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六本の糸~研究ドーム編~

47.反応

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「さっきの怪我した人・・・あのままで良かったのかな?」

 モーガンは心配そうに後ろを振り向いた。

「頭の機械は無力化しました。大丈夫でしょう。」

 執事はモーガンに笑いかけた。

「止血をやや乱暴でもしたから大丈夫でしょ。弾も抜いたし。痛みを積極的に受けようとしていたから手当てしやすかった。」

 リリーもモーガンに笑いかけた。

「この図面によるとこの先に研究者用の部屋があるはずです。ここの分かれ道、左に行くと入り口方面らしいですね。出口として覚えておきましょう。」

 地図を写した写真を持ち執事は左右を交互に指さした。

「・・・ここ確実に中佐が通ったんだな。監視カメラが片っ端から破壊されている。警備の兵も戦闘不能にされている。」

 キースは前方に倒れている集団を見て言った。

「執事さんは・・・・この施設に詳しいけど・・・何者なの?」

 モーガンは耐え切れなくなってきいてしまった。

 キースは無言で執事の様子を見た。

「・・・・・私は、今はしがない執事です。」

 執事は変わらず言った。

「・・・・でも、何か目的があって来ているのよね。来てくれて本当に助かっているけど・・・その目的って・・・・?」

 リリーも気になっているようでモーガンに続いてきいてきた。

「・・・・そうですね。最初に言った通り、忘れ物を届ける・・・のと、迎えに行くのと・・・ですかね。」

 執事はそう言うと悲しそうにだが、優しそうに笑った。

「行くぞ。前に中佐がいるからと言って、他の警備が来ないとは限らない。」

 キースは注意するように言った。

「そうだ。」

 モーガンは自分を鼓舞するように両手を握りしめた。

「・・・・ソフィ・リード准尉・・・・この先にいるのかな・・・・」

 リリーがぼそりと言った。

「・・・・いるだろうな。あの状況で軍本部に残っているとは思えない。」

「でも、何でソフィさんが向こう側にいるんだ。・・・・わからないよ。」

 モーガンは寂しそうに言った。

「簡単に予想がつくことだ。元々リード准尉は父親をゼウス共和国との戦いで亡くしているから裏切るわけないと思っていた。」

「それは大間違いですよ。」

 執事が冷たい声で言った。

「そうだ・・・その根拠が事実でないなら、裏切ってもおかしくないということだ。」

 キースは頷いた。

「・・・・地連も遺体が見つからないなら死者扱いするのも止めたらいいものを・・・あの襲撃だって」

 執事は憎々し気に呟いていた。

「執事さん・・・?」

 リリーが執事の方を恐る恐る見た。

「失礼・・・・前を見て歩きましょう。研究者用の部屋ということはそこからこの施設を乗っ取ることも可能かもしれないです。」

 執事は笑顔で言った。

「・・・・・そうだな。」

 キースは賛同すると歩む足を速めた。









「どっちだ?」

 影はミゲルを脅すように訊いた。

「こわいこわい!!・・・だからこの道を真っすぐ行けば馬鹿でもわかるって。」

 ミゲルは相変わらず嫌味を言っていた。

「・・・・この先は警備が押し寄せる可能性がある。」

 ディアは警戒するように周りを見渡した。

「俺、銃ってあまり使ったことないんだ。」

 コウヤが不安そうに自分の持つ銃を見つめた。

「足を狙え。お前は気負う必要ない。」

 そう言うディアは手慣れたように銃を構えていた。

「おい!!監視カメラがあるだろ。そこに俺が映るようにしろ。」

