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六本の糸~研究ドーム編~
42.血眼
しおりを挟む一台の大きな荷台を付けた大型車が爆走していた。運転席にはか弱そうな少女。
後ろには小回りの利きそうな小さな車が数台。それぞれに二人ずつ乗って前の車に銃を向けていた。
荷台が邪魔で弾は車本体に届かないでいた。
小さな車はどうにかして大型車の横に付こうとしていた。
だが、猛スピードで飛ばしグネグネ走る大型車になかなか近づけずにいた。車の動きに合わせて荷台も遅れて動くため更に近づきにくい。
それに拍車をかけるように荷台揺れた。
中から一台のサブドールが飛び出してきた。
サブドールは小型車の間に着地すると慣れた様子で再び荷台に飛びついた。
どうやら後ろの小型車を撒くために着地したようだった。
イジーは運転する車が大きく揺れたのを感じた。
この揺れは荷台に何かがあったようだ。
だが、今更シンタロウと対話するも余裕も手段もない。
「この揺れはあれよあれ!!えっと・・・きっと無事にサブドールが飛び出したのよ。」
イジーは誰かが聞いているわけでもないが自分を安心させるために言った。
「だから、私はスピードを落としちゃいけないのよ。」
一番自分に言い聞かせたかったことなのか、力を込めて言った。
その言葉を自分自身で言ったことで、ハンドルを握る手とアクセルを踏む足に力が入った。
正直、車の運転は得意ではない。シンタロウの前でかっこつけて言ってしまっただけだ。オートマ車ならすいすい行けるが、マニュアル車になるとエンストを連発させる。だが、今回はスピードを落とす必要が無いためスピードを出していく過程さえ気を付ければいいという気楽だが、気の張る運転だ。
サイドミラーを見ると後ろの車が横に付こうとしているのがわかった。
「させない!!」
イジーはそう言うとハンドルを左右不規則に動かし始めた。
車が揺れるように動くと後ろの車は距離を置いた。
イジーは安心し前を見て、この車で破壊する予定の扉までの距離を考えていた。
そのとき
ガシャン
「あ・・・しまった!!」
車のサイドミラーを破壊されたようだった。これでは後ろの様子が見れない。
「あー!!後ろに親切にモニターついてないの!!」
ついているわけがないが、とにかく叫んでみた。
すると横を何かが通った。
「やば!!」
イジーはとうとう追い付かれたと思った。
が、横を通り過ぎ車の前を走り始めたのは一体のサブドールだった。
「シンタロウ・・・・」
イジーはサブドールが無事に車のスピードに追い付いていることで決心をした。
「作戦通りね!!」
イジーはアクセルに足を固定した。もう、スピードを操作することはない。このまま突っ切る。
イジーが車を真っすぐにした時、サブドールが車の上に乗った。
車体が揺れたがそんなのおかまいなし、アクセルに乗せた足は動かさなかった。
助手席側の窓からサブドールの手がめり込んだ。
メキメキ・・・バキ・・・バキャン
サブドールは運転席周辺の屋根を剥がした。
「ぶはっ!!う・・・」
スピードを出しているせいか、風が強く前がまともに見れない。
「ゴーグルしておけばよかった。」
風で涙を流しながらイジーは前を見てハンドルを握り続けた。
サブドールの手がイジーの肩を掴んだ。壊れないようにとても繊細だ。
イジーは予想よりもシンタロウがサブドールの操作に慣れており、さらに結構器用であることに驚いた。
「・・・まだ・・・まだよ!!」
イジーはシンタロウに聞こえるかわからないが叫んだ。
シンタロウは察したのか分からないがイジーの肩をつまめる形になった。
イジーはいつシンタロウに引っ張られてもいいようにハンドルから片手を外し、シートベルトを外した。
「よい子はマネしちゃいけないわね。」
目標の扉が見えた。
どのくらいで離脱すればいいか、今時速何キロだっけ?
