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六本の糸~地球編~

19.人の為

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 イジーは大きな屋敷の前にいた。



 とにかく大きく、名門貴族の家と言われたら納得するほど重厚感があるが、どこか古臭く陰気な感じがした。だが、彼女はかまわず屋敷の敷地に入った。



 屋敷のイメージとは違い、玄関付近は新しさが見えた。

 インターホンを鳴らし相手側が出るのを待った。



『はい・・・・どちら様でしょうか?』

 中年ほどだろうか、男の声がした。



「私は、レスリー・ディ・ロッド中佐の補佐をしておりますイジー・ルーカスと申します。多忙な中佐の代わりにごあいさつに伺いました。」



 すると

『どうぞ。』

 と言われ扉が開いた。



 イジーは開いた扉に入って行った。



 屋敷に入ると真っ直ぐ前に家族の肖像画らしきものがあった。



 貴族の婦人とやや小柄めな紳士、そして、薄茶色の髪の無邪気な少年。



「ようこそ。ルーカス様・・・・レスリーお坊ちゃんがいつもお世話になっています。」

 挨拶をしたのは執事らしき初老の男であった。



「いえ、お世話になっているのはこちらです。」

 とイジーは礼をした。



「あの・・・・中佐のお母上は・・・・?」

 と訊くと



「旦那様が亡くなられてから、奥様は「天」にはもういるのはお辛いらしく現在地球の方におられます。」

 と執事は申し訳なさそうに言った。



「地球に?」

 そういえば、いないと言っていたのを思い出した。



「・・・・はい。しかし、せっかく来られたのですからゆっくりしてください。」

 執事はイジーを見て嬉しそうにしていた。



「あの・・・・余計なことを聞くようですが、お母上と中佐は、仲は良いのですか?」



「・・・・よかったですね。昔は・・・・」

 執事は悲しそうに言った。



「・・・そうですか・・・・」



「何かお坊ちゃまはおっしゃっておられましたか?」

 執事は何かを期待するように訊いてきた。



「・・・・言いにくいのですが・・・・自分が地位を築けば何も言わない親だと言っておりました。」

 その言葉に執事は

「そうですか。」

 少し悲しそうに言った。だが、想定していたことのようだった。



「ですが、中佐は優しい人です。」

 イジーは、正直言って無理があるお世辞を言った。



「いいのですよ。あの人はそういう人ですから。」

 執事はどこか他人行儀だった。



「・・・ですが、立派なお屋敷ですね。」

 イジーは話題を逸らそうと、屋敷を見渡しながら言った。



 彼女の言葉通り屋敷は立派であった。だが、玄関付近もそうであったが、ところどころ新しく付け加えられたような痕跡がある。



「お坊ちゃまの祖父の代までは政治に大きく介入する家でしたから、その時にここに屋敷を構えたのです。代が変わり、戦争が起こり始めてからは軍家が政治に大きく介入し始めて変わりましたが、ここの家はれっきとした名家です。亡くなったヘッセ総統とも多少なりとも交流を持った時期をあったほどです。まあ、だいぶ昔ですが・・・」

 執事は肖像画を指し、これがその時の絵ですと言った。どうやら肖像画は中佐たちではないようだ。



「では、古い建物なんですね・・・・」

 感心したように言うが、視線はところどころある新しく付け足されたようなところに向かった。それに気づいた執事は悲しそうに俯いた。



「・・・今から5年前にここ「天」がゼウス軍によって襲撃されたのを知っておりますか?」

 執事は悲しそうで、少し虚ろな様子で話し始めた。



「はい・・・・軍学校で勉強しました。」

 イジーは急な話で少し驚いたようだった。





「天」襲撃事件は有名だ。ただ、世間的にはそこまで有名ではない。襲われたのが軍施設がほとんどであり、その前の「希望」破壊が衝撃過ぎたためだ。



 実際、現在も行方不明者がおり、どのくらいの被害が出たのかも不明確のままだ。「希望」から避難してきた市民の情報も混乱しており、身元不明の遺体も多いと言われている。なにより、当時襲撃された軍施設の責任者の立ち位置にいた少将をはじめとして複数の軍人が遺体も残らないほど徹底的な爆撃に見舞われ、当時の建物は原型を留めていない。





