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1章 テムの町

3 これからどうすればいいのだろうか

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 涙も枯れ果て、ぼんやりと今の自分の状況について考えることが出来た頃には、すっかり辺りは薄暗くなっていた。

 その間街道を通りかかる人は誰もなく、ふとこのまま一人でここに取り残された自分がどうなるのかに、やっと考えが及んだのだ。

「……このままここにいたら、夜になって魔物に襲われるよね?それに……。お父さんとお母さんを、このままにしておけない」

 夜どころか、今だって魔物に襲撃されなかったのは奇跡に近いのかもしれなかった。泣いていた間、全く周囲に警戒などしていなかったのだから。
 うっすらと魔物に襲われた時のことを思い出して、ブルブルと震えが襲ってきた。



 あの時、私はぼんやりしながら荷台で母に膝枕で寝かされていた。
 ずっとうつらうつら寝ている感じで、うっすらと意識はあったのだ。

「ギャギャギャーーー!グギャ!」
「「「グギャギャー!」」」

 行きよりも単独、ということで進みは早く、出立は遅かったがお昼すぎにはザッカスの街とテムの街の中間地点の一番深い森へとさしかかっていた。
 今思えばもしかしたらもう少しそのペースで急いだのなら、テムの町へ着く前に朝に出た商隊に追いついたのかもしれない。

 でも、現実には追いつくことはなく、なん前触れもなく突然何体ものゴブリンの恐ろしい声がこだましたのだ。
 その声を聴いた時、ぼんやりとしていた私の意識が少しだけはっきりとした。

「うわっ、やばい、ゴブリンの集団だ!単独の時だっていうのに……。スピードを上げるから、しっかりと掴まっているんだ!」

 焦ったお父さんの声がしたと同時に、馬に鞭を入れたのか一瞬身体が浮いたような感覚と共にスピードが一気に上がった。

「大丈夫、大丈夫だからね、ノア。貴方のことは絶対にお父さんとお母さんが守るからね」

 そんな声とともにお母さんにギュッと抱きしめられたが、店の仕入れ品が満載した上に人が三人も載っている荷馬車を年老いた一頭の馬が引いているのだ。揺れはどんどん激しくなったがゴブリン達の声はどんどん近づいて来ていた。
 そして。

「グッギャーーー!」

 一際大きなゴブリンの叫び声と共に、ドンッと荷馬車に衝撃が走った。

「うわっ!しまった、車輪がっ!」
「ヒヒーーーーンッ!!」

 慌てたお父さんの声と、荷馬車を引いていた馬のいななき声、そして恐らく車輪が一つ外れてバランスを崩した荷馬車は勢いも相まって横転したのだ。

 ふわっと宙に浮いた感覚は一瞬で、次の瞬間には衝撃と共に全身に痛みが走った。

「ぐっ。ノア、ノア、大丈夫、大丈夫よ。お母さんがノアを守るから、ね……」

 すぐ耳元で聞こえたお母さんの声に目を開けると、目に入ったのはお母さんの顔と真っ赤な血の色だった。

「お……かあ、さん?お母さんっ!」
「ノア?ニーナっ!くそっ!!おまえらなんかに、大切な妻と娘をやらせてたまるかっ!うをーーーーっ!」
「お、お父さんっ!イヤッ、行かないでっ!!」

 倒れこむお母さんの頭越しに、仕入れた鍬を手にゴブリンの方へ向かって行くお父さんの背中が見えた。

 そこからは、ぼんやりとしか覚えていない。恐らく、あまりの恐怖心に耐えられなかったのだ。
 お父さんの背より低いはずのゴブリンの中に、一体だけかなり大きなゴブリンがいたことだけは覚えている。
 その大きなゴブリンがお父さんを殴り飛ばしたことも。そうして血だらけになったお父さんが、フラフラと私とお母さんの方へと近づいて来たことも。

 ……あの時、お父さんの後ろから近づいて来る大きなゴブリンの姿に、半ば恐慌状態に陥りながら「死にたくないっ!!」と強く思った時、体から力が出て行ったような気がしたけど……。

 改めて周囲を見回してみると、私と両親が横たわっていた横倒しになった荷馬車の辺りはそのままだったが、ある一定の距離の外は、無残にも散らばった積み荷が荒らされていた。それは食料品が入っていた木箱が顕著で、そして倒れた荷馬車に繋がれたままだった馬も、無残に食い散らかされていた。

 その散らばる血肉と両親の冷たくなった姿に、堪えきれず立ち上がるとすぐ傍の木に手をつき、胃の中の物を全て吐いていた。

「うぐぇっ……ぐうっ……うっ、ううっ……。は、あ、は……あ」

 昨晩から高熱を出してほとんど食べていなかったので、すぐに固形の吐しゃ物は無くなったが、それでも吐き気は止まらずにこみ上げるすっかい胃液も吐き出す。

 そうしてしばらくして落ち着くと、もう出ないと思っていた涙と吐しゃ物にまみれた顔を手で拭い、ふと気が付いた。

 ……両親が馬のように食い散らかされていなかったのも、私が無事だったのも、もしかして結界を私が使ったから?