どのくらい前に動けば・・・
そう考えているとき、唐突に死の恐怖を感じた。
体の力が抜ける感覚、足がすくむように離脱することを忘れそうになる。
浮遊感に似た恐怖を感じたがイジーはすぐに振り払った。
手足に力を入れ刻々と近づいていく。
サブドールの手が動いたのがわかった。
《今だ!!》
イジーはサブドールの手にしがみついた。
サブドールはそのタイミングと同時にイジーを持ち上げ、車を飛び立った。
車を前に蹴飛ばす形で飛んだことで加速し車はものすごい衝撃で扉にぶつかり、めり込み、扉は破壊された。
その車に続くように荷台、更に後続車が次々とぶつかった。
サブドールはイジーを抱えて飛び、飛び立った時の勢いを徐々に殺し、ゆっくりと着地した。
着地するとサブドールは一息置いてからゆっくりと破壊された扉に近付いて行った。
サブドールの前には、かつては頑丈な扉だったが、車が激突した衝撃で破壊され、車がめり込んでいる扉があった。その後ろには無残に転がっている荷台と、その荷台に巻き込まれた数台の車があった。
「・・・ま・・・間に合った・・・・」
シンタロウは息を切らしていた。サブドールに乗っている彼はコックピットの中で冷や汗をかいていた。
そのサブドールの手の上にはイジーが固まっていた。
「いけね!!悪いイジー」
そう言うとシンタロウはコックピットを開きイジーの元に向かった。
「し・・・心臓停まるかと思った・・・」
イジーはやっとの思いで話し始めた。
「ありがとな。イジーが直前までアクセル踏んでくれたおかげでドアをぶち破れた。
シンタロウは破壊されたドアとそこにめり込む一台の大型の車を見て言った。
その車の後ろには、二人を追っていた小型の車が無残に転がっていた。
どうやら一緒に突っ込んだ荷台に巻き込まれてしまったようだ。
シンタロウは目を伏せた。
「・・・・・これは私たちが生き残るために使った手段。彼らのことを嘆くならすべて終わってからよ・・・」
イジーは先ほどの緊張が嘘のようにシンタロウに言った。
「そうだな。・・・イジーは優しいな。」
シンタロウは笑顔で言った。
「は?」
イジーは目を丸くした。
「今の言葉は俺のために言ってくれたんだろ?それに、俺に死ぬなって叫んでただろ?」
イジーは顔を赤くしていった。
「あんた聞こえてたの?」
「だって、聞こえるように叫んでただろ。あーイジーやさしーなーって思って聞いていた。」
「!!!」
イジーがシンタロウに掴みかかった。
その時シンタロウが銃を取り出し、イジーの背後に放った。
ダンダン
「うっ・・・・」
小型車に乗っていた兵が銃を向けていたようだった。
「・・・・この小型車に何か地図か見取り図ないか探そう。」
シンタロウはそう言うとサブドールから降りて小型車の残骸に向かった。
イジーはその様子をみて少し寂しそうな顔をした。
「イジー。大丈夫か?まだ動けないか?」
シンタロウはイジーを心配そうに見上げた。
「・・・・別に大丈夫。私も手伝う。」
イジーはそう言うとシンタロウに続き小型車に向かった。
小型車に近付くとある音が響いていた。
「・・?なんだこれ・・・・」
シンタロウも耳に付いたらしい。
「機械音・・・・車の中かしら。」
二人が車を見た時気付いた。
「この音・・・・彼らからだ・・・・」
二人は倒れている兵を見つめた。
「・・・・でもなんの音?どこから。ペースメーカーではないよな・・・・」
イジーは兵に顔を近づけて音の元を探った、
「シンタロウ・・・この音・・・頭から聞こえてる。」
「この人は・・・ゼウス共和国の男じゃないですか!?」
ミゲルは新しく船に入ってきた男を見て叫んだ。
「・・・コウ、こいつはさっき手引きしてくれた男だな。なぜゼウス共和国のドールに乗っている・・・?」
ディアも警戒していた。
「敵じゃないって。この人は・・・・言ってもいいか?」