「あの時に旦那様は亡くなられました。・・・・奥様もそのショックで精神に異常をきたし、そこの不釣り合いな新しいところは、その時に破壊された部分です。」

 と執事は苦しそうに言った。



「・・・・そんなことが・・・・」



「はい・・・・坊ちゃまも・・・しかし、それを機に軍学校に入って帰ってきたのです。」



「・・・それがきっかけでゼウス共和国に恨みを・・・ですか。」

 イジーの呟きを聞き執事は悲しそうに頷いた。



「はい・・・・それ以来はあまり帰って来ません。無邪気でいたずら小僧だった面影は全くなくなっていました。恐ろしい任務に就いた時はもうだめかと思いました。」

 執事は寂しそうな顔をしていた。



「そうですか・・・・・あの・・・中佐の小さいころのお友達にクロス・バトリーという人はいましたか?」

 その言葉に執事は少し眉を動かした。



「いましたね・・・・あの綺麗な兄妹でしたから覚えていますよ。近くに避難してきたんですよ。」



「彼らは今どうしているか知りませんか?」

 イジーが訊くと



「わからないですね。しかし、妹さんが亡くなったのは知っております。「天」の襲撃で、ご遺体も近くの墓地に埋葬しました。」

 執事はしきりに手を動かしていた。



「・・・・・そうですか・・・・」

 イジーは胸が苦しくなった。



「ご友人ですか?」



「・・・・妹の方と親友でした。」

 イジーは涙をこらえるように言った。



「・・・・・そうですか、あなたがそうでしたか」

 執事は何やら納得したように言っていた。



「では、お茶でもお入れいたしましょう・・・・」

 と執事は部屋を出て行った。



 イジーは部屋の中にこの家の主であった者の写真を見つけた。古いレンガの屋敷を彷彿させる暖炉の上に立てかけてあった。



「失礼します。お茶が入りました。」

 と執事が戻ってきた。



「ありがとうございます。・・・・このお方が中佐の御父上ですか?」

 執事は目を丸くした。が、すぐに元の表情に戻り



「はい。亡くなられた旦那様です。」



「中佐は母親似なのですね。本人は父親似だと言っていましたが・・・」

 イジーは今のロッドを思い浮かべながら呟いた。



 すると、執事は何も言わずお茶をテーブルに置いた。



「お坊ちゃまは、近くに引っ越してきたバトリー兄妹と仲がとてもよかったです。」



「中佐がクロスさんとユッタと・・・・」



「ユッタさんはみんなの目を引く美しい少女でしたし、クロスさんもいつも綺麗な・・・」

 と執事はそこで言葉を止めた。



「綺麗な・・・?」

 イジーはその言葉に引っかかった。



「いえ・・・綺麗な兄妹でしたから、目立ちました。坊ちゃまはユッタさんに惚れ込んでたようです。」

 イジーはびっくりした。



「あの中佐がユッタに?」

 イジーは幼いころの親友の姿を思い出した。



「とはいえ、坊ちゃまはユッタさんより4つ上でしたから。当時は旦那様も心配していましたね。」



「そうなんですか?」



「はい。15歳の少年が11歳の少女に惚れ込むといのは、大人だと小さい差ですが、子供で見ると大きい年の差に思えますからね。今考えると、普通のことなんですけれども」



「じゃあ、中佐は今21歳・・・なんですね。」

 年齢不詳だったロッドの年齢が分かったことでイジーはなぜか安心していた。



 その様子を見ている執事もイジーにつられてかどうかわからないが、安心していた。



「中佐は、父親とユッタの仇・・・ということでゼウス共和国を」

 イジーはそう呟いたが、心の中は死んだ親友を羨ましがっていた。



 その様子をみていた執事はなぜか満足した顔をしていた。









 戦艦フィーネはドームに戻り、待機状態にあった。



「・・・・艦長、何があったんですか?」

 戦艦内で休んでいるとき、リリーがハクトに質問した。



「・・・・・」

 ハクトは上の空でボーっとしていた。



「ハクト・・・・話した方が楽になる。」

 キースはハクトの前に立った。



「少佐はコウから何か聞いていたんですね・・・・」

 ハクトは目線だけキースに向けて笑った。



 操舵室でずっとボーっとするハクトをみんな心配していた。



「艦長、コウヤ君の記憶がって・・・なんですか?」

 ソフィが首を傾げていた。



「そうですよ。しかも戻ったとか・・・覚えてるだろとか・・・」

 リリーも気になっていた様だ。



「コウヤ君は第一ドームに来る前の記憶が無いんだ。そうだろ?アリアちゃん。」

 キースはハクトと同じように呆然としているアリアに話しを振った。



「・・・はい。コウヤはドームの外で保護されたって、私も詳しくは聞いたことないけど・・・」

 アリアは一瞬顔を顰めた。



「・・・そしたら、なんで戻ったってわかったんですか?」

 ソフィはハクトをじっと見つめた。



「・・・・・もう限界か」

 ハクトはそう言い立ち上がった。



 そして、制服のポケットから一つのアクセサリーと1枚の写真を取り出した。



 それを見たアリアは愕然とした。



