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六本の糸~地球編~
7.約束
しおりを挟むディアは自分の話す内容を頭の中で反芻していた。
「総裁、大丈夫ですか?」
テイリーが珍しくノックもせずに待機室に入ってきた。
「私のことを心配しているのか?馬鹿にしているのか?」
ディアは何も言わずに入ってきたことを咎めるように少しテイリーを睨んだ。
「いえ!!そんな。ただ、公表していないゲリラ演説だというのに人が集まりすぎで・・・・」
テイリーは本当に心配しているようだ。
「君の経験上、こういう時の警備は難しいか?」
「はい。やはり危険だと思います。」
「だが、集まっている以上中止するわけにはいかない。私はパフォーマンスでやって行かないといけないだろ?そういう方針だからこそ私が上に飾られている。」
ディアは両手を広げて降参するようなポーズを取った。
「あまりご自分の存在を軽んじることは・・・・」
「軽んじていない。私が得た立場に対して請け負った役割だ。私ほど身勝手で自分を尊重している人間は数少ない。」
ディアは心配そうなテイリーの声を断ち切るように冷たく言った。
テイリーは意を決したように
「あの、ハクトという少年・・・・総裁の古い友人だそうですね。」
と訊いてきた。
ディアは何も問題はなさそうに
「ああ、同じ「希望」の出身だ。」とあっさりと答えた。
テイリーはそれに拍子抜けしたが、ディアを探る様に見ている。
「なにか・・・・特別な人なんですか?」
「プライベートに関しては深くは言うつもりはないが、「希望」での友はみんな特別だ。もっとも、ハクトに会うのは6年ぶりだ。」
とディアは振り向いて言った。
テイリーが何かを言おうとした時
ディアは立ち上がり
「せっかく来てくれた人たちを待たすのは悪い。もう出よう。」
とテイリーの横を素早く通り抜けて行った。
コウヤ達はしばらくとりとめのない会話をし時間を潰していた。
「おっ・・・出てきた。」
と待っていたかのようにモーガンはステージを指差して言った。
「どんな演説なんだろうね。」
とアリアはコウヤとシンタロウに腕に腕を組みまるで貴重な時間を過ごすようにした。
シンタロウはコウヤの方を見て軽く笑った。
そういえばフィーネにいる間三人で笑い合うことが少なかったな。常に戦いがチラついていた。それにコウヤは記憶が蘇ったことにより親友の存在を置き去りにしていた気がする。過去がどうであれ二人は自分の親友であることには変わりない。
コウヤもシンタロウの方を見て笑った。
ステージに出たディアはさっきより威厳ある雰囲気を醸し出し慣れた手つきでマイクに手をかけた。
『今日は私の話を聞くために集まっていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。』
とディアは笑顔で言った。
『私が今日話したいと考えていたことは、現在の地球の状況、そして、月の状況を合わせたものです。みなさんは今の戦争をどうお考えでしょうか。』
『私は戦争している両者どちらにもつかないことを貫いてきました。なぜこのような行動をとるのか。それは・・・』
選挙の路上演説のような設備だが、集まった人の量は多かった。人が集まる目的で作られた公園はその許容量をオーバーしているのは見て取れる。これが公表していないのなら、このドームに来たものはディアの行動を監視して彼女のいる場所を狙ってきているストーカーのように思える。
「・・・これって、公表されていないんだよな。」
コウヤは人の数を見て呟いた。
「気になるな。」
ハクトが辺りを睨むように見渡していた。
公園に特設された舞台とそれを囲む人々、そこを一望できる建物の上でダルトン・マーズ中尉とジュン・キダ少尉は何やら道具を広げていた。
「本物は美人だな・・・」
ジュンは目を細めて言った。
「キダ少尉・・・わかっているよね。」
ダルトンは確認するように言うと、ジュンに望遠鏡を渡した。
「わかっているって、隊長さん。」
「でも、ネイトラルも何を考えているんだろうか。命を狙われたトップにこんな演説をさせるなんて。」