 ミゲルは叫んだ。

「どこだ?」

 ディアはあたりを見渡した。

「もうすぐ行ったところの天井に」

 ミゲルの説明の途中で

「あれか」

 ドン

 ディアはカメラを撃ちぬいた。

「な・・・・な・・・・・」

 ミゲルは絶句した。

「聞いていたのか!?カメラに俺を・・・・」

 ディアはミゲルを見て笑った。

「悪いな。私たちのほかに侵入している奴らがいるんだ。私の姿を確認されると他のやつらが危なくなる。」

「そうだな。どれがディアかわからないからこそ警備の勢いも弱めなのかもしれない。生け捕りが基本だからな。」

 影はうんうんと頷いた。

「それに、まだ、コウの姿を見られるわけにはいかない。」

 ディアはコウヤに笑いかけた。

「ディア。お前、射撃うまいな。」

 コウヤはカメラに当てたディアの射撃技術を褒めていた。

「ありがとう。コウは顔をできるだけ伏せてくれ。」

 ディアはそう言うと自身もミゲルを担いだ影の後ろに隠れた。

「この先には何がある?」

「この先にはサブドール実験場を管轄している研究者の部屋がある。」

 ディアの問いにミゲルはむくれながら答えた。

「実験場ではないのか?」

 影が問い詰めるように訊いた。

「馬鹿め。研究者用の部屋だ。実験場の近くに作ると万一の時に被害がある。」

 ミゲルは自身の状況に構わず強気に言った。

「サブドール・・・拝借できないか・・・」

 ディアは考えるように呟いた。

「できるわけない。この施設はサブドールでの暴走を考慮して天井が高い空間は実験場と格納庫ぐらいだ。」

 ミゲルは得意げに言った。

「モルモットの部屋はどこだ?」

 ディアは深刻な声で訊いた。

「雑魚ならサブドール実験場の向こう側だ。だが、それは少し方向が違う。」

「特別な奴の部屋は?」

 コウヤが訊いた。

「・・・・・見ればわかる。厳重さが違う。」

 ミゲルは説明するのをためらった。

「・・・・そこを目指そう。ハクト達を救出できればドールプログラムの解析を阻止できるんだよな。」

 コウヤは提案するように言った。

「・・・そうだな。だが、気になることがある。」

 ディアは考え込むように言った。

「それは俺もだ。」

 影もディアに続いて言った。

「気になること?」

 コウヤは難しい顔をした。

「地連が手を貸さない状況に陥った今、彼らにとって不利なことになる。このドームの周りにはおそらく地連の軍が配備されるのも時間の問題だろう。いくらモルモットが欲しいとはいえ・・・・いまだに逃げ出していないのは、何かを持っているのではないか・・・と」

 影は説明するように言った。

「何かを持っている?」

 コウヤは更に難しい顔をした。

「そうだ。私もそのことが気にかかっていた。」

「だいたい、ニシハラ大尉は母体プログラムの該当者なんだ。さっきまで警備システムが作動してなかったのは大尉がこの施設全体のシステムを乗っ取っていたのかもしれない。それが作動し始めた。これは、母体プログラム該当者の権限を上回る何かがあるってことだ。」

 影はさらっと言った。

 だが、その言葉に他の3人は目を丸くした。

「母体・・・プログラム・・・?」

 ミゲルは知らなかったのか驚きを隠せないようだった。

「待て!!じゃあ、ハクトはやっぱり違うのか?私とは・・・」

「知らなかったのか・・・・まあ、俺も他人から聞いたことだから詳しくは分からないが、ドールプログラムにはいくつかプログラムがあるってのはわかるな。そのなかで母体プログラムってのが大元みたいなものだ。体で言うと脳みそみたいなものだ。他のプログラムが四肢の筋肉とか関節だと考えると力関係がわかるだろ?」

