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笑う門には福来る、です

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「うう…っ…げぇ…っ…」
はしたないけれど、この気持ち悪さを我慢する事はできません。
只今私、絶賛嘔吐中でございます。
おかしいです。妊娠安定期に入っているのに、悪阻が全く終わりません。
寧ろどんどん症状が酷くなっているような気がします。
「セラフィナイト様、大丈夫ですか?」
バスルームに籠って嘔吐している私を心配する数名の気配を扉の前で感じます。
「セラフィナイト様?」
施錠された扉をコンコンと叩き、呼び掛け続けてくれているのは、私の実家プランツ侯爵家の専属医師であるマリア・ゲイル先生です。
彼女は私のお父様と同年代の女性医師で、若くして未亡人となった元男爵夫人です。亡くなったお母様の主治医でもあったマリア先生は、実家にいる時の私の専属医師でもありました。
この度、ナハト様に実家での里帰り出産を打診し、渋々ながらも承諾を頂き、里帰りしてから既に一ヶ月以上経過しております。
この世界では数少ない女性医師であるマリア先生が実家にいるからナハト様は渋々でも里帰りをお許し下さいましたが、その渋々が演技なのではないかと、ついつい疑って見てしまう私がおります。
毎日伝言魔法によるメッセージがナハト様から送られてきますが、一ヶ月以上経過しているのに一度も会いに来てくれた事はございません。
魔力甚大なナハト様は他国へ転移魔法を使って移動できるほどのお方なのです。隣国のモーント王国に移動するのなんて朝飯前なはずですのに、多忙を理由に来る気は無しです。
きっと、これ幸いと、薔薇の香りの女性との逢瀬を楽しんでいらっしゃるのだわ。
返す返すも、あの夜の自身の不甲斐なさが悔やまれてなりません。もっともっと搾り尽くそうと思っていたのに。それが出来ていたら、少しは逢瀬の邪魔ができたのに。
「…ぐっ…」
再び吐き気が強くなり、吐くものが無くなった胃から胃液が出てきて食道を焼きます。
いけません。戒めを忘れてはいけないわ。過ぎた悋気は身を滅ぼします。幸せを逃がしてしまいます。
気持ちの浮き沈みは、妊婦にはよくある事とマリア先生も言っていました。自分でも分かる程に思考がマイナスで、自ら不幸せに足を踏み入れている気がします。
「…赤ちゃん…大丈夫よ…大丈夫…」
ハッキリと分かる下腹の丸みに掌を充ててゆっくりと撫でながら呪文のように繰り返します。
お腹の中の存在が今の自分の不調の根源ではあるけれど、同時に最高の幸せを与えてくれています。前世も含めて初めての経験をしている今の幸せを私は感謝しなければなりません。
「あ…」
お腹の中で赤ちゃんが動いているのが分かります。触れている手にも振動が伝わってきます。
「ふふふ…」
不安定な気持ちを慰めてくれているかのように、お腹の赤ちゃんはよく動いてくれます。
ナハト様は、この赤ちゃんの成長を知りません。胎動を感じるようになったのは里帰りをしてからですから、ナハト様は知りようが無いのです。それはとても残念な事だと思います。いいえ、会いに来てさえくれたら、知ることができるのですから、この幸せを感じられないのは自業自得なのです。
ああ、どうしましょう。最近どんどん思考が悪役化しているような気がしています。
セラフィナイトは美人薄命を絵に描いたような儚くも清らかなイメージを抱いていたのですが、中身が私だからなのか儚くも清らかでもない、寧ろ病弱で手がかかり、嫉妬深い厄介な人になっているように思います。ああ、だからナハト様のお気持ちが早々に離れてしまったのですね。
「…んん?」
げぇげぇ吐きながらも、私はふとある事に気付きました。
何て事でしょう!
