漢字一文字タイトルシリーズ №6 「紙」

漢字一文字タイトルシリーズ №6 「紙」

　私が会社から帰宅すると、葉書が届いていた。スマホやパソコンが連絡ツールとして最重要化されている昨今、不審に思った。差出人を見ると、かつて同じ大学に通っていた旧友で現在はテレビ番組の制作プロデューサーとして活躍している。ただ端に本人の近況報告だけではなかった。彼はクイズ番組を担当しており、１ヶ月後に放送予定の番組を収録するので指定されたスタジオへ来る様にとのことだ。クイズは得意ではないし、最近はそれほどテレビは観てないし、丁重に断るつもりだった。しかし卒業して暫く顔を合わせていないので、挨拶がてらに出掛けることにした。

　収録当日、私はテレビ局に在る別室に呼ばれた。すると四半世紀ぶりだろうか、今ではとうに出世した旧友が穏やかな笑みを浮かべて入ってきた。挨拶もそこそこにして、私がクイズが不得意である旨を伝えた。だが心配無用と、彼はＡ６サイズのメモ用紙を差し出した。一見、意味不明な文言が羅列されていた。彼曰くそれを見て答えればいいと後押しした。
　「おい？！　カンニングだろ！」
　何度も述べるがクイズが苦手な私でも、不正をしてまで正解をしたいとは思わない。しかし彼はこの一件に関して部下に対して、箝口令をしているし、上手い具合に編集しておくから安心しろと言い出す始末。最後には全問正解すると賞金百万円が出るらしい。決して金がどうのこうのと言うわけではないが、久しぶりに彼と会えたこと、ましてや彼の顔を立てる意味で、「八百長試合」に臨むことにした。
　
　収録スタジオはテニスコート一面半分の広さで、撮影機器はもちろん天井には巨大なライトが吊るされている。これから「公開不正」が行われるにしては、豪勢な用意周到ぶりだ。
　私は解答者用の椅子に座ると、カメラに映らない様にメモ用紙を可能な限り掌に隠した。
　問題開始のジングルが鳴った！
　
　Ｑ１「平仮名・片仮名の『あ』を、アルファベットで書くと？」
　私「エース」
　ところが正解のジングルが鳴らなかった。
　Ｑ２「敏腕ピッチャーを俗に何と言う？」
　私「タロウ」
　Ｑ３「ではウルトラマンＡ（エース）の次回作は？」
　私「４問目」
　Ｑ４「今、何問目？」
　私「シラン」

　って、おかしいぞ？　本当にこれでいいのか？　私は取り敢えず順番通りに答えるしかなかった。

　Ｑ５「この漢字は何と読む？」

　と、「紫蘭」と書かれたテロップがカメラ画面に映し出された。
　
　私「フラン」

　Ｑ６「かつてフランスで使われた通貨単位は？」
　私「ゴリラ」
　Ｑ７「アフリカで絶滅が危惧されている大型の霊長類の動物は？」
　私「明太子」

　明らかにおかしい！　でも時の流れに勝てるわけがない。私はひたすらメモの文言通りに、答えなければならなかった。
　
　Ｑ８「スケソウダラの卵から作る博多名物は？」
　私「伴内、そのま、駿」
　Ｑ９「『松尾』の苗字で始まる有名人を３人答えてください」
　私「マリラ」
　Ｑ⒑「児童文学「赤毛のアン」に登場するアンの養母の名前は？」
　私「マラリア」
　Ｑ⒒「主に蚊によって媒介される伝染病は？」
　私「仮病」
　Ｑ⒓「特に調子が悪いわけでもないのに、病気のふりをするのは？」
　
　さすがに答えるのをやめ、スタッフの制止を振り切って彼のいるスタッフルームに怒鳴り込んだ。彼にメモ用紙を見せ、どういうことなのか説明を求めた。メモ最上部に記された「Ａ」とピリオドについて、私は答えを意味する「ＡＮＳＷＥＲ」の頭文字と捉えていた。実はそれが１問目の答えだったとのこと。
要するに私は、１問目の答えを無視して２問目の答えから順に答えたというわけだった。
　まさかこのままオンエアされるのかと思い、彼に尋ねたが、さすがに気まずいと思い収録ＶＴＲはお蔵入りとなった。
　
カンニングを承諾した私も私だが、この件以来、彼と再会することはなかった。