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変わりゆく日常
264 憧れへ、その一歩を その2
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少年は、祖父に剣を渡す様に要求する。
当然ながら、受け入れられる事はない。
ほんの数分前まで、少年はベッドの上で身動き一つしない、生ける屍であったのだから。
「馬鹿な事を言うな! お前は早く逃げろ!」
「逃げるのは、爺ちゃんだ。そんな痩せた身体じゃ戦えない! 爺ちゃんは、街の皆を避難させてくれ!」
「それは、お前の事だろ! 早く逃げろと言ってるんだ!」
「いま戦わなくて、どうするって言うんだ! 俺がちゃんとしてれば、お袋は死なずに済んだ! 俺は戦わなくちゃ駄目なんだ! もう逃げちゃ駄目なんだ! 戦わせてくれよ、爺ちゃん!」
少年は、マナを体中に巡らせる。
弱って動かない手足が、体そのものが軽くなる。
「お前・・・」
祖父は目を見開いた。
かつて天才と呼ばれた孫が、再び目の前に居た。
「爺ちゃん、ぼーっとしてる場合じゃない! 早く!」
少年は、祖父から剣を奪い取る。
次の瞬間、飛び掛かって来るモンスターを、横薙ぎに切り捨てた。
自分の命を繋ぐ為に、懸命に抗う母が居た。
そして、弱った体でモンスターに立ち向かう祖父が居た。
少年は知った。
戦う本当の意味を。
少年は街を駆けた。
領都から遠い街には、軍の姿が見当たらない。
街は惨状と化していた。
溢れかえるモンスター。
そして街の住人は、各々が家に立てこもり、モンスターの襲撃に耐えていた。
全ての住人が生き残っていた訳ではない。
少年の母親の様に、モンスターに喰われる住人も少なくなかった。
何よりも、飢餓の果てに打ち捨てられる様に、横たわる死体が少年の心を抉った。
少年は現状を受け止める。
尽きる事のない悔恨の念が、少年の心を締め付ける。
しかし、立ち止まってはいけない。
自分は、守られて生き延びた。
次は自分の番だ。
自分がこの街を守る。
母がそうした様に。
少年は、街を周りモンスターを切り捨てていく。
住人達が、より安全な場所に避難できるように。
モンスターは、数を減らす事が無い。
だからこそ、少年は足を止めなかった。
モンスターの襲撃が止む頃には、街はモンスターの死骸が積み上がっていた。
全てが終わり母の仇を討っても、少年の心は晴れる事は無かった。
そして、少年は王都に上京し、軍に戻った。
☆ ☆ ☆
冬也に頭を下げ続ける少年。
ただ、冬也が簡単に首を縦に振る事はない。
冬也は少年を一瞥すると、吐き捨てる様に言い放つ。
「止めとけ。てめぇじゃアルキエルは満足しねぇよ」
「お願いします」
冬也は、頭を下げる少年の脇を、通り過ぎようとする。
それでも少年は、冬也の行く先に回り込み、頭を下げた。
「しつけぇよ! それなら、もう一度聞くぜガキ! てめぇは何で強くなりたい? 何で力を求める?」
「守る為! 失った命に報いるには、それしかない! 俺は守る! もう何も失いたくない!」
「馬鹿かてめぇは! 自分の命すら守れねぇ野郎が、大層な事を抜かしてんじゃねぇよ!」
「それでも! 俺は引けない!」
冬也は頭を掻いた。
少年の意思は、本物だろう。
そして冬也は、少年がかなりの実力者で有る事を理解していた。
しかし、早すぎる。
それが、冬也の答えであった。
少年が心身共に成長を遂げれば、いずれその時は来るだろう。
しかしアルキエルは、曲がりなりにも戦いの神である。
未だに、人の命を軽んじている節が有る。
冬也という枷があるから、死者が出ないだけ。
死んだって、生まれ変わればいいじゃねぇか。何度だって生まれ変わって、挑んで来いよ。
アルキエルなら、間違いなくそう答えるだろう。
冬也が指名したサムウェル達四人は、アルキエルに心の強さを学ばせるべく、冬也が選んだ人物である。
