妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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終わりと再生

226 希望の果実 その1

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 この世界から神が消えた。最初に、その事実に気がついたのは、一部の者達であった。

 風の女神の命で、スール達は大陸東部を後にした。
 スールはブルを、ミューモはエレナを背に乗せて、大陸西部に向かう。しかしスールには、目の前で起きた出来事がどうしても理解出来なかった。
 そしてミューモの反対を押し切り、スールは踵を返す。

 ただ、既に結界が張られており、東部には戻る事が出来ない。
 結界が無くなった時には、辺りには無残に転がる神格以外、もう何も残っていなかった。

 訳がわからなかった。受け止める事が出来なかった。
 しかし時間が経つほど、記憶が明確に蘇ってくる。無残に倒れ伏すペスカと冬也の体。記憶の中から消し去りたい映像が、脳を支配する。

 また、転がる神格の数々を見れば、ここで何が起きたのか、おおよその察しはつく。
 蘇った戦いの神、ペスカと冬也を殺害した憎き敵。しかし、あれ程の力の持ったペスカと冬也を、容易に殺せるはずがない。その上、これだけの神が集まって、太刀打ちすら出来ないはずがない。

 有り得ない、有り得ない、有り得ない。

「がぁああああああ~! 何故だぁぁぁぁああああ~! うぁああああああああああああ~!」

 スールは、喉が枯れる程に叫んだ。叫んでも、事実が変わる訳ではない。

 夢であれば。そこに居る誰もがそう思っていた。しかし、既にペスカ達の体は無い。何度見ても、周囲には無数の神格が転がるだけ。
 これが現実である。

 温かく包み込まれる様な冬也の神気を、今は全く感じない。スールは滂沱の涙を流し、叫び続けた。
 それを止める者は、誰も居なかった、誰も止められなかった。

 スールに釣られる様に、ミューモは静かに涙を流していた。力なく突っ伏して泣き続ける姿は、敬愛する主を失った慟哭にも似ていた。
 エンシェントドラゴンの自分でさえ、何も出来なかった事態に対し、冬也とペスカは易々と対処してみせた。
 だからこそミューモは、抗い続けた。どれだけ冬也に厳しい言葉を投げつけられようとも、歯を食いしばって戦い続けた
 冬也に認められたかった。そして冬也を失った事実に、ミューモは目を背けたかった。 
 しかし、否応なしに襲い来る現実は、ミューモの心を痛め続けた。

 ブルは、静かにスールの背に手を置いた。
 スールを慰めようとしていたのかもしれない。しかし、ブルの目からも涙が溢れていた。
 冬也達の姿を思い出す度に、零れる涙。神気を伝って感じていた冬也の温もりを、二度と感じる事が出来ないのか。
 そう思うと、切なさに涙が止まらなかった。

 エレナは、嗚咽をしていた。
 兵士であるエレナは、常に死と隣り合わせの環境に身を置いていた。しかし、あれだけ無残な死を目の当たりにしたのは、初めてだった。
 強かった。自分とは次元の違う強さを、ペスカと冬也は持っていた。にも関わらず、簡単に命が失われる。
 ぶっきらぼうだが、温かい冬也。柔らかい笑顔で包んでくれるペスカ。この大陸に呼ばれ、支えになってくれたのは、この二人だった。
 失って欲しくないもの程、簡単に失われる。そんな理不尽と、抗う事すら叶わぬ現実が、エレナを苛んでいた。

 日が沈み、夜が明けても、彼らは慟哭し続けた。
 何度目かの夜明けを体験し、どれ程の時間が経ったのか、涙も枯れ果てた頃、スールは立ち上がった。
 嘆きの果てで、スールは何を得たのだろう。

「儂は、こんな終わりを認めん」

 スールが放った言葉は、たった一言だった。だが、奇しくもその言葉は、仲間達の心を揺り動かした。
 
 ミューモには、冬也の声が聞こえた気がしていた。
 何してやがる馬鹿野郎! 泣いている暇が有れば、出来る事をしやがれと。

 エレナは叫んだ。力いっぱいの叫びだった。

「そうニャ! 許しちゃ駄目ニャ! 冬也なら言うニャ! こんな理不尽は、俺がぶっ飛ばしてやるって! ペスカなら辿り着くニャ! どんな事だって、その先には未来が有るニャ。あいつらは、強いニャ! 私達がここでしなければいけないのは、落ち込む事じゃないニャ! 私は負けないニャ! 私はもう挫けないニャ!」

 ブルの中には、冬也と共に果実を齧った思い出が蘇っていた。あの場所に戻りたい、心の底からそう思った。

「戻るんだな。みんなの所に戻るんだな」

 いつしか彼らは立ち上がり、誰が言うまでもなく、辺りに散らばる神格を一つ一つ集め始めた。そして、スールはブルを背に、ミューモはエレナを背に乗せて、再び空を駆けた。
 そして西部に退却した魔獣達と合流した後、起きた出来事を全て話した。

 ペスカ達の最後と、残された神格の数々、その意味を。
 一同が唖然とし、言葉を失っていた。受け入れたくない、現実であるのは、スール自身が良く知っている。
 しかし、スールは静かに語った。

「泣きたければ、泣くがいい。儂も泣いた、悔やんだ。お主らは良く戦った。だが、届かないものが有る。儂とて同じだ。だが、諦めて良いはずがない。儂等は主とペスカ様の意思を継ぎ、世界を守らなければならいない。それが、あのお二方に救われた、我らに出来る唯一の恩返しだ。今は泣け! 叫べ! 喚け! しかし、必ず立ち上がれ! 我らは、先に進む。お主らも必ずついて来い!」