「お前は何者だ・・・?該当者・・・俺たちはそれを鍵と呼んでいる。」

 ミゲルは今までとは違うまなざしで影を見ていた。

「・・・・別に他人から聞いたことだ。」

「でも、もしさっきまでシステムが作動していなかったのが、ハクトの仕業だとしたら・・・」

 コウヤは不安そうな顔をした。

「それを押し込める何かがあるってことだ。考えれることは他の母体プログラム該当者を持ってきたか・・・それはありえないんだ。」

「・・・・思った以上にラッシュ博士は厄介な相手だということか。」

 ディアは悔しそうな表情をしていた。

「俺・・・・ハクトを押し込めた何か・・・・知っている気がするんだ。」

 コウヤは先ほど感じた寒気と気持ち悪さをディアたちに話した。

「・・・・・お前が知っている感覚・・・?」

 ディアも影も難しい顔をしていた。

「いや・・・・俺の感覚だから、確かかは分からな・・・」

「お前の感覚は大事だ。妨害電波が出ている中で察知したんだ。何か知っているもののはずだ。」

 ディアはコウヤが否定的に言うとすぐに否定した。

「俺もディアに賛成だ。コウヤはその感覚を思い出してくれ。それと、俺はこのミゲルを背負って先導する。ディアもお前の周りを守る。だから、感覚を研ぎ澄ましてくれ。」

 影はそう言うとミゲルを担ぎなおして進み始めた。

「おい!!何者だ!!影なんて変なあだ名じゃなくて何者だ!!お前もだ!!コウヤ!!」

 ミゲルは影に担がれながら騒いでいた。

「うるさいな。あいつ気絶させようか・・・・」

 目を据わらせてディアは呟いた。

「気絶させたら案内してもらえないって。」

 コウヤはディアをなだめるように言った。

「コウヤだけでなくてディアも周りを警戒しながらも感覚を研ぎ澄ましてくれ。こうも何も無いと不気味だ。」

 影はあまりに警備がいないことを不気味がっていた。

「・・・・ミゲル。ここの警備はただ飯食らいの役立たずばかりか?」

 ディアも監視カメラに銃口を何度も向けているが、警備にまだ銃口を向けていないのを不審に思っていた。

「何を言っている。ここの警備はモルモット達だ。我々のプログラム通りに動く生ける屍。人形のような集団だ。」

 ミゲルは偉そうに言った。

「その集団にまだお会いしていないのはどうしてだ?」

 影は偉そうに言うミゲルにいら立ったのか、挑発的に訊いた。

「・・・・それは、わからない。だいたい、侵入者が来る前提じゃない!!本来なら外のドール部隊が・・・・・」

「ドール部隊には歓迎されていたとしか思えないな。実質、この施設の警備は実験体達か。だが、それにしても会わなすぎる。」

 ディアは物静かな周囲に落ち着かないようだ。

「分かれ道だ。真っすぐ行くか、右に曲がるかだ。」

 コウヤは前を指さした。

 影とディアはミゲルを見た。

 ミゲルは口を尖らせ威嚇するような顔をしていた。

「ミゲル。おとなしく答えた方が身のためだ。」

 コウヤはミゲルを諭した。

「・・・・右側が、研究者たちの部屋。実験の見学用のバルコニーとカプセル部屋だ。」