「それは・・・・コウヤがいつも持っていた・・・・」



「そうか・・・記憶を失っても持っていたのか・・・・」

 ハクトは哀しそうに笑った。



「艦長・・・・コウヤ君が持っていたとは・・・?」

 ソフィはハクトの表情が気になったようだ。不思議そうに見ていた。



「これは、俺が「希望」にいたとき親友とずっと親友であることを約束した証なんだ。これと同じものを持つものが6人いた。」



 ハクトは写真を見せた。



「この写真に写っている6人だ。」

 ハクトは自嘲的に笑った。



「俺が希望を離れたときにみんなで持つことにしたんだ。そして、希望は壊された。」

 ハクトは吐き出すように言った。



「艦長・・・・」



「コウヤ以外はみんな家族に連れられて希望を離れたらしいが・・・・コウヤ・・・・コウだけは残っていた・・・・」



「生きていてほしかったのに生きているはずない・・・・ずっと考えていた。」



「コウがこの船に初めて乗ってきたときも驚いた。だが、あいつは死んだ・・・・そう考えていた。・・・・やっとそう思えるようになったんだ。」

 ハクトは顔を手で覆った。



「俺が自分の事ばかり考えてなくて、もっと早く言っていればこうはならなかったのにな・・・・」

 ハクトは自分を責めているようだ。キースはハクトの肩を叩いた。



「そして・・・・あの時コウが言った黒銀のドールの中にいたユイという少女は・・・・その写真の中の1人だ。」

 ハクトは笑った。



「考えられない・・・・まさかこんな形で・・・」

 ハクトは拳を握った。



「ハクト・・・・じゃあ、ディア・アスールもコウヤ君の知り合いか?この写真の中の」

 キースはハクトの持っていた写真を見て訊いた。



「そうだ・・・・ディアは俺よりよっぽど大人だ・・・・・」

 ハクトはもう艦長の顔ではなくなっていた。



「なんで、こうなったんだろうな・・・・俺のせいか・・・はは」

 ハクトはそういうと一人にしてくれと言わんばかりに外に出た。



「・・・・艦長が・・・コウヤの昔の親友・・・・・」

 アリアは出て行くハクトの背中を見つめて呟いた。そして、ハクトを追おうとした。



「・・・・・コウヤ君はハクトのことを俺に言ってくれていたが、ハクトから言ってくれるまで、もしくは全部の記憶が戻るまで黙っていてくれと言われた。」

 キースはアリアを制するように前に立った。



「シンタロウは知っていたのかしら・・・・」

 アリアは首を傾げた。



「知っていたはずだ・・・・・男同士ってそんなものだ。まして、あの二人は親友だろ。」



「・・・・私のせいでコウヤが・・・・死んじゃった・・・・・」

 アリアはずっと言えなかったことを言った。



「もうどうしよもない。ただ、君はコウヤ君を救いたかった・・・・」



「少佐・・・・」



「ただし・・・・・もうこんな真似はするな。」

 キースは厳しく言った。



「はい・・・・・少佐。」

 アリアは心の底から反省した。しかし、少し不満を持っていた。



 あの黒銀のドールさえいなければ・・・・・



「なんで・・・・コウヤが庇ったの・・・・・」



 彼女の頭には白銀のドールが黒銀のドールを庇う瞬間が何度も再生されていた。











 自分はなぜ憎むべき軍の制服に身を包んでいるのだろう、いや、憎むべきか分からないのだ。



 赤と黒の警告色の軍服の慣れない着心地に体が緊張する。



 シンタロウはレイラの力とまあ、自分の力もあるが、ゼウス軍の軍曹でレイラの補佐のポジションに着くことができた。



「本当によかったの?あと、階級はあんたの戦いっぷりを見て私が勝手に決めたけど?」

 レイラはシンタロウに訊いた。



 シンタロウはいろんなことを思い返した。



「大丈夫です。友人のため・・・・」

 シンタロウは決めていた



 レイラは憎めない。コウヤ達のためにゼウス軍に入ったのもあるが、彼には大切な目的があった。



 ゼウス軍を内側から壊す。上層部との繋がりを探り明らかにする。



 そうすることが彼の復讐であり、自分の出来る平和への道であると思ったからだ。



 そのために手段は選ばない。すでに手を汚したことが彼の決断を後押ししていた。



「あんた本当にいい人ね。いや、怖いわ・・・・」

 レイラは呆れたように言った。



「少尉は何で憎むべき地連の兵である俺に普通に接しているのですか?」

 シンタロウは疑問を直球で訊いた。



「あんたは別よ。それに、私が憎んでいるのは・・・あの黒いドール。・・・あのパイロットだけよ。」

 レイラは目に翳りを見せた。



「・・・・そうですか。」

 シンタロウも翳りを見せた。



 レイラは自分の罪滅ぼしのためにシンタロウをそばに置いていることは言わなかった。



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 シンタロウも自分が地連に戻れないと思っていることを言わなかった。そして、ゼウス共和国と地連が影で通じているということもだ。