実の所、冬也にとって、戦いの技術を後世に伝える事など、二の次であった。
ただ、目の前に立ち塞がるこの少年は、諦める事はないだろう。
ならば、圧倒的な実力差を示し、諦めさせるしかない。
「仕方ねぇ、一度だけチャンスをやる。十分間だけ、俺はここから動かねぇ。俺に傷を一つだけ付けてみな」
そして冬也は少年を威圧した。
鋭い眼光が、少年を射抜く。
冬也は神気を解放した訳では無い。
様変わりした冬也の存在感。
これが、幾多の戦いを潜り抜けた男の姿だろう。
周囲にビリビリとした、緊張が走る。
木々は暴風に吹かれた様に、ざわめく。
この場で、平然としていられるのは、ペスカだけだった。
トールは、声すら発せずに、固まっている。
少年も同様に、動けなかった。
確固たる意志が、どんな技術をも凌駕する。
それは、異世界ロイスマリアと地球で、何が変わるだろう。
例えば、拳銃で命を狙われたとして、どうすれば生き延びる事が出来るか。
答えは、動く事だろう。
がむしゃらにでも、動き続けて自分から狙いを逸らす。
ただ、何が何でも生き延びる意思がなければ、拳銃に怯え簡単に動く事は出来ない。
戦いに必要なのは、殺す技術ではない、意思の力である。
それを違えれば、道を踏み外す。
特にこのロイスマリアでは、意思の力が顕著に表れる。
「こんなんでびびってたら、アルキエルの前にすら立てねぇぞ!」
少年は覚悟して、この場に挑んだ。
しかし、戦いにすらなっていない。
少年は冬也に打ち込んですらいない。
冬也と少年では、乗り越えて来た修羅場の数が違う。
少年は憧れのその先を、目の当たりにした。
現実を突きつけられた。
「そもそもよぅ。トールさんも、他人に押し付ける所は、何も変わってねぇなぁ。翔一の件、俺が知らねぇとでも思ったか? このガキはあんたの部下だろうが! 何で自分で何とかしようと思わねぇ、丸投げしてんじゃねぇよ!」
トールは、死地を超えて来た。
軍を再編し、多くの民を救ってきた、この国で一番の勇敢な軍人だ。
冬也もそれは、認めている。
だからこそ、冬也はトールに敬称を付けて呼んでいる。
少年の剣の腕は、トールを遥かに超えるだろう。
トールは少年に多大な期待を寄せて、少年はトールに恩義を感じているのだろう。
エルラフィア軍のトップであるトールが、わざわざ一介の少年兵に付き添う事が、何よりもの証である。
冬也が敢えてトールを罵倒した言葉、それが少年の心を刺激した。
「俺を馬鹿にするのは、構いません。だけど、隊長を悪く言うのは止めて欲しい」
少年は、冬也の威圧に耐え、精一杯の言葉を口にする。
「だったら、何だって言うんだ! トールが腑抜けなのは、変わりねぇだろうが!」
「撤回して下さい!」
「だったら、実力で撤回させてみせろや、クソガキ!」
少年は一歩を踏み出す。
そして、冬也の間合いに踏み込むと、拳を振り上げ鋭い突きを見舞う。
しかし、少年の突きは冬也に届かない。
簡単に手で跳ね除けられ、少年は勢い良く後方へ吹き飛んだ。
実力差は明白、結果はわかっていた事だった。
それでも少年は立ち上がった。
何故に少年は、ここまでアルキエルの弟子になる事に固執するのか。
それは、ここ数か月の間に出版された、勇者シグルドの伝説と言われる、一冊の書籍が元になっていた。
そこに綴られていたのは、仲間を守る為に、他国の民をを守る為に、命を懸けて神と対峙するシグルドの姿。
最後まで己の使命に忠実であった崇高なシグルドを知り、少年ははっきりと進むべく未来を見据えた。
自分が守れなかった命。
それは、自分が不甲斐ないから。
少年の脳裏に母親の最後がちらつく。
一歩でもシグルドに追いつきたい。
あの高みに近づけば、自分でも守る力が手に入る。
「引けない、折れない。もう俺は逃げない!」
再び冬也に飛び掛かる少年。
冬也は少年を払い除ける様に、吹き飛ばした。
「悲壮感丸出しで、何もかも背負った気になってんじゃねぇ! てめぇが何を背負えるってんだ、あぁ? 守るだぁ? たかだかモンスターを倒した位で、調子にのるんじゃねぇ!」
