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2章 国境の森

10 森の中へ

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一応注:2章はプロローグの続きからです(回想にすぐ入りますが)



「ハア……ハア……。やっと行った。もう、今日こそ掴まるかもって思った。……魔物も怖いけど、人間も怖いしもうイヤだ……」

 今日は鈴なりに実っているベリーの茂みを見つけ、つい夢中になって採っていた時にあの男達が近づいて来ていたのに気づかないでしまったのだ。

 森で過ごすようになってから恐らく三ヶ月近くが経ったが、こうして人に見つかって悪意を持って追われたことはこれまでにも何度かあった。
 その度になんでこんな転生をしなくてはならなかったのかと神に問いかけたものだ。もし今目の前にあの時の神が現れたら、あの威圧感にもめげずに顔を上げて文句を叫ぶ自信がある。

「……そろそろ街へ靴を買いに行かないとダメかな。服は布があるから縫えばいいけど、靴は自分じゃあ作れないし、補修している余裕もないしなぁ。でもとりあえず今は、血の匂いで魔物が来る前に傷の手当をしよう。確か傷薬用の薬草は揃っていたよね……」

 草の葉でザックリと切ってしまった腕の傷が、意識した途端、ズキズキと主張し始めている。

 ハア……とため息をつきながら、タブレットを開いて変換リストから傷薬を探しながら、森に入ってからのことを振り返っていた。




 テムの町を出た日、夕暮れに空が染まる頃にやっと最初の森の入り口へと辿り着いた。
 森に着くまでにも二度、草原で鋭い牙を持つ鼠の魔物に襲われたが、草をかき分ける音に気づいてなんとか結界でしのぐことが出来ていた。

 ただいつ襲われるかという恐怖心から昼食に料理をする気力などなく、朝市で買った黒パンをもそもそと齧り、生活魔法で出した水を飲んだだけなので、そろそろ体力も気力も限界だった。

「どこで寝よう……。よく小説では森で寝る時は木の上で、ってあったけど、私、木登りって一度もしたことないんだけど登れるかな……」

 一日歩き続けて痛む足を引きずりながら近場で登れそうな太い木を探したが、見つかった木の下で身長よりも高い位置にある一番下の枝を見上げて途方に暮れた。そこまで登るのにどこに手足を掛けていいかなんて、全く見当もつかない。

 前世ではそこそこの都会で生まれて田舎とは縁がなかった為、ほとんど土や植物と触れ合ったことさえなく、今世でも隣のナタリーおばさんの裏の畑を手伝ったりはしたが、農家の友人とも木登りはしたことがなかった。

「ど、どうしよう……あっ!確かテレビで、ロープを使って登っているのを見たことがあった!」

 縄は店の売り物にあったので、倉庫からそれなりに収納してあった。それをタブレットを操作して取り出すと、腰にズレないように縛り、もう片方を適度の長さで切る。

「ええと確か、木に巻いて、それを上にズラしながら登る、だったよね……」

 他にも何か金属の器具も取り付けていた木もするが、とりあえずやってみようと自分の腰に巻いたロープから伸びる縄を目の前の木に巻きつけ、少し余裕があるくらいで輪にして縛る。
 その木に巻いた輪を自分の肩くらいの位置に上げ、そこから腰へと延びるロープを手にしっかりと持ち、右脚を木に掛け、その右脚と手に持ったロープを支えに左足を持ち上げて木に登ろうとすると。

「きゃあっ!」

 ズルッと木にかけていた右脚が滑り、あやうく頭から木の幹に突っ込みそうになってしまった。
 ついでに全身にある打ち身が思い出したように痛み出し、そのまま力なく地面にへたり込む。

「う、ううう……。分かってはいたけど、やっぱりいきなりやろうとしたって無理だよね……。でも、そうしたら今夜はどうしよう」

 布団も枕も持って来たがそんなものをここに敷いて呑気に寝ていたら、明日の朝を無事に迎えられる確率は奇跡に近いと、危機感が怪しい私でも分かる。
 森で夜を過ごすのは大変だと分かっていて町を出て来たつもりになっていたが、こうして実際に直面してみるとどうしたらいいのか全く分からなかった。

 前世の記憶を取り戻したあの夜は、あまりの状況に眠気もそれ程なくて緊張感をもってほぼ徹夜で魔物の気配がしたら結界を張ることでしのいだが、今晩もほぼ徹夜できるかなんて自信はまったくない。第一徹夜できても、朝になっても安全に眠れる保証は一切ないのだ。

「あーー……。テント欲しい、せめてハンモックがあればなぁ。地面に直接寝なければ、とりあえず虫の被害は少しは違うよね……」

 町で暮らしていた時はあまり気にしていなかったが、虫の中にも魔物がいるのだ。
 草原を歩いている時も手の平大の虫の魔物を見かけて、襲われた訳では無かったけれどゾッとして必死で結界を張って気配を殺していたのだ。