予定と全く違いますが、ナハト様にとっての幸せに関しては、私と離縁して薔薇の香りの女性と結婚なされば、設定を変えて違う幸せを手にする事ができるではないですか。
そもそものナハト様の不幸は溺愛していた妻を亡くす事から始まっているのです。
今のセラフィナイトは既に彼からの溺愛の対象ではなく、例え私がいなくなっても病む事が無いのです。
「まあ…なんて…うっかりなの…」
私は愛しい下腹の膨らみをゆっくりと撫でながら苦笑しました。
確かに、自分自身の幸せを考えるなら、ナハト様と生まれてくる赤ちゃんと共に穏やかで愛に溢れた人生を送る事が望ましいですが、真の幸せはナハト様が如何に幸福であるか、なのです。私の幸せは二の次なのです。ナハト様さえ幸せなら、私は幸せな
のです。例えナハト様が私の傍にいなくとも。
「…そうよね、赤ちゃん?大丈夫です、お母様がお父様の分も貴女を愛しますから…」
セラフィナイトが夫であるシルフィード公爵と離縁しても、今既にお腹にフローライトが宿っているのですから、何も不都合は無いはずです。
そもそもこの世界はゲームが始まる前の時間軸で、既に設定にズレが生じているのです。馬鹿正直にシルフィード公爵夫人としてフローライトを世に送り出し、設定に沿う必要はないのです。ゲームが始まらなくても、私には関係ありませんし、寧ろゲームが正しく始まらない方がナハト様にとっても良い筈なのです。
「こうしてはいられません…っ」
私はヨロヨロと洗面台から身を起こし、お口をゆすいで顔を洗いました。ふらつく足を叱咤し、壁に手を突きながら扉へ向かいます。
「セラ!」
「お、お兄様?」
扉を開けて直ぐに目に飛び込んできたのは私の兄であるグリュン・プランツ小侯爵です。優秀な次期プランツ侯爵家の後継者にして、モーント王国の王立植物研究所で働く魔法薬師をしている二足のわらじ予備軍です。
私の周りにいる方々は皆様優秀で、尚且つ働き者ですね。私だけが何の生産性もない穀潰しです。ああ、いけません、また思考がマイナスです。笑顔よセラフィナイト。笑う門には福来るです。
「可哀想に、セラ、こんなにやつれてしまって」
お兄様は辛そうにお顔を歪めながらも、私を横抱きにしてしまいます。
私と違ってお兄様は至って健康な美丈夫です。私と同じ軽めの髪質をしていますが、色味は濃い金です。瞳も同じ緑ですが、やはりお兄様の方が色味が濃いです。この違いは生命力の違いでしょうか?
お兄様はゲームのヒーロー候補の一人であるグリューン侯爵令息の父親としてゲームに登場するモブですが、やはりヒーローの父親ですからハイスペックですね。知的で柔らかな美貌の次期侯爵当主ですから、社交界でも絶大な人気を誇り、結婚市場の勝ち組にいる人なのですが、未だに婚約者がいらっしゃいません。何故なら、重度のシスコンだからです。つまり、お兄様は、妹を溺愛し過ぎているのです。
「お兄様…」
抱き上げられ、寝台に運ばれながら、お兄様から香るナハト様とは違う香りに私は切なくなりました。あの芳しいシトラスの中にインクと紙の知的な香りが絶妙にブレンドされた、ナハト様の香りが恋しいです。
ナハト様…お会いしたいです。寂しいです。恋しいです。
「セラ…っ?」
泣くつもりはありませんでしたが、涙が溢れて止まりません。鼻がつんとして目蓋が熱を持ち、喉が苦しいです。
「お…兄…様…っ」
「セラ、悪阻が辛いのか?ああ…代われるものなら、代わってやりたいよ」
お兄様は辛そうに私の髪を撫で、拳を握る私の手を優しく大きな掌で包んで下さいました。
「お兄様…お願いがございます」
「うん、なんだい?何でも言いなさい」
優しい優しいお兄様の声に力を貰い、私は震える口を開きました。
「…ナハト様と離縁したいのです。お力をお貸し下さい」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、今のお兄様のような顔なのでしょうか。
「ナハト様の…お幸せのためなのです…」
「ちょ、ちょっと待って…聞き間違いじゃないよね?今、ナハトと別れたいって言ったのかい?」
いつもゆったりと穏やかなお兄様ですが、内容が内容なせいかいつもより早口です。
「…はい」
「理由は?」
「…それは…」
私は口を開いては閉じを繰り返しました。どう説明すれば納得して頂けるのでしょうか。理由を端的に説明するならばナハト様の不貞が我慢ならないので離縁したいと云う、私の我が儘です。