 あの時、体から抜けて行ったものが、結界を発動する為の魔力か何かなのだったら。

「……なんで、だったらどうして襲われた時に結界が発動しなかったの?そうしたら、お父さんも、お母さんも死ななくてすんだんじゃ……!!」

 そう思ったら、もうダメだった。全身から力が抜け、さっきまで感じていなかったが身体があちこちズキズキと痛みを訴え出していた。
 もう立ち上がる気力もなく、そのままよたよたと四つん這いで両親の亡き骸へ近づく。

「お父さん……お母さん……」

 そっと血にまみれた顔に触ってみても、もうどこにも温もりを感じることはなく。ただ冷たく固い手触りに改めて両親の「死」を思い知る。
 そうしてもう、私に「ノア」と話しかけてくれることは二度とないのだと実感し、呆然と座り込んでしまったのだった。



 ガサガサッ!!

「ヒッ!」

 ぼんやりと、お父さんとお母さんの思い出にただ浸っていた私の意識を現実に引き戻したのは、近くの藪の物音だった。
 その時にはもう辺りがかなり暗くなって来ており、すぐに真っ暗で何も見えなくなるだろう。

 ……このまま夜になったら、私も魔物に襲われるわよね。……それも、いいかな。だって、お父さんもお母さんも死んじゃったんだもの。いくら前世の記憶を思い出したって、こんなの意味ないもの。

 そうは思うのに、お父さんを襲った大きなゴブリンの姿を思い出して、恐怖からブルブルと震えて縮こまる。
 この先への希望や自分の生へ執着するだけの意義も今の自分には全く見いだせなかったが、それでも両親の死で思い知らされた魔物への恐怖でパニック状態に陥りそうになる。

 どうしたらいいの?ねえ、これからどうしたらいいの、神様!転生させたんなら、もう少し責任とってよ!

 そう八つ当たり気味に思っても、『すぐに死んでもその結果があればいい』と言い切った神だ。良く読んでいた異世界転生物の小説のように、神様がどうにかしてくれる筈も、窮地に都合がいい能力をくれるとも全く思えなかった。

「で、でも今襲われたら、お父さんとお母さんが……。ううう。もう、スキルってどうやって使ったらいいっていうの!結界!結界!……出ないじゃないの!!」
 
 このまま私がここで死んだら私を愛して育ててくれて、自分が死んでも私を守ってくれた両親の亡き骸まで魔物に食い散らかされてしまう。そのことを考えるのも嫌で、どうしても我慢がならなくて何ができるかを考え出す。
 両親の死をこれ以上弄ばれるのは、どうしても嫌だったのだ。

 私はどうなってもいいけど、せめてお父さんとお母さんの亡骸だけは守りたい。もう、それだけしか私にしてあげられることはないんだから……。

 かといって、鍬で土を掘って埋葬しようにも、どうにか土を掘れても両親をその穴の中へと入れることは非力な子供の力では無理だ。
 それに掘り返されない為には、かなり深い穴を掘る必要だってある。

「チート能力で無双なんて、現実ではそう都合が良く行くわけがないってことは思い知ったけど。でも……。ねえ、一度は使えたなら、使えたっていいでしょう!もう、イヤッ!こんな世界……」

 それでも、愛してくれたお父さんとお母さんのことを思い出すと、転生したことを嫌だとは口に出すことは出来なくて。それなのに、そんな二人を殺したのが、私が原因かもしれないのだ。

 追い詰められた精神状態と暗闇と森の中に一人という恐怖から恐慌状態に陥りそうになった時、ひときわ大きな「ガサガサッ」という音とともに、森の藪の中から中型犬程の大きさの影が目の前に飛び出して来た。

「イヤッ!!結界、出てーーーーーっ!!」

 目をつぶり、頭を抱え込みながら叫んだ時、あの時と同じように体から何かが出て行ったのだった。



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