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一章 辺境の森の中の小さな集落

12話

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 話を聞いた時は、つい獣人の子供につられてしまったが、最初の晩、エーデルドさんに私の譲れない想いをきちんと告げた。


「まず最初に、私がどうしても譲れないことを話します。それに同意出来なかった場合は、申訳ありませんがその時点で転居のお話は断らせていただきます。……ここは今はもう私一人だけですが、大切な想いのこもった場所なんです」

 この場所は、エリザナおばあちゃん達が大切にしていた場所だから。その想いは教えて貰った生きる術とともに受け継いだので、たくさんの思い出と共に私の想いでもある。

「はい、分かります。ここにはとても居心地のいい優しさを感じました。入って来た時にこの場所がとても大切にされていた場所なのだと分かったので、ここの一角にでも里の皆も住まわせて貰えたら、と思い移住を申し出たんだ」

 もう、日本で住んでいた場所は遠くて思い出せない。だから、ここは私の故郷だ。例え遠く離れたとしても、郷愁の念を覚えるのはこの集落だろう。
 ここに住む人は、ここを故郷と思って欲しい。

「……例え、ここに人どれだけ増えたとしても、必要以上に森を切り拓くつもりはありませんし、生活の不便よりも森との共存を重視します」

 一番に譲れないのは、これだ。ピュラだけは、私は絶対に裏切らない。
 どんなに日本の知識で生活を便利にしようと思っても、最低限以上の木を伐るつもりはないのだ。今でも使う薪は、毎日のように森で拾っている。

「はい、勿論です。最低限の毎日の食べ物を作れる畑の場所だけあれば、住居は結界の中なら森の中でもかまいません。足りない分は、森の恵みを収穫します。勿論採りつくさず、支障のない分だけ森から分けて貰います。今の里があるのも森の中です。住居を森の中に造る時は、ある程度の場所を木々の間に確保する為に少し木を伐伐らせて貰いますが、住居の場所の全ての木を伐る必要はありません。今の里も、そうして造りました」

「……エーデルドさんには最初に知られてしまいましたから言いますが、私は精霊の姿を見えて話も出来ます。なのでここにはたくさんの知り合いになった精霊がいます。だから私は、人の暮らしが精霊にとって害となるのなら、精霊を選びます。そのことをエーデルドさんはどう思いますか?」

 森に住んでいるのなら、森と共存しなければ生きていけない。これは当たり前のことだと私は思うけど、人は自分の欲望の為に共存を捨てることを知っている。
 村へ行ったことで、人の性質は世界が違っても変わらないと知った。自分がただのしがない一人の人間でしかないから、上辺だけのきれいごとは言いたくはない。

 けれど、この世界には自然を司る精霊がいるのだ。人の業は深く、どんどん自然を切り拓くことで、地球環境の悪化を招いたという事実を私は知っている。なら、地球と同じことにならないように、自然を出来る限り壊さないことは出来る。
 魔素があって、魔力があるこの世界なら、事情は違うのかもしれないけれど、人が森へ進出することはない、とは断言できないのだ。

 まあ、こうやって人の立ち入らない森の中で生活している私という例外を自分が作っているのだから、偽善だとは分かっているけど、ね。自己満足でもいいじゃない。精霊が私に寄せてくれる心を、私も返したいのだ。
 

「……里の長老が里で生まれた子供たちに最初に言い聞かせることは、私達エルフも獣人もドワーフもハーフリングの誰もが森の民であり、精霊と共にあったものだった、ということです。今では精霊を感じることの出来る者さえほとんど居なくなってしまったことを嘆き、それでも我々森の民は精霊と共にあらねばならない、というのが口癖です。それを聞きながら育ち、その言葉を心に刻みます。だから、もし私達が精霊の害となるならば、その時は森の民ではなくなった、ということであり、人里へ去るべきでしょう」

 静かにそう答えたエーデルドさんの瞳から、静謐な森の静けさを感じた。森の民、と自分達のことを言った彼の言葉が、しっくりと胸へと落ちた。だから、自然と次の言葉が出たのだろう。
 その言葉は、素直に信じられた。

「……この集落で住む第一の条件は。精霊を重んじること。森を切り拓く時は、私が判断します。私がダメだと言ったら、木を切ることも許しません。私が精霊に聞いてから、彼らの言葉を伝えます」
「はい。誓って勝手に森の切り拓くことはしません。それに精霊の言葉をいただけることは、私どもにとってはありがたいことです」