一夫多妻が認められているゾンネ王国では、妻が夫の不貞を理由に離縁を申し立てる事は一般的でもありませんし、寧ろ淑女の嗜みが欠けていると思われる行為です。
「ナハト様には、別のお相手がいらっしゃいます」
「…はぁ?」
ナハト様の私への溺愛っぷりを間近に見てきたお兄様にとっては信じ難い事なのでしょう。まさか、と云う思いが溢れた顔で私の事をまじまじと見た後、全てを包み込むような優しい眼差しで私に微笑みを向けて下さいました。
魔法薬師であるお兄様の指先は薬草の色素が移り微かな緑色で、剣を握る事もあるナハト様の手よりも薄くしなやかです。その手が私の頭を撫でて下さいました。何度も何度も、優しいリズムで撫でられていると、張り詰めた心が解れて行きました。
「…大丈夫だよ、セラ。何の心配もいらない。お兄様に任せておきなさい」
子守唄のようなお兄様の優しい言葉に、最近不眠気味だった私は目蓋が重くなり、いつの間にか意識を手離していました。
何度も意識は浮き沈みし、浅い眠りと深い眠りを繰り返した私が目を覚ましたのは、窓から見える鮮やかなオレンジ色が印象的な夕刻のようでした。確か、洗面所から出てお兄様に寝台へ運ばれたのが同じような時刻だった気がしますので、恐らく今は翌日の夕刻なのだと思います。
まぁ、随分と寝入ってしまったようですね。
身を起こす事なく、暫くじっとその色の移り変わりに魅入ってしまいました。
オレンジから朱色になり、紫や紺に移るそのグラデーションに、何故か瞳が潤みます。
寝台の上で過ごす事が多かった私のために、私の部屋は寝台から窓を通して外が見えやすくなるように考慮された造りになっています。他の部屋より窓が大きくて数が多いのです。
お父様とお兄様が私のために考えて改装して下さった守られた部屋で、私は生きる苦しみや喜びを感じて育ちました。
外に出られなかった私の世界は狭く、その幸せは他の方々にしたら小さく些細なモノだったのかもしれませんが、私にとっては大切な宝物でした。
「…ナハト様」
お兄様が出逢わせて下さったナハト様と云う唯一無二の存在を知った時、私の狭い世界が拡がり、喜びも苦しみもまた倍増しました。
前世を思い出した今の私にとって、それさえもまた尊い宝物となりました。
生きると云う事は、喜びと苦しみを知ると云う事。生きているからこそ、それを感じる事ができるのです。
「…だから、笑うのよ、セラフィナイト…」
苦しくても笑っていれば、それがいずれ幸せに繋がる筈だから。
「ふふふ…そうね、頑張るわ」
寝台で横になっている私のお腹の中で、まるで私を慰めてくれているかのように、赤ちゃんが優しく内側から私のお腹を撫でてくれたように感じました。
笑いながらも、瞳からは涙が流れます。
「ナハト様…」
ナハト様から与えられる苦しみなら、私は根性でそれを喜びに変えてみせますわ。
伊達に前世の記憶を取り戻したわけではありません。前世と今世を合わせれば、それなりの年齢である私は新生セラフィナイトです。
ゆっくりと身を起こし、寝台の横に設置されているサイドテーブルの上に置かれたベルに、私は手を伸ばしました。侍女のセーラを呼ぶために伸ばされた手は、けれどもベルに届く事はありませんでした。
突如寝室の空間が撓み、金属同士がぶつかり合ったような耳障りな音が幾度も鳴り響きました。空気の振動が起こって家具や物が浮遊したり飛ばされたりして、部屋の中はまるでポルターガイスト現象が起こっているようでした。
「……セラフィナイト!」
撓んだ空間から眩い光が放たれた後、愛しいナハト様の怒声と共に、その尊いお姿が現れたのです。
「…っ?」
突然の事に、私は淑女失格とは分かっておりますが、間抜けにも口をあんぐりと開けてナハト様を凝視していまいました。
「説明してもらおう!これは何だ!」
初めて拝見するナハト様の激怒ぶりです。
ナハト様が寝台の脇に立ち、握り締められてぐちゃぐちゃになった紙を私に突き付けられました。
「…あの…」
紙はぐちゃぐちゃ過ぎてよく読み取れませんが、恐らく筆跡からグリュンお兄様からナハト様に宛てたお手紙のようでした。
所々読み取れた内容を繋げてみると、お兄様はどうやらナハト様に私がナハト様と離縁したいと言っているから応じるように、と云うなんとも上からな物言いの内容でした。お兄様…、何故このようなやり方を選んだのですか?