 お互い本音を隠しながらも、二人は手を組むことになった。












「どうした?ルーカス君・・・・そんな顔で私を見て・・・・」

 ロッド中佐は長い会議を終え部屋で休んでいた。



「・・・・あなたは・・・・ユッタとクロスさんと知り合いだったのですね。」

 イジーはロッド中佐を見つめていた。



「君は行動派だな。いい部下だ。」



「では・・・・あなたはクロス・バトリーと共謀して何をするつもりですか?」

 イジーは手を震わせていた。



「・・・・・共謀とは失礼だな。私は地連の軍人であり、一人の戦士だ。」

 ロッド中佐は動ずることなく淡々と言った。



「一人の戦士?」



「そうだ。卑怯な手は使っていない。私は共謀などという言葉が似合わない人間だと思うぞ。全て力でねじ伏せている。」



「執事の人は、あなたが小さいころの話を・・・・」



「人は変わる。」

 ロッド中佐は切り捨てるように言った。



「中佐・・・・・」



「聞きたいことはそれだけか?」



「ク・・・クロスさんを利用しているのですか?ユッタの復讐のために。」



「ゼウス軍を倒すため軍に入る者は多いだろう?」

 ロッド中佐は片頬を吊り上げて笑った。



「クロスさんを利用しないでください。」



「君はクロス・バトリーのことが好きなようだが、それは過去の幻想に過ぎないだろう。」



「人は変わる・・・ですか?」

 自分の想い人のために訴えているのに不思議なくらい苦しかった。



 ロッド中佐は笑った。

「わかっているようだな。」



 イジーはそんなロッド中佐を見て



「わかりたくないです。」

 イジーはすねるように呟いた。



「ルーカス君・・・・・人は変わるんだよ。」

 そう言うとロッド中佐はイジーに近寄った。



 イジーの頭に手を軽く乗せた。そして耳元で



「君は絶望するぞ」と囁いた。



 イジーはロッド中佐の言葉を聞いていなかった。



『彼がクロスとの接点であるから、私は彼のそばにいるだけだ。』

 と自分に言い聞かせていた。まるで何かを認めたくないようであった。



 だが、何しろ彼女にはやることがあった。それだけは考えていた。



 あの少年に会わなくては・・・・・



 彼がイジーの知りたいことを全て知っている。

 あの作業着の彼こそキーマンである。










 いろんなことが入り混じっていた。



 まるで、人生が最初から再生されるのを見ているようであった。



 だが、違うのは客観的ではなく



 全て自分のことだと、自分が経験したことだとわかった。



 何かの感触が戻ってきた。



 友人の顔が蘇った。



 母の想いが蘇った。



 最愛の人達との思い出も



 約束したこともだ。父があの時言った言葉は“生きて”だった。



 涙がこぼれた。



 自分は何という思い違いをしていたのだろうか。



 みんな俺に生きていてほしかった。ハクトも言っていた。



 無駄に命を散らそうとすることを望んでなんかいない、二人の表情、手のぬくもり、優しさが蘇った。



「コウヤは・・・・優しい子でいてね。」

 母が最期に言った言葉。握る手の温もりと、消えていく温度



 薬品の匂いがする部屋だ。白いシーツを覚えている。



 シンタロウにも合わす顔が無い。あいつ、俺を羨ましがっていたと言っていたけど、そんな俺がこんな子供みたいな選択をしたら何て言うのだろう。



 いろんな人の言葉を思い出した。自分の持っていた感情、思い出も、自分はそんな大切な人たちの思い出を裏切ることをしようとしていた。



 コウヤは最後に一人思い出した。



 自分の大切な家族・・・・



「夕飯までには帰って来なさいよ。」

 いつも言ってくれるその言葉は必ず帰る場所を作ってくれた自分の母親である。



 できることならまた会いたい。何で考えていなかったんだ。今の自分の大切な人たちを。



 コウヤは手を伸ばした。