「カプセル部屋?」

 影が不審そうに訊いた。

「モルモットの容態が安定したら、一括管理できるようにカプセルで管理するんだ。だが、気を付けた方がいいぞ。カプセル部屋のモルモットはお前らに襲い掛かるだろうな。」

 ミゲルは楽しそうに笑った。

「その時はお前も一緒だ。楽しく襲われよう。ただ、俺はお前を盾にする。」

 影はあくどい笑いを浮かべミゲルを見た。

 ミゲルは顔を青くした。

「・・・・どっちに行けば内部に入れる?」

「どっちでも入れる。ただ、右に行った方が出会う敵は多い。左がおすすめだ。」

 ミゲルは懲りないのか癖なのか挑発するように言った。

「よし、右行くぞ。」

 影はそう言うと右に歩きだした。

「え・・・えー!?えー!?おいおいおいおいお前聞いていたか!?」

 ミゲルは慌てて影を止めようと身をよじった。

「なんか、お前の言うことを信用していない。嫌ならしっかり案内しろ。」

 影はそう言いながら足を止めることはなく進んだ。

「・・・影!!待て!!」

 ディアが叫んだ。

 コウヤも影も驚いて足を止めた。

 ディアは天井の隅を指さしていた。

「・・・・監視カメラが壊されている。」

 ディアが指さす方向には、銃で撃ちぬかれ、壊れた監視カメラがあった。

「誰か通ったのか。」

 コウヤは周りを見渡した。

「・・・・これで、警備が全くいない理由が分かった。俺らの前を進んでいる奴が倒したのか。」

 影はそう言うとある人物を想像したのか少し笑顔になった。

「こっちからってことは・・・・倉庫方面の入り口から入ってきたのか・・・・?」

 ミゲルはブツブツ何か言っていた。

「警備が倒されていると推測しても、油断はしないで行こう。」

 ディアはそう言うと影とコウヤは頷いた。

 影は周りを見渡しながら進み始めた。









「・・・・こっちの病室はだいたい回ったな。」

 シンタロウとイジーは行き止まりに当たった。

「やっぱりさっきのロックのところね。」

 イジーは行き止まりの壁に触れて確認していた。

「そうだな。」

 二人の後ろから複数の足音が聞こえる。

「イジー、そこの病室に入るぞ。直線上だと不利だ。」

「わかった。」

 二人は近くの病室に飛び込んだ。

 病室に入るとシンタロウは中にあるベッドから枕とシーツをはぎ取った。

「それどうするの?」

「敵さんは猪突猛進のはず。ドアの前に置く。シーツは滑るだろ?あと、一部破いて持ってくぞ。」

 シンタロウはシーツを30×40ほどの大きさ二枚ちぎると一枚イジーに渡した。

「ありがと・・・これ何に使うの?」

「包帯にしてもいいし、踏んで歩けば足音も少なくて済む。」

 二人を追いかける足音が部屋の前まで来た。

 シンタロウはイジーを自分の後ろに立たせ、ドアの脇に隠れ、外をうかがった。

 足音が病室の中に及ぼうとしたときシンタロウは敷いたシーツに手をかけた。

 息を殺し、床の振動とシーツの感触に集中していた。

 ザ

 ザシュッ!!

