上 下
4 / 49

4

しおりを挟む
 本でしか見た事なかったので、気が付かなかった。本には親愛のしるしと書いてあったのを思い出す。

 ミシェラに対して、そういう事をしてくれる人などいない。
 初めての握手を逃してしまった事が少し残念に思えて、ミシェラは自分の手を撫でた。

「ミシェラは、ここに住んでいるのか?」
「はい、そうです」
「家族と一緒に?」
「……いえ、一人です」

 ミシェラの答えに、ハウリーは驚いたようだった。

「ずいぶん村から外れているし、一人で住むには……少し危険な気がするが、大丈夫なのだろうか」
「……こうみえて、意外と快適なんですよ」

 ふふふっとミシェラは眉を下げ、笑って見せた。

 傍から見たらここはボロボロの小さな小屋だし、村から外れて魔物も居る森に近い。ミシェラのような少女が住むには酷い環境だろう。

 それでも、村の人以外に自分の現状を気が付かせてはいけない。
 もし何か伝えて村の人間の耳に入れば彼らに何をされるか、わからない。

 そもそも、今目の前にいる彼は村の人と同じかもしれない。

「そうだ。ちょうど携帯食に飴を持っているからあげよう。飴は好きか? 私はつい、食べてしまうんだ」

 少し恥ずかしそうにいうハウリーはなんだか可愛くて笑ってしまう。

 自然に笑みが出る自分が少し不思議だ。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 それでもミシェラを心配するような言葉に、これ以上喋ると何かを言ってしまいそうで、ミシェラは微笑んで首を傾げた。

「あの、調査であれば、お忙しいのでは?」
「あ! そうだったな……」

 実際に急いでいたようで、ハウリーは慌てだした。きょろきょろとあたりを見回して、なぜかため息をついてから再びミシェラに目を合わせた。

 まっすぐな青い瞳に見つめられて、居心地が悪い。

「今は時間がないから戻る。……だが、また話そう。必ず」
「……はい」

 ミシェラが答えると、にっこり笑ってハウリーは戻っていった。
 何故か名残惜しくて、ミシェラはそのままハウリーの後ろ姿を見送った。

 すると、途中でハウリーはこちらに向き直り手を振ってきた。

「またな!」

 その無邪気な姿に、ミシェラもそろりと手を振る。それを見て嬉しそうに笑って、今度こそハウリーはそのまま村の方へ戻っていった。

 いつのまにか詰めていた息を吐きだす。

 ハウリーの姿が見えなくなった外は、いつものように鬱蒼とした森が広がるだけになった。しかし、青い空が目に眩しい。

 なんだか心臓がドキドキしてしまう。

 それを誤魔化すように、ミシェラは部屋の方に向き直り窓から離れようとした。
 瞬間、鋭い痛みが走る。

「いたっ」

 怪我をしたことをすっかり忘れて、普通に歩こうとしてしまった。

「ううう。馬鹿みたいだ。……でも、いい人そうだったな……」

 ミシェラをきちんと見てくれて、普通の会話ができた。
 それだけで、ミシェラの胸には温かさが広がった。

 ……そういえば、何故あの時魔術の糸は切れたのだろう。聞きそびれてしまった。

 また、会える時が来るのだろうか。
 しばらく先程の会話を反芻した後、ぱちぱちと頬を叩く。

 今はともかく回復だ。魔術で怪我は治っても、体力は回復しない。
 魔力で傷んだ身体も、時間をかけるしかない。

「うん。ご飯にしよう」

 もう一度魔術の糸を外に広げると、ゆっくりとミシェラは台所に向かった。

 小さい台所には、穀物と少ない野菜が置いてある。

 野菜は書類仕事をすると代わりに置かれるもので、量や出来はまちまちだ。今は野菜がたくさん取れる時期らしく、かごの中には珍しく青々とした野菜がつまれている。

 穀物はたまに忘れられるが、死なせる気はないようでそこそこの量がいつもある。

 ミシェラは鍋に穀物と小さくちぎった野菜を入れた。鍋を持ち、血で汚れた布団まで戻る。

 そのまま布団をめくると、見た目は何の変哲もない木製の床に手を当てた。
 この床は両手をつけて魔力を流すと、地下に続く扉が出現する。

 よいしょ、と重たい木の扉を持ち上げて、鍋を持って階段をくだる。足が痛いので、手もつきながらゆっくりと。

 降りると、そこは本棚だらけの狭い部屋だ。

 本棚が所狭しと並べられ、貴重なはずの本がこれでもかと詰まっている。
 魔力で使えるストーブの上に鍋を置いて、魔術で水を満たす。ストーブに魔力を込めると、空気がふわっと暖かくなった。

 この地下は、誰も知らない、ミシェラだけの部屋だ。
 魔力があるものしか入れない、安心できる場所。

 物は少なくて簡素だけれど、元の住人がほぼすべてに保存の魔術をかけていたようで、どれも綺麗だ。

 この場所を見つけたのは偶然だったけれど、ここがなければとっくに死んでいただろう。
 肉体的にか、精神的にかどちらかだったかはわからないけれど。

 ストーブの隣に置いてある、魔物の羽を集めて詰めたらしいクッションに座る。
 ふんわりとした感触が、痛い身体に優しい。

 寝てしまわないように、今まで何度も読んだ本を手に取る。

 ここにある本の半分は魔術の技術について書いてある本で、もう半分はドラゴンについて書いてある。
 物語を書いた本はないけれど、元の住人が書いたドラゴンの本は面白い。

 この人の執念が、ドラゴンの信仰を産んだのかもしれない。
 ……私が生贄になる、竜神様と呼ばれているドラゴンへの。

 ページをめくり、今はもう居ない住人に思いを馳せた。

『ドラゴンが小動物を炎で焼いて食べているのを見た。あの巨体での繊細な魔力管理は素晴らしい!』

 彼の書いた興奮が伝わるようで、自然と笑みが浮かぶ。
 ドラゴンは私の事も綺麗に焼いてくれるといいけど。

 ことことと煮える音と、火の温かさが心地よい。
 静かな空気が流れる。

 先程ハウリーに貰った飴の瓶を手に取り、ひとつ食べる。
 じんわりとした優しい甘さが口に広がった。

「あまい……綺麗だな」

 色とりどりの飴が何個もコロコロと入った瓶が可愛い。ぼんやりと見ていると、視界がぼやけたことに気が付いた。

 手に持っていた本に、ぽつりと水滴が落ちる。

 不思議に思いつつ、目をごしごしとこすった。

 周りに誰も居なくて、ひとりだから危なくなくて、身体もあんまり痛くないのに涙が出るのは何故なんだろう。

 ミシェラはぼんやりとしたまま、目を瞑りクッションに身体を預けた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

神様に愛された少女 ~生贄に捧げられましたが、なぜか溺愛されてます~

朝露ココア
恋愛
村で虐げられていた少女、フレーナ。 両親が疫病を持ち込んだとして、彼女は厳しい差別を受けていた。 村の仕事はすべて押しつけられ、日々の生活はまともに送れず。 友人たちにも裏切られた。 ある日、フレーナに役目が与えられた。 それは神の生贄となること。 神に食われ、苦しい生涯は幕を閉じるかと思われた。 しかし、神は思っていたよりも優しくて。 「いや、だから食わないって」 「今日からこの神殿はお前の家だと思ってくれていい」 「お前が喜んでくれれば十分だ」 なぜか神はフレーナを受け入れ、共に生活することに。 これは一人の少女が神に溺愛されるだけの物語。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

処理中です...