植物人間の子

うてな

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第2章 正体―アイデンティティ―

022 大人になった子供は、子供を羨む 前半

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ある病院の一室、誠治はサチと共に芙美香の様子を見に行っていた。

昨日の今日でここ周辺の街の機能はほぼ停止、誠治の職場も今日は安全の確保のため休日となっていた。
病院はどこも満室で、他の街にも患者は運ばれているらしいが、不幸なことにその間に亡くなる人も少なくはなかった。

「体の…麻痺でしたっけ。早く良くなるといいですね。」

サチは誠治に言った。
しかし誠治は思い悩んでいるのか、病室のベッドで眠る芙美香の姿をじっと見つめているだけであった。
サチは返事が来ないことを知ると、テレビをつけて情報を集める。

『今も千五百名近くの様態が安定せず、百七十三名の死亡が確認されています。
心臓麻痺で亡くなった方が大半で、アレルギーや持病持ちの方などが相次いで亡くなっています。
意識不明の重体者の多くは脳神経麻痺の植物状態であることがわかっています。
…速報です、北海道の日本海に非常に小さな隕石が落ちました。陸に近かったため…』

ニュースを聞いたサチは、眠る芙美香を見つめる。
つい昨日医師に言われた事だ。

――「皆さんよく聞いてください。ここに運ばれてきた患者さんの殆どが原因不明の脳神経麻痺で意識を失っています。
意識が戻る可能性は今はわかりかねます、しかし今この症状の正体を調べている者がいるのも確かです。
お気を確かに、目覚めるのを信じましょう。」――

(九重先輩、相当心配なのね。医師の話からだっけ、こんなに静まっているの。)

サチは窓の外を見る。
誠治はずっと考え込んでいた。

(もし、その石の巫女に会えるとしたら…話し合いで人々を元に戻せたりできるのだろうか…。今は…それしか方法はないのか…?)

サチは表情が険しくなる誠治を見ると肩を二回叩き、話しかけてみる。

「九重先輩、本当に大丈夫ですか?なんでも背負い込むのは先輩の悪い癖です。」

それを聞いた誠治は、サチを見て少し意外そうな顔をする。
しかしすぐに微笑んでサチに言った。

「ありがとう真渕さん。少し…悩んでしまって。
でも、…でも、んー…本当にありがとう。」

言葉にできなかったが、誠治はサチにお礼を言う。

そこで、病室に男の子が入ってくる。
幼いのに大人びた雰囲気がある子だ。



男の子は周囲を見渡すと、誠治達に気づく。
そして芙美香に近づくと、彼女の顔を覗いた。

「…僕より、きっと年上。」

誠治はその男の子を見る。

「君も誰かのお見舞い?」

サチが聞くと、彼は二人の方を見て首を横に振った。

「お母さんのコンサートを見に来たんだ。でも、街がこんな騒ぎになったから中止になって。
今日帰るんだけど、外は危ないので病院で待っててと家政婦さんに言われたんだ。」

誠治はそれを聞くと、気にかかる事があったのか男の子に言った。

「家政婦って事は、いつも家にはお父さんお母さんがいないのかな。寂しくないの?」

誠治は正直、母親が亡くなっても元気に振舞う芙美香を見るのが辛かったので、彼にも聞いてみたくなってしまった。
男の子は平気そうな顔で言った。

「全く。お母さんはテレビでも見れるし、僕には写真もある。全然寂しくなんてない。」

「そうか…。お母さんだけなのかい?」

誠治の言葉に、男の子は首を傾げる。

「他に誰かいるの?」

「え、いや。」

誠治はそう言って黙り込むのだった。

「この女の子、お兄さんの妹?」

「え、わかるの?」

「お兄さんの顔を見ればわかるよ。」

誠治は目を丸くした。
更に男の子は聞いた。

「起きないの?意識ないの?夢、見てるかな。」

それを聞いた誠治は、急に虚しくなって何も答えられず、ただ虚しさを押し殺していた。
それを見かねたサチは代わりに男の子に言った。

「起きないし、意識もないし…きっと夢も見ていないわ。」

男の子はその話を怖がる事なく、サチの目をしっかり見て聞いていた。
そして誠治の顔を見ると言う。

「寂しいんだね。…お兄さんに、いい事教えようか。」

誠治は顔を上げて、男の子の顔を見た。

「妹はね、もう何も感じない事ができる。楽しい事はないけれど、苦しい事も、もうきっとこれからはない。
僕は彼女を幸福だって思う。
きっとこれで良かったんだよ。お兄さんは悲しむ事ない、喜ぶべきなんだ。」

男の子の言葉が不吉に思った誠治は、表情を険しくする。

「…君はその方が良くとも、私の妹はもっと生きていたいって思っているかもしれない。…だから私は、悲しむ事しかできないんだ。」

真剣に、且つ優しい口調で男の子に言った誠治は、虚しそうに芙美香を見つめる。
男の子は誠治を見つめっぱなしで言った。

「そう。お兄さん、強いんだね。妹、起きるといいね。」

男の子はそう言うと病室を出てしまう。

「一体何だったんでしょう、不思議な子。」

とサチ。
誠治は男の子が出て行った扉を見つめていた。
するとサチの携帯が鳴るので、ついマナーモードに設定し忘れていた事に気づく。
誠治に目とジェスチャーで合図して、サチはそのままトイレに向かってしまった。