 ドスン

 廊下の外の存在がシーツに体重をかけた時にシンタロウはシーツを思いっきり引いた。

 入ろうとしたものはシーツに滑り、なおかつ足を取られ転んだ。

 転んだ警備のモルモットの頭をシンタロウは躊躇いなく踏み砕いた。

 続いて彼はシーツを広げ、追いかけていた者たちの正面に立った。

 一瞬彼らの、警備のモルモットの顔を確認するとシーツを投げつけた。シーツに視界を取られた警備の者たちはシーツを退けようとした。

 ダンダン

 シンタロウは視界を奪っている間に引き金を引いた。

 うめき声と血の滴る音が不気味聞こえた。

 シーツはじわじわと赤く染まってきた。

「行くぞ。」

 シンタロウは後ろにいるイジーに話しかけた。

 イジーは顔を蒼白にしながらも頷いた。

 二人は走り出した。

「今で、4人行動不能にした。」

「4人?だって弾は二発・・・・」

「二人が重なる位置を狙った。銃弾を取っておきたい。思の他使ったからな。」

 シンタロウは淡々と答えた。

「・・・・・おそらくサブドールに乗っていた奴らね。」

 イジーは息を整え言った。

「・・・・そうだな。とにかく、あのロックの部屋をどうにかして開けないといけないわけだ。」

 シンタロウは一瞬戸惑ったようだが、淡々と言った。

 二人の走る方向からまた数人サブドールに乗っていたと思われる警備のモルモット達が走ってきた。

 イジーは銃を構えた。

 ダンダンダンダン

 銃声が響いた。

 イジーは銃を下ろしたがシンタロウは警備に向かって走っていた。

 イジーの撃った弾はふくらはぎや太ももに当たっていたため、身動きがうまく取れないようだ。

 その警備に向かってシンタロウは顔を掴み地面に叩きつけた。

 攻撃の勢いをそのままに肘を他の警備に突き上げ、倒れていく警備の頭を狙い確実に仕留めていた。



 強い。

 血まみれの拳を持っているシーツの切れ端で拭うシンタロウを見てイジーは何とも言えない気持ちになった。

 そして、彼の足元の警備に目を移したとき

「・・・・う・・・・」

 徹すると誓ったのに吐き気がこみ上げてきた。

「・・・・・そこの病室で吐いてきた方がいい。」

 シンタロウは近くの病室を指さした。

「大丈夫。」

「我慢はよくない。」

「飲み込むから・・・・」

「いや、顔色わるぞ。あと、飲み込むって・・・・」

「胃液くらいどうってことない。私が吐き出すのはすべて終わって悲しんで嘆くとき。」

 イジーは頑固そうな表情をしていた。

「・・・・そう言ってくれるのは個人的にすごくうれしいけど・・・・」

「けど?うっ・・・ぷ」

「生理現象だから、仕方ないと思うぞ。」

 イジーは近くの病室に駆け込んだ。

 その様子を見てシンタロウはかすかに表情をほころばせていた。

「・・・・ありがとう。」

 消え入るような声で呟いた。









 三人の歩く音が響く。

 時々壊された監視カメラの破片を踏む音が混じった。

 しばらく歩くと

「う・・・・」

 うめき声が聞こえた。

「ミゲル・・・この先には、何がある?」

 影は小声でミゲルに訊いた。

 流石にミゲルも小声で

「ここは実験の見学用バルコニー兼カプセル部屋を監視する部屋だ。だが、この部屋に入るには、カプセル部屋の隠し通路を通る必要がある。見つけたのか?」

「とにかく、人がいることには変わりないけど、それが誰だかは分からないんだな。」

 コウヤは独り言と思案に入ったミゲルに言った。

 ミゲルはコウヤの言葉を聞かずにブツブツ言い続けていた。

「身動きのできない影は後に入れ。私が先導する。」

 ディアはそう言うと突き当りにある部屋を覗き込んだ。

「・・・・人は見えない。」

 ディアがコウヤ達に伝えても変わらずうめき声は聞こえていた。

「・・・・床に寝転がっているのか・・・?」

「怪我している可能性はある?」

「・・・・もし、そうなら警備だな。」

 三人の会話に水を差すように

「なら、お前等倒すしかないな。ここの警備は頭を操られている。動かなくするしか止めるすべはない。」

 と偉そうに言った。

 その言葉を聞いて影はディアを押しのけて扉を開けた。

「ちょ!!影!?」

 ディアとコウヤは影の行動に驚いた。

 影は扉を勢いよく開けると、抱えていたミゲルを部屋の中に投げ入れた。



「ぎゃーーー!!」