コウヤは新しく船に入ってきた男、ゼウス共和国のドールスーツに身を包み、顔を長い前髪で隠している男の方を見て訊いた。
「いや、自分で話す。お前は余計なことを言うな。」
男はコウヤにぶっきらぼうに言った。
「さっきの手引きといいコウと親しそうなところを見ると、お前は軍の諜報員か?」
ディアは考えるようなしぐさをして言った。
「え?どうしてそう思うんですか?」
ミゲルは驚いたように聞いた。
「この男と私はさっき会っている。この船に乗るように言ったのもこの男だ。実際助けてもらっている。」
ディアは流すように言った。
「・・・・そんな感じだ。ディア・アスール。あなたにお話しがある。」
男は感心したようにうなずくとすぐに真剣な口調でディアに言った。
「名乗れ。あとその前髪をどかせ。それからだ。」
ディアは警戒しているのか緊張した声だった。
「あなたと中佐が密談した日付と時間、わかりますよ。内容もね。」
男はディアを挑発するように言った。
「ほう・・・・お前はロッド中佐の部下か?てっきりロッド信者の諜報員だと思っていた。」
「・・・あいにく軍属ではないのでその言い方は少し違うな。」
「ディアさん。そんな男信用できません。」
ミゲルは男を睨み訴えた。
「お前神経質だな。細いし本当に軍人か?」
男は皮肉気にミゲルに言った。
「胡散臭いお前に言われたくない。」
ミゲルは激昂していた。
「確かに信用はできないな、本当に軍属ではないのか?軍の訓練を受けていると思えるが・・・」
ディアは男の全身に目を動かした。
「信用できないなら殺してもいい。」
男は当然のことのように言った。
「・・・・話を聞こう。コウはミゲルと一緒にいてくれ。」
ディアは男を連れて部屋の外に出た。
その二人を見送った後にミゲルは
「コウヤさん・・・でいいですよね。あの人・・・信頼できるんですか?」
「あの人は信頼できる人だ。ディアもそれを分かっているはずだ。」
コウヤは即答した。
その答えにミゲルは不服そうだが仕方なさそうにしていた。
そんなミゲルの横で、コウヤはあの男が自分に始めた接触してきた時のことを思い出していた。
『母体プログラム-2、ポセイドンプログラム該当者確認。』
「なんだ!!この声は」
ハクトは真っ白な視界の中に響いた声に驚いた。
『該当者にプログラム権限移動。指示お願いします。』
「え・・・俺が指示するのか・・・」
ハクトは無機質に響く声に考え込んだ。
「プログラム内での会話は可能か?」
『プログラム通話、可能です。現在接続該当者は、ヘルメスプログラム、アレスプログラム2名。』
「・・・会話がしたい。通話を頼む。」
『了解しました。』
ハクトの声に音声は返事をした。
『接続中・・・・・』
音声はそう言うとしばらく黙った。
「ヘルメスプログラム、アレスプログラムか・・・でもどうして俺に権限が移動するのか。そもそも何の権限だかわからないが。俺の該当するプログラムが他のと違うのか・・・ヘルメスプログラムとアレスプログラムの該当者とはまた違うみたいだ。」
ハクトは自分に権限が移動したことと他の接続されているプログラムの違いについて考えてそれを呟いていた。
考えていることを口に出していなければ不安になってくる、そんな真っ白な空間だった。
『該当者様。外のシステムに異常あり。警備モードをオンにしますか?』
「・・・なんだそれ・・・・。まさか、俺はこの施設のシステムの権限を移動されたのか?」
ハクトはある仮説を呟き驚いていた。
「・・・・システムはオフで頼む。」
『了解しました。しかし、施設に侵入を許しますがよろしいでしょうか?』
「構わない。」
むしろ望むところだった。
『了解しました。・・・・・お待たせしました。』
音声は間をおいて何かを思い出したように言った。
『他該当者との通話が可能になりました。』
「どういうことだ?」
タナ・リードが青筋をたてて震えている。
「どうしたのパパ、じゃなくて父上?」
