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六本の糸~地球編~

9.毒

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 五体のドールと一つの戦艦を無残に破壊した黒いドールは、大空を舞う鳥のように美しく悠々と飛んでいた。



 その影が映る地面を見下ろしてコウヤは空気の悪さなど気にしない様子で肩を震わせて目の前のドールの残骸を見ていた。



 残骸になる瞬間が、コウヤは目に焼き付いて離れなかった。



「なんだよ・・・・あいつはもう違うだろ。なんであんなことに・・・・」

 手の震えが止まらない。違うだろと自分に言い聞かせ続ける。目の前の光景は変わらない。



「ゴホッ・・・・ゴホッ」

 コウヤは生身のまま長時間外気にさらされていた。



 息をするのが苦しい。叫び過ぎたのもあるが、こみ上げる何かを押さえると息切れをする。満足に吸えない汚い空気が更にコウヤの肺を苦しめる。



 懐かしい気がしたが、コウヤの体は外気を吸い過ぎて限界だった。



 慌てた様子で傍に青いドールが降り、中から急いだ様子のキースが出て来た。



『コウヤ君・・・・・大丈夫か?』

 キースは慌てて外気用と思われるマスクをコウヤに装着させた。



『キー・・・スさん』



『しゃべるな。戦艦に戻って処置を行おう。』

 キースはコウヤを抱え、そのまま青いドールに乗った。



 青いドールは壊れかけた赤いドールを抱えて戦艦フィーネに飛び立った。







 モニターに映る残骸が上げる煙を見て操舵室は安堵に包まれていた。



「ロッド中佐・・・・彼の介入があったとはいえ・・・・コウヤ君はよくやりましたよ。」

 ソフィはコウヤの功績を称えた。



「そうですね。それに、ハンプス少佐が保護して今向かっているようです。」

 リリーは安心して気が抜けつつあるのか、肩の力が抜けたように猫背だ。



 そんな様子とは逆にハクトは表情が曇っていた。



「命があり、敵に奪われなかったのは何よりだが、避けたかったこと以上のことが起きた。」

 ハクトはドールに乗ることでコウヤに期待していたのは確かだった。だが、コウヤの記憶が戻ることに不安があった。そしてそれ以上にコウヤが敵を殺めることを避けようとしていた。



「殺したら戻れなくなる。」



「でも、コウヤ君は殺してませんよ。」

 ソフィはハクトを安心させようと笑顔で柔らかい口調で言った。



「コウヤ君は、おそらくしばらく立ち直れないな・・・・・」

 ハクトは首を振り、悲しそうに呟いた。



「何でですか?彼は軍を抜けて晴れて自由ですよ。」

 リリーは不思議そうに言うと。



「戦場をじかに感じた彼が一般市民に戻るには時間がかかる。・・・あの人の敵の倒し方を知っているか?」

 ハクトは口元を歪めて絞り出すように訊いた。



 操舵室は沈黙に包まれた。



「一番接してはいけない毒を享けてしまったんだ。」

 ハクトは悔やむように俯いた。



「でも、なんで中佐が出たんですか?まだ本部とは距離もありましたし、感知できる範囲ではないですよ。」

 リリーは本部からの連絡を思い出して首を傾げた。



「あの人には関係ない。きっと第6ドームを出発した時から察知されていたんだろう。殺気には人一倍敏感であるし、俺も慌てすぎた。俺が戦艦で取り乱しているのを察知されて出てきた可能性も高い。」