 ドサッ!!ゴロゴロゴロ

 ミゲルの悲鳴が響いた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

 コウヤとディアは影を何とも言えない目で見た。



「・・・・大丈夫そうだな。行くぞ。」

 身軽になった影は部屋に入っていた。

 次にディア、その次にコウヤが続いた。

 部屋に入ると影の足元にミゲルがしがみ付いていた。

 影は二人が部屋に入ったことに気付くと

「大丈夫だ。銃を下ろして。」

 と言って両手を下げるしぐさをした。

 ディアとコウヤはそれを見て銃を下ろした。

「・・・けが人だ。ミゲルではない。」

 影の見る先にはわき腹と足に怪我を負った男がいた。

 ただ、男は治療が施されていた。

「ありえない・・・・そんな・・・・」

 影にしがみ付きながらミゲルはブツブツ呟いていた。

「何がありえないんだ?」

 影は面倒そうにミゲルに訊いた。

「機械が無力化されている。こんな芸当・・・・誰が」

 ミゲルは倒れる男の目を見て言った。

「・・・・あんた、ラッシュ博士の助手の男だよな。何でここにいるんだ?」

 男はミゲルを見て不思議そうな顔をした。

「お前は何者だ?ここで何があった?」

 ディアは詰問するように男に言った。

「綺麗な子だな。冷たい目をした男に撃たれたが、機械から解放されるし、可愛い女の子に手当てされるし、綺麗な女の子に詰問される。」

「・・・・・冷たい目・・・・ロッド中佐か。」

 ミゲルが得意げに呟いた。

「・・・・それはない。あの人はサングラスをかけている。」

 影が素早く否定した。

 ディアとコウヤは無言だった。

「ロッド中佐、あのサングラスの男は俺も知っている。殺してくれと懇願したが殺してくれなかった。俺を撃ったのは男女二人組のうちの男だ。」

 男も否定した。

「何があった?」

 コウヤは男の話を聞き、ある人物を思い浮かべた。

「まず、俺はカプセル室にいた、通称モルモットの一人だ。いつも頭を支配している声があったんだ。それが一旦止んだ。だからよく覚えている。」

 声が止んだと聞きコウヤとディア、影はお互い顔を見合わせて頷いた。

「でも、しばらくするとまた声が響いた。その時ぐらいにカプセル屋に二人の男女が入ってきた。男と目が合ったんだ。その時に頭の中ではそいつを捕らえろって声が響いていた。」

「その声に抗うことはできないのか?」

 影は不思議そうな顔をしていた。

「これは、頭の中からやられているみたいで、声に従うしかできないんだ。奥底で自分の意志はある。今回は一旦声が止んだからこうして戻れたのかもしれない。」

「地獄だな。」

 コウヤは思わず呟いた。

「そうだ。まあ、俺は頭の声に従い、カプセル室にいた他のモルモットと一緒にその二人に襲い掛かった。幸い、俺は撃たれて動けなくなった。」

「幸いか・・・・」

 ディアは皮肉そうに呟いた。

「いや、幸いだ。撃たれたおかげで頭の声を上回る痛みが得られた。普段はこれぐらいじゃ戻らないんだが、今回は一旦声が止んだ後だったから意識が深いところになかったみたいだ。」

 男は本当に幸運と思っているようで笑顔だった。

「俺は、その後の機械を無力化した経緯が知りたい。」

 ミゲルは影にしがみ付いたまま言った。

「ああ、その後にロッド中佐が来た。俺は殺してくれと懇願したが、断られた。その時は、このまま頭の声に支配されるくらいなら死んだ方がましだと思っていた。」

「そいつじゃなくて、無力化した経緯だよ!!」

 ミゲルが叫ぶと影はミゲルの頭を軽く叩いた。

「イテ!!」

 騒ぎながらも影の足から離れなかった。

「慌てるなよ。その後に20代後半くらいの青年と君たちより年下くらいの少年と少女、あと初老の男が来た。」

「キースさんたちだ。初老の男って誰だ?」

 コウヤが言うと男は

「他のやつからは執事って呼ばれていた。」

 その言葉を聞きコウヤは影を見た。

「・・・・・このドームに来ることは知っていた。」

 影はコウヤに言った。

「で、誰が解いたんだ?」

 ミゲルは待ちきれないようで急かすように男に訊いた。

「その執事だ。ドールの神経接続みたいにそこの機械に繋がれてな。あと、お前らの役に立つと思う。そこの机の上にある端末にこの施設の見取り図がある。それも執事が探り出したものだ。」