ダルトンは道具の中から銃を取り出しジュンに渡した。
「お飾りだろ?頑張っていると思うけど、若すぎるからな。美人だからなおさらだ。」
ジュンは望遠鏡をのぞきながら渡された銃を受け取った。
「あれ?これ距離あるやつじゃん。俺射撃下手だから近距離でやろうかと思っていた。」
ジュンは渡された銃を見て顔を顰めた。
「人の数を見て。逃げれないし、狙うならこのビルからがいい。」
ダルトンは有無を言わせない表情でジュンの手に銃を押し付けた。
「・・・わかったよ。それにしてもこのビルをよく抑えれたな。警備対象だろ。ここ眺め良すぎる。」
「買収です。いかがわしいビデオ撮影をするから使わせろと言った。後ろめたいことをいうと不思議と追及されない。」
「え?じゃあ俺とお前はいかがわしいビデオを撮影する人物だと思われているってわけか?」
「いや。俺は撮影者だけどジュンは出演者だって言った。」
「は?」
「さてと。俺は下に行くからキダ少尉は上から狙って。できれば確保したいから下で様子を見る。救急車が来たら占領できるか見たいしね。」
ダルトンはジュンの様子などお構いなく去って行った。
そんな二人の行動なんか周りは知らず、ディアの演説に見とれていた。
「おい!!ダルトン!!」
とジュンは慌てて通信機らしきものに話しかけた。
すると通信機の向こうから
『冗談だって。じゃあ、俺はちょっと雇えた人たちを使うから、連絡したら撃ってね。』
とダルトンの声らしきものが聞えた。
それを聞いたジュンは
「大人しそうな顔して使う手えげつねー」
と笑いながら通信機の向こう側にいるダルトンに呟いた。
コウヤは違和感を覚えた。
ハクトも不安を覚えたようで周りを見渡す表情が険しくなっていく。
「なんか・・・変な感じがする。」
コウヤがそう呟くと
ハクトは驚いたようにコウヤを見た。だが、すぐ真剣な顔になり
「コウヤ君・・・・ディアから目を離すな。」
と静かにコウヤに言った。
「わかった。」
とコウヤは注意してディアを見た。
『・・・・というもので、我が国の・・・』
と言いかけたときディアは何かに気づいたように顔を上げた。
顔に何かがかかった気がしたリリーは手で顔を拭いた。
すると手には赤い液体がついていた。
「・・・きゃー」
なにかわかったのだろう叫び声をあげた。
ドドーン
遅れて銃声が会場に響いた。
銃声とリリーの悲鳴に聴衆たちはパニックになった。
ハクトはステージに目をやった。するとステージに倒れているディアを確認した。
「な・・・・ディア!!!」
と叫び、ハクトはステージに飛び乗り倒れているディアを起こした。
「・・・・・無様だな・・・」
とディアは苦しそうにだが自嘲的に笑った。
それをみてハクトは安心した。
だが、その安心もすぐ吹き飛んだ。
弾はどうやら2発で肩とわき腹を貫通していた。
ハクトは何かを感じたようで急いでディアを抱え込んだ。
「危ない!!」
ハクトは叫ぶとディアの盾になり、右肩に弾を受けた。
遅れてまた銃声が響いた。
「・・・・きゃああああ艦長!!!」
リリーの悲鳴が響いた。
「警備!!急いで総裁を守れ!!」
テイリーが警備に怒鳴る声が響いた。
会場はやたらと騒ぐ一部の聴衆により、避難の道が塞がれパニックに拍車をかけていた。
「コウヤ!!みんなを逃がせ!!」
ハクトは避難の先導をコウヤに命じた。
コウヤはその指示に従いとにかく騒いでいる聴衆をどさくさに紛れてぶん殴って黙らせた。シンタロウも思い切りよくぶん殴っていた。コウヤとシンタロウはお互い頷き合って残りの騒いでいる奴らを殴り倒した。
「皆さん!!こちらへ。俺たちは軍の者です。対応しに来ました!!」
シンタロウがパニックになっている聴衆に叫んだ。
シンタロウの様子を見ていたリリーとソフィも頷いて
「みなさん。こちらへ。」
「騒がないで避難してください。」
と慣れた声で叫んだ。二人はオペレータ―をやっているだけあって、叫ぶ声にも説得力があった。
二人に倣うようにアリアも叫び誘導を始めた。
モーガンは先導を始め走り出した。
フィーネの皆との協力のお陰で大体の避難が済ませることができた。