 ハクトは椅子のひじ掛けを強く握った。



「艦長でもそんな芸当ができないのに、それを・・・・」



「いえ、おかしくないわ。あの人は地獄を生き抜いた人だから。」

 リリーが否定しようとした言葉をソフィが断ち切るように言った。



「副艦長は知っているのか?」



「・・・・ええ。レスリー・ディ・ロッド中佐も、地獄を生き抜いた人よ。」

 ソフィは普段見せない表情で笑った。



「も・・・?」

 リリーがソフィの言葉に首を傾げていた。



 その時



『ハクト・・・・コウヤ君は外気をだいぶ吸っている。すぐに処置を!!』

 キースからの通信が入った。



「すぐに用意させろ。」

 ハクトは自身も立ち上がった。



「はい!!」

 リリーは慌てて医務室に連絡を入れた。





 コウヤは肺に異物が入った妙な感覚を覚えていた。



 自分はどうやら船に戻ったようだった。自分はこの感覚を覚えている。



 あの時も自分は何かに守られて来た。自分を覆うものがなんだったのかわからなかったが、それは、とてもドールの感覚に似ていた。



 ゆらゆらと揺られ、この戦艦に来て二度目の担架に乗せられる。



 コックピットに損傷があったから完全に無傷ではないが、それよりも長時間外気に晒されたことによる肺の負担が心配されていた。



 外気用のマスクが外されて今度は呼吸を補助するマスクが付けられる。



「コウヤ!!!コウヤ!!!」

 アリアの叫ぶような呼びかけが聞こえた。彼女は必死に声をかけている。



「アリア・・・・・」

 安心させないといけないと思い、声を絞り出した。掠れるような息からは消えそうな声しか出なかったが、呼ばれたことによりアリアは安心した顔をした。



「アリアちゃん。避けて。医務室に運ぶから。」

 以前と同じように格納庫に待機していたモーガンは担架を運ぶのに駆り出されていた。



「待て。」

 モーガンを止めるように声がかかった。声をかけたのは医務室の医者だった。



「本部が近いなら本部でしっかりと治療を受けさせよう。格納庫からの方が運びやすい。向こうにもすぐに受け入れるように連絡をつけた。」

 どうやら外と通じている格納庫から直接本部の医療施設に運ぶようだ。



「サンキューな。」

 コウヤの頭付近からキースの声がした。どうやらキースとモーガンで担架を持っていた様だ。



「医務室に運ばなくていいんですか?」

 アリアが心配するように訊いた。



「運ぶ時間がもったいないうえに、ここでできる以上の処置は出来ない。ならここで待機させて運び出した方がいい。」

 医者はモーガンとキースに担架を下ろしてコウヤを安定させるように指示していた。



 コウヤは揺れが収まったことに気付き、顔を上げて辺りを見た。伝えないといけないと思ったからだ。



「コウヤ。もう大丈夫よ。本部に着くから。」

 アリアが安心させようとコウヤに寄り添い話しかける。



「俺が戦ったドール・・・・・」

 コウヤはアリアの言葉を聞かず辺りを見渡し続けた。



「もういないわ・・・・大丈夫よ・・・・・」

 アリアは宥めるようにコウヤの肩を撫でた。



「あいつは・・・・・」

 コウヤは辺りを見渡して続けていた。



 廊下の方から急ぐ足音が聞こえ、ハクトが駆けつけてきた。コウヤはハクトを確認すると辺りを見渡すのを止めてハクトを見た。



「お疲れだな。コウヤ君。本部に着いたら本格的に治療を施そう。それまでは少し辛抱してくれ。」

 ハクトはコウヤが無事なのを確認出来て安心した様子だった。



「ハクト・・・・・・俺が戦ったドールは・・・・」



「安心しろ。援護の人が倒してくれた。」

 援護と言ったハクトの口は微かに歪んだ。コウヤもそれは読み取れた。



「知っている。」

 コウヤは怯えるわけでなく震えた。ハクトはそれを見て歯を食いしばった。



「とにかく休め。今は・・・・」



「違う!!ザックとダンカンだった。」

 コウヤは縋るようにハクトに叫んだ。格納庫にいるモーガンの顔色が変わった。



 ハクトも表情を固めたが、更に眉間の皺を深くして悲しそうな目をした。



「そうか・・・・ディアを暗殺しようとしていた時点で覚悟するべきだったな・・・・」

 表情とは別に口調は単調で、言う言葉も簡単に片づけた。



「直前はもう敵じゃなかったんだ!!ゼウス軍から逃げて、撤退するって・・・・・殺す必要は無かったんだ・・・ゴホッ」

 コウヤは咳き込んだ。



「だいぶ外気を吸っている。今は治療が優先だ。」

 ハクトはコウヤから目を逸らした。それ以上は考えることをしていないようだ。



 コウヤはわからなかった。



 二人はひと時ではあったがハクトになついて楽しく話をしていた。



 なんで簡単に片づけられるのか。例えディアを暗殺しようとしていたにしろ、彼らの意志ではなかったのは確かだった。



 直に話をしたコウヤはやるせない気持ちとそれの元となっている軍というものに対する苛立ちでいっぱいだった。







 本部に着くとすぐさまコウヤは医療施設に運び込まれ、到着の報告にハクトは手続き機関に一人向かっていた。本当は副艦長であるソフィや上の階級であるキースもついて来ると言っていたが、一人になりたくて断ったのだった。



