父が腐男子で困ってます!

あさみ

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夕食の時間になると、了は一階のダイニングに向かった。
テーブルにはすでに蓮二郎の作った料理が並べられていた。

了はいつもの席に座り蓮二郎を見る。
彼は視線をそらすように料理を見つめていた。

蓮二郎はこの家に来てから度々料理をしていた。
普段も家で作っているだけあって、どの料理も美味しかった。

食事をしながら宗親に聞かれた。
「リョウは今日はどこに行ってたんだ?」
「え、えっと……」
チラリと蓮二郎の方を伺い見る。
どこから話したら良いモノか。

「もしかしてミズキ君とデートだったのかな? カナデ君かな? 久しぶりにシオン君?」
「その誰とも会ってないから!」
了が答えると、宗親の隣にいた蓮二郎が呟く。

「そうですよね。レンとデートだったんですもんね」
「え?」
宗親は蓮二郎を見つめてから了を見る。

「レン君と会ったのか?」
了は驚いている宗親に視線を向ける。
「偶然会ったんだよ。デートでも何でもなくて、普通に話をしただけだけどね」
「そっか、レン君と会ったのか」
しみじみと宗親は呟いた。

「父さんは会った事ないんだっけ?」
「ああ、そうなんだよ。ともかさんから話は聞いていたからもちろん存在は知っていたんだけど、まだ会った事なくてさ。やっぱりレンジ君に似てた?」
「うん、そっくりで、だから間違えて声をかけちゃったよ」
蓮二郎が顔を上げて了を見た。

「さっきまで家にいたはずなのに、おかしいなって思って、それで声かけたら蓮太郎だって訂正された」
「そっか、お前は双子だって知らなかったんだな」
「そうだよ。だからレンジ君が絡まれてるんじゃないかって心配したんだよ」
「絡まれてる?」
二人が驚いたように了を見た。

「レンが学校の友達と一緒にいるのを見て、カツアゲかと思っちゃったんだ」
宗親はふきだしていた。
「カツアゲって、今の時代もあるのか? 見た事ないけど?」
「……俺も見た事ないよ。でもドラマや漫画でありがちだから、そうかと思った」
宗親は笑い転げていたが、蓮二郎は真剣な顔で了を見ていた。

「その後、レンといろいろ話して友達になったんだよ」
「ふーん」
宗親は楽しそうに笑った。
「じゃあ、今度は父さんにもレン君を紹介して欲しいな」
「……俺じゃなくて、レンジ君に言ってよ」
蓮二郎は眉を顰めた。

「何で僕に振るの?」
「だって兄弟だろ?」
微妙な空気で言い合う二人を見ても宗親は笑顔だった。
「どっちでも良いから紹介してね」
宗親に言われると、蓮二郎は黙って頷いていた。

「実はさ、その後、レンと一緒に、ともかさんの個展に行ったんだ」
「ああ、お前も行ったのか」
宗親に言われて首を傾げる。

「個展をやってるって知ってたの?」
「もちろんだよ。俺はもう見に行ったぞ。それにともかさんが個展でこっちに暫く滞在するから、レンジ君を預かってるんだからな」
「え、そうだったの?」
単に蓮二郎は遊びに来ていたのだと思っていた。

「僕は宗親おじさんに会いたいからついて来ただけです。別にあの人の個展には興味もないんで、見にも行ってないし、暫く顔を見なくて良くて気が楽です」
トゲのある言い方だった。了は訊ねる。
「じゃあ、レンジ君はまだ個展を見に行ってないんだね?」
「まだも何も行く気はないから」
言い放つと蓮二郎は食事に集中しだした。
これ以上この話はしたくないというのが伝わってきた。




風呂上がり、了は部屋で考えていた。
今日見た人形展。そして蓮太郎と蓮二郎と、ともかの事を。

きっと蓮二郎はおせっかいだと怒るだろう。でもこのまま放っておくわけにはいかない。

了は部屋を出ると、蓮二郎のいる客室に向かった。
ドアを叩いて声をかける。
「リョウだけど、ちょっとだけ話をしてもらえないかな?」
返事はなかった。
もう一度ノックしようかと思っていると、ドアが開いた。

「何ですか?」
険しい顔だった。了はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ほんの少しだけ話を聞いて欲しいんだ」
蓮二郎は渋い顔のままだったが、ドアを大きく開いてくれた。
了は安堵して中に入った。



普段使用していない客室なので、部屋には家具はほとんど置かれていなかった。
ベッドもないので、蓮二郎には床に布団を敷いて寝てもらっていた。
部屋の真ん中にテーブルと座布団があり、了はそこに座った。