テイリーは混乱した表情をして血を流すディアと彼女を抱えるハクトを見ていた。
「救急車は呼んだけど、どうしよう・・・・ええと・・・・」
と言っていると。
「早く安全な場所に案内しろ。軽くでもディアの手当てをしたい。」
ハクトは自分の撃たれた場所など気にせずにディアの撃たれた場所を押さえて血を止めるようにしている。
テイリーはその様子を見て慌てた。
「貴方も手当てを・・・・総裁をこちらへ」
「手を離すと血の流れが速くなる。いいから手当てを・・・」
ハクトの腕からディアを引き離そうとテイリーが手を差し出すとハクトはそれを拒んだ。
「あ・・・!!救急車が来ました!!ほら!!」
テイリーは駆け付けた救急車と救急救命士らしきものを指差して言った。
その横には二人の少年がいた。
「正面が混乱していたからこの二人に案内してもらって・・・・」
救命士らしき男は二人の少年を指差して申し訳なさそうに言った。
「お前等・・・・」
ハクトは二人の少年を見て目を丸くした。二人の少年もハクトを見て目を丸くしていた。
「ザックとダンカン・・・・?」
「ハクトさん・・・・」
シンタロウはこのまま皆で安全なところに行こうとしたが、リリーが戻ると聞かなかった。
「リリーさん。下手にいたら邪魔になるし・・・・」
と説得しようとすると
「艦長の怪我ひどかった。」
といい会場に戻って行った。
モーガンが聴衆を先導していたため彼だけいないが、みんなでリリーを追った。
コウヤも何やら変な感覚がして胸騒ぎがした。
みんなで駆け付けると丁度救急隊が到着したのか、救命士らしきものと救急車がいた。
救命士らしき者の横には彼を先導したと思われる二人の少年がいた。
「あれって・・・・ザックとダンカン。」
シンタロウが二人を指差して言った。
ザックとダンカンは丁度ハクトと向き合っていた。
コウヤは二人とハクトを呼ぼうとした。
「お・・・・」
おーいと呼ぼうとした。だが、言葉が引っかかった。
「違う。」
思わず出た言葉にシンタロウは振り向いた。
「え?」
「違う!!ハクト!!渡すな!!」
コウヤは続けて叫んだ。
コウヤの声にハクトとザックとダンカンが反応した。いや、一番反応したのはディアの補佐であるテイリーだった。
「その二人が撃ったんだ!!」
すると、二人の少年は驚いてコウヤの方を見た。
「お前は・・・・・」
とダンカンが驚いた表情をしたが、ザックは表情を変えて銃を取り出しディアに向けた。
「させるか!!」
テイリーはザックに飛び掛かったが、ザックは慌てることなく発砲した。だが、幸いにもディアを抱えて走っていたハクトのお陰でディアには当たらずに済んだ。しかし、銃弾はハクトの左わき腹に当たった。
「逃げるぞ!!」
ザックは素早くダンカンを引っ張り連れてきた救命士の男と立ち去ろうとした。
テイリーがザックに向かってすさまじい速さで走った。
「クソ!!」
持ってきた救急車にダンカンが乗り込みザックを車に引っ張ろうとした。テイリーはすぐさま狙いを変えて連れてこられた救命士の男に飛び掛かり、男の腰から何かを取り出した。
それを確認したダンカンとザックは表情を変えて救急車を発進させた。
テイリーが取り出したのは銃で、ためらわずに二人が乗る車に発砲した。
「急いで救急隊をよこせ。あとは、今から言うナンバーの救急車を追え!!」
テイリーは手に持った通信機器に怒鳴るように叫んだ。
コウヤはディアとハクトを急いで探し、辺りを見渡した。
二人は奥まった場所にいて、ハクトがディアを抱えてふらふらと歩いていた。
おそらく安全な場所を探して走っているのだろう。地面が自分の血で真っ赤になっていても気付かない様子だ。
「ハクト…もう大丈夫だ。誰も追ってきていない。」
とディアがかすれるような声で言った。
ハクトはそれを聞き足を止めた。
「君は、本当に変わっていないのだな。君は不思議なやつだ。初めて会った時からずっと変わらない想いを持っているのだからな。初めて会ったのは何年前だろうか。そのくらい長くいる気がする。」
「そうだ。俺は変わらない。」
ハクトはディアに微笑んだ。
「でも不思議なのはそれだけではないのだよ。私も君と同じなんだよ。おそらくずっと変わらないだろう」