 毎度のことだが、意味もないのに軍帽まで被ってくるように言われ、面倒な書類を作成しなければならない。軍服を着崩しているキースは当然いつも咎められている。



 簡単な報告書だけ提出して、顔を見せて挨拶して終わらせた。



 想定した以上の最悪な状況になった。本当の最悪はコウヤがあのまま捕えられることだったが、それはないと思っていた。



 噂にロッド中佐の敵の倒し方は聞いていた。ハクトは一緒に仕事をしたことが無いため噂や報告書で見たことがあるだけだが、一切の容赦のなさに恐怖を感じた。



 それを間近で見たのだから精神的な負担も大きい。ましてや、殺された敵が知り合いだったのだ。



 前から見覚えのある人物が歩いてきた。彼女は確か、ロッド中佐の補佐をしていたイジー・ルーカス中尉だ。



「お帰りなさい。ニシハラ大尉。」

 イジーは本当に労うように言った。以前会った時は淡々と言葉を発していたが、今回は違った。



「ありがとう。ルーカス中尉。みんなを休ませたいんだが・・・・・」

 ハクトは遠回しに戦艦滞在でなく、宿泊施設でみんなを休ませたいと伝えた。



「わかっています。中佐が掛け合ってくれましたので、今フィーネの船員は移動してもらっています。戦艦もドールも点検と補給が必要ですから。大尉もお休みください。」

 どうやらロッド中佐が手を回してくれたようで、ハクトもみんな久しぶりに戦艦の外で休めるようだった。



 だが、ハクトは休む前にロッド中佐にどうしても話そうと思っていたことがあった。



「ありがとう。・・・・・あの、中佐は・・・・」



「ネイトラル総裁の件で心身ともに疲れていると思います。早く休まれてください。」

 イジーはハクトが中佐の居場所を聞く前に休むように勧めた。



「その件は、立場として当然のことをしたまでだ。」

 ハクトはイジーをじっと見て言った。その顔を見てイジーの表情は少し揺らいだ。羨ましがるように眉が下がったが、直ぐに戻った。



「・・・・ルーカス中尉。やっぱり俺はあなたに会ったことがある。」

 ハクトはイジーの顔を見て、ふと、懐かしさを感じた。どこで会ったのかは覚えていないが昔に会ったことがある。



「そうかもしれませんね。」

 イジーは悲しそうに笑った。誰に対してだがわからないが、その悲しさの先はハクトではないと思った。そして、これ以上聞いても彼女は教えてくれるものではないと思った。



「では休ませていただく・・・・・」

 ハクトは被っていた軍帽を脱ぎ、礼をしてイジーの横を通り過ぎた。



「この後・・・・中佐と病室に行きます。」

 イジーは通り過ぎたハクトに聞こえるようにはっきりと言った。



「誰の病室かは知りませんが、その途中で中佐は一人になるかもしれません。」

 ハクトはイジーの方を見た。



「ありがとう。」

 ハクトは心当たりのある病室に向かった。



 イジーはハクトの後ろ姿を見送りながら羨ましそうな眼をした。



「・・・・変わっていないのですね。」

 イジーはロッド中佐と戦い意図的に生き残らせられたゼウス軍のパイロットを思い出した。



「なのに・・・・・なんであんたはそこにいるの・・・・」

 手を震わせ歯を食いしばった。







「軍本部は相変わらず堅苦しいわね。リリーはこの後どうなるか決まった?」

 ソフィは用意された部屋でくつろぎながら同室のリリーに訊いた。



「そうですね・・・・・おそらくまたニシハラ大尉の下ですかね。」



「あらそう。あんたも辛いでしょ。ニシハラ大尉には絶対的な人がいるって・・・」



「あの人は大尉のそばにいないですよ。私はそばにいます。」

 リリーは力強く言った。



「あんた強いね。」

 ソフィは呆れたようにリリーを見た。



「それが取り柄です。」

 リリーは胸を張って威張るように言った。









