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六本の糸~「天」編~
30.家族
しおりを挟む大きな屋敷なだけあって、部屋も広いし部屋数もある。
ベッドと机とバスルームまである。コウヤに案内された部屋は設備だけ聞くと普通だが、それぞれが凝った装飾が施され、だいたい大きい。
「没落貴族・・・だっけ?うひゃー。没落でこれって、それ以上だったらどうなるか・・・」
コウヤは自分の使うベッドに緊張をした。だが、ベッドに乗っかると安定感に驚きすぐにくつろいだ。
「中佐はこんなふかふかのベッドで育ったのか・・・」
ベッドに寝転がるといろんなことを考えた。
「母さん・・・元気かな・・・?」
コウヤは自分を育てくれた母親のことを考えた。
きっと生きているだろう。何をしているのか、元気なのか。
「何も言わずに軍に入ったからな・・・」
そして、何も言わずに死んだ。
自分が生きていることを軍に隠し続ける限り母親はコウヤが生きていることを知ることはない。
罪悪感よりも寂しさの成分がつよい不思議な感情が湧いた。
「ごめん。でも、俺の存在が母さんを危険な目に合わせる・・・・」
ハクトが言っていた
『コウヤ・ハヤセがコウヤ・ムラサメだとバレていると思う。ムラサメ博士の息子であるお前はゼウス共和国、地連共に血眼になって探している存在だ。だから、お前は死んだままにする。』
父さんが作ったドールプログラム。なんで父さんはこんなものを作ったのだろうか。
これのおかげで戦争は激しくなっているのかもしれない。
そういえば、執事さんは、中佐は簡単に死なないって言っていたけど、あんなに平然としていられるものだろうか?
まず、コウヤだったら軍勢に袋叩きにされる。
ハクトなら生き残れるかもしれないが
ロッド中佐の強さは正直異常だ。半分素人のコウヤの目から見てもわかる。
《そういえば、俺はあの人と数回しか会ったことがないんだよな。》
それなのにコウヤの中に強く印象が残っているのは、彼の圧倒的な強さのせいだろう。
地球での日常が遠いものに感じる。もしかしたら自分は夢の中にいるのかもしれない。
目を覚ましたら母さんがご飯を作っていて、食べながらニュースを見て愚痴をこぼし、学校に行くとアリアとシンタロウが待っている。
アリアのアプローチをかわしながらもまんざらでもない気持ちになってシンタロウにつつかれて・・・夜は屋上で星を見る。
これってこの前までの日常だったんだよな。それがあっという間に夢の世界にように思える。今の状況とどっちかが空想か夢のように感じるけれど、両方とも現実なんだ。
イジーは目を覚ました。
ここは、軍の宿舎の天井だろうか、だが、そんなことはどうでもよかった。
まったく自分は軍人なのに弱い。考えてみると中尉まで位が上がったのは運がよかったからだ。
イジーは中佐の傍にいたから死ななかっただけである。
「また、失った。」
他人行儀で全然距離が縮まらなかったが、傍にいれて嬉しかった。クロスと離れたときの悲しさ、絶対に叶うはずのない初恋を思い出した。
涙が止まらなかった。絶対に実ることのないもの。
仕事に身も入らない。そもそも、自分の仕事はロッド中佐の補佐だった。いなくなった今、何をすればいいのだろう。
かつてニシハラ大尉が中佐の事を毒と言った。その毒に中られていない自分は貴重と言っていたが、そんなものでない。結局毒に中る以上の状態だ。
身体は習慣を覚えているもので、朝食を摂り、顔を洗い、着替えて出かける準備をした。
いつもと同じだったが、決定的に違った。
自分は何をすればいいのだろうか。
歩いて宿舎を出たら、そのまま軍に行けばいいのに足が進まない。