「……とりあえず、木のうろがありそうな大木はこの辺りにはなさそうだし。今夜はもう動けないし徹夜覚悟でこの木の下で寝よう」

 さっき木から滑ったことで、足の痛さが限界でこれ以上歩く気には到底ならなかった。
 ヨロヨロと結んだ縄を解き、タブレットから厚手の毛布を二枚取り出して一枚を下に引いてその上にしゃがみ込む。

「あっ、そうだ。タブレットの収納した物の時間経過があるかどうかだけでも確認しないと……。えーっと、確か検証の為に草原の草を入れた時に、ダダ草って表示されてたよね」

 家から様々な物を持ちだしたので、チャージ数は十万ポイントを越えている。一応最初にお父さんとお母さんの形見の服を入れる前にしっかりとチャージした品物がそれぞれ表示されるか確認はしておいたので、その点はとても便利だ。

 まあ、とりあえずある物片っ端から収納していたから、種類が多くなって画面に表示されなくなって慌てたら、一番下に矢印が出ててかなり驚いたけどね。水晶の透明な板状なのに、性能的にまんまタブレットっぽいんだもの。……こんなところに凝るのなら、ねえ、神様。ちゃんと私の要望を聞いてから転生させてくれたら良かったのに。

 つい何を考えても神への恨み言や後悔が出て来てしまう。こんなんことではお父さんとお母さんに顔向けできないから、ちゃんと全力で後悔しないように生きなければならないというのに。

 チャージした物の一覧の中からダダ草を見つけて取り出してみると、入れた時のみずみずしさはなくしおれかけていた。

「時間経過はあるってことか。少しは遅くなっているのかは分からないけど、時間経過は普通ってことで認識しておこう。そうしたら葉物野菜は早めに食べておかないと、だね。……あっ!そういえば変換ってどうやってやるんだろう」

 タブレットはすっかり収納スキルと化しているが、名目上は一応「通販スキル」だ。ただ、神にはこの世界に違反しない物への変換、と言われたが。

 ……だったら通販スキルじゃなくて、物質変換スキルってことだよね?でも、チャージしたポイントをランダムで変換とかだったら困るよね。指定した物と交換する為に他の収納物を一度出さなきゃならないんじゃ、森の中でとか絶対使えないんじゃ……?

 どうしようか、とかなり迷ったが、結局お父さんとお母さんの形見の品だけ取り出して、チャージポイントの隣に表示されている変換という文字を恐る恐る押してみることにした。

 変換する品を選ばないとならないんだから選択させてくれる筈、だよね?……あっ、良かった。変換出来るリストが出た!

 リストには、薪、パン(黒パン)、服(簡易)、シーツ、と三行だけ黒い文字で表示されており、その下にはグレーの文字で芋(焼き、蒸かし)、スープ(塩)、などがズラズラと並んでいた。

「……なんで黒文字とグレーの文字になっているの?これ、押したらすぐに変換されるのかな?それとも必要素材や作る数量とかも指定できたりするのかな?」

 リストに出ている品物から恐らく今収納している素材で作れる品物が並んでいるのでは、と予測できたが、何故文字の色が分かれていのか。

「まあ、黒文字とグレー文字は、普通に考えれば今変換出来る物とまだ変換出来ない物、ってことだよね。……とりあえず薪なら、材料は木の枝だろうし。……よし!押してみよう!」

 家にあったまだ乾燥しきれていない木の枝や薪も収納してきたから、恐らくこのリストの薪はそれから変換されるはず!と信じて恐る恐るリストの薪の文字を指で押してみると。

「おお、やったぁ!必要なチャージポイントとその分の材料が出て来た!それに数量も変換する材料も指定できるようになってるなんて、本当にまんまタブレットみたい!」

 こんなことがスキルでできるなら、チート能力、で間違いないのかもしれない。……まあ、まだ検証してみないとどこまで自由に変換できるかまでは分からないけどね。

 能力を一つと言っていたのに、結界までつけてくれたのは絶対にただの親切ではない、とあの神の様子から断言できるからだ。
 でも……。

「こんなにスキルを便利に使えるようにならなくても良かったから、お父さんとお母さんと一緒にもっと暮らしていたかった……」

 なんで私は一人で、森の中にいなければならないのか。こんな能力よりも、温かい家庭が一番の望みだったのに。

 考えまいとしていても、どうしても両親の死を意識から追いやることなんて出来ないし、思い出す度に転生の時のことを考えてしまう。

 本当に、なんでこんなことになっているのか……。

 涙がにじみそうになるのを、体育座りをした膝に顔を埋め、鼻をすすって耐える。

 泣いちゃダメ。泣くよりも、これからのことを今は考えなきゃ。

 フウ……。と感情の波をやり過ごした丁度その時、すぐ近くでガサッという音が響いたのだった。



 
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