多くの傷を作り、体の痛みを無視して、何度吹き飛ばされても、少年は冬也に挑む。
冬也の定めた十分間など、とうに過ぎていた。
少年は、冬也に挑む事を止めなかった。
数時間が経過しようとした頃、少年は力尽きて崩れる様に倒れた。
「失格だ!」
冬也は、倒れる少年を見下ろす様に、言い放つ。
だが、冬也の言葉はそれでは終わらなかった。
「お前はまだ弱い。だから修行を続けろ! お前はまだ足りない、だからもっと学べ。トールさんは、間違いなくエルラフィアで一番の軍人だ。まだトールさんから学べる事は多いはずだ。焦る事はねぇよ、お前が一人前になった時には、必ずアルキエルの相手になって貰う」
薄れゆく意識の中で、少年は冬也の声を聞いた。
そして、冬也はトールに近づくと、拳で軽く胸を叩く。
「すみませんでした、冬也様」
「あんたのその甘い所、俺は嫌いじゃねぇよ。逸材だ。しっかりと育ててくれよ。あんたにしか教えてやれねぇ事があんだろ?」
「畏まりました、冬也様」
トールは再び冬也に頭を下げると、少年を抱えて去っていった。
冬也は、トール達を見送ると、徐に口を開く。
「それで、ペスカ。何か言う事があるよな」
「何の事かな?」
「とぼけんじゃねぇ、ペスカ!」
「いひゃい、いひゃい。おにいひゃん、やめれ」
ペスカは冬也に両の頬をつねられた。
久しぶりの痛みに、ペスカは涙目になる。
「だから言っただろ! あんな本を出したら、影響される奴が出るって!」
「うっさい! おにいちゃんの馬鹿! あの子のやる気がマシマシになったのは、私のおかげでしょ?」
ペスカは冬也の手を振りほどき、言い返す。
確かに、ペスカの言う通りかもしれない。
少年の記憶を覗き見た冬也は、複雑な気持ちで空を見上げた。
未来は自分の力で切り開く事が出来る。
諦める事が無ければ。
そして少年は、きっと憧れのその先に辿り着くだろう。
冬也はそんな光景を想像し、笑みを零した。
これは剣に一生を捧げた少年の物語。
次代を担う、英雄の序章である。
当然ながら、受け入れられる事はない。
ほんの数分前まで、少年はベッドの上で身動き一つしない、生ける屍であったのだから。
「馬鹿な事を言うな! お前は早く逃げろ!」
「逃げるのは、爺ちゃんだ。そんな痩せた身体じゃ戦えない! 爺ちゃんは、街の皆を避難させてくれ!」
「それは、お前の事だろ! 早く逃げろと言ってるんだ!」
「いま戦わなくて、どうするって言うんだ! 俺がちゃんとしてれば、お袋は死なずに済んだ! 俺は戦わなくちゃ駄目なんだ! もう逃げちゃ駄目なんだ! 戦わせてくれよ、爺ちゃん!」
少年は、マナを体中に巡らせる。
弱って動かない手足が、体そのものが軽くなる。
「お前・・・」
祖父は目を見開いた。
かつて天才と呼ばれた孫が、再び目の前に居た。
「爺ちゃん、ぼーっとしてる場合じゃない! 早く!」
少年は、祖父から剣を奪い取る。
次の瞬間、飛び掛かって来るモンスターを、横薙ぎに切り捨てた。
自分の命を繋ぐ為に、懸命に抗う母が居た。
そして、弱った体でモンスターに立ち向かう祖父が居た。
少年は知った。
戦う本当の意味を。
少年は街を駆けた。
領都から遠い街には、軍の姿が見当たらない。
街は惨状と化していた。
溢れかえるモンスター。
そして街の住人は、各々が家に立てこもり、モンスターの襲撃に耐えていた。
全ての住人が生き残っていた訳ではない。
少年の母親の様に、モンスターに喰われる住人も少なくなかった。
何よりも、飢餓の果てに打ち捨てられる様に、横たわる死体が少年の心を抉った。
少年は現状を受け止める。
尽きる事のない悔恨の念が、少年の心を締め付ける。
しかし、立ち止まってはいけない。
自分は、守られて生き延びた。
次は自分の番だ。
自分がこの街を守る。
母がそうした様に。
少年は、街を周りモンスターを切り捨てていく。
住人達が、より安全な場所に避難できるように。