「こんな遅くになんの用ですか?」
向かいに座り、視線を伏せたまま蓮二郎が問いかけた。
了は覚悟を決めて話し出す。

「今日、ともかさんの個展に行ったって話をしたよね? そこでともかさんと少しだけ話が出来たんだ」
「……」
「ともかさんにレンジ君の事聞かれたよ。家で上手くやれているかとか、宿題はしているだろうかとか」
「宿題なんか小学生じゃないんだから、ちゃんと計画立ててやってるに決まってるよ」
「うん、そうだね、君はしっかりしてるから大丈夫だと思うとも言ってたよ。でも、何か困っていれば相談して欲しいって言ってた」
「……」
黙り込む蓮二郎に了は更に話す。

「今だけじゃなくて、普段の事も気にしてたよ。田舎暮らしはやっぱり嫌なんだろうかとか、友達はいるのかとか、進学の事もどう考えているのかって」
「家にいる時は何も聞いてこないくせに、なんであなたにそんな事言ってんだよ!」
蓮二郎が声を荒げた。
了は頷く。

「うん、そうだよね。でも本人には面と向かって言いにくいんじゃないかな? 今みたいに君が怒ってぶつかる事があったんでしょ? 元々ともかさんて、うちの父さんと違って口下手な人でしょう? だからなかなか君と話せなかったんだよ」
「そんなの、知らないよ……」
蓮二郎は顔を伏せて呟いた。

「俺も会ってみて知ったけど、ともかさんて手先は器用だけど、性格は不器用だよね? 寡黙で、ペラペラしゃべる人じゃない。でもだからってそれは君やレンへの愛情がないワケじゃないんだよ」
蓮二郎は顔を上げた。

「不器用な人って損しがちだよね? 言いたい事が上手く言えないし思いを伝えられない。でも表に見えにくいだけで、決して愛情が薄いとか、他人の事を考えてないって事はないんだよ」
「それは……わかるけど……」
了は微笑んだ。
「そうだよね。レンと違って、君は結構不器用だもんね」
「ちょ、失礼じゃないですか?」
突っ込む蓮二郎に了は笑顔を向ける。

「そういう不器用な所が、君はお父さんのともかさんにそっくりだと思うよ」
蓮二郎は黙り込んだ。
了は持ってきていたスマホを取りだした。
そして今日撮影してきた写真を開く。

「レンジ君にこれを見て欲しいんだ」
「何ですか?」
訝しむ蓮二郎に向かってスマホを見せる。

「ともかさんの個展ではテーマごとに人形が飾られてたんだけどね、それはその中の一枚だよ」
写真を見た蓮二郎は息を呑んだ。
「これって……」
了は微笑む。

「うん、最初に君に会った時から思ってたんだけどね、ともかさんの作る人形って全部、君達双子に似てるよね。ともかさんが君達兄弟の事が大好きだってすごく伝わってくるよ」

そう、最初から気づいていた。
蓮二郎はともかに愛されている。

そして個展に行ってみて、それが勘違いではなかったと証明された。



個展の中の一角に、蓮の花の造花が飾られた場所があった。
タイトルは『蓮』とあった。

蓮池に見立てたその場所に、二体の人形が立っていた。
二体は蓮太郎と蓮二郎だとすぐにわかった。

更にその横には子供時代の二人と、両親と思える人形が仲良くピクニックしているシーンが作られていた。
ともかの家族への愛が伝わった。

実際、その場でそれを見た蓮太郎はすぐに気付いたようだった。
蓮太郎の口角が上がったのが了には見えていた。






翌日、朝食を食べると蓮二郎はすぐに出かけていった。
何も言わなかったが、ともかの個展を見に行ったのだと思った。
きっとあの人形を見れば、蓮二郎はともかの愛を感じるだろう。


久しぶりに宗親と二人で過ごす事になった。
とは言っても宗親は仕事をしていて、ほとんどは書斎にいるので、顔を合わす時間はあまりなかった。

昼食は了が作る事にした。
簡単な物しか作れないのでタラコのパスタとサラダとスープにした。
これでも頑張った方だった。

「うん、パスタ美味しいよ」
宗親が一口食べてから言ってくれた。謙遜するように了は答える。
「パスタだからね、ま、誰でも作れるよ」
「いや、そんな事はない! お前が最初に作った時のパスタは茹ですぎてぐにゃぐにゃだった!」
了は真っ赤になって叫ぶ。
「し、仕方ないじゃん! 固かったら嫌だから、ちょっと多く茹でてみたんだよ!」
「何のために袋に茹で時間が書いてあると思ってるんだ?」
真顔で聞かれてしまった。