とディアは哀しそうにだが嬉しそうに言った。
「お前は本当に変わっていないのか・・・」
とハクトは訊いた
「私は今も変わっていない。これからも」
とディアが笑顔で言い静かにハクトの手を握った。
「それが確認したくて。」
と言いかけたときハクトはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「ハクト!!」
「艦長!!大丈夫ですか。」
リリーが涙声でディアを抱えたまま座り込んだハクトに駆け寄った。
コウヤ達も続いてハクトの元に駆け寄った。
テイリーも遅れて走ってきた。
二人は手を握り合ったまま気を失っていた。
テイリーが呼んだ救急隊が来たようで、辺りが騒がしくなりはじめた。
いつもみんなで遊ぶのに今日は一人で呼び出された。お互いにたぶん通じているところはある。根拠はある。彼女のことが分かるんだ。きっとみんなにはわかってもらえないと思う。他の皆はきちんと言葉で通じている。でも俺はコウヤやクロスほど彼女と饒舌に話せない。けど、きっと間違いない。
「お待たせ・・・ディア。」
呼び出されたことに気持ちは昂っていたが、緊張で声が固いことで少し残念な気がした。
「なあ、ハクト」
対するディアは落ち着いていた。
「あ・・・ああ!!」
「なんでいちいち私の相手をするんだ?君には友達がたくさんいるだろう。お前は私に無理に接点を持つ必要のない人間だ。他の皆は分かるが」
言われたことは予想外で悲しくなった。俺はディアの家が目的で仲良くしているんじゃない。
「違う!!何で・・・」
思ったよりも泣きそうな声が出た。優等生をしている自分らしくない。だが、泣きたいほど悲しかった。
俺の顔を見てディアは困った顔をした。
「私は君が好きだからだ。もし、損得勘定で接しているのならば、離れても苦しくないうちに切れるのがいい。」
かけている大きな眼鏡を直しながらディアは恥ずかしそうに呟いた。
「損得じゃない!!それに、みんなもそうだ。誰もディアの家が目的じゃない!!」
大声でハクトは言った。ディアの声が小さかったからだろう。普通の声だったら聴いてもらえない気がした。
「そうか。よかった。」
ディアは安心したように笑った。
「俺も同じだ!!」
ハクトは続けて叫んだ。
宇宙に浮く、厳重で要人を乗せるように豪華な戦艦は、その通り要人を乗せていた。
戦艦の中で一番豪華で安全で快適そうな部屋にレイラはいた。
「パパ。どうして地球に降りるの?」
レイラはこの戦艦の主である自分の父、ロバート・ヘッセ総統に向けて甘えるように訊いた。
「レイラ、これは平和のためなんだ。お前の失ったものを捜してあげるんだ。」
父のヘッセ総統はレイラに問いに優しい声で応えた。
レイラは複雑そうな顔をしたが、嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう。パパは私のためにいろんなことをしてくれるのね。」
「そんなことはない、お前がパパのためにたくさん働いてくれていることはよく知っている。」
ヘッセ総統はレイラの頭を撫でながら笑顔で言った。
そこにノック音が響き
「総統、失礼します。地球圏に入りますので安全のためベルトを締めてください。」
とボディーガードらしき風貌の男が父親の方に言った。
「わかった。レイラも戻りなさい。地球に着いたら君がパパを守ってくれるんだろう。」
「そうよ。パパ」
レイラは満面の笑みを浮かべ部屋から出て行った。
レイラの出て行った部屋では
「総統は本当に娘想いですね。」
ボディーガードの男が感心したように言うと。
「あれは本当に素晴らしい兵器だからな。大事にしないといけないんだ。」
と平然と言った。
「兵器ですか・・・・」
とボディーガードの男が言うと
「そうだ。最期まで抗われたが、レイラという素晴らしい宝を私にもたらした。感謝しているんだよ。ムラサメ博士にはな・・・・」
ヘッセ総統は片頬を吊り上げて笑った。
第6ドームの大病院にて治療を行われたハクトとディアは命に別状はなく、怪我の回復を待つだけになっていた。
