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書類仕事をしていると、糸が動く気配があった。そのまま待っていると、村長が入ってきた。
「ミシェラ。今日は手伝いをしてもらう。これを使って綺麗にしてくるように」
固い声で村長が何かを渡してくる。
その顔は感情を押し殺したように無表情だ。
無駄に怒鳴っているよりも怖くて、ミシェラはそろそろとそれを受け取った。見ると綺麗なタオルと石鹸、更に簡素な白いワンピースだった。
滅多にもらえない石けんに、村長の存在を忘れて嬉しくなる。
泡で身体を洗えるなんていつ振りだろう。
……でも、こんなに綺麗にするとか、ついに生贄になるのかな
そう考えても、嬉しいという感情も悲しいという感情も湧いてこなかった。
ただ、そうなんだなと思っただけだ。
案内された小屋の裏には、タライに水が張ってある。二つあるので水は使い放題だ。
周りを確認したが人の気配はなかった為、服を脱いで水をかぶる。水は冷たいけれど、今日はそこまで寒くないから気持ちいい。
身体が濡れたので、石鹸を身体にこすりつける。全く泡立たない。石けんをまんべんなくくっつけて、取りあえず一度流す。その後もう一度こすり付けると、今度は何とか泡立った。
髪の毛も何度も苦労して泡立て、やっと全身がべたべたしなくなった。
すっきりだ。
タライの水は茶色く濁っている。
かなり汚かったな……。
最近はお水をたくさんもらえなくなったから、ちゃんと綺麗にできなかったからかも。
自分でも引くぐらいの色だ。もう一つのタライの綺麗な水をかけつつ最後の確認をする。
洗い残しがあれば、殴られる可能性もある。
髪の毛もすっかり元の白になった。
別にそれは嬉しくないけれど。
水ですっかりひんやりしてしまった身体をタオルで拭いて、ワンピースに袖を通す。
真っ白な肌に髪、それに真っ白なワンピースを着たミシェラは、どこか神秘的な雰囲気だった。
赤い瞳が、より浮世離れした雰囲気を醸し出している。
白いワンピースは汚したら凄く怒られそうなので、気をつけないといけない。靴は茶色の皮でできたものだったから、まだよかった。
泥水が跳ねたりしないか、雑草に当たったりしないか気をつけながらそろそろと進む。
一旦ワンピースを脱いでしまいたいが、流石に下着で人前に出る気持ちにはなれないので諦めるしかない
「……?」
森の方から声が聞こえた気がしてそちらを見ると、見覚えのある姿が魔物と対峙していた。
森には魔物が居て、時々村を襲うらしいと怪我人の様子ら知ってはいたが、近くで見るのは初めてだ。
「ハウリーさま……?」
昨日と同じ凝った刺繍のローブ。村人じゃないから、きっと彼だ。
魔物は村にも居る犬に似ているが、目が赤く光っていてゆらりと周りに靄のようなもの見える。
魔物が向かってくると、ハウリーは素早い動きで魔物を切り捨てた。
危なげなく見えたその動きにほっとする。
しかし、その腕からは赤く、血が流れていた。
いつもはあんなにも怖くてなかなか勇気を持てなかったのに、何故だか身体が自然と動いた。
怪我をしている。
そう思った瞬間走り出していた。近づくとかすかに血の匂いがする。
「えっ。ミシェラじゃないか!」
突然現れたミシェラに驚いたようで、慌てた声が聞こえるが、無視だ。
傷口に、急いで魔力を流す。
痛みが走るが、問題ない。
地下じゃないので、きちんとした回復魔術は使えない。咄嗟に魔力を流す方法を選んだ。
みるみると傷口がふさがり、綺麗な皮膚が現れる。
「なんてことを!」
衝撃を受けたような声がして、そちらを見ると力強い瞳と目があった。
この様子なら、もう大丈夫だろう。
身体の痛みを隠し、ミシェラは何事もなかったように告げる。