「んーでも今回は美味しいぞ。せっかくならレンジ君にもお前の手料理を食べて欲しかったな」
「パスタ食べても感動しないと思うよ。出来て普通って言われるだけだよ」
「そんな事はない!」
宗親はむきになって話し出す。

「これは最後に追いマヨをしているだろ? このマヨネーズが良いんだよ! このセンスが最高!」
「いや、それ我が家がただのマヨラー一家なだけだよ。レンジ君真面目そうだから、カロリーとか気にするかもよ?」
「そんな事はない! 彼も立派なマヨラーだ! これはもしや、彼の胃袋を掴むチャンスだったんじゃないか? 俺は年下攻も大好きだぞ!」
蓮二郎がいなくて良かったと思った。
彼は宗親に憧れているようだが、今の会話を聞いたらきっと幻滅しただろう。
いや、逆に現実を教えてあげた方が良かっただろうか。

了は蓮二郎が今どうしているのか気になった。
ともかとはちゃんと話せたんだろうか。

「レンジ君は、ともかさんとご飯食べてくるって言ってた?」
パスタを食べながら聞くと宗親は頷いた。
「さっき連絡があったよ。ともかさんとレン君と一緒だって」
「うわ、マジか。レンも一緒なのか」

二人が会っているのは意外だった。
蓮太郎は二日連続で個展に行っていたのだろうか。そこで蓮二郎と会った?
蓮二郎は父親と兄と、ちゃんと話が出来ただろうか。

少し心配だったが、きっと大丈夫じゃないかと思えた。
『蓮』というテーマがつけられたあの展示を見たら、すべてのわだかまりは飛んでいってしまうだろう。
蓮の花はすべてを浄化するような綺麗な花だ。
それを名前につけられた兄弟。
最初から両親の愛が込められているのがわかる。



午後になるとチャイムが鳴った。
いつものように隼人が訪ねてきた。

「今日は家に居たんだな」
顔を見るなり微笑まれてしまった。
「いや、まぁ、自分の家なんで……」
変な発言をされない限り、隼人は美形なので見つめられると緊張してしまう。

「今日はレンジ君は? 先生の書斎にいるのか?」
廊下を歩きながら聞かれた。
「父さんは書斎だけど、レンジ君は外出中ですよ」
隼人は立ち止まった。
「じゃあ、今は二人きりだな」
壁ドン姿勢で顎をつかまれた。
「……たった今、父さんが書斎にいるって話しましたよね?」
隼人はふっと笑うと前髪をかき上げた。

「いや、最近、君に会ってなかったからリアルBL成分が足りなかったんだよ」
「妄想の為に自分まで利用するのが凄いですね! ビックリです!」
「そんなに褒めないでくれ」
「褒めてるんじゃなくて呆れているんです!」
了が言っても隼人は気にした様子もなかった。

「でも、先生は部屋の中、この状況は二人きりと言えるのでは?」
再び隼人は廊下の壁で、壁ドンごっこをする。

「いやいや、父さんBL気配に敏感なんで、すぐにドア開けて出てきますよ?」
「むしろ素敵な写真が撮れたり、先生の喜ぶ顔が見られると思うと満足だよ」
隼人は顔を寄せてきた。唇がつきそうで怖い。
「つーか、小清水さん、もはや父さんに恋してるんでは?」

雷に打たれたように隼人は固まった。
これはもしかして本人も気づいていない本心を図星してしまったのでは?
そう考えていると隼人は肩をすくめて見せた。

「君はまったくわかってないね。俺は先生を心底尊敬しているんだよ。作家としても腐男子の先輩としてもね」
「尊敬が愛とか恋に変わる事もよくあるのでは?」
隼人は了の顎の下に指を添えた。

「キスしたら恋に落ちるんなんて事もよくあるんでは?」
「なんで俺で実験しようとしてるんですか!? てか、話をすり替えかえないで下さい!」
了が叫んだ時、ドアが開いた。

「え?」
「え?」

書斎と玄関の両方のドアが開いていた。
ドアを開けたままの状態で固まっている蓮二郎の姿が見えた。
そして隼人の背中の奥には、書斎から一眼レフカメラを構えて出てきた宗親が見えた。
「や、こ、これは違くて……」
了は宗親と蓮二郎の二人を交互に見ながら否定する。
隼人は逆にノリノリだった。

