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CAPÍTULO3
Episodio4. 1羽
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『この子達の名前はなんですか?』
白銀の髪を持つ少女が尋ねる。
『白い小鳥がクチャラ。灰色がテネドール』
答える俺の声も若い。職工訓練所に入隊する直前の春の孤児院で、出会ったばかりの俺とウィレイアの会話だ。
俺の肩にとまる二羽の小鳥を可憐な少女がじっと見つめている。
『…スプーンとフォーク?面白い名前ね』
小さな指が伸ばされるのを、白と灰色それぞれの羽毛を持つ鳥達が小首を傾げて不思議そうにしている。
『それにしても見た事が無い小鳥です』
『文鳥っていうんだよ。南方に生息する種類でね』
『南の国。それはどんなところなの?』
『とても暑い所だよ。この国と違って雪も降らないし。バケツの底が抜けたような大雨も降る。何より、こーんな大きな蟻が森を這っててびっくりしたかな』
俺は大げさに両手で大きな円を作る。ウィレイアは俺を見上げたまま目を輝かせた。
『セレノは行ったことがあるの!?』
『うん、あるよ。あれは、俺がガルシア領から買い付けの為に……』
まだ何も知らない頃の二人の無邪気な遣り取り。
大人になって、世界の残酷な真実を、貴族のしがらみを俺達は理解する。
それでも俺の中のウィレイアは、何時まで経ってもあの春の幼い少女のままだ。
オープスに連れられて、軍需部の廊下を歩きながらあの時の会話の続きを思い出す。
『この子達はセレノの事が好きなのね。野の鳥に生まれ変わっても、セレノにすごく懐いてる。まるで守護鳥みたい!』
幼いウィレイアが興奮気味に話し出した。
柔らかそうな掌で白いクチャラを大事そうに包んでいる様子に、思わず笑みが浮かぶ。
『そうかな?でもさ、守護鳥って一羽だけだろ?どっちが守護鳥になるのかな』
ウィレイアは手の中のクチャラと肩にとまった灰色のテネドールを交互に見やって考え込む。
『そうですよね。守護鳥は一人に一羽だけ。じゃあ、この子達はお互いが大好きだから一緒にいて、きっとセレノの事も好きなのね』
ウィレイアはクチャラの翼にそっと顔を寄せ、
『お日様の匂いがする』
と言った。
『ねえ、セレノ。セレノは守護鳥を見たことがありますか?』
最近ではお伽噺の中の存在になりつつあるそれを、真剣な様子でウィレイアが尋ねてくる。熱を灯す青い瞳に、俺は曖昧な笑みを向けた。
『さあ、どうだったかな』
脳裏に浮かぶ、母、姉。
そして同じ色の目をした———
応接室に着いた。
オープスと別れて、扉を開くと待っていたのはケラスだけだった。ウィレイアは伯父のホリドゥスへ会いに行ったらしい。婚礼の件で報告があるのかもしれない。そう思うと、急にケラスの事が気になった。自分でさえウィレイアとの出来事を感慨深く思い出していた。ウィレイア———前世の十川琴実が好きだったケラスはどう思っているのだろう。
「なあ、ケラス。お前は委員長の事が好きだっただろう?ウィレイア様が結婚されても平気なのか?」
俺は慎重に聞いてみたつもりだったが、ケラスは気にした様子もなくティーポットとカップを用意している。
「平気って何がですか?」
「あ、いや、お前がまだウィレイア様を好きなんじゃないかと……」
「………私に、女性を愛する女になれと?」
ケラスが嫌そうに眉根を寄せた。彫りが深い整った顔の分、迫力があって俺は及び腰になる。
「勿論、ウィレイア様の事は好きですよ。だから幸せになって頂きたいですし、そのお相手がキンギイ大佐ならこれ以上ないことです」
目の前にティーカップと小ぶりの菓子が差し出される。ロスキージャと呼ばれる小さなドーナツ。特にアーモンド風味で、たっぷりの甘い卵液をつけて焼き直したものがウィレイアは好きだった。そのことをケラスも知っているだろう。
俺達はテーブルを挟んで向き合って座る。二人とも菓子には手は付けず、甘い香りに蝕まれた紅茶だけを口に運んだ。
しばらくしてケラスがふっ、と息を吐く。
「やっぱり、人は性別で人を好きになるんでしょうかね?」
「まあね。例え俺の前世が女だったとしても、今付き合うとしたら可愛い女の子一択」
「ですよねー。……あーあ、前世のあの想いを覚えているのに。同じ魂なのに、不思議な気分です」
「……そんなものじゃないか。皆、自分の形なんて曖昧なものだよ」
「前世を全く思い出していないセレノにそう言って貰えると大変慰められますよ」
ケラスは皮肉を口にした後、ティーカップをソーサーに戻した。静かな動作だったが、カップの表面には丸く波紋が広がる。そこに映る歪んだ顔は、何処か遠くを見つめていた。
「ねえ、セレノ。貴方は本当に覚えていないんですか?