途中にベンチを見つけて座り込んだ。きっと、仕事に行きたくない人というのは嫌なこともあるのだろうが、やることがわからないというものあるのだろう。
人工的な空を眺めながら何をやるのか考えていた。いや、考えられなかった。
泣き始めて気付いた。
誰か傍にいる。
「・・・・誰ですか?」
涙声になりながら気配を感じる方向を見た。
公園の木の影から、周りの風景に似合わない見覚えのある少年が出てきた。作業着の少年。
そういえば、彼を必死に探したな。今となってはどうでもいいことだ。
そう、どうでもいいことだった。
「ルーカス中尉、あなたは軍にいるべき人間じゃない。」
優しい声だった。だが、イジーには全く響かない声だった。
「戦争中の今、軍を辞めろと・・・・?」
「あなたは女性であり、まだ死んではいけない。それは、中佐だってわかっている。だからあなたを戦場に連れて行かなかった。」
その言葉にイジーは笑った。
「あの人と戦場に何度か出たことがあります。私は戦艦待機でしたが、わかりますよ。あの人は共に戦う者がいないことぐらい。」
だから、そんな慰めの言葉はいらない。
イジーはそんな意味を含ませた。
「ユッタのお墓参りに来てやってください。あなたが来るときっと喜ぶ。・・・ロッド家の近くの墓地にあります。彼女は、あなたに会いたがっていた。」
少年はそう言うと木の陰に消えていった。
おそらく静かに公園から消えるのだろう。彼は光景に合わない恰好でも人に気付かれない術を知っている類の人間だ。それも、どうでもいいことだった。
「ユッタのお墓・・・・」
イジーはクロスを探しに来たのだった。中佐を失ってクロスをまた探そうと考えられなかった。
だけど、親友の墓前にいろいろと話したいことはある。
そうだ、また中佐の実家に行こう。
あの人の育った家を、彼の全てが始まったあの場所を、今度は別の目で見たい。
イジーはそう決めると、立ち上がった。
大体「天」に着いてからやることはあまりない様でほとんど私服で街の中に紛れるような生活だ。ただ、軍施設には近寄らないようにとレイラにはお願いしていた。そして、軍服の人物も避けるようにと。
「安心しろ。ただ、このドームの武器を扱っている店を調べる。」
レイラは何気なくメモを渡した。
「マーズ研究員じゃないんだから紙でなくても・・・もう博士か。」
シンタロウはメモを受け取って見た。
「データは残る。紙は燃やせば大丈夫だ。」
レイラは辺りを見渡した。
「でも、何でこんなこと?」
「さあな。たぶん有事の際に制圧することができるからだ。ついでにお前も何か買うか?」
レイラは楽しそうに笑った。
「うーん。護身用程度なら欲しいけど、俺あまり銃は得意じゃないしな。」
シンタロウは教官に引き金を引いたことがあり、なるべく銃を触りたくなかった。もちろん万一の時は扱うつもりだが、普段は触れたくなかった。
「得意じゃない・・・か。だが、女一人で行くと目立つ。付き合え。」
レイラはシンタロウを引っ張った。
仕方なく付いていくことに、もちろん最初からついていくことは決まっていたが、積極的にかかわる様に言われた。
幾つか回った店はレイラの言った通り、女性一人で行くと目立つ。
「これなんかどうだ?ロウ。」
「いいよ。俺は。ペーパーナイフでも持たせてくれ。」
シンタロウはレイラが勧めが銃を見て首を振った。
「お前は素手の方が怖い。正直銃の方が何となく大丈夫な気がする。」
レイラはシンタロウが兵士の顔面を鷲掴みにしたことを言っているようだ。
「普段から安全だ。そもそもナイフは素手じゃない。」
「いいから持っておけ。」
「いや、これ許可証必要だろ?」
シンタロウは慌てて銃をレイラに戻した。
「・・・あるぞ。お前の名前でな。ロウ・タンシ君。」
レイラはシンタロウの身に覚えのない銃の所持許可証を見せた。つまり、偽装だ。
