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CAPÍTULO1

Episodio6. 再会

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「私は高校三年生でクラスの委員長をしていました。ケラス様は小西大樹君でした。
 貴方も校章を知っているなら同じ高校の学生だったということかしら」
「はっ、え?」
 
 突然の展開に気の抜けた声が出た。必死にウィレイアの言葉を反芻する。
 小西大樹。懐かしい呼び方はじわじわと懐旧の情を催した。
 砂浜で小西が流木を持ってふざけて、その隣で委員長が手を振っている。
 制服、波浪に舞い上がる黒髪、白い脚。
 柔らかく記憶が蘇る。
 鼻の奥がつんとしてどうしようもなく口を開いた。

「委員長——十川琴実?」

 ウィレイアとケラスが目を見開く。

「それから、いつも長袖の小西大樹」

 続けてそう言うと、二人の顔があの頃の女子生徒のように輝いた。

「同高の同級生だったんですか!?」

 がばっ、とケラスが俺の手を両手で握る。普段は育ちの良さを感じるケラスだが、小西だと分かった途端、お調子ものに見えて来るから不思議だ。
 っていうか手が痛てぇよ。
 そう悪態をつきたいが、俺の顔も興奮して上気しているに違いなかった。

「またこうして集まれるなんて。
あまりにも学生生活が懐かしくて、このブローチを校章に似せて作らせたのよ」

 ウィレイアの目元もほんのり色づいていた。
さて、俺たちの妙な盛り上がりを見て周りの従者たちはどう思ったか。皆複雑な顔をしている。内容が分からないとしても、厳かな廊下の真ん中で、しかも婚約したばかりの令嬢が男と仲良くしているなんてほめられたものはではない。
 ウィレイアも気付いたようで、

「場所を替えて話しましょう」

 と言った。これには俺が恐縮する。

「いえ。中佐閣下とお約束だったのではないですか。詳しくは…」
 
 ケラスに伝えましょう、と言う前にウィレイアに遮られる。

「後程私の屋敷でお話頂けるのかしら?」
「まさか。婚儀前のご令嬢に無粋な噂を立てるわけにはいきませんので」
「平気よ。粗野な出自だと揶揄されるのは慣れているわ」

 ウィレイアが瞳に挑発的な色を浮かべる。
 この顔をよく見たことがある。前世でも、現世でもだ。

「…そんな風にご自分を貶めてはいけません」

 俺は少し声を落して言った。
 ウィレイアは懲りずに強い視線を俺に向けてくる。

「私は本当になんとも思っていないのよ。実の母を恥じて隠す必要などないわ。
 そして私達は友人でしょう?世間がなんと言おうと、たとえ結婚したとしても、私と貴方の関係が大切なものであることに変わりないのだから」

 彼女が強い口調で言った。
 
 俺達は確かに二十年来の知り合いだ。
 初めて会ったウィレイアはまだ五歳程の幼児だった。
 俺は職工訓練所へ入隊が決まった年で、時期遅れの雪の為に足止めをくらって動けないでいた。
 場所は首都から離れた小さな村の孤児院。
 ウィレイアは近くの落盤事故に巻き込まれて母親を亡くしていた。落石が彼女を乗せた馬車に直撃したらしい。 彼女以外に生存者はおらず、また父親の所在も不明ということで施設へ預けられたのだった。
 彼女の世話を任された俺は対応に困っていた。
 幼くても整った容姿や、艶やかな髪、手入れされた指を見れば、彼女がどこぞのお嬢様であることは明確だった。
 
 ———金持ちの相手なんてしたことねぇぞ。
 
 俺が育ったのはこの孤児院だった。
 十の時に両親は流行り病で逝ったのだ。ディノサリオ公国の外れにある俺の村は隣国のガルシア領に近く、通行口としての役割があった。人口も物資も豊かなガルシアからもたらされる物は金だけではなく、冬が長引いた所為もあって小さな村はその年、疫病に蝕まれたのだ。孤児院には俺のような子供がたくさんいて、身分の差異無くくっ付きあって眠ったのを覚えている。

 ———俺は十までの父さんと母さんの思い出がある。ローロという姓もある。
 
 裕福ではないが暖かい家庭だった。それを知っているというのはここでは幸せなことだ。
 そう自分に言い聞かせていた。
 キンギイやトリ達とも遊んでいるうちに寂しさを忘れられる時もあった。

 ———そうだ、キンギイ達も立派な貴族じゃないか。
 
 同じように接すれば良いんだ。そう気合を入れ直すもそもそも男と女では扱いが違う。その上引き合わされた少女は幼い令嬢とういより、童話に出て来るお姫様という方がぴったりな印象だった。

『ここにいる子供はみんな家族がないのですか』

 遅い昼食を与えていると、少女がぽつりと言った。ちいさな幼い声だった。
 子供と言うのはどんなに幼くても聡く理解するものだ。自分の時は十だったがその半分にも満たない彼女が発したその言葉が、質問ではないことは分かっていた。
 俺は震える小さな体を抱きしめた。

『俺は君の家族にはなれないけど、友達にはなれる。
 ここにいる皆が友人になってくれるよ』
 
 長い沈黙があった。しばらく俺の服を掴んでいた少女は顔を上げて言った。

『あなたは子供には見えないけど子供なの?』

 その声は泣いたように掠れていた。悲しみの淵へ落ちまいと懸命に堪えている姿は可愛そうで、それでいて生命力を感じた。

『俺は子供じゃないよ。今年で十六になるんだ。
 二年程ガルシアに出稼ぎに行ってたんだけど、今年から職工訓練所に行くことが決まって戻って来たんだよ。顔を出すだけのつもりが雪で足止めくらってんだけどね』
 
 俺は自分の身の上をペラペラと話し続けた。少女が不思議そうな顔で俺を見ている。少し落ち着いただろうかと思い、話を切る。

『俺はセレノっての。
 君の名前を教えてくれるか?』
『……ウィレイア』

 ウィレイアは幼い声ではっきりと名乗った。

『そうか。ウィレイア、仲良くしよう』

 俺は白銀の髪を撫でた。
 彼女が幸せになるように願って。
 これが俺たちの出会いだ。
 それから一月ほど孤児院で一緒に生活したが、雪解けとともに俺は首都オルテガへ出発し、ウィレイアは見つかった母親の親族の元へ行くことになった。首都で知ることとなったのだが、その親族とは、公国有数の高位貴族アブリル家で、母親というのは駆け落ちした当主の姉である人だったらしい。
 結局父親は分からずじまいだったが、ウィレイアは当主の養女となり大切に育てられたようだ。
 王都オルテガで再会したウィレイアは美しい令嬢に成長していた。
 その再会は俺にとって仄暗い出来事となったのだが、それ以来彼女は俺を慕う。
 孤児院で過ごした子供時代のように。
 恋を知った少女のように。

「私達は海軍病院への慰問を予定していました。先にそちらへ行きましょう」

 ウィレイアが付人達に指示を出した後、「貴方も付いて来てちょうだい」と、俺に向き直った。静かな湖面のような瞳に映し出される情熱。彼女のアンバランスな魅力を見せつけられても、俺ときたら、心の底に沈んだ昏い石を意識するばかりだった。
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