「離縁したいと言ったのは本当か?」
ナハト様はお手紙を突き付けたまま、早口に問われました。
確かにそのように言いましたが、それをナハト様に直接言う事は私の口が拒否しました。困りました。頭は言わなければと思うのに、体は正直にも拒否するのです。
「セラフィナイト」
ナハト様は鋭い眼差しで私を見下ろしてきます。鋭くても美しいナハト様の瞳の色に、私の恋心が疼きます。ああ、困りました。瞳がまた勝手に潤んできました。駄目よセラフィナイト。ここで泣いたら女が廃ります。笑うのよ、セラフィナイト。
「…セラ」
泣く事も笑う事も肯定の言葉さえも言えずに黙りこむ私を見たナハト様は、怒りを抑えるためか、深い溜め息をお吐きになりました。握っていた紙をベッドサイドのテーブルに置くと、私の頬にそっと手を添えられましたが、その時微かに香った薔薇の香りに、私は反射的にその手を叩き落としていました。
「セラ…っ?」
「他の方に触れた手で私に触れないで下さい!」
「…他の方?」
私に叩き落とされた右手に一度視線を向けた後、困惑気味にナハト様は私を見つめました。
「もうずっと、ナハト様から甘い薔薇の香りがしているのです。私は、他の女性とナハト様を共有する事など出来ません!」
「…あ」
私の叫びに、ナハト様はハッとしたお顔をなさいました。やはり私の勘は間違っていなかったようです。確信したら、急激に感情が高ぶってきました。心臓の音がうるさいくらいです。
「…っ」
ズクンと、嫌な痛みを感じて私は息を詰めました。
「セラ!」
ナハト様が敏感に私の状態に気付かれました。上着の内ポケットから素早く薬を取り出すと、些か強引に私を抱き寄せて口移しで薬を飲み込まされました。
久しぶりに重なるナハト様の薄くて、柔らかな唇の感触に、耐えていた涙腺が崩壊しました。
「セラ…セラ、貴女だけだ…っ…」
「ん…っ…あ、はぁ…っ…」
拒みたいのに拒めない私は、泣きながらナハト様の余裕のない口付けに翻弄されました。
ナハト様の熱い舌が私の舌に絡み付き、擦りあげ、音を立てて吸いつかれて、脊髄に何度も稲妻のような快感が走り抜けます。
吸われ過ぎて痺れた舌がだらしなく唇の外に出た状態の私の口全体をナハト様は歯で甘噛され、私の腰に覚えのある熱が生まれては爆ぜを繰り返し、自分の力で体を起こしておけなくなってしまいました。
ナハト様は力の抜けた私の体を抱き寄せ、ご自分の体に凭れさせながら再び重い溜め息を吐き出されました。
「…すまなかった」
苦し気なナハト様の謝罪の言葉に、いよいよお別れを言い渡されるのだと、思わず目を瞑って身構えてしまいました。
「まさか、セラに不貞を疑われているとは思わなかった…。それも全ては私が未熟であったからだな…本当に申し訳なかった」
「…え…?」
どうも、お話しの運びかたが、お別れの言葉とは違うように感じます。
「今直ぐに誤解を解きたいが、いくら私の部下でも貴女を会わせたくないんだ。貴女を見た瞬間、彼は貴女に惹かれてしまうだろうから」
んん?部下?彼?どういう事なのでしょうか。
「…実は…恥ずかしい話だが、セラが懐妊して暫くは我慢出来てはいたんだ。だが、セラが傍にいるだけで、その…下半身が反応するようになってしまって…安定期に入るまでは閨も控えなければならないと分かってはいても…悪阻で苦しんでいる貴女を前にしてさえ、何度も貴女を組強いて強引に抱いてしまいたくなったか知れない…」
んんん?ちょっと待って下さい、ナハト様。それって、まさか、じゃあ、私に触れなくなったのも、避けるように物理的に距離を取られるようになったのも、全てはナハト様の情熱的な下半身が招いた事なのですか?まぁ、何て事でしょう。ナハト様が悩んでいらしたのに気付かずにいたなんて、不覚でございます。
「ナハト様…」