「第二の条件は、移住されるまでに私がこの集落を受け入れられるように場所を整えます。なので、こちらが指定した場所以外に建物や施設などが欲しい、建てたい場合は、こちらの意向と指示に従って下さい。……これも精霊に聞いた上で決めます。あとは私の住居以外の集落の建物は、そのまま補強して使ってくれるなら住んでくれて構いませんが、取り壊しなどはしないで下さい。崩れてしまっている建物だけは、こちらで取り壊しておきます。住む人は面接させて貰いますが、いま家にある荷物も捨てないで使っていただける方がいいです」

 皆も、そのまま朽ちるよりも、使える物は使って貰えた方がうれしい、と言うだろう。家だって、崩れてしまうよりも使って欲しいと思うだろう。
 皆の笑顔を思い出しながら、自分の中の折り合いをつけた。

「それは勿論です。そうですね、里ではヤヴォを山裾に住んでいた時から飼っているので、ヤヴォの飼育小屋だけは建てさせていただきたいです。他の工房などは、きちんとリザさんと精霊さんで造っていいか検討して下さい。里には木工職人と、鍛冶職人がいます。集落の家は……。私達が住まわせ貰って、いいのだろうか?家をそのまま使わせていただけるなら、長老達や独り身の年寄り達なら喜んで住まわせていただくと思いますが。勿論面接してリザさんが決めるのは当然だと思います」

 ヤヴォは、昔はこの集落にもいた。ただ、飼育小屋はヤヴォが死んでしまった時に、古かったので壊してしまったのだ。
 でも、ヤヴォは乳がとれるから、是非とも欲しいと思っていたのだ。それに工房も。職人がいるのはうれしい。

「……第三の条件は、ここのことは、結界を含めて外部に漏らさないでいただきたいのです。ここから丸二日も森を歩けば、人間が住む村に着きます。村へ行きたいと希望の方は村へ移住していただいて、この集落のことは一切話さないと『誓約』させていただきます」

 エーデルドさんの里でも、このまま森で暮らすか人と一緒に暮らすかの討論がある、と言っていた。この機に、外見が人と変わらない人は、人里へ降りることを望む人がいるかもしれない。
 それはそれで私はかまわない。ただ、この集落のことを知る人は、限られた人だけにしたい。

「わかりました。そのことは里に帰って、しかと伝えます。その上で人の中で暮らしたいと希望する者は、この集落へは来させずに、直接村へと行かることにします。……まあ、そう決断する人はいないとは思うけど、確かに聞いてみないと分からないからね。そこは徹底する。誓わせて貰うよ」

 この集落を見れば、村へ行く、という人はいないかもしれない。ここには結界があるから。でも、それを知って選ぶ前に、知る前に選んで人と一緒に暮らした方がいい、と思う人はずっとそう思ったことを忘れないだろう。
 だからここに移住した後に村へ行ってしまう人がいないように、誓約を受け入れて貰う必要があるのだ。

「……ピュラ、スヴィー、ドゥル、どう思う?他の精霊の皆のことも考えて答えて欲しんだけど。シルバーも、ね」

 エーデルドさんとの会話の間にも、ピュラ達は一緒にいた。エーデルドさんには見えても聞こえてもいないだろうけれど、私には皆の声は聞こえていた。
 エーデルドさんの里の話を聞くと、リザがここで一人で暮らすよりは、森と共に生きる彼らの種族となら安心出来ると賛成してくれていた。
 エルフは、精霊の友だから、と。山の向こう側では、今でもエルフと精霊の交流はあるそうだ。ピュラは向こう側に行ったことがないから知らなかったみたいだが。

 森を切り拓くのも、森と共に生きる意志があるのならかまわない、と。そんなに頑なに誓約までして、私達精霊のことを第一にしなくてもいい、とまでピュラ達は言っていた。
 でもそんなのはダメだ。ここが精霊の力が強いと言うのならば、私がここにいたからだけでなく、彼らの居心地のいい土地だということだと思う。なら私の感情だけで変えていいものじゃない。

「この人は信用出来るよぉ。ちゃんと心から彼は言ってるよ。混血でも、森の民であろうとする気持ちがあるなら、彼らは森の民だと思うしねぇ。まあ土については面白そうなことがあれば協力するし、声かけてくれたらいいよ」
 とドォル。