 苦しいと思っている間に処置も済んだようで、だいぶ息が楽になったコウヤはやっと冷静に周りを見渡した。



 設備の整った病室を用意してもらったようで、ベッドの横にはキースがいた。



「キースさん。」



「やっと話せるか。お前ずっと苦しそうな顔をしたからな。」

 キースはコウヤが落ち着いたのを見て安心したようだ。



「キースさん。俺が戦ったドールは・・・・」



「知っている。・・・・お前には過酷過ぎる相手だったな。」

 キースは申し訳なさそうに言った。



「キースさんが謝ることじゃないです。・・・・・俺がもっと早く決着をつけていれば逃がせたんです。」



「向こうは少年二人か・・・・・本当に改心したようだったのか?」



「おそらく・・・・ダルトンはゼウス軍で捨てられる恐怖を訴えていました。それに・・・」

 コウヤはダルトンが最後に言った言葉と表情が頭に焼き付いていた。



「俺の方こそ悪かった。本部に近づくまでという曖昧なことしか言わなくて。こうなることはわかっていたんだ。」



「ドールが殺されるってことですか?」



「ああ、ここの番人は敵に一切の容赦をしない。」

 キースは強調して言った。



 ガタン



 ノックもなしに病室の扉が開いた。



「貴方は・・・・」



 病室に入ってきた軍人を見てキースは顔色を変えた。



 入ってきたのは二人であり、一人は茶髪の若い少女。もう一人はサングラスと深くかぶった軍帽で詳しい年齢はわからないが、細身で長身の若い男であった。



「ハンプス少佐。お疲れです。」

 少女の方がキースにそう言いながら書類を渡した。



「どうも、イジーちゃん」



「そこにいる方が赤に乗っていた人ですか?」

 イジーはコウヤの方を見た。コウヤは、自分と変わらないくらいの年齢の少女が放つ厳しい空気に気圧された。



「ど・・・・どうも・・・。」

 挨拶を毅然とする事は出来ず、おどおどとしてしまった。



「あなた・・・・・・」

 イジーは一瞬表情を固まらせたが、すぐに厳しい表情に戻った。



「ハンプス少佐この少年ですか?」

 若い男の軍人の方がキースに話しかけてきた。



「ああ、第1ドームに住んでいて、実は俺が無理やり乗せちゃったんですよ。」

 キースは軽くいたずらしたように言った。



「どうして乗せたのか?」

 軍人は続けて訊いてきた。口調は柔らかく、威圧する空気はない。



「そこの彼、俺よりドールに対する感が鋭いんですよ。ドール乗りじゃないのにですよ。」

 キースはコウヤの背中を叩きながら言った。



「ちょっと!!!痛いですよキースさん。」

 コウヤは顔を顰めながら前を見た。



「・・・・・ほお。」

 軍人はコウヤを観察するように近づいて見た。



 目の前の軍人はサングラスで目が見えないがよく見ると相当若いようだ。端正な口元と高い鼻が目に入った。



「なら仕方ないな。その判断のおかげで助かったものがいるのだろう?」

 軍人は口角を上げ諭すように言った。



「はい。」

 キースは期待した通りの答えを得られたのか、当然のように頷いた。



「なら私は君を庇おう。君は任務をやり遂げたのだからな。」

 どうやらこの軍人は融通が利くようだった。



 軍人はコウヤの方を見て



「君の名前は何という?教えてくれないか?」

 と優しく、迷子の子に訊くように訊いてきた。



「コウヤ・ハヤセです。」

 コウヤは自分の本名の方を言わなかった。



「そうか、コウヤ君。君はこの後どうするつもりなんだい?」

 軍人はコウヤが隠したことを気付くはずもなく変わらず優しい口調だった。



「わからないです。」



「そうか。まずは休むといいだろう。」

 切り換えるように明るい口調で軍人はコウヤに笑いかけた。口と話か見えないため表情が乏しく思えると見えるが、口調の抑揚が大きく、演技するように手を優雅に動かして話すことから無感情に見えなかった。