ソフィはそんな父を他人事のように見つめていた。
「警備システムが作動しない。外からの干渉があるのか?」
「違うわよ。中からの干渉。大方、ニシハラ大尉ね。」
タナ・リードとは対照的にラッシュ博士は余裕そうな表情だった。
「どういうことが?こんなの聞いていない。」
「当然でしょ。言っていないもの。」
ラッシュ博士は怒るリード氏に悪びれる様子もなく笑った。
「システムが完全に操れると聞いていたからここまでのことをしたんだぞ。」
「これはリスクの一部よ。」
ラッシュ博士はそう言うとポケットから煙草を取り出した。
「リスク?」
「リードさん。まさかあなた何のリスクも負わずにドールプログラムを手中にできるとでも?」
そう言うとラッシュ博士はタバコをくわえ火をつけた。
「リスクなら冒した!!現に私はゼウス共和国に渡り素性を偽って・・・・」
「ドールプログラム内のことは該当者じゃない私たちは分からない。けど、狙いがあったのよ。」
「狙い?」
タナ・リード、ソフィはラッシュ博士の方をそれぞれ危機感が違う表情で見つめた。
「この警備システムも乗っ取れる該当者・・・それを操ること・・・」
「簡単に言うが、ドールプログラムを更に操るということができるのか?未だに解明されていない・・・まして君に・・・」
「どういうこと?」
タナ・リードの言葉にラッシュ博士が初めて感情を露わにした。
「そのままの意味だ。カワカミ博士ならともかく、君は研究の中枢にいたわけではない。ただの手伝いだったんだろう。」
「だまれ。」
ラッシュ博士はタバコの煙と唾を吐きながら叫んだ。
「どうした?先ほどまでの余裕がなくなっているぞ。」
タナ・リードは驚きながらも愉快そうに笑った。
「・・・・ごめんなさい。でも、私にはいいものがあるのよ。ドールプログラムの源とも呼べるもの。」
ラッシュ博士はそう言うと微笑んだ。
「それは、君がゼウス共和国に持ってきたものか?」
「・・・・私の宝物よ。」
そう言うラッシュ博士は少女のような表情をしていた。
赤い目の兄妹。
バトリー兄妹はそう呼ばれていた。
赤い目の綺麗な兄妹は他人からの目を引いた。
二人の両親はいない。私と同じであった。
なによりも、私と同じときに共に施設に来た。
華奢で少女のような少年は、同年代の少年からいじめの恰好の的だった。
華奢で可憐な妹は人気者だったが兄のクロスは同年代の友人がいなかった。
親がいない。似たような境遇だった私たちはすぐに仲良くなった。
からかわれているクロスを私が助ける。私は気の強い嫌な少女だったからそのうちクロスをからかうやつはいなくなった。
それに、クロスもただからかわれているだけの子供じゃなかった。
彼は頭がよく遠回しに大人たちを焚きつけるすべを知っていた。
ただ、どんなにクロスと私が強くあろうとしても私たちは子供だった。
そして、私にはクロスしかいなかった。
「クロス・・・どこにいるの?」
レイラは真っ白な空間の中一人呟いた。
一人だけの空間、何もすることがない。何をできるのかもわからない。
そんな時は考え事か、自分の楽しかった時を思い出すことしかできない。
「・・・・そういえば、あいつらもいたね。」
レイラは少し意地の悪そうな笑い方をした。
あるときからクロスにやたら絡んできた少年。
コウヤ・ムラサメ。
父親が有名な研究者だが、本人の頭脳はいたって普通。
だが、調子がよく、頭の軽い彼女がいたのを覚えている。
よく自分と張り合っていたユイ・カワカミだ。
彼らとの出会いで、私はクロスだけでなくなった。
コウヤの親友のハクト・ニシハラはコウヤとは違いおとなしい優等生だった。
ハクトはどう考えてもディア・アスールが好きなのは全員が知っていた。
ディアはアスール財団という大きい財団の娘であり、彼女と交流を持ったことで私たちの待遇が変わった。
だが、そんな難しいことを考えることができない子供であり、無邪気なおバカだった。