モンスターは、数を減らす事が無い。
だからこそ、少年は足を止めなかった。
モンスターの襲撃が止む頃には、街はモンスターの死骸が積み上がっていた。
全てが終わり母の仇を討っても、少年の心は晴れる事は無かった。
そして、少年は王都に上京し、軍に戻った。
☆ ☆ ☆
冬也に頭を下げ続ける少年。
ただ、冬也が簡単に首を縦に振る事はない。
冬也は少年を一瞥すると、吐き捨てる様に言い放つ。
「止めとけ。てめぇじゃアルキエルは満足しねぇよ」
「お願いします」
冬也は、頭を下げる少年の脇を、通り過ぎようとする。
それでも少年は、冬也の行く先に回り込み、頭を下げた。
「しつけぇよ! それなら、もう一度聞くぜガキ! てめぇは何で強くなりたい? 何で力を求める?」
「守る為! 失った命に報いるには、それしかない! 俺は守る! もう何も失いたくない!」
「馬鹿かてめぇは! 自分の命すら守れねぇ野郎が、大層な事を抜かしてんじゃねぇよ!」
「それでも! 俺は引けない!」
冬也は頭を掻いた。
少年の意思は、本物だろう。
そして冬也は、少年がかなりの実力者で有る事を理解していた。
しかし、早すぎる。
それが、冬也の答えであった。
少年が心身共に成長を遂げれば、いずれその時は来るだろう。
しかしアルキエルは、曲がりなりにも戦いの神である。
未だに、人の命を軽んじている節が有る。
冬也という枷があるから、死者が出ないだけ。
死んだって、生まれ変わればいいじゃねぇか。何度だって生まれ変わって、挑んで来いよ。
アルキエルなら、間違いなくそう答えるだろう。
冬也が指名したサムウェル達四人は、アルキエルに心の強さを学ばせるべく、冬也が選んだ人物である。
実の所、冬也にとって、戦いの技術を後世に伝える事など、二の次であった。
ただ、目の前に立ち塞がるこの少年は、諦める事はないだろう。
ならば、圧倒的な実力差を示し、諦めさせるしかない。
「仕方ねぇ、一度だけチャンスをやる。十分間だけ、俺はここから動かねぇ。俺に傷を一つだけ付けてみな」
そして冬也は少年を威圧した。
鋭い眼光が、少年を射抜く。
冬也は神気を解放した訳では無い。
様変わりした冬也の存在感。
これが、幾多の戦いを潜り抜けた男の姿だろう。
周囲にビリビリとした、緊張が走る。
木々は暴風に吹かれた様に、ざわめく。
この場で、平然としていられるのは、ペスカだけだった。
トールは、声すら発せずに、固まっている。
少年も同様に、動けなかった。
確固たる意志が、どんな技術をも凌駕する。
それは、異世界ロイスマリアと地球で、何が変わるだろう。
例えば、拳銃で命を狙われたとして、どうすれば生き延びる事が出来るか。
答えは、動く事だろう。
がむしゃらにでも、動き続けて自分から狙いを逸らす。
ただ、何が何でも生き延びる意思がなければ、拳銃に怯え簡単に動く事は出来ない。
戦いに必要なのは、殺す技術ではない、意思の力である。
それを違えれば、道を踏み外す。
特にこのロイスマリアでは、意思の力が顕著に表れる。
「こんなんでびびってたら、アルキエルの前にすら立てねぇぞ!」
少年は覚悟して、この場に挑んだ。
しかし、戦いにすらなっていない。
少年は冬也に打ち込んですらいない。
冬也と少年では、乗り越えて来た修羅場の数が違う。
少年は憧れのその先を、目の当たりにした。
現実を突きつけられた。
「そもそもよぅ。トールさんも、他人に押し付ける所は、何も変わってねぇなぁ。翔一の件、俺が知らねぇとでも思ったか? このガキはあんたの部下だろうが! 何で自分で何とかしようと思わねぇ、丸投げしてんじゃねぇよ!」
トールは、死地を超えて来た。
軍を再編し、多くの民を救ってきた、この国で一番の勇敢な軍人だ。
冬也もそれは、認めている。
だからこそ、冬也はトールに敬称を付けて呼んでいる。
少年の剣の腕は、トールを遥かに超えるだろう。
トールは少年に多大な期待を寄せて、少年はトールに恩義を感じているのだろう。