 ミゲルは驚きを隠せないようだった。

「・・・・何者だ・・・・その執事。」

 コウヤはロッド家でお世話になった執事を考えていた。

「確かに、あの人、機械に強いし、ドールプログラムにもすごく詳しかった。」

 それを聞いたディアは何かに心当たりがあるらしく眉を顰めた。

「・・・・・まさか・・・・」

「それより、見取り図見よう。これがあれば、この役立たずを黙らせることができる。」

 影は見取り図を見るように促した。

「手当はだいたい済んでいるみたいだし、特に何もできないけどいいか?」

 コウヤのそれより男の怪我を心配しているようだった。

「大丈夫だ。あと、誰がどの方向に行ったか教えよう。」

 男はそう言うとコウヤ達が来た扉を指さした。

「お前らが来た方向にロッド中佐、そのあとに執事達4人が行った。」

 それを聞き

「だからあっちの方向に警備が極端にいなかったのか。」

 と影とディアは納得したようだ。

「あと、あっちの出口からカプセル室に行くことができる。」

 男は別方向の出口を指さした。

「そっちにお前を撃った二人が進んだんだな。」

 確認するように影は訊いた。

「ああ、なかなか凄い奴らだ。いや、奴だ。サブドールを一体奪ってそこで派手にやっていた。」

 男は部屋にある窓を指さした。

 コウヤ達は窓を覗き込んだ。

 窓の先には数体のサブドールが破壊されており、破壊されていないサブドールは動かないでいた。どうやら無人のようだ。

「たぶん、サブドールの中のやつらは二人を追いかけて行ったと思う。実験場の先に生身用の出入り口があるんだ。二人組はそこにサブドールの頭から突っ込んで先に進んだ。」

 コウヤは男の言う通り一体のサブドールが頭から壁に突っ込んでるのを見つけた。

「あの先は、壁じゃなくて道があるんだな。」

 コウヤは何とも言えない不安な気持ちになった。

「ああ、あの先には手術後の安定していないモルモットの病室がある。だが、おそらくだいたいは殺されているだろう。」

 男は諦めたように言った。

「殺されている?そんなに手術の後は安定しないのか?」

 ディアは研究の過程で殺されると思ったようだ。

「ちがう。俺らモルモットは、基本的に武器を持たせてもらえない。役割を与えられてからは持ってることはあるが、今回のように急な侵入者にたいしては丸腰だ。暴れる可能性が少しでもあるからな。身体能力は高くなっているかもしれないが・・・」

「・・・・どういうことだ?」

 コウヤは何とも言えない不安な気持ちになった。

「そんなこともわからないのか?二人組が殺してしまっているだろう。ということだろ?」

 ミゲルはコウヤがあえて避けていたことを言った。

 ミゲルの言葉に男は頷いた。

「ああ」

 コウヤのなかでその男の頷きに大きく反発するものがあった。

「・・・・いや、それはないだろ。」

 その反発するものがコウヤの口を動かした。

「ない?どうしてだ?」

 ミゲルは自分の推理を否定したからかコウヤを睨んだ。

「いや、だって、シンタロウがそんなことできるはずないし。あいつ、いいやつだし・・・。きっともう一人の方が・・・・」

 そう言いかけた時、もう一人がイジーであることを思い出した。

「・・・・銃は主に男が撃っていた。女も撃っていたが・・・男は俺たちが銃を持っていないと判断すると素手に切り替えている。俺の言うことが嘘だと思うなら、カプセル室から実験場に向かうといい。撲殺されているはずだ。」

 男はコウヤに淡々と言った。

「撲殺・・・・?なんだ?おい、お前の親友はそんな物騒な男だったか?」

 ディア信じられないという目でコウヤを見た。

「お前等がその男と知り合いなのは何となくわかったが、廊下を見るとおそらくショックが大きいと思う。」

「お前以外のカプセル入っていた奴は?」

 ミゲルは空気を読まずに男に質問をした。

「・・・・俺だけ生き残った。」

 男はミゲルと違い空気を読み、具体的な数を示す言葉を使わなかった。

 その言葉を聞きコウヤは走り出した。

「ば・・・ばか!!」

 影は急いでコウヤを追いかけた。

 部屋から出て行く二人の背中を見て

「馬鹿はとっちだか・・・」

 とディアはいい、影の監視から外れた、逃げようとしていたミゲルを抑え込んだ。

「だ・・・・」

 ディアに押さえつけられミゲルは息を詰まらせた。

「面倒だ。手足を縛る。」

 ディアのその言葉に男は反応した。

「俺の手足を縛っていたものがそこにある。それを使ってくれ。」

 彼はディアに加勢した。

「すまない。お前、名前は何という。」

 ディアの問いに男は少し悲しそうな顔をした。

「俺は、ゼウス共和国のもの・・・だった。だが、今となってはどうでもいい。家族も恋人もいない。名前こそどうでもいい。使い慣れた『No.0016』とでも呼んでくれ。」