 《なんか・・・・政治家みたいだな。》



 コウヤは軍人に対して思った。



「そうだ、これからどうするか決まったら、たとえ軍に関係ないことでも私のところに来てくれ。」

 思い出したように人差し指を立てて大げさに言うと、部屋の出口に向かい、軍人はコウヤの返事も聞かずに出て行った。彼に続き少女も出て行った。



 二人ともコウヤに自己紹介はしていない。



 二人が出て行った扉を見つめてコウヤは呆然としていた。



「キースさん、あの人相当若いですよね。誰です?」

 コウヤはさっきの軍人の名前も階級も知らないことに気付いた。



「若いよ。詳しい年齢は知らんけど20前後だったはず。」



「軍でそんな不明確でいいんですか?」



「あいつは名家の出身だから変なことまで訊かれないんだ。だいたい詳細は調べればわかる。」



「何者ですか?」



「軍最強の男だ。」

 キースは言葉を選ぶように言った。



「軍最強?ハクトより強いんですか?」

 コウヤは思い出した。以前キースがハクトのことを第二の実力者と言ったことだ。



「お前ならわかるだろ。・・・・黒いドールのパイロットだ。」

 その言葉を聞いた途端コウヤの中の気持ちが粘りを持ったように歪んだ。



「あの人が?」

 色々な気持ちがごっちゃになり何を言えばいいのかわからなくなった。



「外見は細身で口調も人当たりのよさそうな奴だが、冷酷なことでおそらくゼウス軍からも知られているだろう。」



「敵軍からも?・・・・どうしてそんなに」



「圧倒的すぎるからだよ。ロッド中佐がいるからゼウス軍も下手に本部を狙わないんだ。」



「ロッド中佐・・・・・」

 コウヤは胸の中がモヤモヤした。



 彼がドールでダルトンとダンカンであった少年を殺したことはわかっている。



 目の前で繰り広げられた戦争はコウヤの心をつよく惹きつけた。



 決して魅力的なのではない。だが、コウヤは目の前で起こったものに対する不完全燃焼感を何かで補いたいと考えていた。



 そして、心の中に生まれた苛立ちはロッド中佐という存在に向けられた。







 病室から出てしばらく歩くとロッド中佐とイジーの前に人影が現れた。その影をみてロッド中佐は口元を歪めて笑った。



「ルーカス君。君の差し金か?」



「はい?なんのことでしょうか?」

 イジーはロッド中佐の問いに声色を変えずに答えた。



「何の用だ?ニシハラ大尉。」

 ロッド中佐は影の主がはっきりと見えないが、主を断定して呼んだ。



「やっぱりわかりますか。」

 ハクトがゆっくりとロッド中佐に近付いた。



「君はこの軍で唯一私に気付かれずに近づける者だ。分からなかったら君だと思っている。」

 ロッド中佐は両手を広げて言った。



「訊きたいことがありました。」



「私が出た理由なら君の思っている通りだ。」

 訊く前にロッド中佐はハクトの訊きたいことを断定したように言った。



「思っている通りを分かっているのですか?」



「想像を言っただけだ。面倒だからな。君は面倒くさい人間だな。」

 困ったようにロッド中佐は頭に手を当てた。



 ハクトは追い詰めるようにロッド中佐に詰め寄った。ロッド中佐は降参したように両手を上げ、ハクトを制するようにした。



「君が思ったよりも恐怖を覚えているのがわかってな。そんな恐怖を与える展開に興味があった。」

 ロッド中佐は白状するようにため息交じりに言った。



「興味で向かったにしては、やりすぎです。様子を見ることも・・・・」



「敵だ。それに、生身で武器を向けられている味方を放っておくことが出来るか?」



「貴方ならできるでしょう。」

 ハクトはロッド中佐を見て、ためらうことなく答えた。



「ははは。これはとんでもない評価をされたものだ。君とあまり接点を持っていないはずだが、私の噂はそんな薄情だったのか?」

 ロッド中佐は愉快そうに笑った。ハクトはその様子を見て眉を顰めた。



「自分の直感です。」



「それは下手な噂よりも信頼できるな。そう思わないか?ルーカス君。」

 ロッド中佐は後ろにいるイジーに話しを振った。



「そうですね。」

 イジーは考えるのが面倒くさいと言わんばかりにそっけなく答えた。



「そうか。では、天下のニシハラ大尉に勘違いされたままでは気分が悪いから弁解しておこう。」

 ロッド中佐は少し落ち込んだように肩を落としたが、姿勢を正し、ハクトを見た。



「弁解?」

 ハクトは疑わしそうにロッド中佐を見ていた。



「ああ。私は味方を助ける。味方ならな。」

 強調するようにロッド中佐は言った。それを聞いてハクトは複雑そうな顔をした。



「では、ニシハラ大尉。ゆっくりと休むといい。」

 ロッド中佐はハクトの肩を叩き足早にその場を立ち去った。









 ドールのコックピットのように神経接続を行える椅子がいくつも並ぶ部屋に、一律の白いシャツとズボンを履いた数人の無表情な若い男達と、その様子を見ている白衣を着た神経質そうな数人の男女がいた。



