通信機器を指差した。

 すばやくディアが機器を操作する。



「・・・・いったん機能を停止させる。」

 ディアは操作を終えてから呟いた。



「カワカミ博士と何があった?」

 クロスは通信機器を完全に無力化したところで確信したようだ。

 ハクトもクロスと同様の様でずっと険しい顔をしている。



「・・・・・実は」



 コウヤはゼウスプログラムにかけられていた仕掛けと最近のカワカミ博士の行動について話した。



 ハクトはディアやレイラ達と同じく不信を滲ませていた。だが、クロスは違った。



「・・・・僕は、彼にずっと助けられていた。だから彼を疑うようなことは考えられない。おそらくここ数年では僕が一番彼の近くにいたんだと思う。・・・・だから彼の罪悪感を察知出来たんだけど、全て彼が仕組んだことと考えるには腑に落ちない。何かを考えているのは確かだけど、僕は・・・・何か別のことだと思う。例えるなら、僕らのためになるけど、絶対に僕らが賛同しないこと。」

 クロスはロッド中佐の口調でなく、クロスの口調で話し始めた。その様子を見てマックスは目を丸くした。



「俺らが賛同しないこと・・・・なんだ?」

 ハクトはクロスの意見に肯定的な表情だが、思いつかないようだ。



「カワカミ博士の言葉に嘘はなかった。それがわかるからこそ、全ての発端が彼だったと考えるのが自然だと思ったのだが・・・・違うのか?」

 ディアは首を傾げていた。



「さっきの言葉に嘘がない上に協力的、そして彼の罪悪の正体を考えると発端だったというのは自然だから私もディアの考えがあっていると思っていたけど、違うの?」

 レイラも首を傾げていた。



「覚えているのはお前だぞ。コウヤ。」

 マックスはコウヤを顎で指した。



「う・・・ん。父さんはほとんど研究に没頭していたし・・・・それに・・・・」

 コウヤは父が自殺だったことを思い出し、言葉を飲み込んだ。



「カワカミ博士が仕組んだのは僕たちを該当者にしてドールプログラムの暴走を防ぐようにしたこと、武器の装備の制限とレーザー砲の制限。大元の理想は彼の発案らしいけど・・・」

 クロスは何か引っかかったのか言葉を止めた。



 全員がクロスを見た。

「どうした?」

 ハクトはクロスを見て心配そうな顔をした。



 クロスは顔を上げてハクトを見た。そして、コウヤとディア、レイラとユイを見てゆっくりと首を振った。



「いや、やっぱり天才の考えていることはわからない。」

 クロスは笑いながら答えた。



「それより、いつ作戦開始だ?先ほどレイモンドさんたちが本部に出て行ったのは知っているけど、ハンプス少佐とシンタロウ君も連れて行かれたよね?戻ってこないと出るに出れないし?」

 クロスは話題を変えた。その様子にハクト達は不審そうに見ていたが。カカが大きな音を立てて毛布と飲み物を持ってきたのを見て納得した表情をした。



 ディアは何も言わずに通信機を元に戻した。



「何でシンタロウが連れていかれるのかわからないけど、一時間近くで戻るって言っていた。そうだ。休みなって。」

 コウヤはハクトとクロスを見て部屋から押し出すように連れ出した。



 カカと入れ替わる形でハクトとクロスは押し出された。



「えー?えー?ええー!?」

 カカは出て行く二人を見て不満の声を上げた。





 