絶対安静であるハクトを艦長とするフィーネは第6ドームに滞在したままであり、もちろんコウヤ達もである。
「ディアさんとは何か特別な仲なのね・・・・艦長。」
リリーは痛み止めを飲まされて眠っているハクトを横目に寂しそうに言った。
「口では昔の友人だって言っていたけど、絶対わけありよね。」
ソフィは残念そうに言った。
「でも、純愛っぽくて感動だね。この二人、6年も会っていなかったらしいよ。」
モーガンは感心したように言うと。
「敵わないなー・・・・」
とリリーは呟いた。
「そういえばコウヤ君は?」
と何かに気づいたようにモーガンは訊いた。
「なんか、犯人見たらしくてあの補佐の男に連れて行かれたわ。」
と興味なさそうにソフィは言った。
「テイリーさんね。あの人思ったよりも激しい人で驚いた。だって警備に怒鳴るし、相手の銃を奪って撃つし・・・・」
リリーは驚いたようにジェスチャーをして言った。
「きっと元軍人でしょ。たぶん一国の総統の補佐というよりも身近なボディーガードなんでしょうね。」
ソフィは特に興味は無いようだ。
「何かコウヤがすごい絞られそうだけど、大丈夫かな?」
モーガンは心配そうな表情でリリーを見た。
「大丈夫だと思う。だって、ほら。事情聴取ではないから。」
リリーは自分を安心させるために頷きながら言った。
「ほぼそれだと思うけど。」
ソフィはため息をつきながら言った。
「君はなんでその少年二人が撃ったとわかったんだ?」
怪我を負ったのにも関わらずディアはコウヤに毅然と質問した。
「だから、さっきも言っている通り銃撃の時感じた殺気を感じたからだ。」
ときっぱりと言った。
「だから、それは答えに・・・・」
ディアの横でテイリーが厳しい目を向けていた。それをディアは制するように手を差し出した。
「テイリー君。外に出て行ってくれ。」
ディアは命じるように厳しい声で言った。
「え?」
「早く。命令だ。」
強く言うディアに条件反射のようにテイリーは姿勢を正し返事をして部屋から素早く出て行った。
テイリーが出て行った扉を見てコウヤは感心した。
「・・・・すげー。流石総裁。」
「それよりも、君は殺気を感じたという曖昧な理由で犯人を掴んだんだな。」
ディアは少しうれしそうに笑った。
「なんで、そんなに嬉しそうなんですか?」
と腑に落ちないようにコウヤが訊くと
「君は「希望」にいたことがあると言ったな・・・・・」
とディアがいきなり訊いてきたので
「は・・・・はい」
と改まって答えてしまった。
「もしかして、君は記憶喪失かい?」
「はい。12歳の時、第1ドームの外で保護されたんです。でも、それまでの記憶はないですよ。でも、なんでわかったんですか?記憶喪失だって・・・」
「君の名前はコウヤ・ムラサメ・・・私も面識があった。」
とディアはコウヤの質問に答えずに言った。
コウヤは驚いたが、それよりも訊きたいことがあった。
「他のことはわかりますか!?俺、ハクトの記憶もあるんです。」
「それは君が自力で思い出せ。ハクトとのことはこれからもしばらく共に戦うのだろう?」
と誘いかけるように言った。
「はい。ハクトは俺のこと覚えているんですかね・・・・」
コウヤの言葉にディアは頷いた。
「彼も複雑なんだよ。それに、言っておかないといけないことがある。」
ディアは真剣な表情でコウヤを見た。
「は・・・はい。」
コウヤは構えるように頷いた。
「周りに君の存在を悟られないようにしろ。」
「・・・・は?」
予想していなかったことを言われコウヤは変な声を上げた。
「今は詳しくは言わないが、君の存在を知られてはいけない者たちがいる。それだけは分かってくれ。」
ディアは命令というよりは懇願するようにコウヤに言った。
「わかりました。でも、どうして俺?」
コウヤの問いにディアはただ微笑むだけだった。どうやら答えてくれないようだ。
「コウ。」
かつて親友たちが呼んでいた呼び方でディアはコウヤを呼んだ。
懐かしい気がしてディアを見た。
「ハクトを頼む。」
見送りは嬉しいがとても悲しかった。ユイもレイラもコウヤもディアも、なんとあのクロスまで泣いたのだ。みんな悲しいのだ。
「また会うんだ・・・・」
みんなで揃えたネックレスを握りハクトは呟いた。