「こわ・・・」
「身を護る武器は必要だ。これは命令だ。」
レイラは店の者にお金を払いシンタロウの許可なく許可証を見せた。
「・・・そう言われると断れないな。」
レイラから渡された銃とケースを受け取り、弾薬等も購入した。
「せめて隠せる服装ならよかったのに・・・昔の西部映画みたいに見せびらかして歩くのは目立つんじゃないか?」
シンタロウは服に隠し切れない銃に眉を顰めた。
「いや、銃というのは持っているのを示すものだ。刀は帯刀しているのを示すだろ?それと同じだ。」
「何か違う気がするが・・・いいか。」
シンタロウはレイラが納得しないようだから仕方なくそのままにした。
だが、そんな不安も大通りに行くと吹き飛んだ。
「・・・結構多いな。所持者。」
「そうだろ。隠す方がわかる者には目立つ。そして、目をつけられる。」
レイラは堂々と歩いていた。
確かに堂々と歩いた方がいいと思った。やましいことがある様に思われるからシンタロウも胸を張って歩いた。実際にやましいことしかないから余計にそうさせた。
「あれ?シンタロウ君?」
不意にかけられた声にシンタロウは驚いた。
「え?」
振り向くと懐かしい顔があった。遥か昔のことに感じる
「ミヤコさん・・・・?」
シンタロウは驚いた。なにより戸惑った。
「よかった・・・シンタロウ君は生きていたのね。」
声の主、ミヤコ・ハヤセは涙目になっていた。
「どうした?知り合いか?」
レイラはシンタロウが自分の後を付いてきてないのに気付いたのかシンタロウの元に来た。
「あら?シンタロウ君の彼女?美人ね。やるわね。」
ミヤコは気さくに言った。
「あの、シンタロウ君は・・・って言ってましたけど、どういうことです?」
シンタロウは自分が前線で戦っていたフィーネに乗っていたことを思い出した。
そして、自分がいなくなってからも彼らは戦い続けている。
「・・・・・あの子、何も言わずに軍に入って、死んだのよ。」
コウヤの母親は暗い声で言った。
「え?・・・・軍に?」
シンタロウはコウヤが軍に入ったことを知らなったが、自分が入るように促した気がする。
《でも、死んだ?どういうことだ?》
「私は先に行ったところ待っている。」
レイラは気を遣ったのかミヤコに目礼をしてシンタロウを置いて行った。
「作戦中に・・・・って、連絡だけ来て、遺体も何も戻ってこない・・・私の子なのに・・」
悲しいけど、実感がないという感じだった。
「・・・・でも、俺はミヤコさんが生きていてくれてうれしいです。」
「ありがとう。あのあと、地球にいるのが辛くなってね・・・」
ミヤコは少し涙ぐんでいた。
「そうだったんですね。」
「シンタロウ君は今は・・・」
「俺は、あのドームの襲撃で両親が亡くなって・・・・」
今は敵軍にいるとは言えなかった。
「ごめんなさい。辛いこと思い出させて。」
ミヤコはふとシンタロウの腰にある銃に目が行っていた。心配そうな顔をしていた。
「いえ、俺はいろいろあってやるべきことを見つけたんで・・・」
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シンタロウはミヤコを振り切るようにその場を去った。
自分は、何をやるべきかは分かっていた。
しかし、何をやりたいのかは分からなくなっていた。
研究所らしき無機質な建物の中に向かい合う軍服の男女がいた。
「本当に・・・・どんな手を使ってもいいのですよ・・・」
狂気にも似た決意をした目で少女は軍服を着た男に言った。
軍服を着た男は少しためらいを見せたが
「それは・・・モルモットになるということだぞ・・・」
「かまいません。私のすべては無くなりました。今更何もない私の人間としての尊厳など・・・気にするほど私は自分を大事にしていません。」