 軍本部の前で様々な軍人たちが一人の軍人を隠れて見ていた。見られている軍人は若い。

 彼は用を済ませたら逃げるように本部から出てきたようだ。

 軍服は尉官以上のものだった。集まる視線には敬意と羨望、嫉妬があった。

 その視線から逃げるように見られている軍人は走り出した。

「・・・・とにかく車・・・・」

 そう呟いて近くのタクシーに乗り込んだ。



 タクシーの運転手は驚いたようだが客となるとすぐに笑顔になった。

「軍人さん。どこまで行くかい?」



 運転手の言葉に悩んで

「すみません。慰霊碑って・・・・どこにありますか?」

 軍人は尋ねた。







 軍本部の作戦本部が置かれている場所では、レイモンドと彼の弟であるライアンが並んで座っていた。

 不仲であることが有名な兄弟が並んでいることから、作戦に関係なく好奇の目が向けられていた。

 堂々とした様子のレイモンドに対し、ライアンは横の兄であるレイモンドを窺っている。



「お前に仕事を与えよう。」

 レイモンドは横の弟に機械的に言った。



 レイモンドの様子を見てライアンはあからさまに顔を顰めた。

「上から目線だな。お前は相変わらずだ。」

 ライアンはレイモンドを横目でにらんだ。



「お前の兄だ。年上である。なにより、今はそんなことが言える立場でないだろ。周りを見ろ。」

 レイモンドは高圧的にライアンに言った。ライアンは黙ったが、不満は表情に出したままだ。



「タナ・リードを見張れ。それぐらいできるだろ?」

 レイモンドは相変わらず高圧的にライアンに言った。



「バカにするな。見ているだけなら誰でもできるだろ。」

 ライアンは変わらずレイモンドを睨んでいた。



「そうだな。できないのか?」

 レイモンドはライアンを挑発するように言った。



 ライアンは勢いよく椅子から立ち上がった。



「バカにするな。」

 ライアンは怒りを抑えているのか、息を荒くして言った。





 



 風が吹いている。人工的に作られた環境で空気の流れでできるものらしい。

 港近くの大げさな空き地に開けた空間と祭壇のような階段。そのてっぺんに申し訳程度の石碑があった。



 刻まれた文字をなぞるようにキースは石碑に触れた。

「・・・・・あと少しで終わる。」

 キースは軍帽を整え石碑に姿勢を正した。



「今更わかりましたよ。あなたも俺みたいだったんですよね。」

 キースは石碑に笑いかけた。



「・・・・嫌いな人だったはずなんだ。」

 キースは何かに気付いて言った。

「まあ、その認識は違ったみたいだったけどな。」

 そう言うとキースは振り返った。



「呼び出して悪かったな。シンタロウ・コウノ准尉。」

 後ろにはシンタロウが立っていた。キースは首だけでなく体ごとシンタロウに向けた。



「立派なもんだろ?戦没者の石碑だ。ドール戦では遺体が戻ってこないことが多い。宇宙なら尚更だ。だからこうやって一括りにしているんだ。」

 キースは悲しそうな、恨めしそうな表情で言った。



「最近、話に上がっていた殲滅作戦の犠牲者も・・・・ここに?」

 シンタロウは敬意を払うように石碑に姿勢を正した。



「そうだ。・・・・希望周辺の殲滅作戦。蓋を開けたらモルモット実験兼母体プログラムを搭載したドール捜索だ。犠牲は限りなく無駄。責任者の発言を握り潰して作戦を実行する。最初から撤退できない所に配置される。・・・・・仲間に裏切り者がいる。」

 キースは刻まれた名前を撫でた。



「その人ですか・・・・・?」



「いや、そいつは名前が刻まれなかった。それだけが裏切った証拠なのかもしれない。この情報を握っていたことで俺は上層部にでかい顔を出来るようになった。それからはできる限り顔色を窺って発言できる位置を確立した。要は汚い大人だ。」

 キースは自嘲的に笑った。



「ハンプス少佐は、どうしてそれを自分に・・・・」

 シンタロウはキースを探るように見ていた。キースは石碑の向こうの何かを見ていた。



「作戦前に楽になりたい、俺の我儘だ。」

 キースは誰かに許可を得るように石碑の向こうを窺っていた。



「どんなことがあったんですか?」

 シンタロウは気を遣うように優しい声色で、キースを諭すように訊いた。

 キースは泣き出しそうな顔に笑みを浮かべてシンタロウを見た。



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