当時はただひたすら友達ができて楽しかった。クロスと二人でも楽しかったが、6人いるのも楽しかった。いろんな人間がいることを知った。
お調子者で頭でっかちなコウヤ
コウヤにべったりでおっとりしておバカなユイ
コウヤの親友でおとなしい優等生だが、頑固なハクト
いつも本を読んでいて他人に距離を置かれがちなディア
『聞こえるか?誰か。・・・・レイラかユイ』
聞き覚えのある声が聞こえた。
この声は、戦艦フィーネのドールに乗っていたパイロット
「・・・誰?」
レイラは考えがよぎった。
自分と対等に戦っていたドールパイロットが
あの5人の中にいるのではないか
それと
その思考の途中で
『俺はハクト・ニシハラだ。お前は・・・・レイラだな。何度か戦ったことがあると思う。』
声の主は答えた。
レイラは考えることを止めてハクトと話すことにした。いや、話したいと思った。
「ハクト。久しぶり。実際はもっと前に別の形で会っていた・・?と言っていいのかしら。」
レイラは自虐的に笑いながら答えた。
そう言った時、レイラはハクトを無意識に認識した。
ハクトの存在を認識した瞬間目の前にハクトが現れた。
ただ、幼いころの自分が知っているハクトの姿だ。
おそらく向こうもそのようだ。
「レイラか?」
ハクトは外見に合わない声変りを終えた声で言い、レイラを見た。
「そうよ。久しぶり。声は大人なのに姿は子供なのね。」
「おそらく、声の認識は機械を通してだが、姿の認識はお前だからじゃないのか?お前は俺の今の姿知らないだろ?俺も知らない。」
ハクトは自分の中で納得させながら話す。そして少し優等生っぽい話し方。
レイラは懐かしさを覚えた。
「レイラ、ここにユイもいる。おそらく一番安定していない。」
ハクトが真剣な声で言った。
「ユイが・・・・?彼女もいるの?」
「お前何も知らないのか?」
ハクトは驚いたようだった。
「知らないわ。だいたい、私は「天」から移動して以来みんなに会っていないの。」
レイラは今までのことを思い返しながら言った。
「じゃあ、ユイはいつゼウス共和国に渡ったんだ?・・・・てっきりお前と一緒かと・・・」
「ユイはゼウス共和国にいたの?てっきり父親と一緒に隠れて暮らしていると思っていた。だって、カワカミ博士は両国が血眼になって探しているから・・・・」
レイラはかつて父と准将がカワカミ博士さえいればと言っていたことがあったのを思い出した。
私がゼウス共和国に来て軍での訓練を開始し始めた時のことだった。
准将は私の父であるロバート・ヘッセ元ゼウス共和国総統と仲良く酒の入ったグラス片手に談笑していた。
いや、仲良く企み事を終えた後の会話をしていた。
「ラッシュ博士をどうやって丸め込んだんだ?あの女、ムラサメ博士の狂信者だろ?」
父はどうやらラッシュ博士をよく思っていないのか、口元を歪めて笑っていた。
それに対して准将は笑った。
「狂信者だからこそ丸め込めた。あの女、ムラサメ博士の作ったドールプログラムを自ら解析することで彼に近づけると思っている。全く、私には考えられない。」
准将はそう言うとグラスの酒を飲んだ。
「ムラサメ博士の死の原因がこちらにあると考えないのか?」
父の問いに准将は更に愉快そうに笑った。
「死ぬ前のムラサメ博士は壊れていた。それをラッシュ博士は嘆いていた。別に気にしちゃいない。そればかりか、ムラサメ博士をあの段階で止めてくれてよかったと思っている。全く、女というのは分からん。」
准将は両手を挙げて首をかしげて見せた。
「彼の暴走を止めたかったか・・・・ならなぜ暴走の産物であるドールプログラムを・・・」
父の言葉に准将は首を振った。
「そんなしおらしい女じゃない。暴走を止めてほしかったのではなく、自分の手の届かない遥か高みに行ってしまうのが嫌だったと言っている。彼の精神状態については別に気に病んでいない。彼が研究者として自分の手の届かないところに行くのが嫌だったようだ。」