「ああ、見られてしまったね。二人の隠れた愛を。でも気にする事はない。このままキスしよう。それ以上もしようか?」
隼人は顔を寄せてきた。
宗親がシャッターを切りまくる。
「ちょ、や、ヤメロ……」
触れそうな唇をさけるように顔を横にしたら、頬にキスされた。
「うわっ!」
「シャッターチャンス!」
宗親は真横でカシャカシャと写真を撮っている。
「うん、良いよ、良いのが撮れた! あ、隼人君、リョウが逃げようとしているから腕を押さえて!」
「こうですか?」
両手を壁に押し付けられた。
「そう、そのまま顏を寄せて!」
「はい」
「うん、良いよ。あ、目線はこっちに欲しいかな? うん、そう!」
宗親は二人の周りをクルクルと動いて写真を撮っている。
了は逃げ場を失いながら必死に叫ぶ。

「ちょっとあんた達冷静になれよ! そこでレンジ君が固まっているじゃないか!?」
玄関で呆然としていた蓮二郎が視線を浴びて呟いた。

「あ、僕の事は気になさらずに……」
「それは何なの? 俺を助けてくれないのかよ!?」
了は蓮二郎に向かって叫んだ。
「えっと……」
困ったように蓮二郎は左右を見まわし、最後に宗親を見た。
「うん、レンジ君も写真を撮ったら良いよ」
「はい」
蓮二郎は言われるがままスマホを出した。
「何で写真を撮る!?」

その間も宗親は写真を撮っていた。
「このアングルはどうだ?」
宗親は床に寝転がって了にカメラを向ける。
「うん、良い感じだ。隼人君そろそろ口にぶちゅーっていっちゃって良いんじゃないかな?」
「こうですか?」
隼人が顔を寄せてきた。
腕をつかまれたままで逃げられない。
了は足を振り上げた。

「えい!」
「うが!」
了は床に寝ていた宗親を踏んでいた。

「……なんで俺を蹴るのではなく、先生を?」
隼人に冷静に聞かれた。
了は強気に言う。

「早く俺を開放しないと、尊敬する先生をもっと踏みつけますよ?」
「……」
隼人は考えるように動きを止めた。
足元で宗親が呟く。

「隼人君、俺の事は気にしないで、早くリョウにキスを……なかなか踏まれるのも良いモノだぞ?」
隼人は息を吐いた。
「駄目だ。これ以上は先生がいけない方面に目覚めてしまいそうだ。さすがにそんな先生は見たくない」
隼人は了を解放した。

了は安堵の息を吐いた。
その瞬間、気付いた。
今のやりとりを蓮二郎に見られていた事を。
血の気が引いた。

蓮二郎は宗親に懐いていた。
何の誤解があったのか、崇拝しているような雰囲気だった。
そのせいで蓮二郎は元々、了の宗親への扱いに腹を立てていた。

そんな蓮二郎の目の間で宗親を踏んでしまった。
これではまたDVだ、酷いヤツだと罵倒されるかもしれない。

了は恐る恐る蓮二郎を見た。
蓮二郎は廊下の端に立っていた。

「あ、あの、これはそのDVとかじゃなくて、ただの突っ込みだから。その、悪意はないし、体重もかけてないから踏まれてもそんな痛くもないと思うんだ」
ああ、上手く言い訳が出来ない。
重いとか、痛いじゃなくて、踏んだ事自体があるまじき事だと言われそうだ。
了はどんな罵倒をされるか身構えていた。

「別にイイんじゃないですか」
「え?」
予想外の呟きに面食らう。
「あれ、怒ってないの?」
蓮二郎は頷いた。

「踏まれてもおじさんが嬉しそうだったし」
「そういう理由!?」
了が突っ込むと蓮二郎は微かに笑った。
「え?」
蓮二郎がこんな柔らかな表情を見せてくれたのは初めてだった。

「ここで暮らすまで、リョウさんの事あんまり良く思ってなかったけど、でも話したら想像と違ったし、それにバカな事やって見せて子供に突っ込まれるっていうのも、ある種のコミュニケーションの一つなのかなって思いました」
「レンジ君」
呟く了の前で蓮二郎は立ち止まる。

「お土産買ってきたので、みなさん一緒に食べませんか? あ、お金は父が出してくれたんですけどね」

その一言に了は頷いた。
「うん、頂きます!」

蓮二郎の口から、ともかの話題が出た。
そして晴れやかな顔と口調に、二人の仲の誤解が解けたのだと感じた。



「うわ! すごい豪華なケーキだ!」
テーブルに並べられた数種類のケーキに、了は感嘆の声を上げた。
宗親はケーキも作るが、さすがにプロの物は出来栄えが違った。何よりも種類が多い。
手作りでは基本ホールケーキが一つだ。
数種類の違うケーキを一度に作るのは素人には難しい。

