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魔導師団魔法研究所所長室での会話
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「新人のウルリカくん、初勤務前日に来てもらったのは、少々込み入ったことを確認するためだ」
「はい、所長」
「君は数日前、ザクセン伯爵家に嫁入りしたのは間違いないな?」
「不本意ですが、その通りです」
「不本意、か」
「大変、不本意です! わたくしは自身の婚姻式がある事を両親に知らされておりませんでしたし、夫となる方がどういった方かも存じ上げませんでした」
「……なるほど。そこまで明け透けに打ち明けられるとは思わなかった。
それならばこちらからもざっくばらんに話そう。
君のご両親がそのような強硬手段にでた理由は何だろうか」
「両親はわたくしが魔法研究所で働くのを反対しておりまして、取り急ぎ条件の良い婚約者を見繕って、強引に婚姻させてしまおうと画策したのです。
婚姻すれば働くのを辞めるだろうという思惑でした」
「うん。しかし本日から、予定通り入寮したと聞いた」
「嫁ぎ先のザクセン伯爵ご夫妻に許可を得ております。
わたくしの両親は……理解してくださいましたわ」
「そうか。しかし君の夫は……」
「お聞き及びかもしれませんが、病床に伏しておりますし、わたくし達は白い結婚となっております。
アレン様に四の五の言える権利はございませんわ!」
「……そうか。彼は“あの女”から病を移されたのだったな」
「はい。ずっと前から恋人としてお付き合いをしていたそうで、彼も今回の婚姻は不本意だったようです。
婚姻式の晩、いきなり暴言を吐かれ、リーシャさんという恋人がいる事を知りましたの」
「嫡男アレンを誑かし貢がせ、病まで感染させた“あの女”を、ザクセン伯爵が訴えた事で捕縛されたという訳だな」
「はい」
「元ガスパル男爵家令嬢だった“あの女”は、三年ほど前に貴族学園で事件を起こし、退学処分の上、裁判で処罰が決定された。
ある娼館で慰謝料を払い終えるまで、つまり終身働き続けるというものだった。
しかし実際は、かなり自由の利く酒場で給仕をしていた訳だが、誰かの手引きによって職場が変えられたのだろうと、現在調査中である」
「さようですか」
「“あの女”は娼館送りにはならず、牢獄の独房へと送られた。
貴族学園での被害者も多かったが、今回はそれよりも多い。
娼婦のように体を売り、金や物を貢がせていただけではなく、病を不特定多数の男に感染させた。
更には二次被害も出ている。
そんな女を治療するのに税金が当てられるなど、国民が納得できる訳もないだろうし、こ ん ど こ そ ! 極刑にされるだろう」
「そうですか。……あの、もしや個人的にお怒りですか?」
「そうだ。“あの女”の学園での被害者の一人がわたしの愚弟なのだ。
愚弟は被害者であり、婚約者に対しては加害者でもあった。
我が公爵家に泥を塗ったというのに、もし、あの女の娼館送りを妨害したのだとすれば、なんと贖罪をすればよいのやら……」
「まだそうと決まった訳ではないのでしょう?
ご本人はお確かめになられたのですか?」
「魔導通信で連絡を取った時は否定していた。
だが、愚弟の言葉はもう信用できない」
「弟君は今はどちらに?」
「北方の砦で兵役に就かせている」
「そうでしたか」
「すまない、話は逸れたが、確認したい事というのは、君はザクセン伯爵家に籍を移した、という認識でいいのだろうか」
「不本意ですがさようです。
伯爵夫妻と両親と話し合いをした結果、白い結婚のまま一年後に離縁することになりました」
「そんなに明け透けに話さなくても……ごほん。いや、分かった」
「申し訳ございません。まだ怒りが収まっていないので、つい余計な事まで話してしまいました。
どうかお忘れください」
「うん。個人的な事は守秘義務が適用されるのでな。他言はしない。
だが、その、この際だから訊いておきたいのだが……。
婚姻式の晩に言われた暴言とはどんなものだったんだ?」
「……『おまえを愛することはない』、という少し前に流行った小説の台詞ですわ」
「あー、それか」
「はい。なので『わたくしも愛しておりません』と答えました」
「くくっ、なるほど」
「何故かそう返されるとは思ってもみなかったようですわ。
初対面の男性と寝室で対面して暴言を吐かれるなど、次はどんな行動に出られるかと恐怖しましたので先制攻撃いたしました」
「待て。まさか魔法攻撃をしたのか?」
「まさか、ですわ。“口撃”です。
別居するとまくしたて、伯爵夫妻や使用人たちも巻き込みましたの。
後は転移魔法で実家に帰り、両親に訴えた次第ですわ」
「逃げるが勝ち、か。ふふっ。