「こんな浅い所に魔物が居るなんて驚きました。無事でよかったです」
この間と同じ驚くほど整った顔が、驚きに目を見開いている。宝石のような深い青い瞳がとても綺麗だ。
ミシェラを見つめる彼が元気そうに見えて、嬉しくなる。
「ミシェラ……どうしてここに」
「たまたま、村長に呼ばれていたので。昨日お会いしましたね、ハウリー様」
今日会った彼は、戸惑った顔のままだ。
この間みたいに笑ってくれればいいのに。
「いや、そうだが……。君は、今、何を……?」
「……私は、村の回復役も務めているんです。お客様に何かあったら大変なので、無事でよかったです」
嘘は言っていない。
回復だってかなりの数をこなしているし、私以外に回復をしている人は見たことがない。
「あんなやり方で、大丈夫なのか? 身体は無事なのか?」
ともすれば冷たい印象を与える顔を崩し、心配だというように眉を下げている。
異常がないか確かめるように、私の身体をぺたぺたと触った。
その子供に対するような心配の仕方に、思わず笑ってしまう。
私の笑い声に、彼は自分の行動に気が付いたようで、慌てて手をあげた。
「すまない! 他意はなかったんだ。心配で……」
「ふふふ。大丈夫です。それに、……そんな風に心配してもらえるなんて、嬉しいです」
「えっ。そんなの、当然だろう」
つい、噛みしめるように呟いてしまう。
心配の瞳が、自分に向けられるというのは、なんというかとてもむずむずする。それなのに、思わず笑みがこぼれてしまう。
こんな気持ちに、なるんだな。
嬉しくて、恥ずかしくて、やっぱり嬉しい。
生贄になる前に、知れて良かった。いい事があった。
身体の痛みなんて、些細な事だ。
……そろそろ行かないと、また殴られてしまう。
思い浮かんだ事実に、あっという間に思考が現実に戻る。
まだ無罪を示すように手をあげている彼に一礼をして、ミシェラは急いで村長のもとに向かった。
「ミシェラ。今日は手伝いをしてもらう。これを使って綺麗にしてくるように」
固い声で村長が何かを渡してくる。
その顔は感情を押し殺したように無表情だ。
無駄に怒鳴っているよりも怖くて、ミシェラはそろそろとそれを受け取った。見ると綺麗なタオルと石鹸、更に簡素な白いワンピースだった。
滅多にもらえない石けんに、村長の存在を忘れて嬉しくなる。
泡で身体を洗えるなんていつ振りだろう。
……でも、こんなに綺麗にするとか、ついに生贄になるのかな
そう考えても、嬉しいという感情も悲しいという感情も湧いてこなかった。
ただ、そうなんだなと思っただけだ。
案内された小屋の裏には、タライに水が張ってある。二つあるので水は使い放題だ。
周りを確認したが人の気配はなかった為、服を脱いで水をかぶる。水は冷たいけれど、今日はそこまで寒くないから気持ちいい。
身体が濡れたので、石鹸を身体にこすりつける。全く泡立たない。石けんをまんべんなくくっつけて、取りあえず一度流す。その後もう一度こすり付けると、今度は何とか泡立った。
髪の毛も何度も苦労して泡立て、やっと全身がべたべたしなくなった。
すっきりだ。
タライの水は茶色く濁っている。
かなり汚かったな……。
最近はお水をたくさんもらえなくなったから、ちゃんと綺麗にできなかったからかも。
自分でも引くぐらいの色だ。もう一つのタライの綺麗な水をかけつつ最後の確認をする。
洗い残しがあれば、殴られる可能性もある。
髪の毛もすっかり元の白になった。
別にそれは嬉しくないけれど。
水ですっかりひんやりしてしまった身体をタオルで拭いて、ワンピースに袖を通す。
真っ白な肌に髪、それに真っ白なワンピースを着たミシェラは、どこか神秘的な雰囲気だった。
赤い瞳が、より浮世離れした雰囲気を醸し出している。