私は抱き寄せられた状態のまま、ナハト様の腕の中で彼の美しいご尊顔を仰ぎ見ました。
ナハト様は困ったように微笑み、そっと私の唇に唇を重ねて下さいました。ちゅっと、可愛らしい音を立てて下唇を吸った後、唇を離してまた苦笑をお顔に浮かべられました。
「薔薇の香りと云うのは、恐らくその新しく雇った私の部下である補佐官からの移り香なのだと思う。彼は子爵家の三男なのだが、彼の実家の領地は薔薇が特産で、それを使って様々な物を作っているそうだ。その中に薔薇の香水もあり、彼は、商品の紹介のために実際に自分で使用したり、他の者に使用したりしていて…私から香るのはそれのせいなのだと思うが…しかし、その、不貞を疑われる程香るのだろうか…」
ナハト様はご自分の腕を鼻先に近付け、スンと吸う仕草をなさいました。
「…あ」
もしかしたら、悪阻のせいで匂いに敏感になっていたから、微かな香りに気が付いてしまったのかもしれません。むむむ…悪阻、恐るべし。危うく、ナハト様とのラブラブライフを自ら壊してしまうところでした。
それにしても、新しく補佐官をお雇いになったとは存じ上げませんでした。
「…補佐官はいつからお雇いになったのですか?」
私の問いに、ナハト様は気まずそうに笑いました。
「結婚式が終わって直ぐだ。セラは暫く体調を崩していただろ?この先、財務大臣の職務中にセラが体調を崩して直ぐに駆けつけられないなどと云った事がないように、私がいなくとも仕事が回るようにしたくて、一から人材を登用して育てているんだ」
それは。もしや、初夜で私が寝込んでしまった事が原因ですね。
「シルフィード公爵家の当主でいる限り、財務大臣職を辞するわけには行かない…だが、私にとってセラフィナイトよりも大切な事などないのだよ。仕事が中心の現在の状態は私の本意ではない。だから、私の代わりになる人材を育てて、セラと過ごす時間の確保のために動いていたところだったのだが…」
ああ…、申し訳ございません、私が邪魔をしてしまったのですね。
「…グリュン、あいつの妨害が思いの外強力で、駆け付けるのに手間取ってしまった。本当にすまなかった」
んん?妨害?お兄様の?どういう事なのでしょう。
「あの…?」
お二人は親友同士なのではなかったのですか?
疑問だらけのナハト様の言葉に、どのように質問を投げようかと考えている時に、再び先ほどのように空気が振動して、耳障りな音が何度も鳴り響きました。
「…っ」
反射的に恐怖を感じて身を強張らせた私に気付いたナハト様は、私の体を優しく抱き締め直して下さいました。
この現象は何なのでしょうか?
「心配ない。グリュンが私が張った結界を壊そうと奮闘しているだけだから」
「結界、ですか?」
「やられたら、やり返さなければね。私がグリュンの結界を壊すのに掛かった時間は半日だ。あいつにも壊すのに同じ時間だけ掛かる程度の結界を張ったから、もう暫くこうして二人きりでいられる」
まさか、私の部屋に結界が張られていたとはついぞ気付かずにおりました。
「…何故お兄様は結界なんて」
「手紙を読んだら、私が飛んでくると分かっていたからだな。まぁ、グリュンの気持ちも分からないではない。私達の関係をグリュンはずっと渋々認めていたところに、私が約束を反故にしたから立腹しているのだろう」
何と!お兄様は渋々、認めて下さっていたのですか?それに、約束とは何なのでしょうか。
「実は…、グリュンだけではなく、お義父様からも、子作りは少なくとも三年間は控えるように約束させられていたんだ」
「え……っ」
ナハト様の衝撃の言葉に、私、思わず絶句してしまいました。
つまり、子作り禁止って事よね?三年間夫婦の間に子供が出来なければ離縁も可能な、そのような約束をさせるなんて、一体どういうつもりでしたの?