「どんなに頑張っても適合率は高くないと武器の装備は無理ね。」

 その集団仕切っているような白衣の女は無表情な男たちを見て溜息をついた。



「適合率を引き上げる訓練は欠かせないようですね。銃火器やレーザー砲についてもやっぱり適合率が高くないとプログラムが反発します。」

 マックスは苛立っているのか、神経質そうに眉を顰めた。



「マーズ研究員。大丈夫?」

 白衣の女がマックスの様子を見て興味深そうに顔を覗き込んだ。



「ええ。全くこのプログラムを作り上げた二人の天才が忌まわしい。」

 マックスは頭を掻きながら呟いた。



「マーズ研究員。実はね、ドールプログラムの本来の力はもっとすごいのよ。」



「わかってますよ。何かを動かすのも通信するのにも活用できる。独特のネットワークがあってもおかしくないですが。」



「あら。流石天才ね。」

 女はマックスの言葉を聞いて目を輝かせた



「・・・・博士はそこまで知っていて黙っていたのですか?」

 マックスは女を睨んだ。



「違うわ。だって、力量のある研究者が現れなかったんですもの。でも、あなたが今はいる。ちなみに、あなたの言ったネットワークを確認する術は私たちにはない。」



「確認する術を持つ者がいるんですか?」



「ええ。カワカミ博士かしらね。ドールプログラムに鍵をかけたのは。本来の力を発揮できないようにいくつもの細かいプログラムに分けて開放するための鍵をかけたのよ。」

 女は憎々しそうにカワカミ博士と言ったことから、彼女がその博士と良い関係ではないと思われる。



「鍵・・・・?細かいプログラムとは?」



「さあね。ただ、鍵というのは人よ。」



「人?」



「そう。細かいプログラムを開ければ、ドールをそのプログラムが補助してくれるのよ。」



「難しいですね。プログラムの中にさらにプログラムなんて・・・・」



「難点は、鍵以外がプログラムをこじ開けようとしたときに接続者を過剰に攻撃することね。何人か試したけど壊れたわ。」

 女は感動もない声で言った。



「そうですか。博士は鍵のかかっているプログラムを持っているんですね。」



「あるわ。そして、その鍵もあるのよ。」

 女はマックスに期待するような目を向けた。



「ねえ、マーズ研究員。あなたの力で最強のドールを組み立ててくれない?」



「自分ですか?」



「そうよ。最高のパイロットも用意するし、資金も潤沢にある。」

 マックスは少し悩んだが、嬉しそうに口元を緩めていた。



「命令ならやります。ただ、自分はあなたや開発者のお二方以下の理解です。」



「いいのよ。」

 女は嬉しそうに笑った。



「では、データをまとめて組み立てます。」

 マックスはそう言うと待ちきれない様子で走り出した。





「ああ、そうだ。残念だったわね。」



 走り出したマックスの背中に思い出したように女は声をかけた。



「え?」

 マックスは女の言ったことがわからないのか、キョトンとした顔で振り向いた。



「あら、聞いていない?戦艦ルバートは全滅よ。」



「全滅・・・?」

 マックスは言われたことの意味が飲み込めていなかった。



「まあ、憎しみお化けの黒い奴がいるんだから仕方ないわね。今度あなたの作ったドールで彼に挑もうかしらね。」