「そうか、ではジューロクと呼ぼう。ありがとう。ジューロク。」

 ディアは礼を言うと、ミゲルの手足を縛り始めた。

「うう・・・・クソアマ・・・・」

 ミゲルは恨めしそうにディアとジューロクと名乗った男を見ていた。







 カプセル室にはおびただしいといえる数のカプセルがあり、全てが割れており、中身は空であった。

「・・・・・こんなに・・・」

 コウヤは目にする大量のモルモットのいた形跡に更に不安を覚えた。

 カプセルの破片を踏みながらコウヤは恐る恐る進んだ。

「あ・・・・」

 足元に血痕を見つけ、それを追うように進んだ。

 血痕はコウヤが出てきた方向とは別方向にある出口に続いていた。

 出口にかかり、廊下に面したときコウヤはその場で崩れ落ちた。

「・・・・これを、シンタロウが・・・・」

 廊下に倒れる人の数にコウヤは呆然とした。

「シンタロウは冷静な奴だ。役割に徹底している。」

 コウヤの後ろから影が元気づけるわけでもなく、残念がる様子でもなく言った。

「・・・・・俺ですら手引きするまでお前が生きているのを知らなかった。あいつはお前が生きていることを知らない。」

「・・・・俺、早くあいつに会わないといけないんだな。」

 コウヤは焦りを感じているのか、鬼気迫る様子で言った。

「お前は自分のできることをやるんだ。」

 影はコウヤを諭すように冷静な声で言った。





「・・・・たくさんのモルモットの生体反応が消えているのよ。・・・・・」

 ラッシュ博士は壁にあるモニターを見て言った。

 モニターには施設の見取り図とその中に点滅する光があった。

 どうやら点滅する光がモルモットのようで、施設内のどこにモルモットがいるかがわかるようだ。

「病室が大変なことになっているな。例の中佐殿か?」

 タナ・リードは緊張した面持ちで言った。どうやら、中佐が恐ろしいようだ。

「カメラを片っ端から壊されてわからないわ。まあ、ここまで来れたとしてもね。いくら屈強な兵士でも・・・・敵わないわよね・・・・外の雑魚と違うものね。」

 ラッシュ博士は笑いながらとある扉の向こうを見ていた。

「消耗させて捕まえるつもりか。だが、そのためにしても犠牲が大きい。」

 タナ・リードは納得していないようだ。

「さっき、モルモットが『クロス・バトリー』という名前を察知したのよ。どの子が彼だかわからないからいぶり出すしかないのよ。」

 ラッシュ博士は犠牲という言葉を気にしていないようであっけらかんと言った。

「クロス・バトリーか・・・・死んだコウヤ・ムラサメと同様どんな人物かわからないな。」

「・・・・コウヤ・・・・か」

 ソフィは何かを思い出すように呟いた。

「ソフィと一緒にフィーネに乗っていた少年がそのコウヤ・ムラサメであったと言ってたな。だが、死んでしまったと聞いた。」

「うん。楽しい子だったから残念だった。それに、ニシハラ大尉がすごく哀しそうだったから可哀そうだった。」

 ソフィは演技じみた動きをし、哀しさを表現した。

「『希望』の破壊で生き延びたが、結局は死んでしまう・・・・そういう運命だったのか。」

 タナ・リードは憐れむように言った。

 ラッシュ博士はその二人の会話を無言で聞いていた。

「ラッシュ博士は、クロス・バトリーと面識があるようだが、どのような少年だ?」

 タナ・リードは興味津々のようだ。

「成長しているから容姿はだいぶ変わっている可能性があるわ。まして、親の容姿がわかればどんな風に育つかわかるけど、あの子は妹こそいたけど孤児だったからね。」

 ソフィはその話を聞き楽しそうな表情をした。

「どうしたソフィ?急に笑い始めて。」

 リード氏は娘の表情の変化に気付いた。

「だって、ニシハラ大尉、コウヤ君はまあまあだったけど、素敵な少年でしょ?同じように育っているかもしれないって思うと楽しくなるわ。」

「その可能性はあるわよ。ソフィちゃん。昔のクロス・バトリーはかなりの美少年だったからね。」

 そう言うとラッシュ博士は視線を再びある扉の方に戻した。

「彼らにニシハラ大尉たちが奪われたら終わりだ。いくら君の持つ最終兵器が強くてもそれは確実だ。」

「そうかしら?そんなことは無いと思うわよ。」

 ラッシュ博士は相変わらず扉の向こうを見つめていた。
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