誠治はサチが出て行った扉を暫く見つめていたが、急に窓から黒い影が落下してきたので誠治は窓の下を覗く。
なぜ落ちたのか理由は知れない、しかしそれは見るも悍ましい飛び降り死体があった。
誠治は一瞬見ただけで気持ちが悪くなり、吐き気を我慢して窓から離れる。
すると、外から悲鳴が聞こえる。
幼い声、誠治はさっきの男の子のものだと思い、急いで病院の外に向かった。

病院の外。
誠治がいた病室の真下付近には、死体を見て動けなくなっていた男の子がいた。

「君!大丈夫か!」

誠治が駆け寄り、すぐに男の子を病院の玄関まで運び入れる。
男の子は震えながらも一人呟いていた。

「怖い…!これじゃ駄目なんだ…大人にならなきゃ…!」

「何を言っているんだ!君はまだ子供らしくてもいいだろう?」

誠治が驚いていると、男の子は全く話を聞いてくれなかった。
すると病院内で次々とネガティブな声が聞こえてくる。

「もうだめだ…」「きっとおわりね…」「何もしたくねえ…」

誠治は驚いて周囲を見渡すが、どの人も似たようになっていた。
そこでふと思うのが。

(まさか…これも植物人間の仕業とかでは…)

誠治が思っていると、男の子までも元気がない顔をしていた。

「お母さんは僕を捨てた…きっとお母さん、僕の事要らない…」

誠治は男の子を病院内に運んだ。
男の子は誠治から離れると、そのまま廊下の隅へと逃げてうずくまってしまう。
男の子の恐怖し震える姿に、誠治までもが恐怖を感じた。
誠治は男の子を慰めたい気もあったが、今は原因を探す事が先だと思い後にした。

(落ちてしまった方は…植物人間をどうにかしてから病院のどなたかに頼もう…)

誠治はさっきの光景が頭から離れないのか、顔を真っ青にしていた。


トイレにて電話をするサチ、電話相手は数男だった。

『だから、これから買い物に行くからすぐに帰ってこい。』

「…わかりました。この状況なのによくお買い物とかできますね。」

サチが言うと、数男は笑う。

『私は植物人間の力の影響を受けないからな。誰が心臓麻痺で死のうが死ぬまいが関係ない。』

サチは数男の相変わらずさを無表情で受け止める。
すると電話の向こうの数男は視線を少し逸らすと言った。

『ただの買い物じゃつまらないだろ?帰りに昼飯にうどん屋にでも行くか?』

「本当ですか…!」

サチは喜んだが、体を壁に寄せた。

「嬉しいです…でも…」

『でも?』

「面倒になってきました…。」

すると電話の向こうの数男は『は?』と声を暗くする。
更にサチはしゃがみこむ。

「うわ…歩きたくもない…仕事が面倒…生きるのも辛くなってきた…」

数男は間に受けてしまう。

『お前阿呆か!急になんだ、気まぐれにも程がある!』

しかしサチは話すのも面倒で黙り込んだ。

『無視か!』



電話の向こうの数男は呆れて後ろを振り返ると、三笠が倒れているのを発見。
しかも

「鳩の水揚げ行きたくない…」

と意味のわからない事を言っていた。

「鳩の餌やりだろ!」

どうも数男はぐうたらした様子が気に入らない様子。
更に近くにいたアンジェルでさえ言う。

「親の後継ぐのメンド、世界消えろ。」

それに異常を感じる数男。
心当たりがあるのか数男は体から植物を生やすと、植物人間の気配を感じ取った。
そして遂に結論にたどり着く。

(植物人間か…!)

一応確認でサイコパスであるシュンのテントを覗くと、シュンは布団で赤子を寝かしつけており、こんな事を言っていた。

「人にはな…それぞれ合った道ってもんがあるんだよな…。そう、だからもっと優しく大きな愛で、この俺を…包んで欲しい。」

それを見た数男はシュンを布団から引っ張り出す。

「阿呆な事言っていないで起きろシュン…!」

シュンは数男を見て笑顔を見せる。

「ごっちゃん!俺の弟どう?最近『まんま』を覚えたぜ!?」

「植物人間が現れた…!お前の出番だ。」

数男が言うと、シュンは顔を引き攣る。

「また弱いのじゃねえだろうな!俺はもう悲しいぜ!」

「どうせ悲しんでいないだろう。
多分相手は人間の負の感情を引き出している。お前は平気みたいだが。」

そう言いながら、数男はシュンを連れる。
するとテントの外にいるみんなは会議室で寝転んでいるばかり。
シュンは面白そうに笑う。

「廃人みてー」

シュンは赤子をおんぶ紐で背負った。
二人は廊下に出ると、なんと廊下のど真ん中で久坂が倒れている。

「息したくねー。どうやったら息止められるかな。口や鼻押さえればいけるか?
…耳から息しちまうかな。」

数男は無表情で久坂をスルーした。

(いつも以上に狂ってやがる…)

シュンは目を丸くした。

「ごっちゃん耳で息できんの?」

「私はできないが、久坂はできるんだろうな。」

数男は軽く話を可笑しな方向へ流す。
シュンはそれを間に受けたのか、目を輝かせてスキップをし始めた。
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