高校の事も。あの最後の夏休みも?」
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
全く更新せずに半年以上……
まだ覚えていて下さる方はいらっしゃるでしょうか……
白銀の髪を持つ少女が尋ねる。
『白い小鳥がクチャラ。灰色がテネドール』
答える俺の声も若い。職工訓練所に入隊する直前の春の孤児院で、出会ったばかりの俺とウィレイアの会話だ。
俺の肩にとまる二羽の小鳥を可憐な少女がじっと見つめている。
『…スプーンとフォーク?面白い名前ね』
小さな指が伸ばされるのを、白と灰色それぞれの羽毛を持つ鳥達が小首を傾げて不思議そうにしている。
『それにしても見た事が無い小鳥です』
『文鳥っていうんだよ。南方に生息する種類でね』
『南の国。それはどんなところなの?』
『とても暑い所だよ。この国と違って雪も降らないし。バケツの底が抜けたような大雨も降る。何より、こーんな大きな蟻が森を這っててびっくりしたかな』
俺は大げさに両手で大きな円を作る。ウィレイアは俺を見上げたまま目を輝かせた。
『セレノは行ったことがあるの!?』
『うん、あるよ。あれは、俺がガルシア領から買い付けの為に……』
まだ何も知らない頃の二人の無邪気な遣り取り。
大人になって、世界の残酷な真実を、貴族のしがらみを俺達は理解する。
それでも俺の中のウィレイアは、何時まで経ってもあの春の幼い少女のままだ。
オープスに連れられて、軍需部の廊下を歩きながらあの時の会話の続きを思い出す。
『この子達はセレノの事が好きなのね。野の鳥に生まれ変わっても、セレノにすごく懐いてる。まるで守護鳥みたい!』
幼いウィレイアが興奮気味に話し出した。
柔らかそうな掌で白いクチャラを大事そうに包んでいる様子に、思わず笑みが浮かぶ。
『そうかな?でもさ、守護鳥って一羽だけだろ?どっちが守護鳥になるのかな』
ウィレイアは手の中のクチャラと肩にとまった灰色のテネドールを交互に見やって考え込む。
『そうですよね。守護鳥は一人に一羽だけ。じゃあ、この子達はお互いが大好きだから一緒にいて、きっとセレノの事も好きなのね』
ウィレイアはクチャラの翼にそっと顔を寄せ、
『お日様の匂いがする』
と言った。
『ねえ、セレノ。セレノは守護鳥を見たことがありますか?』
最近ではお伽噺の中の存在になりつつあるそれを、真剣な様子でウィレイアが尋ねてくる。熱を灯す青い瞳に、俺は曖昧な笑みを向けた。
『さあ、どうだったかな』
脳裏に浮かぶ、母、姉。
そして同じ色の目をした———
応接室に着いた。
オープスと別れて、扉を開くと待っていたのはケラスだけだった。ウィレイアは伯父のホリドゥスへ会いに行ったらしい。婚礼の件で報告があるのかもしれない。そう思うと、急にケラスの事が気になった。自分でさえウィレイアとの出来事を感慨深く思い出していた。ウィレイア———前世の十川琴実が好きだったケラスはどう思っているのだろう。
「なあ、ケラス。お前は委員長の事が好きだっただろう?ウィレイア様が結婚されても平気なのか?」
俺は慎重に聞いてみたつもりだったが、ケラスは気にした様子もなくティーポットとカップを用意している。
「平気って何がですか?」
「あ、いや、お前がまだウィレイア様を好きなんじゃないかと……」
「………私に、女性を愛する女になれと?」
ケラスが嫌そうに眉根を寄せた。彫りが深い整った顔の分、迫力があって俺は及び腰になる。
「勿論、ウィレイア様の事は好きですよ。だから幸せになって頂きたいですし、そのお相手がキンギイ大佐ならこれ以上ないことです」
目の前にティーカップと小ぶりの菓子が差し出される。ロスキージャと呼ばれる小さなドーナツ。特にアーモンド風味で、たっぷりの甘い卵液をつけて焼き直したものがウィレイアは好きだった。そのことをケラスも知っているだろう。
俺達はテーブルを挟んで向き合って座る。二人とも菓子には手は付けず、甘い香りに蝕まれた紅茶だけを口に運んだ。
しばらくしてケラスがふっ、と息を吐く。
「やっぱり、人は性別で人を好きになるんでしょうかね?」
「まあね。例え俺の前世が女だったとしても、今付き合うとしたら可愛い女の子一択」
「ですよねー。……あーあ、前世のあの想いを覚えているのに。同じ魂なのに、不思議な気分です」
「……そんなものじゃないか。皆、自分の形なんて曖昧なものだよ」
「前世を全く思い出していないセレノにそう言って貰えると大変慰められますよ」
ケラスは皮肉を口にした後、ティーカップをソーサーに戻した。静かな動作だったが、カップの表面には丸く波紋が広がる。そこに映る歪んだ顔は、何処か遠くを見つめていた。
「ねえ、セレノ。貴方は本当に覚えていないんですか?
高校の事も。あの最後の夏休みも?」
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全く更新せずに半年以上……
まだ覚えていて下さる方はいらっしゃるでしょうか……
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