片方を吊り上げ少女とは言えないほど暗い笑顔で少女は言った。
軍服を着た男は少女に一枚の紙を差し出した。
「・・・・これは・・・」
「誓約書だ・・・・何があっても気にしないという・・・お前の人間としての尊厳を全て我々に託すというな・・・」
少女はきょとんとした表情を見せたがすぐにさっきと同じくらい笑みを浮かべ
奪うように誓約書を取り名前を書いた。
「・・・・かまわないわ。・・・・気にすると思っていた?」
誓約書を軍服の男に押し付けるように差し出した。
軍服の男は誓約書を受け取り目を通した。
「・・・『私、アリア・スーンはこの実験でどうなろうともかまいません・・・・』・・・・これでいいのか?」
少女・・・いや、アリアは軍服の男の胸ぐらを掴んだ。
「かまわないわ・・・・なんなら・・・私がすべてを捨てたって・・・試してみる?」
アリアは何かを秘めた目を男に向けて艶めかしく微笑んだ。
テイリーは未だに恐怖の中にいた。
ディアに与えられた大切な任務。それは、戦艦フィーネの回収。無人の。
宇宙空間に放置してあると貿易の邪魔なので地連に届けにいくというものだ。
だが、フィーネに向かう途中にテイリーは見てしまった。
沢山のドールに袋叩きにされ、破壊された黒いドールを
最初は黒いドールの圧倒的な強さに遠目ながらも見とれた。憧れもした。
テイリーはディア以上のドール使いを見たことがなかった。それ以上の者など存在しないと思っていた。
あのいけ好かないニシハラ大尉は相当らしいが、気に食わないのでカウントしてないのが内心だ。
どう見ても味方に撃たれ慌ててるところを攻め込まれた様子だった。
あれは、地連とゼウス軍の共闘に見えた。憎い相手と手を組んでまで倒したいものなのか。
テイリーはフィーネを見つけた。
フィーネの周りにはさっきのドール戦の残骸が浮いていた。
無機質な残骸だが、とても不気味で人の名残を感じた。
「なんでこんな任務を・・・・だいたい、フィーネの中にドールも人もいないのに・・・」
そんなことをディアに言った。
『フィーネはハクトが艦長をしていた船だ。私にとっても大事なものだ。』
なんて言われた。
「総裁はハクトハクトハクトうるさいんですよ。」
一人操舵室で叫んだ。
連れ合いは、衛生兵と機械整備士。たった三人での任務だ。
『少数精鋭だ。』
ディアは笑って言っていたが戦闘要員がいないことから、有事の際に間違いなく死ぬ。
確かに自分は戦えると言っちゃ戦えるがそれは肉弾戦だ。
「俺はドール操作下手なんですよ。総裁・・・元総裁・・・」
テイリーは悲鳴のように言った。
目の前には残骸に囲まれたフィーネが迫っていた。
「久しぶりねハクト。大変な任務だったんでしょ?」
「命がけの仕事もいいが、別の才能もあるんだ。軍を辞めてもいいんだぞ。」
久しぶりにあう両親は明るく優しい。
「お父さんの言う通りよ。ハクト。コウヤ君たちのことがあったから軍に入ったのかもしれないけど、私たちはあなたに生きていてほしいのよ。」
母親は優しい。いつでもハクトのことを考えていてくれる。
「お前のやりたいことを止めたいわけじゃない。ただ、お前が死んでしまうのは嫌なんだ。ハクト、お父さんもお母さんと同じ意見だ。」
父親も優しい。いつでもハクトの応援をしてくれる。
だからこそ、軍を辞めれない。
本当ならフィーネで「天」に行く前に逃げようと思った。
なんで、軍をひっくり返す道を選んだかというと両親がいるからだ。
彼らは何も知らない。
偉くなっていく息子を誇りながらも案じている。
「父さん、母さん。俺、もう少し頑張るよ。」
ハクトの言葉に両親は暗い表情をした。
「ハクト・・・・・お母さんはいつでもネイトラルに行く用意はできているからね。」