白いワンピースは汚したら凄く怒られそうなので、気をつけないといけない。靴は茶色の皮でできたものだったから、まだよかった。
泥水が跳ねたりしないか、雑草に当たったりしないか気をつけながらそろそろと進む。
一旦ワンピースを脱いでしまいたいが、流石に下着で人前に出る気持ちにはなれないので諦めるしかない
「……?」
森の方から声が聞こえた気がしてそちらを見ると、見覚えのある姿が魔物と対峙していた。
森には魔物が居て、時々村を襲うらしいと怪我人の様子ら知ってはいたが、近くで見るのは初めてだ。
「ハウリーさま……?」
昨日と同じ凝った刺繍のローブ。村人じゃないから、きっと彼だ。
魔物は村にも居る犬に似ているが、目が赤く光っていてゆらりと周りに靄のようなもの見える。
魔物が向かってくると、ハウリーは素早い動きで魔物を切り捨てた。
危なげなく見えたその動きにほっとする。
しかし、その腕からは赤く、血が流れていた。
いつもはあんなにも怖くてなかなか勇気を持てなかったのに、何故だか身体が自然と動いた。
怪我をしている。
そう思った瞬間走り出していた。近づくとかすかに血の匂いがする。
「えっ。ミシェラじゃないか!」
突然現れたミシェラに驚いたようで、慌てた声が聞こえるが、無視だ。
傷口に、急いで魔力を流す。
痛みが走るが、問題ない。
地下じゃないので、きちんとした回復魔術は使えない。咄嗟に魔力を流す方法を選んだ。
みるみると傷口がふさがり、綺麗な皮膚が現れる。
「なんてことを!」
衝撃を受けたような声がして、そちらを見ると力強い瞳と目があった。
この様子なら、もう大丈夫だろう。
身体の痛みを隠し、ミシェラは何事もなかったように告げる。
「こんな浅い所に魔物が居るなんて驚きました。無事でよかったです」
この間と同じ驚くほど整った顔が、驚きに目を見開いている。宝石のような深い青い瞳がとても綺麗だ。
ミシェラを見つめる彼が元気そうに見えて、嬉しくなる。
「ミシェラ……どうしてここに」
「たまたま、村長に呼ばれていたので。昨日お会いしましたね、ハウリー様」
今日会った彼は、戸惑った顔のままだ。
この間みたいに笑ってくれればいいのに。
「いや、そうだが……。君は、今、何を……?」
「……私は、村の回復役も務めているんです。お客様に何かあったら大変なので、無事でよかったです」
嘘は言っていない。
回復だってかなりの数をこなしているし、私以外に回復をしている人は見たことがない。
「あんなやり方で、大丈夫なのか? 身体は無事なのか?」
ともすれば冷たい印象を与える顔を崩し、心配だというように眉を下げている。
異常がないか確かめるように、私の身体をぺたぺたと触った。
その子供に対するような心配の仕方に、思わず笑ってしまう。
私の笑い声に、彼は自分の行動に気が付いたようで、慌てて手をあげた。
「すまない! 他意はなかったんだ。心配で……」
「ふふふ。大丈夫です。それに、……そんな風に心配してもらえるなんて、嬉しいです」
「えっ。そんなの、当然だろう」
つい、噛みしめるように呟いてしまう。
心配の瞳が、自分に向けられるというのは、なんというかとてもむずむずする。それなのに、思わず笑みがこぼれてしまう。
こんな気持ちに、なるんだな。
嬉しくて、恥ずかしくて、やっぱり嬉しい。
生贄になる前に、知れて良かった。いい事があった。
身体の痛みなんて、些細な事だ。
……そろそろ行かないと、また殴られてしまう。
思い浮かんだ事実に、あっという間に思考が現実に戻る。
まだ無罪を示すように手をあげている彼に一礼をして、ミシェラは急いで村長のもとに向かった。
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