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イクタラ

里の名産

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 早朝から小次郎は土魔法で作った野営ドームの側で鍋に火をかけ干し肉を煮込んでいる。硬い食べ物が苦手なムサシの為に、小次郎はいつも早起きをして干し肉をクタクタに煮込んで食べ易くした後に、山菜と一緒に頂くのが日課なのだが、移動中は毎日このメニューになるので若干食傷気味である。ムサシも移動中はこのメニューか、道すがら狩った鹿肉しか無いと解ってはいるのだが、最近は椀を覗いて肩を落としているのが日常となって来ている。

 獲れたての鹿肉も素人の解体なので、大きさの割には満足に食べる事が出来る量はほんの僅かである。獲物がもたらす恵みの殆どは亀吉の胃袋に収まって、残りの肉も腐敗を防ぐ為に素早く塩に漬け込み、煙で燻しながら乾燥させた後にリュックサックに仕舞い込むので、昨晩の様な大盤振る舞いは珍しいのである。

「おはよう、人の子よ」

「あ、おはようございます」

 昨日鹿肉の串焼きを美味しそうに食べていた年齢不詳のエルフの男性が声をかけて来た。

「人の子よ、昨日は森の幸を馳走になり、古き傷まで治療してもらった礼にこれを持って来たのだが……」

 エルフのお兄さんが差し出して来たのは、木で出来た壺の様なもので小次郎が受け取り蓋を開けてみると、フワリと懐かしい香りが漂う。

「これは……味噌ですか?」

 嬉しさを隠し切れない小次郎の顔色を見て、エルフがホッとした様な誇らしい様な顔つきになる。

「人の子は料理が得意そうなのでな、こっちの方が喜ぶかと思って持って来た。里ではミサウと呼ばれているものだ」

 小次郎は壺の中に自作の箸を突き入れて早速味見をすると、喜び勇んで目の前の鍋に味噌を混ぜ入れた。

 辺りに漂う味噌汁の香りに、ムサシも寝ぼけ眼を擦りながら野営ドームから顔を出す。

 何時もより寝起きの悪い亀吉はまだ寝ているが、ムサシに尻尾を掴まれて引きずられている。

「お兄ちゃん……この匂いは……」

 フラフラと小次郎の下に歩み寄ったムサシは鍋の中を覗き込む。

「ああ……ムサシ、味噌汁だ」

 この世界に来てから一番の笑顔とキレの良いサムズアップを決めた小次郎は、いつもは絶対にしないウインクまでしていた。

「お兄ちゃん!」

「ムサシ!」

 兄妹は鍋の前でがっしりと抱き合い、小次郎の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「そ、そこまで喜んでもらえると俺も少し怖い」

 エルフの男性は頬の筋肉を少し引き攣らせながら、無理矢理笑顔を作っていた。

「おはよう子供たち、昨日目を治療してくれたお礼にヒシオって調味料を持って来たんだけど……」

 エルフの女性が持って来たボトルの中には黒い液体が揺れている。

 醤油であった。





「落ち着いたかしら……」

 エルフの女性が対応に困った顔でオロオロしている。

「取り乱してすいませんでした」

「お姉さんは命の恩人なんだよ……」

 二人は味噌汁をすすりながらハラハラと涙をこぼした。

 味噌汁の具は少し独特だが、鹿肉とキノコの出汁が良く出ていて、立派な味噌汁が出来上がっていた。

 未だ眠りから覚めない亀吉をソファ代わりにして、美味しそうに味噌汁をすするムサシを見てエルフの女性が小声でムサシに疑問を投げ掛けた。

「ひ、人の子よ、昨日から気になっていたのだが……その白虎は普通の白虎とは少し違う様にみえるのだが……」

 モンスターを引き連れて歩いている旅人は意外と多い、愛玩用やちょっとした用心棒代わりに連れて歩くのが普通であるが、ムサシ達の連れているモンスターは子供が連れて歩くモンスターにしては破格の威圧感があった。

 大きな商人の子供などが、親から用心棒代わりに凶悪そうなモンスターをプレゼントされる事もあるが、大抵は幼体のモンスターを力任せに服従させて、大きく育てる事により用心棒にするのだが、見た目がホワイトタイガーにしてはどうにも納得のいかない亀吉の迫力に、勘の良いエルフは首を傾げていた。

 ムサシはニヤリと笑いエルフの女性に顔を近づける。

「お目が高い! 亀吉はそんじょそこらの猫とは訳が違うんだよ!」

 エルフの女性がゴクリと生唾を飲む。

「亀吉はナント! お風呂が好きなんだよ! だから毛並みがこんなに艶やかなんだよ!」

 小次郎はムサシが毎回お風呂に入る度に無理矢理お風呂に引きずり込まれる亀吉を見ているが、どう贔屓目に見てもお風呂好きには見えないのでひっそりと苦笑いをする。

 寝ている筈の亀吉の尻尾が心なしか膨らんでいるので小次郎が慌てて話を逸らした。

「そ、そう言えば里にいる老人の治療を頼まれたのですが、ここから遠いのですか?」

 エルフの男性が少し慌てて否定する。

「いやいや、そう遠く無い、すぐ近所だ。我らを慈しみ育ててくれた大事な者達なのだ。是非マザーツリーに還るその日までは、苦痛無く心穏やかに過ごして欲しいのだ」

 エルフの男性は顔を伏せ膝を着き懇願して来た。

「むーはっはっは! この魔法少女ムサシにお任せなんだよ! ムサシが魔法でチョチョイと治しちゃうんだよ!」

 二人のエルフはギョッとしてムサシを見る。

 昨日の治療は全て小次郎がやっていたのをこの二人は見ていたので、ムサシの言葉を聞いて心底驚いた。

 しかし鼻息荒く胸を張るムサシの背後で、小次郎がジェスチャーで「嘘です」と伝えているのを見て色々と察して柔らかく微笑んだ。

 魔法が本職では無いマウレツェッペの傭兵達にもバレているのだ。魔法が本職のエルフ達にバレぬ道理が無いので、小次郎は子供の可愛い虚言である事をムサシに内緒でエルフに伝える事にした。

「そう、人の子、今日は貴女の活躍に期待しているわ」

 女性エルフが上手く調子を合わせてムサシの頭をフワリと撫でた。
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