「え?」
唐突に言われたから驚いた。
「だって、ディアちゃんと一緒にいたいんでしょ?わかるわよ。あなたは一途だもの。」
「いや・・・なんでディアが・・・」
「その・・・聞いたからな・・・」
父親が家の奥を見た。
奥から人影が出てきた。
見覚えのある人影、なんでここにいる。
「地球以来だな。ハクト。」
笑顔で私服に身を包んだディアが出てきた。
「まだ交流があったなんて嬉しいわ。」
母親は嬉しそうにハクトの手を握った。父親は誇らしげだ。
「父さん何を聞いたんだ?」
「お前が命がけで守ってくれたと・・・ディアちゃんが」
不思議とフィーネのメンバーに茶化される以上の恥ずかしさとうれしさがあった。
「な・・・なんで言うんだ。」
顔を真っ赤にしながらハクトはディアに訴えた。
「うれしいことだったからよ。君に守ってもらえたことがね。それに、ご両親にお礼を言わないと・・・君のことを案じている人に、君が命を懸けてくれたことを伝えないといけない。」
ディアは悪戯っぽく笑った。
「ディアだって俺を守ってくれたじゃないか。」
その笑顔につられて口を滑らせた。
ハクトの横には両親が顔を輝かせていた。
「それ、詳しく。」
母親は断れない空気を出していた。
「あーもう!!!これ以上すすめないの?」
大規模な研究室に大規模な機械、そこの中でひときわ大きなモニターを見てラッシュ博士は叫んだ。
「はい。今までが異常なほど進んでいたんですよ。でも、このプログラムの開発者は何を考えているのでしょうか?ドールプログラムの解析には人が必要なんて・・・」
マックスは数値を見て紙に書き写していた。
「さあね。天才の考えていることは分からないわ。ましてや、これはあの変人の仕業よ。」
ラッシュ博士は口元を歪めた。
「カワカミ博士ですか?」
マックスは部屋の中で機械に繋がれているユイを見た。
「そうよ。そもそも、ドールプログラムを人に使うって発案したのは彼女の父のカワカミ博士なのよ。」
ラッシュ博士は皮肉を言うように笑った。
「もともとはどんなプログラムにする予定だったんですか?」
ラッシュ博士は首を傾げた。
「知らない。最初はその案にムラサメ博士は反対していたからね。」
「ますますわからないですね。独自のネットワークというのもまだ仮説の段階ですから、それを発見したら変わるのでしょうかね。」
マックスは頭を抱えた。
「だから、解析したいのよ。」
ラッシュ博士はそれまでの妖艶さを感じない真っすぐな目と純粋は表情で言った。
「地連に連絡してニシハラ大尉をいただきましょう。」
ラッシュ博士は思いついたように言った。
それを聞いたマックスはピクリと眉を動かした。
「それはあなたが解析しなさい。」
ラッシュ博士はマックスを見て笑った。
「ハクト、これでいいのだな・・・?」
「悪いなディア。こんなこと頼めるのはお前しかいない。」
家の中にいる両親を見つめハクトはディアに笑いかけた。
「ハクト、ロッド中佐の戦死についてだが、地連とゼウス共和国が・・・」
「俺は地連の軍人だ。下手なこと言うと報告しないといけないかもしれない。」
ディアは悲しそうな表情をした。ハクトの服の袖を握った。
「どうして君は軍にいようとする?「天」に上がる前に、コウヤと共に私の元に来ようとは考えなかったのか?」
ハクトはディアの表情を見て驚いた。だが、直ぐ顔をほころばせた。
「何度も考えた。」
ハクトはディアの自分の裾を握る手をそっと握った。
「だが、どうしてだろうな。その前にどうしても・・・・やらなきゃいけないことがある。お前ならわかるだろ・・・」
「私もだ。果たすべきこともわかる。だけど、そのために君がいなくなるのは嫌なんだ。」