 誰もが咆哮する。ノーヴェでさえも。
 ただズマだけが、しっかりと両足で大地を踏みしめて、立っていた。零れそうになる涙を懸命に堪えて、歯を食いしばり立っていた。

「私は泣く資格など無い! 悔やむ資格など無い! 私がするのは、残された同胞を守る事のみ!」

 恐らく、この時からであろう。ズマが、四大魔獣や巨人達を差し置いて、魔獣の王となったのは。
 
 だが、スール達がどれだけ前を向いても、神が世界から失われた事は、物理的な現象として如実に現れる。
 あれだけ豊かであった密林から、緑が失われていく。緑が消えると共に、小虫やそれを捕食する小動物が、姿を消していった。マナは滞り、循環が止まる。

 変化は急激に訪れる。
 特に巨大な体躯の魔獣達には、食料の確保は存亡の危機でもあった。
 
 以前のドラグスメリア大陸であれば、食料は戦って奪い合うのは当然であった。しかし、絶望的な未来が予測される中、ズマは断固として食料を奪い合う事を禁じた。
 それでも、飢えは深刻化していく。
 
「大丈夫なんだな。あの実は絶対に枯れないんだな」
「ブル殿、それは例の果実ですか?」
「そうなんだな。あれは、冬也の神気で育った実なんだな」
「では直ぐに。しかし、全員で動く訳にはいかない。スール殿、ドラゴンに様子を見に行って貰う事は出来るでしょうか?」
「もちろんだ。眷属達に行かせよう」
「では、お願いします。ノーヴェ殿、食料が残り少なくなっているのは事実。今の内に手分けして確保し、管理しなければならない。ご協力頂けるか?」
「当たり前だズマ」

 ズマを中心に、食料調達に動き始める。
 戦時の食糧としても活躍した目的の果実は、確かに枯れる事無く存在し、皆の腹を満たす充分な量が生っていた。
 ドラゴン達が果実を運び、一時的な飢えを凌いだものの、採り尽くしてはいずれ無くなる懸念もある。
 これまで、密林で採る事や狩る事しかして来なかった魔獣達には、栽培し増やす知識などあろうはずがない。
 そこでノーヴェを中心として、果実の木を増やす活動が始まった。
 エンシェントドラゴンの知恵を持ってしても、冬也の神気で育った木を増やす事は困難を極めた。
 
 いつしか魔獣達の間で、希望の果実と呼ばれる様になったその果実は、ノーヴェの知恵と巨人達の労働力を持って、約二か月の試行錯誤を繰り返し、栽培の目途が立った。
 更に三か月の時を経て、安定供給の目途が立った。

「なぁスール。これは冬也達の人間の所や、エレナ達の故郷に持っていく事は出来ないのかだな? お腹が減って困ってるのは、おで達だけじゃないはずなんだな」
「ブル。お主の言う通りじゃ。まとめた数を用意して、持っていくとしよう」
「賛成ニャ。お腹が空いたら、あいつらは直ぐ戦争を始めるニャ。特にオオカミの奴らが厄介ニャ。それにエルフの奴らが動き始めたら、私の故郷は無くなっちゃうニャ」
「あぁ、確かに面倒な事態が起こりかねん現状だな。運搬は俺とスールの眷属達が行うんでよかろう。ただ薄れたとは言え、冬也様の神気が果実には混じっている。人間や亜人には毒になりかねんぞ」
「ミューモ。少量を口にする様に、言い含めれば良かろう。それと持っていく量だが、アンドロケインの量を増やさんとならん。ラフィスフィア大陸に運ぶ量は、それほど多くなくても良い」
「スール、何でニャ?」
「少し前に戦いが有って、人間の数は著しく減っておる。これでも貴重な果実だ。余らせたり腐らせる訳にはいかん」
「ならば、急ぐとしよう。エレナ、実を集めるのを手伝え」

 彼らは果実を集めて、飛び立った。
 向かうのは、人間が住むラフィスフィア大陸と、亜人が住むアンドロケイン大陸。
 そして現在、スールとブルはスールの眷属を従え、エルラフィア王国の王都、王立魔法研究所に備え付けられた広大な実験場に、降り立っていた。
 
 複数のドラゴンと巨大な一つ目の魔獣の襲来に、一時騒然としたエルラフィア王国であった。しかし、親和を図ろうと理知的に話しかけるスールの成果か、戦闘に至る事は無かった。

 それでも、トールを中心に兵が並び、万が一に備える。
 スールの前には、エルラフィア王を始め、ペスカと関係の深い人物、研究所所長のマルス、執政官として腕を振るうシリウス、領地の維持に尽力するシルビアが揃っていた。

「先ずは、何から語ろうか」

 静かに口を開くスールを制する様に、シルビアが前に出た。

「偉大なるドラゴン。お聞かせください、ペスカ様と冬也君はどうなったのです?」

 本来ならば、国王を差し置いて発言する事など、言語道断であろう。しかしエルラフィア王は、咎める事をしなかった。
 エルラフィア王とて、英雄の行方を何よりも知りたい事であったからである。だが、スールからの言葉は、集まった人間達を絶望に落とした。

「主・・・、冬也様とペスカ様は、お亡くなりになった」

 シルビアは、愕然とし膝を突く。シリウスやマルス、国王も顔を青くして茫然自失となっていた。
 世界の危機に対し、待ち焦がれる英雄の消失。
 それは、これまで歯を食いしばって耐え忍んでいた、彼らの心を折るのに充分な出来事であった。
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