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「大丈夫です! 痛みには慣れているので」

 それは本当だったが、フィアレーにとっては安心できる材料ではなかったようだ。

「浴槽に浸かる前に、治療を受けた方がいいかもしれないですね」
「ええと……このままでも」

 ミシェラは断ろうとしたが、フィアレーの意思は固く首を振るだけだった。
 もう浴槽の準備もしてくれており、フィアレーは濡れても良さそうな軽装に着替えていた。

 これ以上迷惑をかけたくないなと考え、思い出す。

「もう傷をそのままにする必要がなかったんだったわ。私、自分で治せます!」

 今までは怪我をしていた方が都合がよかったが、今はもうそんな環境ではないのだ。

 ミシェラは自分のひらめきに嬉しくなった。
 怪我をしている状態でいなくていいだなんて。

「えっ。ミシェラ様がご自分で?」
「そうです。これぐらいなら問題なく治せます」
「それなら、どうして今まで治さなかったんですか……? こんなにひどい怪我なのに」

 フィアレーの言葉は通常であればもっともな疑問だ。ただ、ミシェラの事情を話したところで悲しい気持ちにさせるだけな気がした。

「これも、外側以外は治してあるので、そこまで痛くないんですよ」

 気にしないで貰いたくて言った言葉でもフィアレーの顔は曇ったままだったので、ミシェラはすぐに治すことにした。

 表面上の傷を残さなくて、全部治せばいいだけなら簡単だ、すぐに終わる。

『回復』

 魔法陣を展開して魔力をのせると、ぱあっと優しく怪我の上が光り、あっという間に傷はなくなった。

 痛みがまったくない身体は久しぶりだった。
 腕をぐるぐるとまわしても何の問題もなく動き、少し不思議なぐらいだった。

「ミシェラ様! 傷が消えました!」
「うん。……フィアレーも心配してくれて、ありがとう」

 ぺたぺたと肩を触って嬉しそうにするフィアレーの手が、荒れている事に気が付いた。

「フィアレーも、手、痛そうだね」
「ふふふ。ミシェラ様に比べたら些細なことですわ。お優しいですね」

 そう指先を撫でて笑ったフィアレーの手をそっと握り、回復と呟く。同じようにフィアレーの手は光につつまれ彼女の手もぴかぴかになった。

 彼女の傷のなくなった綺麗な手を見て、満足する。

「染みたら痛いもんね」
「……ミシェラ様!」

 フィアレーは自分の手を見て驚いた顔をして、真剣にミシェラの顔をじっと見つめた。
「え……?」
「ミシェラ様、貴重な魔力をそんな風に気軽に使ってはいけません。魔力はとても大事なお力です。こんな風にメイドに使っては良くないです」

 声はとても硬く、本当に心からそう思って言ってくれていることが分かった。

 失敗してしまった事にまた申し訳なくなる。
 ミシェラは眉を下げて、手をもじもじとさせながら伝えた。

「今日は魔術を使う予定はないし、フィアレーの手が良くなったら私が嬉しいと思ったから……。使ってはいけなかったとは知らなかったんです。ごめんなさい」
「もちろん、ミシェラ様のお気持ちは、とても嬉しかったです。……でも、私みたいなものに、魔術の力は過分なんですよ」

 当然のようにフィアレーが言う言葉を、ミシェラは飲み込むことができなかった。

「そんな事、ないよ! 私はたまたま魔術が使えて、フィアレーは私なんかにこんなに優しくしてくれて、私の怪我を治すよりもフィアレーの怪我を治す方がいいぐらいだよ! 私は傷なんて慣れてるから大丈夫だったんだから。怪我を治さないと……わたし……」

 だって、ミシェラはずっと怪我を治すために居た。

 それしかできなかったから。
 そこにしか生きる意味がなかったから。

 それでも、死ぬために生きていたミシェラにとっての、つらいながらも唯一の希望でもあったのだ。
 自分にできる、誰かの役に立つことだったから。

 何故か涙が出てきてしまったミシェラを、フィアレーがそっと抱きしめた。

「ミシェラ様。……魔力は、貴重だという考えが大多数です。むやみに使うと、それだけで問題視される場合があるのです。ミシェラ様の優しい気持ちをないがしろにしてしまって、申し訳ありません」
「い、いえ……、私も泣いたりして、ごめんなさい」
「泣くのはいいんですよ。……私の手も綺麗になったので、お身体を洗いましょうか。こんな格好でずっといたら冷えちゃいますね」

 最後にぎゅっと抱きしめて、フィアレーが離れた。
 急に消えてしまった体温に、少しさみしくなる。

 魔術師として扱われるという今までとは違う意味での距離を、ミシェラは感じた。

 フィアレーはぼんやりとしてしまったミシェラを、そっと肩に手を置おいて浴槽に誘導さする。
 浴槽にはたっぷりのお湯がはっており、たくさんのお湯を見た事がなかったミシェラは目を輝かせた。

「わぁ、湯気が出てる!」

 そっとお湯につかると、暖かさに包まれはぁっと息が漏れた。

 お湯に浸かるって気持ち良かったんだな。
 知らなかった。手も足もなんだかふわふわして、溶けちゃいそう
 。
 のびのびとした気分でいると、フィアレーが真剣な顔でミシェラの腕をそっとこすった。

「……そろそろいいわね。さぁ。ここからは気合を入れましょう」

 急に張り切った声のフィアレーが、ミシェラに微笑みかける。なのに目が笑っていない気がする。

 何故か先程の笑みとは違う気がして、ミシェラは何故か圧倒されて頷いた。

「よろしく、お願いします」
「頑張りましょうね、ミシェラ様!」
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