エルラフィア軍のトップであるトールが、わざわざ一介の少年兵に付き添う事が、何よりもの証である。
冬也が敢えてトールを罵倒した言葉、それが少年の心を刺激した。
「俺を馬鹿にするのは、構いません。だけど、隊長を悪く言うのは止めて欲しい」
少年は、冬也の威圧に耐え、精一杯の言葉を口にする。
「だったら、何だって言うんだ! トールが腑抜けなのは、変わりねぇだろうが!」
「撤回して下さい!」
「だったら、実力で撤回させてみせろや、クソガキ!」
少年は一歩を踏み出す。
そして、冬也の間合いに踏み込むと、拳を振り上げ鋭い突きを見舞う。
しかし、少年の突きは冬也に届かない。
簡単に手で跳ね除けられ、少年は勢い良く後方へ吹き飛んだ。
実力差は明白、結果はわかっていた事だった。
それでも少年は立ち上がった。
何故に少年は、ここまでアルキエルの弟子になる事に固執するのか。
それは、ここ数か月の間に出版された、勇者シグルドの伝説と言われる、一冊の書籍が元になっていた。
そこに綴られていたのは、仲間を守る為に、他国の民をを守る為に、命を懸けて神と対峙するシグルドの姿。
最後まで己の使命に忠実であった崇高なシグルドを知り、少年ははっきりと進むべく未来を見据えた。
自分が守れなかった命。
それは、自分が不甲斐ないから。
少年の脳裏に母親の最後がちらつく。
一歩でもシグルドに追いつきたい。
あの高みに近づけば、自分でも守る力が手に入る。
「引けない、折れない。もう俺は逃げない!」
再び冬也に飛び掛かる少年。
冬也は少年を払い除ける様に、吹き飛ばした。
「悲壮感丸出しで、何もかも背負った気になってんじゃねぇ! てめぇが何を背負えるってんだ、あぁ? 守るだぁ? たかだかモンスターを倒した位で、調子にのるんじゃねぇ!」
多くの傷を作り、体の痛みを無視して、何度吹き飛ばされても、少年は冬也に挑む。
冬也の定めた十分間など、とうに過ぎていた。
少年は、冬也に挑む事を止めなかった。
数時間が経過しようとした頃、少年は力尽きて崩れる様に倒れた。
「失格だ!」
冬也は、倒れる少年を見下ろす様に、言い放つ。
だが、冬也の言葉はそれでは終わらなかった。
「お前はまだ弱い。だから修行を続けろ! お前はまだ足りない、だからもっと学べ。トールさんは、間違いなくエルラフィアで一番の軍人だ。まだトールさんから学べる事は多いはずだ。焦る事はねぇよ、お前が一人前になった時には、必ずアルキエルの相手になって貰う」
薄れゆく意識の中で、少年は冬也の声を聞いた。
そして、冬也はトールに近づくと、拳で軽く胸を叩く。
「すみませんでした、冬也様」
「あんたのその甘い所、俺は嫌いじゃねぇよ。逸材だ。しっかりと育ててくれよ。あんたにしか教えてやれねぇ事があんだろ?」
「畏まりました、冬也様」
トールは再び冬也に頭を下げると、少年を抱えて去っていった。
冬也は、トール達を見送ると、徐に口を開く。
「それで、ペスカ。何か言う事があるよな」
「何の事かな?」
「とぼけんじゃねぇ、ペスカ!」
「いひゃい、いひゃい。おにいひゃん、やめれ」
ペスカは冬也に両の頬をつねられた。
久しぶりの痛みに、ペスカは涙目になる。
「だから言っただろ! あんな本を出したら、影響される奴が出るって!」
「うっさい! おにいちゃんの馬鹿! あの子のやる気がマシマシになったのは、私のおかげでしょ?」
ペスカは冬也の手を振りほどき、言い返す。
確かに、ペスカの言う通りかもしれない。
少年の記憶を覗き見た冬也は、複雑な気持ちで空を見上げた。
未来は自分の力で切り開く事が出来る。
諦める事が無ければ。
そして少年は、きっと憧れのその先に辿り着くだろう。
冬也はそんな光景を想像し、笑みを零した。
これは剣に一生を捧げた少年の物語。
次代を担う、英雄の序章である。
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