非実在系弟がいる休暇

あるふれん

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逃避行

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わたしは作家である。ペンネームはアオハル。これは別にわたしが青春ものを書いているからとかではなくて、単純に自分の名前と大好きな弟くんの名前から取っている。
だがそれはもう過去の話、わたしは今日から生まれ変わるのだ。

そう、今から仕事を放り出して逃げる。

これからわたしはモブでニートのアラサー。この数年の間に貯めたお金で美味しいもの食べたり、綺麗な景色を見に行ったり、観光施設で遊んだりする、ただの一般人Aになるの。
毎日コンビニのお弁当を食べて、ゴミ屋敷と化している自宅に一日中引きこもって、ネットの評判に怯えながら朝から晩までパソコンに張り付いて原稿を書く日々とはおさらばするのよ。

だって無理なんだから。自分のことは自分がよく分かっている、わたしはもう何も知らない子どもじゃない。

作家を目指していた頃は、湯水のようにアイデアが湧き出てきた。当然ボツにしたりボツにされたりすることも多かったが、あの頃は書くのが楽しかった。無限の世界が広がっているように思えた。
その頃だけじゃない。わたしは幼い頃から創作するのが好きだった。絵を描いたり見たりするのが、お話を書いたり聞いたりするのが、楽器を演奏したり聴いたりするのが好きだった。自分の頭の中にはいつも妄想の世界が広がっていた。

だが今のわたしはどうだ。新しいお話どころか過去の自分が書いた話の続きさえ書けず、絵も音楽も人の作品を楽しむだけ。
一丁前に出来ることといえば、起きた出来事や頭の中の考えを脳内で小説のようにする現実逃避だ。まさに今やっているように。

そうして現実逃避をするくせに本気で逃げ出すことはせず、いつもいつも現実に苦しめられている。
だけど今日は違う、今回のわたしは違う。
放り出して逃げると言ってからすでに十数分経っているが今日こそは逃げるんだ、本気で逃げるんだ。

スマホは持った、決済アプリの残高は充分、使えない場合のために財布も持った。
まず目指すはネットで評判の高い、調べたら自宅の近くにあった、オムライスが美味しいと噂のお店だ!

────────。

店内の様子はなんというか、作家にあるまじき語彙力だがオシャレな感じ。こういう雰囲気のお店には入ったことがないので少し緊張する。ごめん見栄張ったすっごい緊張してる。お店に入るのにも少し躊躇ってた。

当初の目的であるオムライスを注文して、ジロジロ見過ぎないように周りを見渡してみる。

あの席の男女、カップルかな。男の子より女の子の方がいっぱい食べてる。創作だとよく見かけるけど、ああいうギャップってやっぱり良いなあ。わたしも今度書いてみようかな。

──いや、違う、もう書かなくていいんだってば!わたしはモブ、もうアオハルの名は捨てたの!
落ち着け、こういう時は弟くんのことを思い出すのよ。

弟くんはわたしの頼んだオムライスを見て、美味しそうだなーって視線を送ってくるの。それに気づいたわたしはひと口食べる?って聞いて、弟くんの口元にオムライスをあーんって──。

「お待たせしました、オムライスです」
「ぁっ、ども」

想像の世界にいる時に話しかけられたせいで変な返しになってしまった。大丈夫かな、あの店員さん不快に思ってたりしないかな。裏で陰口言われてたらどうしよう。あの陰気臭い女まともに返事も出来ないんだぜ、的な。
……食べ終わったらさっさと出よう。

オムライスは美味しかった。

────────。

「ただいまー」

言っても返事がないことは分かっているが、実家にいた頃の癖がなかなか抜けず、つい言ってしまう。

手早く部屋着に着替えて、パソコンをたちあげる。
久々に外出したが、慣れないことはするものじゃない。だいぶ疲れた。

「──いやなんで帰ってきてるのよ、わたし!」

思わず声に出して叫んでしまった。え、わたしなんで家にいるの。オムライス食べ終わってからの記憶がないんだけど。
いや待て、待て待て待て、ここで落ち着いて立ち止まったらダメな気がする。いっそこのまま原稿を書き始めた方が良いんじゃない?
久々に外に出たおかげなのか、頭が冴えてる気がする。だってほら、今スラスラ書けてるし!

そうよ、この仕事は正気を保ってちゃいけないの。正気で書き続けられる人は才能のある人だけ、わたしはそうじゃない。
だから後で黒歴史だのなんだのと言われようと、わたしはこの衝動に身を任せる!

今のわたし、無敵かも……!

────────。

「~♪」

作業を終えて、気分良くシャワーも済ませる。まだ原稿を書き終えたわけじゃないが、このペースなら締め切りにかなり余裕をもって完成できそうだ。
こんな日には、弟くんにたっぷり甘やかしてもらおう。パジャマに着替えて髪を乾かし、歯を磨いて寝室に向かう。

「おつかれ、姉さん」
「うん、つかれたよー」
「あはは、頑張ってたもんね。ちゃんと見てたよ」

わたしの大好きな弟くん。わたしの大切な弟くん。
子どもの頃は”お姉ちゃん”って呼んでくれてたのに、思春期になってからは”姉さん”呼びに変わった。
それでもたまに、甘えてくるときにお姉ちゃんって呼んでくれる。

「あたま撫でてー」
「いいけど、これじゃあ俺がお兄ちゃんみたいだ」
「弟くんは弟くんだよー」

一人称も、いつのまにか”僕”から”俺”に変わっていた。
身長もとっくの昔に追い越されている。それでも弟くんは弟くんだ。
わたしより2歳年下の、かわいいかわいい弟くん。

「明日のゴミ出しは俺がやっておくから、ゆっくり寝て」
「うん、そうする。朝ごはんはトーストがいいな」
「分かったよ。おやすみ、姉さん」

────────。

────────。

────────。
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