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クリスマスイブ

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 葉月が行方不明になったのは去年のクリスマスイブの夜だった。カップルで溢れる街は宝石のように光るイルミネーションが雪を照らして聖夜を祝福しているかのようだった。

 半年前から独り暮らしをすることになった千葉はクリスマスを友人の葉月と過ごすために夕食の準備をして彼女を待っていた。
 だが予定の19時を過ぎても彼女は来なかった。きっと買い物か何かして遅れてるに違いない。千葉は自分にそう言い聞かせて今にも折れそうな心を保っていたがその後、日付が変わっても彼女が千葉家のチャイムを押すことはなかった。

 「千葉くんクリスマスイブは暇ですか?」彼女がそう尋ねてきたのは1週間前のことだった。千葉はこの人生でクリスマスイブの予定が女子との予定で埋まったことはなかったがプライドが邪魔をしたのか、たいして予定も書いてないメモ帳を取り出した。
 「ちょっと待ってくれ調べてみる」このページをめくる動作もフェイクであった。今捲っているのは年間占いのコーナーであって月間の予定がかかれたページではない。
 「どうせなにも書かれてないんじゃないですかあ?」葉月は見透かしたような目で千葉を見るとメモ帳を取り上げて12月予定のページを開いた。
 「おいおいまだ予定書き込んでないんだよ。返してくれよ」ここまできて妙なプライドが邪魔をする。彼は昔からこういう男だった。もともと大して高くもなく関心も持たれていない自分への印象や評価を人一倍気にする性格だった。故に現在友人は葉月の他にはほとんどいない。
 「へえ どんな予定があるんですか?教えてくださいよ、彼女いない歴=年齢の千葉くん」小馬鹿にするような笑みを浮かべる彼女は他の同級生からは可愛らしく映るだろう。千葉は彼女を見てそう思った。
 葉月唯は見た目だけならクラスでもかなり上位に食い込む容姿だった。子猫のように愛らしくしかし切れのある目、小さく華奢な体、白い肌に黒いミディアムロングの髪。しかし性格はそこまで褒められるようなものでなかった。基本的に小馬鹿にしたような態度をとって相手を見下す。もっとも彼女がそうしているのは千葉にだけであったがその理由は彼には分からなかった。
 「わかったよ暇だよ暇。なんか文句があるのか」全てを諦めて自販機に120円を入れながら千葉は投げ槍に答えた。
 「千葉くん 独り暮らしじゃないですか。それで提案なんですけどクリスマスイブの夜に泊まってもいいですか?千葉君の家」葉月は千葉が入れた120円分が消化されていない自販機のコーヒーのボタンを押しながら言った。
 「え」千葉は動揺を隠し切ることができなかった。コーラを買うために入れた120円が葉月によってコーヒーに変換され飲まれてしまっている現状すらどうでもよくなっていた。突然の申し出に口が弛んでしまいそうだったがここも彼の中のプライドがそれを防いでくれていたのだった。「私も暇なんですよクリスマス。誰も誘ってくれないので…」それはさすがにうそだろう。千葉はそう思った。クラスでも、いや学校でもトップクラスの容姿を誇る彼女を男子が放っておくはずがないのだ。予定を作ろうと思えば今からいっても5分ほどで葉月のクリスマス予定を埋める志願者はいくらでも集まるだろう。
 (こいつ なに考えているんだ?)小学生からの友人とはいえこのような誘いは初めてだった。千葉は突然自陣に寝返ってきた敵兵を見るような目で彼女を凝視した。
 「そんないやらしい目で見ないでください。まだ聖夜じゃありませんよ」葉月は道に捨てられたゴミを見るような目で千葉を見上げて飲み終えたコーヒーを捨てるとそう言った。「まあまだ一週間ありますしまた連絡してください」
 昼休み終了のチャイムが鳴って彼女は自分の掃除担当場所へと向かった。