准将の言葉に父は大げさに笑った。
「なんというわがままさだ。まるで子供だ。」
「そもそも研究者としても大きな差があるのにな、手がいつか届くつもりか?」
准将も父と同じく大げさに笑った。
「だが、ラッシュ博士より・・・・カワカミ博士はどこだ?」
父は急に真面目な顔になった。
「わからない。正直、ラッシュ博士よりカワカミ博士のほうが欲しかった。」
准将の言葉に父も大きく頷いた。
「そうだな。カワカミ博士さえいれば・・・」
この会話を聞いていた時、私は隣の部屋にいた。
何故か情景がわかり、父と准将の様子も察することができた。
そんな不思議な感覚を覚えた時だったからなおさらよく憶えている。
ハクトはレイラ様子をうかがっていた。
「大丈夫か?レイラ。」
レイラは我に返った。
「え・・・ええ。大丈夫よ。カワカミ博士が欲しいって父さんたちが話しているのを見た時を思い出していたの。」
ハクトはレイラが我に返ったことで話を続けた。
「ユイは・・・・ゼウス共和国でドールプログラム解析のためのモルモットとなっている。おそらくカワカミ博士とは一緒にいない。」
ハクトのその言葉にレイラは愕然とした。
「そんな。ユイが近くにいたの・・・・?」
「レイラ。とても大事なことがある。」
ハクトはレイラを真っすぐに見つめ言った。
「・・・大事なこと・・・?」
レイラは何か大変なことでも言われるのではないかと内心焦った。
だが、レイラの内心とは別にハクトは少し笑顔だった。
「コウヤが生きている。」
その言葉にレイラは何を言っているのか理解できなかった。
だが、間を置いて理解した。
「コウが・・・・?嘘・・・・」
レイラは自分の中で温かいなにかがあふれた気がした。
嬉しさと安心と同時に涙もこぼれた。これは、現実で流しているのか、この空間だけで流しているのかわからなかった。
「よかった・・・・本当によかった。」
そんな様子のレイラをハクトは優しそうに見ていた。
レイラの涙が止まるまでハクトは待っているようだった。だが、ハクトが待っているのはレイラだけではないようだった。
「ハクト・・・?私が落ち着くの待っているの?それとも他になにかあるの?」
レイラは涙を拭った。実際に拭っているのかは分からないが、自分ではそのつもりだった。
ハクトは周りを見渡し少し間を置いた。
「レイラ、ユイが返事をしない。」
ハクトの言葉でレイラはユイも呼ばれていたことを思い出し、自分と同じくこの施設にいることが分かった。
「ハクト、どうやって私と会話が可能になっているの?こんな話聞いてない。」
レイラは冷静に考え、今までの疑問をぶつけた。
「プログラムを開くとこのような会話が可能になるらしい。俺もディアから聞いて知った。ディアもすでに開いたらしいが。今回は俺が来た。」
「あんたのことだからディアを出し抜いて来たんでしょうね。」
レイラの言葉にハクトは引きつった笑いを浮かべた。
「コウ、ディア、ユイ、あんたのことは分かった。・・・・その」
「クロスのことは・・・俺もわからない。」
その言葉を聞きレイラは落胆した。
「・・・・そう」
「ただ、レイラは知っているかもしれないが・・・ロッド家に世話になっていた時期が」
「知っている。ユッタちゃんのお墓参りに行ったから。」
レイラはその時のことを思い出した。
その時にイジーに絡まれて、シンタロウの親友が死んでしまっていて・・・
「あと・・・私には助けなければならない・・・理解者がいるの。」
レイラはシンタロウのことを考えた。
「理解者?」
ハクトは不思議そうな顔をしていた。
「私が・・・・正気に戻るきっかけとなった大事な同志だ。」
レイラは軍人の顔をしていた。
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