「水は流れていくものよー。まあここの小川は気持ちいいから、汚さないでいてくれたらそれでいいわよー。あ、リザは忙しくなっても、ちゃんと私とたまには水浴びして遊ぶのよー!」
 とスヴィー。

「もうっ!リザはいつも気を使いすぎなのよっ!しょーがないから私が力になってあげるわっ。これからは他の人がいても顔出しに来るわよ!だから何かあったら、私を頼るのよっ!」
 とピュラ。

 ふふふ。いつも私が森へ入ると出て来るのは、おばあちゃん達に気を使ってくれてたんだよね。わかっていたよ。自分が精霊だからと、一歩引いてずっと見守ってくれていること。本当にピュラは優しいよね。

「……グルゥ」
「あーー、シルバーったら何よ、その心配だって。もう、シルバーの嫉妬でリザを孤立させちゃダメだっていつも言ってるでしょ!いい男は包容力よ!」
「ピュラ……。何シルバーに言ってるの……。ピュラはどこでそんな知識を仕入れて来てるの?……シルバーは反対?シルバーは今では私のただ一人の家族で、私の一番よ」

 本当にピュラもシルバーも過保護なんだから。シルバーなんて、本当に生まれてまだ三、四年だっていうのに。動物の成長が早いっていったって、保護者をきどるのは早いと思うよ。そんなに私は頼りなく見えるのだろうか?
 拗ねて横を向いているシルバーの頭を、ゆっくりと撫でる。

「……バウっ」
「いいの?ふふふふ。ありがとう、シルバー。シルバーが嫌なことは、いつでも言ってね。それともシルバーが嫌だなことはしてはいけない、って誓約に入れた方がいい?」
「グルゥ……クーン」

 それでも拗ねたように逸らされたシルバーの顔を回り込んで覗き込むと、グルグルと唸りながら私の胸へと頭をぐりぐりと摺り寄せて来た。ちゃんと体が傾かない力加減で。
 そしてそんなのしなくてもいい、ってプーンとした声で言った。

「もう、シルバー!かわいすぎるー!」
 もうたまらんっ!とがバッと抱き着いて、頭を抱きしめてがしがしと首筋をなでくりまわす。もふもふ。もふもふもふ。
 ういやつめ、ういやつめ。かわいいのぅ。
 もう気分は、どこぞのお代官様だ。それでもいい。シルバーがかわいすぎるのがいけないのだからっ!!

「ガウウっ、ガウガウっ!」
「かわいいじゃない、俺はカッコイイんだって?アハハハ!シルバーはかっこいいよ?カッコよくてかわいくてきれいでもふもふでたまらなくて最高だよ!」
 あーもう。こんなシルバーから、私が離れる筈ないじゃないのよね?

「クスクス。君たちは、本当に仲がいいんだね」
「あっ!すいみせん、エーデルドさん。みんながいいって言ってくれたので、先ほどの条件を誓ってくれるなら、移住のお話は受け入れようと思います」
 すっかり忘れてたよ!エーデルドさんの里を、この集落で受け入れるかどうかの話し合いをしていた筈だったのに!

「誓います。この命に掛けても。森の民として、精霊の方々にも誓います」
 その言葉からは誠実さしか感じなかったので、改めて『誓約』の術の説明をして、それでもいいと了承を貰った。一度エーデルドさんが里に戻り、返答を持ってきたの時に『誓約』をして貰うことになった。
 
 そして集落の詳細を詰めて行ったんだけれど。
 その時に水路の話や、きれいに整えられた畑の話になって。つい調子に乗ってうっかり現代日本知識チートで内政!を、現代日本知識チートの部分をぼかして説明なんてしてしまったら。

「いいですね。私達が移住しても貴方がこの集落の長ですから、里のみんなは従いますよ。是非あなたの言う暮らしやすい充実した生活とやらに、私達も加えていただきたく思います」

 なんて言われてしまったのだ!!しかもわざわざ丁寧な押しの強い口調で!!
 その時のエーデルドさんの笑顔の黒さに、すでに早まったかも!と思ってしまった。

 ええっ!?もし本当に移住して来たら、私が内政、NAISEIなんかしちゃうことになっちゃうのーーっ!?

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