千葉がクリスマスの予定について彼女に連絡したのは三日後のことだった。その後クリスマスイブの夜に葉月は姿を消した。







 葉月が行方不明になって1年が経った。僕は彼女がいなくなってから毎日手がかりを探し続けていた。だが、なにも出てこなかった。死体すら出てこないのだ。最初はマスコミも連日報道していたが1年が経った今となってはテレビ番組の行方不明者特集ぐらいでしか名前を出すことはなくなっていた。
 苛立ちだけが心に残っていた。こんなに時間が経ってもなにもヒントすら見つけ出すことすら出来ない警察にもそれはあったがなによりあの日馬鹿正直に家で待機していた自分に対して苛立ちを感じていた。あのとき家から出て探しに行っていれば、プライドなんて捨てて電話をかけていれば、彼女の実家に連絡をしてみれば、結果は変わっていたかもしれない。そんなことばかり考えていた。受験の時期だというのに僕は何もしていない、というより何もする気が起きないのだ。
 彼女のことは友人として好きだった。異性としてではない。しかしそんなことは関係ない、数少ない友人が自分の前から姿を消してしまったのに受験や学校のことなんかに集中はできなかった。
 きっと葉月はもうこの世にはいないだろう。それはいつしか漠然と僕の心の隅にひっそりと子供が泣くのを隠すかのように小さく縮こまってそこに存在していた。それを認めたくはない僕は生きている証拠を、確信を探して自分のできる限りを尽くした。普通はなにかしら出てくるはずだった。なにかしら出てきてくれれば僕も絶望はするだろうが長い時間をかけてそれを受け入れることができたかもしれない。
 しかしここまでも、ここまでも何もでてこないとは。心の隅にいる小さく縮こまっている子供が大きくなって精神的に僕を追い詰めていった。 
 葉月は口は悪かったが僕の唯一と言っていい親友だった。あの毒舌も僕が傷つき悲しみに打ちひしがれているときは姿を消して彼女は黙って僕の傍に寄り添ってくれていた。僕はいつもそれに救われていた。
 家族と別居を始めたのも表向きには学校に通いやすくするためだったが実際には追い出されたようなものだった。よくある話だが再婚した両親に邪魔者扱いされたというやつだ。家賃や生活費は貰っているが連絡は月に1度くらいだろうか。もはや生存確認に近いだろう。
 そんなときにも葉月は僕を助けてくれた。僕にとっては自分の家族より家族だったと言えるかもしれない。とにかく彼女の存在は僕の中のほとんどを占めていた。それでも異性として好きにならなかったのはなぜだか分からない。家族のような距離感がそうさせたのか、それとも僕がゲイなのか。いやもうどうでもいいことだ。
葉月はもういない、きっと現れることはないだろう。
 僕の中で縮こまっていたものが日食のように黒く心を覆ったとき僕は自殺を決心した。昔よく遊んだ海で死のう。そう思った。

 その日はひどく寒かった。海から吹きつける風は体を芯から冷たく凍りつけるようで、でもそれが今の僕には都合が良かった。こっちのほうが早く死ねる気がしたからだ。

 「こんにちは」灯台の下にある崖に立っている僕の後ろから女性の声がした。

 警察か…それとも一般人か、いずれにせよ邪魔される前に飛んでしまおう。飛んでしまえば止めることはできない。僕は崖から身を投げた。これで彼女と同じところへいけ

 「いいえ、あなたは死ねません」目の前に飛び降りる前の光景が広がっていた。

 そんな馬鹿な…意味が分からない。なぜ死ねない、いやもう死んでいるのでは?これは死後の世界というやつではないのか「なあ あんた」さっき声をかけてきた女に声をかけてみた。生きている人なら反応しないはずだ。しかし彼女の目はしっかりと僕とあっていた。
 「なんでしょう」…OKわかった。彼女は死神というやつではないか?崖から飛び降りて死ねないわけがない。「いいえあなたはまだ生きています。厳密にいうと今はまだ…ですが」彼女は人形のように表情を変えずに言った。「今は?いやでも崖から飛び降りたじゃないか」僕は彼女に問いかけた。
 「いえあなたは死ぬことができないんです。この冬休みの間は」淡々とした口調で彼女は語る。「葉月唯さんをご存知ですね?」
 近くに止まっていた車から流れるラジオが今期最大の積雪を予報していた。雪は勢いを増して対岸の町の光を受け、クリスマスのイルミネーションのように真っ暗だった空を覆った。もうすぐ始まる聖夜に備えているかのように。
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