そろそろ船が出る時間だから、待たせている両親のところに行かないといけない。ハクトは歩きだした。
「待て!!」
急にかかった声にハクトは振り向いた。
「私はまだお前に言いたいことがある。」
息を切らしたディアがいた。
「ディア?」
「そんな顔をするな。私だってらしくないと思っている。」
ディアはハクトが驚いた表情をしているのに対して顔を赤らめていた。
「いや、あの、どうしたんだ?」
「ハクト。私たちには約束が必要だ。」
「え?」
ハクトはディアの言っていることがわからずに素っ頓狂な声を上げた。
「いや、だから、親友としての約束が大きすぎるが、それを上回る個人の約束をお前としたい。」
ディアはかけている眼鏡を両手で直しながら言った。
「約束・・・・・」
ハクトは言葉に出した後に顔を真っ赤にした。
「赤くなりたいのは私の方だ。」
そう言うディアも真っ赤だった。
二人っきりの部屋でハクトとディアは向き合っていた。
「ハクト、お前は約束を覚えているだろ」
「もちろんだ。みんなで約束したことだな・・・・でももう果たせない」
ディアの言葉にハクトは力強く答えた。しかし、寂しそうだった。
「いや、果たせる。君もなんとなくは気づいているだろう。」
ディアは希望に満ちた笑顔でハクトに人差し指をあてた。
「ディア・・・・・」
「ハクト、約束を果たした後の約束は覚えているか?」
ディアは目を細めて優しく微笑んだ。
「ああ、忘れるはずない。」
その問いかけには他の質問より力強く答えた。
「私は、みんなの約束を果したら果たす。約束する。」
ディアは小指を差し出した。
それを見たハクトは顔をほころばせて自分も小指を出した。
「わかった。」
お互い指切りをした。
「それまでお前は生きてくれ。私は変わることはない。君が生きている限り。」
ディアは念じるようにハクトに訴えかけた。
「俺も、ずっとずっとだ。」
それに応えるように強く頷きながら言った。
ディアは立ち上がり
「そういえば守ってくれたお礼をしていなかったな。・・・・・いいことを教えてやろう。」
とハクトに近寄った。
近寄ってきたディアにハクトは顔を赤くして
「いいこと?なんだ?」
照れ隠しするようにぶっきらぼうに言った。
ディアは深刻そうに
「レイラはゼウス共和国にいる。どういう経緯かは知らないが、おそらくトップパイロットに君臨しているだろう。」
と静かに言った。
ハクトは一瞬がっかりしたが
「いいことか・・・・いい情報だがいいことでないな」
と深刻そうな表情になった。
「そういうな、ついでにもう一つ」
と言うとディアはハクトから離れていき、しばらく歩いたところで立ち止まった。
「なんだ?」
ディアは振り向き笑顔になった。
「私は君が好きだ。」
崩れかけたビル、誰も通っていない道路、炎上する車、火の海と化したビル群。
火の中で子供の声が響いた。
「クロス・・・・クロス・・・・どこにいるの!?」
声の主は長い髪を綺麗に結った少女。
その少女の声に
「レイラ・・・・待って、行かないで・・・」
とかすれるような声が聞えた。
少女は声の元へ走って行った。
その声への道が火で塞がれていようとも少女は必死で走った。
「いくではない・・・・お前はこっちにくるんだ。」
男の声が少女の足を止めた。
「パパ・・・・」
少女は声の主を見つめて言った・
「さあ・・・・私はお前を亡くすわけにはいかない・・・」
少女は数人の男たちに連れて行かれた。
「クロス・・・・クロス!!!」
少女の悲鳴のような声が響いた。
その様子を火の向こうから見ていた少年がいた。
少女のような顔をした少年だった。
彼は歯を食いしばった。彼の瞳はあたりを燃やす炎のように真っ赤で、憎しみに輝いていた。
「それがお前のやり方か・・・・ロバート・ヘッセ」
瞳と同じ赤の炎が彼を包んだ。
地連本部の自室でロッド中佐はイジーからの報告を受けていた。
ロッド中佐はイジーから渡された紙を見て
「ディア・アスールが殺されかけたか・・・・・」
と苦々しく言った。
「はい、どうやらわが軍の兵士が命がけで護ったとかでネイトラルから感謝の手紙が来ました。」