 女は期待するようにマックスを見ていた。









 ハクトはロッド中佐との会話が疲れの止めのように感じた。自分の宿泊先に向かうまでの足取りが重く、心も重い気がした。



 与えられた部屋は、流石に個室とはいかなかったようで、先にモーガン待っていた。



「モーガンか。」

 気を遣わないモーガンはハクトとしても接しやすいので、少し気が楽になった。



「うわー。俺ここでも気を遣わないといけないのか。」

 モーガンはハクトを見るなり楽しそうに眉を寄せてわざとらしく叫んだ。



「ぜひそうして欲しいな。」

 ハクトは叫ぶモーガンの頭を小突いた。モーガンは小さく痛いと騒いだ。



「やっと休めるな。」

 ハクトはモーガンがすでに荷物を広げたベッドとは違うベッドに腰を掛けた。モーガンはハクトの様子を観察するように見ていた。



「なあ、艦長。」



「なんだモーガン。ちなみにもう艦長ではない。」



「何で大尉は平気なんだ?聞いただろ?殺された敵にあのザックとダンカンがいたって。艦長は感情が鈍ったのか?戦場に出過ぎるとそうなるのか?」

 モーガンは結構堪えているようで、悲しそうにしていた。



「俺は決して感情が鈍ったのではない。実際平気ではない。」



「じゃあ、なんで簡単に言えるんだ?強靭な精神の持ち主なのか?」



「俺は、耐えられるだけ強靭な精神を持っているわけではないが・・・・強い意志はある。」



「意志・・・・・・?どんな?」

 モーガンは興味深そうにハクトを見た。



「軽々しく言うわけないだろ。だが、俺はその意志があるから今、生きていられる。」

 たとえ年齢は同じでも、コウヤとハクトとでは生きていた世界が違い過ぎた。そして、戦場で濁らないほどの意志をコウヤは持っていなかった。



「コウヤもそんな意志を持てればいいけどね・・・」



「なんだ?モーガンはコウヤに軍人になってほしいのか?」



「そうだよ。一緒に仕事したいし、あいついい奴じゃん。俺今の軍の上役はハンプス少佐以外好きじゃない。みんな濁っている。・・・・・コウヤみたいに能力があって純粋な奴が必要なんだよ。」

 モーガンはあっさりと答えた。



「同感だが、決めるのはコウヤだ。お前中佐は嫌いなのか?」



「あの人は別。あの人は真っ直ぐすぎる。そして、他の人と比べてはいけない人だよ。大尉も分かっているでしょ。・・・・・恩人だし。」

 モーガンは尊敬の色を浮かべて言った。



「ああ、だが、圧倒的過ぎる上に気まぐれだ。今の軍は中佐の気まぐれひとつで潰されかねない。」



「やっぱりドール使いから見てもすごい人なんだ。」

 少し誇らしげにモーガンが食いついた。



「そうだな、でも不思議と遠い存在には感じないな。あの大げさな動きのせいか、それがあの人の計算なのかもしれないがな。」

 ハクトは演技のように抑揚をつけて話すロッド中佐を思い出した。



「あの人柄だからでしょ。ロッド中佐はドールに乗らなければ冷血な面を出さないから。」

 モーガンはロッド中佐を尊敬しているようで、誇らしそうに言った。



「そうか・・・?」

 ロッド中佐は下の者に理解があり、融通が利くと有名だが、強さを知って手に余している上層部からするとあの話し方や寛容な振りは威圧にしか感じないのではないかとハクトは思っていた。そしてそれは当たっていた。