ディアの必死な表情がうれしいのかハクトは笑顔だった。そして、何かを思い出すように上を向いた。
「この前まで六年も会ってなかったのに、どうしてこんなに離れがたいものになるのかわからない。」
ハクトの表情につられてディアも笑った。
「私はずっと会いたかった。だけど、できなかった。」
「知っているよ。俺らは自由に動けない。今だってお忍びなんだろ?」
「・・・・ハクト。」
「ちょっと父さんと母さんと話してくる。しばらく会えなくなるから。」
ハクトは家の中から自分たちを覗く両親の元へ走って行った。
ハクトの後ろ姿を見つめディアは優しく哀しく笑った。
「ハクト・・・私たちは私たちだけなんだよ。」
「お父さんがネズミさんを沢山実験で殺しているの」
ユイが泣きながら訴えてきた。
「マウスの犠牲は人間の発展に必要なものなんだよ。」
ディアが諭すように言ってもユイは泣き止まない。ディアがお手上げのポーズを取った。
「研究に関しては僕も何も言えないよ。恩恵を受けてきた人間の身としてはね。」
クロスもお手上げのポーズを取った。
「コウ!!あなた研究所に忍び込める?」
レイラが思いついたように聞いてきた。レイラはこの6人の中でも際立って気が強い。
たぶん、レイラの提案を通されることになるのだろう。
「・・・そりゃあね。でもどうして?」ここで理由をきくが、何を言われるのか想像がついた。
「マウス逃がしてよ!!コウ」
やっぱりこんな無茶をいう。
「そりゃ無理だって。何匹いると思ってるんだ。」
コウヤは研究施設にいるマウスの数を思い浮かべた。
「レイラ、それは私も反対だ。逃がしたらドーム内の生体系が乱れる。下手したら何か病気を流行らせるかもしれない。」
ディアがさっぱりと切ってくれた。助かったと思ったが、ユイがこっちを見てる。
そんな目で見ないでくれ。俺はユイのその目に弱い。
ハクトが見かねたのか
「コウ一人じゃ心もとないから、俺も行くよ。っても逃がすわけじゃないからな。博士たちに一言いえばいいんだろ?」
ハクトの発言にレイラは少しすねた。
「二人だけ?」
「私も行こう。私がいれば、博士たちも怒りにくいだろう。」
「なるほど。ディアの親がパトロンだもんね。」
クロスは納得したようだ。
「ぱとろん?」
レイラとユイがきょとんとしてる。
この6人の中ではディアとクロスが賢いらしい。レイラとユイはちょっとおバカみたいだ。
「わ・・・わたしも行く!!だって私が言い出したんだから。」
ユイが勢いよく手を挙げた。
「待って!!私たち除け者?それはやだ!!私たちも行く!!」
レイラがユイに続いて手を挙げた。
「クロスの意志無視かよ。」
コウヤの呟きにクロスは笑った。
「僕も行きたいよ。探検みたいで楽しそうだよね。ついでに秘密基地でも探そうか?」
その言葉に俺らは最初の目的も忘れて目を輝かせた。
「覚えているかい?ハクト。6人でコウの親とユイの親の研究所に忍び込んだこと。」
ディアは玄関前で名残惜しそうにハクトを見つめていた。
「覚えている。あの時の記憶が一番強いからな。」
「あの時研究所で見た光を覚えているか?」
「忘れるはずない。ただの光だったが、幼い俺らにとってはかけがえのない時間だった。」
ハクトは記憶の中にある映像を思い浮かべた。
「あの時間を共有したのは6人だけだ。」
「そうだな。6人だけだ。」
意味のない思い出話をするディアではない。ハクトは記憶を恐る恐るたどった。
「ハクト。また会おう。」
ディアは玄関に待たせていた連れを二人引き連れハクトに別れを告げた。
ハクトはディアを見送りながら安心していた。
「ありがとう。」
ハクトは周りを見渡し、家に入った。
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