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お披露目へ(最終話)
しおりを挟むそしてやって来ました新年の大舞踏会。
会場は王宮大広間。
伯父さん伯母さんの伯爵夫妻に続き、マシューのエスコートを受けてわたしも入場。
何なら我が家の家族もいますよ。
実はお父さんが男爵に叙爵されるからです。
国内有数の大商会で、他国との貿易でも外貨を稼ぎ、自国に利益をもたらしたことが評価されての叙爵。
「叙爵されたって実害あって一利なし!」
と言っててずっと辞退して来た。
爵位を貰ったって、支払う税金は上がるし、貴族の義務的な仕事が増えるのに、実入りはないだなんて有難迷惑でしかない。
それなのに今回受け入れたのは、わたしの嫁入りが原因。
母が元伯爵令嬢で、姉の夫が男爵令息でも、我が家は平民。
身分の垣根が低くなったとはいえ、貴族の世界では未だに古い思想が根強く残っているから、わたしの肩身が狭くならないよう、いくらかの盾になれればいいのだと。
あのプロポーズされた日、お父さんと伯父さんはそこまで話し合っていたらしい。
もう一つ進展したのは、商会にようやくまともな経理担当者が増えた事。
新規雇用ではく、支店からの異動希望者だ。
それから役所を退職した、元財務担当官の青年が一人。こっちはマシューの紹介で。
この青年は平民で、貴族が多い役所での軋轢に体調を崩してしまったそうだ。
退職届を処理したのがマシューで、財務課=経理という頭が働き、ついつい彼に話を聞きに行って、為人が大丈夫そうだと思ったから紹介に至ったようだ。
それもこれも、わたしがあまりにもボロボロだったので助けたかったんだって。
人見知りのくせに、勇気を出してくれたのね。
ふふ、可愛い奴め。
こうして即戦力が二人増えたことで、経理のボスは定時で帰れるようになったし、使えない新人ちゃんは速やかに実家に返送された。
そしてわたしは間もなく仕事を辞める事になった。
辞めたらそう間を置かず結婚式を挙げる。その後は本格的に未来の伯爵夫人としての勉強が待っているけどね。
ずっと勉強の日々だけど、まずは今日、この二か月弱の詰め込み教育の成果をお披露目するのだ。
裾の長いドレスは着慣れなくて裾捌きに苦労したし、ハイヒールの足元もたまにふらつくけれど、意外と体幹がしっかりしているマシューがサポートしてくれるから大丈夫。
エセ貴婦人バージョンのわたしは、三割増し美人に仕上がっている。
見惚れるように目元を和らげたマシューから、「すごくきれいだ」と褒めてもらって気分は上昇。
サイズ調整した家紋入りのサファイヤの指輪に、更に首飾りまで伯母さんから貸し出され武装完了。
ギラギラした目をマシューに向けるアラサー令嬢が向かって来ようと跳ね除ける、それだけの防御を固めてきた……けれども。
いやぁ、本当に肉食系猛禽類って感じだわね、あのご令嬢。
しかも派手!! オレンジ寄りの赤毛の巻き髪に、深紅のプリンセスラインのドレス! それに負けない濃ゆいメイク!
燃えているわー。暑苦しいわー。こっち来ないでー。
――という願いも虚しく。
「ガードナー伯爵にご夫人、マシュー君。良い夜ですね」
逃げるに逃げられず、侯爵様親子がやって来てしまったじゃないの。
「これはヨグルド侯爵にご令嬢。ご無沙汰しております」
伯父さんと伯母さんは、全く蟠りはございませんとばかりの微笑みで挨拶を交わしている。さすがだわ。
マシューは会釈をしたものの無言。ふと見上げると、やっぱり顔が強張っていた。
手を乗せていた肘の内側に指先でトントンと合図を送ると、はっとしたマシューがわたしを見降ろした。
少し長めのダークブラウンの髪を後ろで一括りにしているため、ちょっと青白い整った容貌が今日は顕わだ。
わたしはわざとらしくウィンクしてみた。
虚を突かれたマシューは、少し目を瞠った後、ふと表情を和らげる。
「えーと、マシュー君、そちらのご令嬢を紹介して頂けますかな」
いつもと様子の違うマシューに戸惑っているようだけど、わたしを見る侯爵様の目はちょっと鋭い。
いやー、ご令嬢はバチバチに睨んできているけどね。
「……わたしの婚約者で、ウィンダー家の次女、ミリアムです」
「ウィンダー商会の……」
「はい。ミリアム・ウィンダーと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
にこやかに言って、深く礼をする。格上相手だからね。
そこにすかさず我が両親が挨拶に割り込んできた。
「ヨグルド侯爵様にご挨拶申し上げます」
伯父さんがお父さんたちを紹介して、挨拶し、軽く雑談に持っていく。さすがだ。
その間も猛禽令嬢はわたしを睨みつけてくるので、微笑を返しておいた。余裕の笑みっていう感じに見えてたらいいなぁ。
猛禽令嬢が口を開きかけた時、国王ご夫妻の入場が告げられた。
グッドタイミング!
国王陛下の開会の挨拶から始まり、今回の褒章と叙爵が行われ、さすがの父も緊張に顔が強張っていた。
それから国王ご夫妻にご挨拶をする為の長蛇の列が形成され、わたし達も並んだ。
わたしはマシューの婚約者として、一緒に挨拶するのだ。
列の前方から時々猛禽類の視線が突き刺さって来るのには辟易とするわ。
結婚するまで一悶着あるかしら。あー、面倒くさい。
「ねぇマシュー。国王陛下へのご挨拶って、伯父さんが紹介してくれた後、名乗るだけでいいのよね?」
「あ、うん。質問されたら答えていいけど、今回はないだろうね」
そうよねー。すっごい人数だもんね。
微笑を浮かべて、最敬礼で膝を折って、えーと。
「ミリーちゃんも緊張してるんだ」
クスリと笑ったマシューが顔を覗き込んできた。
「そりゃあするわよ。王宮も、国王陛下にお目にかかるのも初めてだもの。
ヘマしそうになったらフォローよろしくね!」
「うん」
こうしてお互い、苦手分野をカバーしながら、これからも暮らしていけたらいいな。
二人して微笑みあっていると、前後の人達から生暖かい眼差しが注がれた。
前方の猛禽令嬢よ、“鷹の目”でよっく見ておけ!
わたしたち、すっごく仲良いからな! ふふん。
そしてついに、わたし達の番がやって来た。
ミリアム・ウィンダー二十五歳。本日社交界デビュー。
隣には三歳年下の婚約者、従弟のマシュー、マキシム・フォン・ガードナーの腕を取り、国王陛下の御前へと一歩を踏み出した。
***おわり***
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