しかし、小説のあの台詞、一時流行ったのだが、本当に言ったやつらは大抵離縁していたな」
「そうでございましょうね」
「はい、所長」
「君は数日前、ザクセン伯爵家に嫁入りしたのは間違いないな?」
「不本意ですが、その通りです」
「不本意、か」
「大変、不本意です! わたくしは自身の婚姻式がある事を両親に知らされておりませんでしたし、夫となる方がどういった方かも存じ上げませんでした」
「……なるほど。そこまで明け透けに打ち明けられるとは思わなかった。
それならばこちらからもざっくばらんに話そう。
君のご両親がそのような強硬手段にでた理由は何だろうか」
「両親はわたくしが魔法研究所で働くのを反対しておりまして、取り急ぎ条件の良い婚約者を見繕って、強引に婚姻させてしまおうと画策したのです。
婚姻すれば働くのを辞めるだろうという思惑でした」
「うん。しかし本日から、予定通り入寮したと聞いた」
「嫁ぎ先のザクセン伯爵ご夫妻に許可を得ております。
わたくしの両親は……理解してくださいましたわ」
「そうか。しかし君の夫は……」
「お聞き及びかもしれませんが、病床に伏しておりますし、わたくし達は白い結婚となっております。
アレン様に四の五の言える権利はございませんわ!」
「……そうか。彼は“あの女”から病を移されたのだったな」
「はい。ずっと前から恋人としてお付き合いをしていたそうで、彼も今回の婚姻は不本意だったようです。
婚姻式の晩、いきなり暴言を吐かれ、リーシャさんという恋人がいる事を知りましたの」
「嫡男アレンを誑かし貢がせ、病まで感染させた“あの女”を、ザクセン伯爵が訴えた事で捕縛されたという訳だな」
「はい」
「元ガスパル男爵家令嬢だった“あの女”は、三年ほど前に貴族学園で事件を起こし、退学処分の上、裁判で処罰が決定された。
ある娼館で慰謝料を払い終えるまで、つまり終身働き続けるというものだった。
しかし実際は、かなり自由の利く酒場で給仕をしていた訳だが、誰かの手引きによって職場が変えられたのだろうと、現在調査中である」
「さようですか」
「“あの女”は娼館送りにはならず、牢獄の独房へと送られた。
貴族学園での被害者も多かったが、今回はそれよりも多い。
娼婦のように体を売り、金や物を貢がせていただけではなく、病を不特定多数の男に感染させた。
更には二次被害も出ている。
そんな女を治療するのに税金が当てられるなど、国民が納得できる訳もないだろうし、こ ん ど こ そ ! 極刑にされるだろう」
「そうですか。……あの、もしや個人的にお怒りですか?」
「そうだ。“あの女”の学園での被害者の一人がわたしの愚弟なのだ。
愚弟は被害者であり、婚約者に対しては加害者でもあった。
我が公爵家に泥を塗ったというのに、もし、あの女の娼館送りを妨害したのだとすれば、なんと贖罪をすればよいのやら……」
「まだそうと決まった訳ではないのでしょう?
ご本人はお確かめになられたのですか?」
「魔導通信で連絡を取った時は否定していた。
だが、愚弟の言葉はもう信用できない」
「弟君は今はどちらに?」
「北方の砦で兵役に就かせている」
「そうでしたか」
「すまない、話は逸れたが、確認したい事というのは、君はザクセン伯爵家に籍を移した、という認識でいいのだろうか」
「不本意ですがさようです。
伯爵夫妻と両親と話し合いをした結果、白い結婚のまま一年後に離縁することになりました」
「そんなに明け透けに話さなくても……ごほん。いや、分かった」
「申し訳ございません。まだ怒りが収まっていないので、つい余計な事まで話してしまいました。
どうかお忘れください」
「うん。個人的な事は守秘義務が適用されるのでな。他言はしない。
だが、その、この際だから訊いておきたいのだが……。
婚姻式の晩に言われた暴言とはどんなものだったんだ?」
「……『おまえを愛することはない』、という少し前に流行った小説の台詞ですわ」
「あー、それか」
「はい。なので『わたくしも愛しておりません』と答えました」
「くくっ、なるほど」
「何故かそう返されるとは思ってもみなかったようですわ。
初対面の男性と寝室で対面して暴言を吐かれるなど、次はどんな行動に出られるかと恐怖しましたので先制攻撃いたしました」
「待て。まさか魔法攻撃をしたのか?」
「まさか、ですわ。“口撃”です。
別居するとまくしたて、伯爵夫妻や使用人たちも巻き込みましたの。
後は転移魔法で実家に帰り、両親に訴えた次第ですわ」
「逃げるが勝ち、か。ふふっ。
しかし、小説のあの台詞、一時流行ったのだが、本当に言ったやつらは大抵離縁していたな」
「そうでございましょうね」
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