植物人間の子

うてな

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番外編

第五章番外編 高倉夢月―育んでいたもの― 3/3

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奈江島とのお出かけは楽しくて、驚く程時間が過ぎるのが早かった。
あっという間に暗くなって、ベンチで遊園地のイルミネーションを二人眺めていた。

「ん~あっという間だったね、楽しかった~!夢月ちゃんはどう?」

「初めての遊園地だったから、とっても楽しかった。」

園内ではスタッフに恋人扱いされまくったけど。
男と女の友達って、そんなに珍しいのかしら?

「目がキラキラしてたもんね!でもそれを抑えてた、面白かった~。」

クッソ、また私をからかってやがる。
私は奈江島から視線を逸らすと、奈江島は笑った。
面白がりやがって…!
奈江島は腕時計を確認すると、立ち上がって言う。

「明日も早いんだった、家まで送るよ。」

そっか…
奈江島は今、亡くなった秋田の代わりに財閥を背負っている。
多忙なのも仕方ないか、早く休ませてあげないと…

「いい、一人で帰れる。」

「駄目駄目、夢月ちゃんが心配。」

「子供じゃないんだぞ!」

思わず言うと、綺瑠は困った顔をこちらに向ける。
なぜ、なぜそんな顔をするんだ。

「こんな暗い中を一人で?美人な夢月ちゃんだから悪い男に捕まっちゃうよ。」

心配しすぎ!
また奈江島は私の手を引っ張る。
自分の車まで案内すると、私に乗るよう言ってきた。

「お願い、家まで送らせて?」

「あーはいはい、わかりましたよ。」

私はそう言って助手席に座ると、奈江島は上機嫌。
なんだよこの男は…。

車に乗っている間、鼻歌を歌う奈江島。

「どうしてこんなに、私に良くしてくれるの?」

私は無愛想に聞くと、奈江島は鼻歌をやめてクスッと笑った。

「僕ね、夢月ちゃんみたいな人が好きなんだ。」

私は思わずドキッと来た。
だって、人に好意的な事…言われた事ないんだもん。

というか、私のどこがいいの…?
人間社会に溶け込めず、機械しか相手がいなかった私のどこが?
もしかしたら奈江島も機械好き…?

するとそこで、京介が声を上げた。

「きゅ!」

「こ、こら京介。」

私が叱ると、奈江島は笑って言う。

「京介くんは僕の鼻歌が嫌いみたい。」

「ごめん、普段は大人しいんだけど…」

「いいよいいよ、京介くんが好きになるまで歌うまでだよ!」

無理矢理すぎ…。
私は京介を見つめていた。
奈江島は、私の作るロボットに興味あったりしないかな?
なんか、私ばっかり貰ってて悪い。

「奈江島、ロボットに興味ない?」

「んーあんまりね。僕は機械より生物が好きだから。」

「そう…」

ロボットなんて、奈江島には要らないか…。
しかし奈江島は目を輝かせた。

「でもでも!宇宙を護るヒーローは好き!
我等の綺羅星★ダイナスペース号!発進!」

「アニメじゃないそれ…
あ、そのロボットが欲しいって思ったりする?私なら作れるよ。」

私の問いに、奈江島は笑いながら言う。

「自分で作りたいって思う、誰かに作って欲しいとは思わないよ。」

…。
黙り込んでしまう私に、一瞬視線を向ける奈江島。

「家族が欲しいかなぁ。」

「え?」

私が言うと、奈江島は笑顔で言った。

「家族みたいにロボットと一緒にいる夢月ちゃんを見てると、そういう家族がいたら楽しいかなって思うな。」

…それは、私には機械しかいなかったから…。
でも、家族みたいなロボット…か。
私は家族を知らないから作れるだろうか…。

そうこうしている間に、あっという間に家に着いてしまう。

「到着。お疲れ様、夢月ちゃん。
今日は我儘に付き合ってくれて、ありがとうね。
また遊びたかったら連絡頂戴、僕からも誘うかも。」

「あ、ありがとう。」

また、奈江島と遊べる…か。
連絡頂戴って、忙しいのに無理しちゃってさ。

…私が誘ったら、予定を合わせてくれるのかな…?
次のお出かけまでには、新しい服を買った方がサプライズになるかな?
身嗜みも自分なりにアレンジしたら、奈江島は驚いてくれる…?
うぅ…人間の友達なんて初めてだから、どうすればいいかわかんない…!

ゴチャゴチャと考えながら私は車を降りると、次はなんて挨拶しようか考える。
友達に別れの挨拶なんてした事ないからわかんないし…!