とイジーが知らせると
「ハクト・ニシハラ大尉だな。」と聞かずに言った。
イジーは驚いて
「よくわかりましたね・・・・まだ言っていないですよ。」
と言った。
ロッド中佐は当然のように
「知り合いからの情報でな・・・・・どうやらニシハラ大尉とディア・アスールは特別な関係だと聞いたのだ。」
と言うとイジーは
「誰からの情報ですか?教えてください!!」
と激しく食いついてきた。
ロッド中佐は人差し指を立てて
「生憎、名前を言ってはいけないわけありの友人でな」
と笑って言った。
イジーは前も似たようなことを言われたのを思い出した。
そう、前に中佐の元を訪れていた作業員の恰好をした男。
《まさか・・・・》
イジーは足早に部屋から出て行った。
イジーが出て行ったあと
「君も隠れていないで出ておいで。」
とロッド中佐は誰もいないはずの場所に話しかけた。
すると作業員の恰好をした男が出てきた。帽子を深く被り俯いていた。
「あの子・・・・感づいたのですか?中佐・・・」
「なんとなくは思っているだろうな。避けられないものだ。彼女は関係者だからな。」
「中佐・・・・申し訳ない。苦労をかける。」
「君のせいではない。気にするな。それに、私は君がいなかったらここにはいなかったのだからな・・・」
「中佐、それは俺のセリフだ。あなたがいないと俺もここにいなかった。」
「イジー君は君の存在のことを疑っている。」
「わかっている。でも、今はばれるわけにはいかない・・・・」
ロッド中佐は男の言葉に笑った。
「それは私もだ。」
男は頷いてイジーが出て行った扉の先を見た。
「目的まであと少し。」
「そうだ。」
二人は同じ方向を見ていた。
たくさんの見送りの人間がいた。
その人たちを窓から見て
「とうとう出発か・・・・」
コウヤは今日までの日々を振り返った。
「コウヤ!!ちょっと来なさいよ!!」
アリアの声が部屋中に響いた。
「アリア・・・・どうした?」
コウヤは耳をふさぎながらアリアを見た。
「降りる人たちにお別れを言わなきゃ!!」
とコウヤの腕を引っ張って見送り口に行った。
「痛い・・・・」
とコウヤがアリアの腕を払おうとするとシンタロウが後ろからコウヤの肩を叩いた。
「よお!!コウヤ。」
といつものように挨拶をした。
「シンタロウ!!どこ行ってたんだ?今日見ていなかったから心配したぞ。」
「まあな・・・・ハクトは?・・・・」
シンタロウは艦長であるハクトの居場所を聞いた。
「ハクトならディアさんの見送りから帰ってきてから元気なく操舵室にいる。」
と笑いながら言った。
「ディアさんとハクトか。うらやましいよな。あそこまでお互い一途で」
コウヤはシンタロウの横顔を見て自分の記憶のことを話そうと思った。
「シンタロウ、俺、昔の記憶が戻ってきているって言ったよな・・・・」
「どうした?急に改まって・・・・」
シンタロウは笑いながらコウヤの背中を叩いた。
「アリア・・・・ごめん先に行ってて・・・」
コウヤは一緒に歩いていたアリアに頼むように言った。
「何よー男同士って・・・・」
アリアは少しふくれっ面になりながらさっさと走って行った。
シンタロウは真剣な表情になった。
「コウヤ。何かあったんだな。」
「ああ・・」
「俺・・・・ディアさんと知り合いだったらしい、彼女が名前を教えてくれた。」
コウヤのその言葉に
「じゃあ、もしかして、ハクトとも知り合いなんじゃ・・・・」
「俺は、ディアさんが知り合いだったことは曖昧だけど・・・・ハクトについての記憶ははっきりしている。」
とコウヤは寂しそうに言った。
「ハクトは気づいているのか?」
「ディアさんは気づいていると言っていた。俺も気づいていると思う・・・・だって記憶の中だったら親友だったんだ。」
コウヤは何かに縋るようにシンタロウを見た。
「俺の本名はコウヤ・ムラサメ。「希望」に住んでいたハクトの親友だった。それが俺の思い出したこと。そして、ディアさんとも知り合いだった。あと、ディアさんが、俺のことは周りに言わない方がいいって言った。もしかしたらハクトが俺のことを指摘しないことに関係あるのかもしれない。」
コウヤは矢次にシンタロウに言った。