 イジーは酒場であった作業員の男のことを思い出していた。



 近くで見ると男はかなり若く、少年と言っていいような風貌だった。



「ここでは下手に銃を使わない方がいいです。・・・・・では」

 店からイジーを連れ出した少年はそう言い走り去ろうとした。



「待って、あなた・・・・「希望」出身者なの・・・?」



「答えません。なぜ知りたがるんですか?」

 少年は振り返った。



「ある人を捜してるの。あなたは何で中佐に協力しているの?」



「なぜ?・・・・それはあなたには関係ない。」



「もし、あなたが私の知っている人なら中佐がどんな人間だか知っているの?」



「知っている。俺はあいつの一番近くにずっといる。でも、俺があなたの知っている人とは限らない。」



「あの人は冷血よ。残忍に敵を殺す・・・・・」



「中佐は目的のためなら手段を選ばないだけだ。あいつのことを俺は知っている。」

 少年はイジーの言葉を訂正するように言った。



「手段は選ばないのはよくわかるわ。そのために多くの人を殺しているのよ。」



「中佐は敵以外殺さない。あの力は絶対だ。あなたも分かっているはずだ。」

 少年は熱を込めて言い終えると走り去ろうとした。



「待って。最後にあなたの名前を教えて。」



「言えない。・・・・・言ってしまえば俺と中佐の繋がりが消えてしまう。」

 深くかぶった帽子の奥から少年の目が見えた。



 両目とも強い意志を放っていた。



「でも、よかった。あなたが中佐のことを嫌いでなくて。・・・・彼を頼みました。」

 イジーは走り去る少年の後ろ姿を見送り、複雑な気持ちで心は満ちていた。







 彼女の幼いころの日々が蘇った。昔過ごした場所での思い出だった。その場所は、今はもうない。



「イジーはユッタとよく遊んでくれるよね。いつもありがと。」

 優しい微笑みを浮かべ少女のような外見の少年は幼いイジーに話しかけた。



「いえ・・・・ユッタは友達ですから。」

 イジーは照れを隠すようにうつむいた。



「お兄ちゃんがいつも彼女と遊んでいるから私も彼女を作っちゃったんだよ。」

 綺麗な少女が口を尖らせて言った。



「ユッタはそんな趣味があったんだ。・・・・僕は哀しいよ。」

 兄と呼ばれた少年は少しさみしそうに言った。



「じょ、冗談ですよ!!だよね!!!ユッタと私はすごく仲のいい友達です。」

 イジーは必死に訂正した。



「そうだよ。お兄ちゃんったらすぐに信じるんだから。そんなとこが長所なんだけどね。」



「ごめん、今のところ聞えなかった。もう一回言ってくれる?」

 少年はわざととぼけているのかそう言った。



「もう・・・・絶対言わないよ。」

 ユッタと呼ばれた綺麗な少女はふくれてその場を立ち去った。



「あーあ・・・クロスさんユッタすねましたよ。」

 イジーは少年に話しかけた。



「なんでだろうね。」

 クロスと呼ばれた少年はユッタによく似た綺麗な顔を少し歪ませて考えていた。



 イジーはその横顔にしばらく見とれていた。



 いつまでもこんな時間が続けばいいのに







 自室でロッド中佐は作業着の少年と向き合っていた。

「そんなことを言っていたのか・・・・やっぱりルーカス君はクロス・バトリーを捜すために軍に入ったのだな。」



 ロッド中佐は両手を組んでため息をついた。



「中佐のことをひどく言っておりましたよ。でも、不思議と嫌いではないようで、ああいう人を自分の補佐に置けてよかった。」

 作業着の少年は安心するように口元に笑みを浮かべた。



「そばに置いた方が動きを見やすい。危険因子は遠くに置くと危ないからな。」

 ロッド中佐は口を歪ませて言った。



「そうですか。最悪の事態が起きた場合・・・・自分が」



「その必要はない。もうそろそろで決着がつく。お前の願いでもあるだろう。」

 ロッド中佐は手を制するように少年に差し出した。



「そうだ。そのためにずっとやってきた。・・・いえ、目的が達成されても中佐を支えますよ。」

 少年は慌てて口調を直した。その様子を見てロッド中佐は笑った。



「中佐・・・・少しお聞きしたいのですが・・・・コウヤ・ハヤセに興味をお持ちになっているらしいですね。」

 声を潜めて少年は秘密の話しをするように恐る恐る言った。



「ほお、さすがの情報が早いな。見ただろ?彼は化ける。」

 ロッド中佐は感心したように少年を見た。



「ですが、彼は軍に行かないと聞きました。」



「それはできない。もうそろそろで私が動くからな。」

 ロッド中佐は少年を通して遠くを見ていた。



「彼はあなたが思うような人間ではないです。」

 少年は冷たく言った。



「そうだな。私も君も思っている以上の人間かもしれない。」

 ロッド中佐は期待するように楽しそうに言った。



「それ以下の人間の可能性もある。」

 少年は中佐の声色とは反対に諦めの色がある声だった。
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