 危うく道を間違えるところだった。自分が大切にしていた記憶達は綺麗に蘇った。



 コウヤはどうやって地球に来たのかはわからなった。



 だが、そんなことはどうでもよかった。





 俺は、ユイを守ってよかった。





 自分が攻撃を受けた恨み言でなく守れた充実感で満たされていた。



 コウヤは目の前に浮かぶ光に手を伸ばした。



 アリアとまた話したいな。そして、みんなに会いたい。





 ハクト、ユイ、ディア、レイラ、クロス



 暖かいものに包まれた気がした。





 光を手に掴めた気がした。





 その錯覚から覚めるとコウヤは目を覚ましていた。



 体中が痛かった。

 天国でないことは確かであった。



 コウヤは周りを見渡した。

 どこだろうか・・・・



 自分が寝ているところは誰かのお屋敷のようであった。



 広い部屋に大きな窓、ひらひらのカーテン、ふかふかのベッド。

 コウヤは周りを見渡した。



「目を覚ましたかな?」

 部屋に一人の初老の男が入ってきた。



 コウヤはその姿を見てわかった。彼は軍人であった。



 老人は地位が高いのか一般兵の服でなくたくさんの勲章が付いた豪勢な軍服を着ていた。

 だが、不思議なことに嫌な雰囲気はなかった。



「・・・・あなたは?誰・・・」

 軍服は地連のであった。男は近くの椅子に座り



「そう焦るな。私は軍服を着ているが、ここは軍の施設ではない。」

 男はコウヤを安心させるように言った。



「・・・・なんで、助けてくれたんですか?」

 その言葉に男は笑った。



「人を助けるのに理由が必要なのはつまらない人間だ。理由がなければ動けないなど損だとは思わないのかね?」

 男は逆にコウヤに問いかけた。



「・・・・理由づけがつまらない・・・・?」



「そうだ、人は何かと変な理由をつけて動くが、理由が必要ないことがあるのも知らないのか?」

 男は優しく微笑んだ。



「理由・・・・・」



「もっとも、理由はあっても複雑でわからないことが多いだけなのかもしれない、だが、動くときは理由を考えていては遅いだろ?」

 男はコウヤのやったことを知っているように言った。



「・・・・はい」



「君は理由を考えて動いてその怪我を負ったのか?」

 その言葉がコウヤの胸に刺さった。



「・・・・考えていません」

 コウヤは無意識に体が動いたことを思い出した。



「そうか、ならそれは君がやりたかったことなのだろう。」

 男は笑った。



 コウヤは久しぶりに安心した。



「・・・そうですね。俺・・・・変な理由をつけて・・・・・」

 コウヤは歯を食いしばった。



「少年よ、若いうちだけだぞ。無理ができるのは。」

 そういい男は部屋から出ようとした。



「・・・・あの・・・あなたのお名前は・・・?」

 コウヤは初老の男に訊いた。



「私はレイモンド・ウィンクラーだ。コウヤ・ハヤセ二等兵。」

 男、レイモンドは目を細めて優しそうに笑い、部屋を出て行った。



 コウヤは生きていることを実感した。急にうれしくなった。





 それと同時に今まで自分が倒したドールが思い出された。



 吐き気の様に苦しみがこみ上げてきた。



 生きる喜びを知った今、コウヤは過去の自分の行動に苦しんだ。



 後悔がここまで苦しく恐ろしいものだとは考えられなかった。



 後悔だけで一生を終わらせられるほどであった。



 だが、気付かないであのままいっていたら、自分はいつか壊れていた。



 コウヤは目を閉じた。





 自分自身と向き合おう。そう決心しよう。





「あれ・・・?」





 コウヤは何かおかしいことに気付いた。



 俺は、今際の母さんの手を握っていたはず。



 冷たくなる手は間違いなく母さんの・・・

 記憶と感覚が違う。



「俺が思い出したのは・・・」



 一体何なんだ
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