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CAPÍTULO1

Episodio10. 守護鳥

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 人は守護鳥と共にあり。
 それがこの世界の理。
 いや、理だった。
 守護鳥とは、人とともに生き、ともに死んでいく片割れのような存在だったらしい。
 しかし、百年程前までは当然の如く存在した守護鳥は、現在では滅多に見られなくなった。
 現在はせいぜい王族や高位貴族にしか現れない希少な生き物。
 
 海軍病院でウィレイア一行と分かれ本来の職務に戻ったが、待っていたのは制服が足りないとか休暇届書がないとか、資材部が取り仕切るものでもない仕事ばかりだった。総務部の仕事を肩代わりしてぐったりと疲れた体を寄宿舎の自分の部屋へ押し込む。
 そこは小さな一室だ。
 ベッドと机を置くのがせいぜいの広さだが、破格の待遇でトイレとシャワーが付いている。シャワールームはカーテンで仕切るだけのものだから部屋の湿気を逃がすために、窓は常に開け放してあった。その窓枠に二つの愛らしい存在があることを確認する。

「クチャラ、テネドール」

 その名を呼んでやると、窓辺から軽やかに羽ばたいてこちらの肩にとまった。
 白文鳥のクチャラ。
 桜文鳥のテネドール。
 それぞれ短い鳴き声を上げて餌を催促した。
 机の上の小皿に粟を入れてやると、小さな風切り音を残して飛び立ち、さっそく粟をついばみ始める。
 文鳥とはスズメ目カエデチョウ科キンパラ属に分類される鳥だ。
 掌に収まるくらいの小さな鳥で、丸っこいフォルムをしている。
 桜文鳥は青灰色の羽衣が美しい鳥だ。額や後頸、尾羽の黒、腹部の薄いピンク色、嘴の鮮やかピンクが、背の深いグレーを際立たせている。
 白文鳥は名の通り全ての羽衣が白い。嘴は同じ鮮やかなピンク色で、巷で人気の砂糖菓子のような可憐さがある。
 人に良く慣れるので前世ではペットとして飼う人もいたようだ。鳥を崇拝する現世では勿論理由なく鳥を飼育することは認められていない。
 文鳥は種子食性で熱帯の気候を好むそうだ。
 ディノサリオ公国は海に面していて夏は温暖だが、冬に雪が積もるような地域だ。
 それなのにクチャラとテネドールは俺の側にいる。
 首都から離れた小さな村で暮らしている時から。
 俺には彼らの存在を何というか分かっていた。
 クチャラとテネドールは間違いなく俺の片割れなのだ。

 ドンドン!
 部屋の扉が叩かれる。

「セレノ!在室か!?」

 マーシュの声だ。隣室にも余裕で聞こえるだろう大声。

「部長から招集がかかったぞ!お前もすぐに来い!」

 マーシュは俺の返事も待たずそう言うと、そのままずかずかと廊下を進む音を響かせる。俺は二羽の鳥を急いで窓から外へ放つと、外套をひっかけてマーシュを追った。
 
 本日二度目の軍需部官舎である。
 ただし執務室は違う。
 重厚な机の向こうに座す人物——ホリドゥス・ウォーカーの部屋だ。
 如何にも軍人という厳めしい体格の初老の上官は、資材部の部長で、こう見えて一度も戦場に立ったことは無いという。しかし、工廠内での発言力は強く間違いなく俺の部の最高位の人物である。
 ホリドゥスは白いひげをひと撫ですると鋭い眼光を向けて来た。

「セレノ、ハリソン氏の今夜の滞在先を知っているか?」

 その名を聞いて体が大きく痙攣した。マーシュが不思議そうに聞いてくる。

「ハリソンとはどなたですか?」
「ガルシア領から我が国が招聘した技術者だよ。本格的な師団を招いて頂く為の視察として、このセレノが交渉してお連れしたんだが……」

 ホリドゥスが嫌そうに言葉を切った。マーシュはそれを気にも留めず「お前そんな仕事もしてたのか?」と俺に向き直ってくる。

「一月ほど工廠を去っていただろ。ハリソン氏のお迎えに上がっていたんだ」
「それって総務部の仕事じゃない?」
「ハリソン氏と言ったら、G5艇の開発に関わった人物だぞ!俺が行くに決まってる」
「なんだ飛行機のほうかよ。マニアめ」

 マーシュが呆れて言う。そこでホリドゥスが大きく咳ばらいをした。まずい、マーシュといるとすぐ和んでしまうんだが、ここは執務室だった。

「そのハリソン氏だが、大変困った嗜好をお持ちの御仁だ。今宵はクラメン邸に潜り込んだようだぞ!」

 ホリドゥスが今にも頭を抱えそうだ。俺も昼間に作った傷が再び痛んできたような気になる。一人、事態が分からないマーシュが頭を傾げた。

「困った嗜好って何です?」
「セレノ推薦のハリソン氏はな、人妻が大好物なんだ!毎夜毎夜、主人の留守する寝所に忍び込む技には感心するが、今夜はまずい。噂を察知したクラメン中佐が陸軍会議そっちのけで引き返したらしい」
「ひぇっ」

 思わず変な声が漏れる。クラメン夫人とハリソンの浮気現場に陸軍中佐が現れたら…ハリソンを害されても文句は言えない。海軍と陸軍に更に深い溝が、いやそれ以上に…

「下手したら外交問題だ。すぐにハリソン氏を引き取ってきなさい」
「はい」

 急いで踵を返すと、隣で同じような気配があるのに動きを止める。

「マーシュ、お前は残れ」
「え?一人でどうするっていうんだ。クラメン中佐が部隊を引き連れてるかもしれないぞ」
「お前の大声は隠密行動にむかねぇから邪魔なの」
「邪魔だと!?お前なんてカニ部隊に撃たれて終わりだぜ!」

 カニと言うのは公国の陸軍を揶揄したものだ。制服の色が赤いところから派生している。ちなみに海軍の制服は黒。こちらはナマズ部隊と呼ばれているらしい。
 言い合いをする俺たちにホリドゥスが小さく溜息を吐く。

「マーシュを連れて行け。お前は争い事は苦手だろう。連れて行けば弾除けにはなるぞ」
「なっ!」

 弾除け呼ばわりにマーシュが短く非難の声を上げる。俺は仕方なくその肩を叩いた。

「短銃を持って行けよ」
「俺の腕前を見せてやるかな」

 マーシュが嬉しそうに言うと、すかさずホリドゥスが反応する。

「絶対に事を荒立たせるなよ。一発でも打てば軍法会議で有罪になるか、私が解雇する」

 マーシュが固まる横で、今度は俺が溜息を吐いた。

「…一体どうしろと言うんですか」
「しっかりお前が面倒を見るんだな」と言うホリドゥスの目は本気だった。

 とにかく俺たちはハリソンの引き上げに向かわなければならない。執務室を辞した俺達の行動は迅速だった。
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