「どれでも好きなのを選んで下さい」
蓮二郎に言われて、了は悩んだ。チョコも良いがモンブランも良い。
イチジクなんて言うのも珍しいし、メロンも捨てがたい。

「ああ、でもやっぱりショートケーキ! いちごの魅力には勝てない!」
了がショートケーキの皿を手前に引き寄せると、横にいた隼人が呟く。

「これはアレだな。イチゴを齧った瞬間に、俺に反対側を齧るようにという、そういうフリだな?」
「フリじゃないよ! どんな思考してるんですか?!」
了の全力突っ込みを見ながら、宗親はうんうんと頷く。

「大丈夫だよ。カメラは持ち歩いてるから、イチゴキスの瞬間も撮り逃さないよ」
「そこ、話聞いて! キスはないから!」
そんなやり取りを蓮二郎は黙って眺めていた。
すでにこのノリに慣れてしまっているように見えた。

宗親の用意した紅茶を飲みながら、それぞれが選んだケーキを食べた。
最後に一個だけ残ったメロンのケーキはみんなで一口づつ食べる事にした。

「じゃ、俺、メロンもらいまーす」
上に乗っていた皮つきメロンの飾り切りを手に取ると、了は口に入れた。
その瞬間、横から隼人が噛り付いてきた。
「ん!」
カシャカシャカシャ。
宗親の切るシャッター音が響いた。

「うん! 上手く撮れたよ! メロンキス!」
隼人は齧りとったメロンの皮をくわえて頷いている。
美形な分シュールな絵だった。
了は叫ぶ。

「これキスじゃない! 唇に触れてない!」
「でもここからは触れて見えましたよ」
冷静に蓮二郎が告げた。
了は涙目で蓮二郎を見る。

「お願いです。この事は誰にも言わないで下さい」
知られたくない人が何人かいた。特にダメなのは奏とミズキ。それに蓮太郎も良くない気がした。

「本当に触れてないなら、別に良いんじゃないですか?」
「それでもダメ!」
了が叫ぶ横で隼人が呟く。
「先生、画像を送って下さいね。後で生徒会ブログにアップするんで」
「もうそのネタはイイと思うんです!」
一応、今までに実際に写真がアップされていた事はなかったが、了は突っ込んでおいた。



食器は蓮二郎と了の二人で片付けた。
以前と同じように了が洗い、蓮二郎がふきんで拭いていく。

「その……僕の家族の事で、ご迷惑をかけてすみませんでした」
「え?」
了は食器を洗う手を止めて、隣にいる蓮二郎を見た。

「あなたの言う通りでした。父さんは不器用な人だって知ってたのに、つい自分に興味がないんじゃないかって疑ってしまっていました」
両親が離婚し、兄と母と別れ、慣れない田舎暮らしを始めた事で、蓮二郎は精神的に追い詰められていたのかもしれない。
だからいろいろ見えなくなっていたのではないか。

「父や兄にも会って、僕は自分が何も見えていなかったってわかりました。優しくしてくれる宗親おじさんに傾倒したり、あなたに八つ当たりしたり、ちょっと自分でも酷かったなって反省しました」
蓮二郎は改まって了に向き直った。

「ご迷惑をかけてすみませんでした」
頭を下げる蓮二郎に了は戸惑いつつ手を振る。
「いや、別に謝ってもらう必要はないよ」
蓮二郎は顔を上げて、まじまじと了を見る。

「じゃあ、お礼は言わせて下さい。ありがとうございました」
胸が温かくなった。

「うん、もう良いよ。照れるし……」
頭をかく了に、蓮二郎は微笑んだ。
以前には見られなかった笑顔を見られた事が嬉しかった。

「そうだ、兄に会ったんですが、今度ここに遊びに来たいって言ってたんですけど、家に呼んでも大丈夫でしょうか?」
「レンが? もちろん大丈夫だよ」

言ってから気付いた。
また口説かれたら面倒だ。宗親が大喜びで写真を撮りだすだろう。
やっぱり、家に招くのは良くないかもしれない。

「良かったです。さっそく後で兄に連絡しておきますね!」
「あ、うん……」
断れなかった。
でも嬉しそうな蓮二郎の顔を見ると、これで良かったと思えた。

それに双子を並べて眺めて見たい気もしていた。
違う部分があるのか、見分けがつくのかが気になる。
何よりこの二人を並べたら、きっと幻想的で美しいだろうと思えた。

人形展で見た蓮の中の人形のように。





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