「今はそれでいいと思う。お前が自分で考えて行かなきゃいけない。・・・・お前のことだろ?」
シンタロウは自分には頼るなみたいに突き放すように言ったが、表情は柔らかかった。
「でも・・・話してくれてうれしいぜ。」
気が付くと二人は見送り口に着いていた。
「過去は気になるけど、シンタロウは今の俺の親友だからな・・・・」
コウヤは笑った。
シンタロウは寂しそうに笑い返した。
「俺はきっと、昔からお前が羨ましかったんだと思う。戦艦に乗ってからは本当に嫉妬していた。」
シンタロウのその告白にコウヤは
「そうだろうと思った。・・・・でも、正直に言われて気が楽になった。」
コウヤは笑って答えた。
「・・・・俺ドールに簡単に乗れたコウヤが羨ましかった。・・・・・だからあんなことを言ってしまったんだ。」
「別に気にすることはないって。俺も無神経過ぎた。第1ドームの光景を見たはずなのにどこか軽くとらえていた。・・・・もう俺ら、あそこには帰れないんだな・・・って」
コウヤは反省したように言った。
「そうだな・・・・俺はもう帰る場所がなくなったんだ。」
コウヤに聞こえないようにシンタロウは呟いた。
『出港します。安全のため、待機場所に移動してください。』
艦内放送が響いた。
「お・・・・戻らなきゃな」
といい手すりから手を離し艦内に行こうとした時
「コウヤ・・・・俺軍に入るよ。」
後ろからシンタロウの声が聞えた。
「えっ・・・」
コウヤが振り向くとシンタロウは手すりから外に飛び降りた。
「シンタロウ・・・・」
驚くコウヤに
「ここで訓練してドール乗りになるんだ。もう決めた。」
戦艦の下からシンタロウは叫んだ。
「じゃあ、お前本部には・・・・」
「行かない!!!もう決めたんだ。」
「そんな・・・・何で・・・・」
シンタロウは笑顔でコウヤに頷いた。
「コウヤ、また会おう。・・・・・今度は戦友でもありたい」
シンタロウはそう言い港から走り去った。彼は振り返らなかった。
『港が開きます。外気に触れないようにドーム内部に移動してください。』
出港の際にかかるアナウンスがドームに響いた。
「シンタロウ・・・・」
コウヤは彼の決意を強く感じた。
「また会おう・・・・絶対に」
姿は見えない親友にコウヤも誓った。
地連本部
何やら会議を行っているようだ。
たくさんの勲章をつけた軍人がしかめっ面で書類と向き合っていた。
「ほう・・・・地球側もゼウスに付く国が現れましたか・・・・」
重役たちが集まる会議で一人だけ浮いている若者がいた。
彼は、細身の長身でサングラスに深くかぶった軍帽で顔を隠しているが、整った形の口と鼻からかなりの美青年であることが分かった。
会議はどうやらこの若者を中心に進んでいるようであった。
「おもしろいですね。」
彼はまわりが自分を見ていることなんか関係なく続けた。
「面白いとは・・・・どういうことだ?」
一人の初老のいかにも位が高そうな軍人が突っ掛かってきた。
若者は初老の軍人に臆することなく
「そうは思いませんか?・・・・やっと尻尾を出してきたのですよ。」
若者は威圧的に続けた。そのいい方は演技じみていて、わざとらしく声に抑揚をつけていた。
そして辺りを見渡し考える暇を与えるように黙った。彼が黙る間辺りはざわめいていた。
ざわめきが大きくなった時に若者は片頬を吊り上げて笑った。
「まるで、私に倒してくださいと言わんばかりです。」
囁くように言ったが、彼の言葉を部屋の全員が聞き取っていた。それほどこの若者の言動は注目されるものだった。
そして、彼の言葉にざわめきも消えた。
「ご心配なくみなさん。こういう輩はニシハラ大尉でも十分倒せますよ。」
安心させるように若者は口元に柔らかい笑みを浮かべたが、声には威圧感がまだあった。
しばらく沈黙が続いたが
「その通りですな!!さすがロッド中佐です。」
一人の軍人が賛同した。
それに続くように他の軍人たちも賛同した。
「・・・・・待っていてください。父上。」
本部の最後の砦である男は口に歪んだ笑みを浮かべ呟いた。
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