考えていたが、私は急に体が痛み始める。
立っていられなくなるほどの痛み。
異変を感じた奈江島は車から降りてきた。

「夢月ちゃん!」

奈江島は私の体を支えてくれた。
私は酷く咳き込む。

少し落ち着いて顔を上げると、奈江島は私の顔を見て目を剥いた。
呆然と驚いた顔をしていた。
何事かと思っていると、私は自分の手を見る。
咳き込んだ口を押さえていた手には、血がついていた。

化物として生まれた私。
化物として生まれた者は皆、若くして亡くなる。
そして全身から血が流れるようになったら…それは死が近い合図。

きっとそれは、研究所にいる奈江島も知っているはず。
私はなぜか、動揺して震えてしまう。
死ぬ事が…今まで怖くなかったのに、怖くなっていた。
きっと、私はまだ死にたくないんだろう。

すると奈江島は私の血のついた手を隠すように、強く握った。
相変わらず、奈江島の手は温かかった。
人肌を知らない私は、その熱に深く安心した。

「夜は寒いね、夢月ちゃんは寒くない?」

もうすぐ夏なのに、嘘が下手。

「…奈江島の手、いっつもあったかいね。
私冷え性だから、手がいっつも冷たいの…。」

「えー?ホント?」

奈江島はそう言うと、手袋を外して私の手を両手で覆うように握った。
奈江島の手はもっと温かった。
私の手を握ると、奈江島は少し俯いたが笑顔で言った。

「ホントだ、冷えてるね。」

奈江島の右手には、謎の火傷の跡があった。
研究所のエンブレムが刻まれている…。
噂に聞いた程度だけど、奈江島は日常的に秋田に虐待されていて、その時に刻まれたものだって。
奈江島は苦しい思いをしてきただろうに、なんでいつも笑顔でいられるんだろう…?

奈江島はさっきの言葉を言ったまま、何を言うべきか考えいている様子だった。
私は耐えられなくなって言った。

「ありがとね奈江島。もう死にそうだなって思ったら研究所に連絡するよ。
それまでは静かに過ごす。」

それを聞いた奈江島は呆然としていた。
私は少し黙ったが言った。

「…それでさ奈江島、私が死ぬ時は看取ってくれる?
私には看取ってくれる家族もいないから。」

そう言われると、奈江島は俯いた。

「そんな…悲しい事言わないで…」

奈江島の言葉に、私は目を丸くした。
奈江島は俯いていたが、すぐに顔を上げて微笑んだ。
少しだけ、顔が引き攣ってる気がする。

「ごめん、また会おうよ。」

その表情の理由も聞けず、私は頷いた。

そして、私達は別れた。
私は家に帰ると、久々に研究室へと足を運んだ。
研究室で書きかけの設計図を出し、変更と追記を繰り返す。

別に、自分が死ぬ運命を変えようとは思わない。
だからって死への恐怖は消えない。
私は、その運命を受け入れる方が先かもしれない…
だけど、それよりもしたい事ができた。

貰われっぱなしじゃなんだか悪くて…
死ぬ前に、奈江島に何か送りたくて…





約二ヵ月後、奈江島に送るロボットと説明書が完成した。
人間が入るくらいの大きな箱を可愛くラッピングして…手紙を添えて。
手紙の内容は至って単純だ。

『この子の名前は、【白原 璃沙(しらはら りさ)】。
新しい家族だから、大切にしてあげて。
私は家族を知らないから、あなたが教えてあげて。

 あなたと遊んだ一日、人生で一番楽しかった。
人間の初めての友達が、奈江島で本当に良かった。ありがとう。』

それだけだ。
この数ヵ月、私はロボット作りに集中する為に、全ての連絡を絶っていたから忘れられてる可能性もあるけど…。

送ろう、研究所に。





…ある日の朝。
意識が朦朧としている。
昨日は自力で立てなかっただけなのに、今日はもう目も開けられない。
ここはきっと研究所の一室、ウィルス持ちが死を迎える部屋だ。

私は遂に、死ぬ時を迎えたみたい。
奈江島は来てない…忙しいもんね…。
全身が苦しいのに、もう声を上げる気力もない。

奈江島に送るロボットを作るのに手一杯で、今まで忘れていたもの。

…死への恐怖。

私は今頃になって、死ぬのが怖くなってきた。
だって苦しい…独りってこんなに寂しいんだ…
奈江島と友達になったせいだな、こんな感情を抱くようになったのも。

もっと、もっと奈江島と一緒にいたかったな…
奈江島……少しでもいいから…

そこに、扉を開く音が聞こえた。

「夢月ちゃん…!」

「きゅ…」

奈江島と…京介の声…。
来てくれた…奈江島が、京介も…!

そしてもう一つ。

「大丈夫、まだ生きてる。」

ああ、私の声が聞こえる。
奈江島、開けてくれたのね…。
私という化物を一つ一つデータ化して、紡いだロボット…
電子の世界を知り尽くした私だけが作れる、最高傑作のロボット…

「夢月ちゃん、ありがとね。素敵な家族をありがとう。」

奈江島の声が、そう言って近くなってくる。
きっと笑顔言ってくれてるよね…?陽より明るいあの笑顔でさ。

 私には、機械を作る事しかできないから…

そう言いたいけど、もう伝えられない。
すると奈江島は、私の手を握ってきた。
意識朦朧としていても、奈江島の熱はよく伝わる。
今はきっと、手袋を外した手かな。
すっごいあったかいもん。

「でもこの子、左手に研究所のエンブレムが刻まれてるよ…?
どうして僕とお揃いにしちゃったかな…」

駄目だった?
もしかして傷…抉っちゃった?
顔が見えないからわからない…。
そんなつもりはなかったの。
ただ、奈江島の苦しみを分けられたらって…思っただけ。

「相変わらず冷たい…今日はもっと冷たい。
ねえ、聞こえてる?夢月ちゃん…」

答えられない。
私は精一杯、手を握った。

気づいて、気づいて奈江島。

すると奈江島は言った。

「夢月ちゃん…?聞こえてるんだね!
僕だよ、奈江島綺瑠だよ…!」

知ってるよ、知ってるから…!

…意識がなくなるまで、その手を離さないで欲しい…。

そんな事、奈江島に伝わっている訳ない。
私の手の力が抜ける。
でも奈江島は、私の手を強く握って離さなかった。

「部屋の冷房、寒いよね…!今止めたから。
手、もうちょっと握ってよっか。僕の手、あったかいんだよね?」

……。
…嬉しかった。

でも、真夏にそんな事したら…
いずれ奈江島が汗だくになっちゃうよ。

奈江島、今どんな顔をしてる…?
私、最期に奈江島の笑顔を見たかったな…。
大好きなの、あの陽の光みたいに温かい笑顔が。



意識が遠くなっていく…もうバイバイの時間だ。
苦痛も何も、奈江島の熱を感じていたら、どうでも良くなっちゃった。
ありがと奈江島、最期まで私に構ってくれて。

奈江島の声が聞こえる…

「手紙、読んだよ。
僕ね、もっと夢月ちゃんの事知りたかった…!
僕、夢月ちゃんの飾らない所が好きだよ、正直になんでも言ってくれる所も。
今まで色んな女性と遊んできたけど、夢月ちゃんと遊んだ日が一番楽しかった。」

私も。
今まで出会ってきた人間の中で奈江島が一番だった。
最高の友達だよ。

「だから悲しくて…辛い…。何もしてあげられなくて、悔しいんだ…」

悲しい…辛い…
奈江島も、私と同じ気持ちなのね。
何もしてあげられなくてって、こちらこそって感じなんだけど…。

きっと今、悲しい顔をしてるだろうな。
私と最後に分かれた時みたいに…。
……奈江島には、笑顔でいて欲しいのに。

「お別れってどう言えばいいの…
今まで亡くなった僕の大切な人、みんなお別れできずに亡くなったから上手にできないかも…」

別れ方なんて、私にもわかんない…
大切な人と別れるなんて…今が最初で最後だもん…

少しして、奈江島は手を強く握って言った。

「ごめん、やっぱりこのままで…。」

…うん、私もそうして欲しい。
意識がなくなるまで、その熱を感じていたい。
私にはない、その熱を…

奈江島の耐え忍ぶような声が聞こえる。

「僕と…友達になってくれて………本当にありがとう、夢月ちゃん。」

そう言って、奈江島の手の力が抜ける。
でも、手は握ったままだった。

…よく出来ました。

…。

静かだ。
この沈黙が、奈江島の熱が、何より私を安心させる。

私はもう、死なんて怖くない…

ああ、でもなんでだろう。
目が、すっごく熱い…。

やっぱり怖いのかな…?
…それとも……

…ねえ、
私の分まで生きてよね、奈江島。


いつまでも笑顔でいて……っ…



……好きだよ。
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