「二人のセラへの愛情がとてつもなく深い事は理解していたし、いくら成人したとは云え十五歳で身籠らせるのは、私としても心配していたから、建前上は承諾したんだ」
建前上。ああ、だから、初夜の時に謝罪されながら私を抱いて下さったのですね。
まさか、ナハト様とセラフィナイトの婚姻にそのような裏事情があったとは、全く知らなかったです。なるほど、そういった背景があってのヤンデレだったわけですね。
「ナハト様、お父様やお兄様の仰る事は気になさらないで下さいね。ナハト様が抱いて下さらなかったら、私、寂しくて死んでしまいます」
ナハト様の首に両腕を回し、お膝の上に私は、はしたなくも跨がって座り直しました。
前に出っ張ったお腹が、ナハト様の引き締まった腹部に密着します。
お腹の中でウゴウゴと動く赤ちゃんに気付いたナハト様は、珍しくも驚いたお顔をなさってお腹の膨らみに視線を落としました。
「…そうか…、そうだな…もう動く時期だ…」
なんとも云えない複雑な瞳の色で、私の腹部を見つめるナハト様の胸中を思うと切なくなります。
家族愛に恵まれなかったナハト様にとって、お腹の中の子は、ナハト様にとって初めての本当に血を分けた家族です。
「セラ…大変な時に傍にいてやれず、すまなかった」
ナハト様は私の目に視線を合わせ、真摯に謝罪して下さいました。私の背中を支えている手がお腹を撫でたくてソワソワとしているのが分かります。
「ナハト様…どうぞ、撫でて下さいな。とても優しくて、元気な子なのです」
私の言葉にナハト様は可愛らしくはにかみながら、そっと膨らみに手を這わせて優しく微笑まれました。何と云う神々しくも慈愛に満ちた美しさなのでしょうか。ああ、困りました。こんなに清らかなナハト様なのに、私の恋心は邪な色に染まっております。
久しぶりのナハト様の体に、私の体は発情しているかのように火照り、お腹の奥が切なく泣いております。既に安定期に入ってはいますが、流石にこのような状態で体を繋げるわけにもいきません。
「…っ…セラ…っ」
ナハト様が困った顔で私を見ます。
それもその筈、私の腰は無意識に揺れてナハト様の男性を衣服の上から刺激してしまっていたのです。
「ナハト様…」
私はナハト様の唇にそっと唇を重ね、伺うように彼の瞳を見つめました。このまま、心のままに最後の夜のようにナハト様を味わうか、それとも大人しくこの優しい抱擁を堪能するのか、ナハト様はどちらを望んでいらっしゃるのかを見極めるために。
「セラ…」
ナハト様がもどかしげに眉を寄せ、私の唇の間に舌を伸ばし、官能的な動きで下唇と上唇を舐めて下さいました。舐められた瞬間に走った腰から脊髄を通った稲妻のような痺れの甘美な感覚に、私のやる気スイッチがオンになりました。
ナハト様を押し倒そうと肩に手を置いた瞬間、私の視界が反転いたしました。
あら?あらら?あの、ナハト様?
「セラ…あの夜の貴女も素晴らしかった。まさか、貴女が私をこの可愛らしい口で愛してくれるとは思っていなかったよ」
ナハト様は私の唇を舌で撫でながら、私の手をそっとナハト様の男性に触れさせました。衣服の上からでも分かる程、既にナハト様の男性は熱く脈打っています。私は我慢出来ずにナハト様の男性を撫で擦り、ナハト様の舌に自ら舌を絡ませて吸い付きました。あの夜の動きを真似るように、淫らにナハト様の舌を男性に見立てて擦り上げます。
「ああ…セラ…」
ぐちゅぐちゅ、ぴちゃぴちゃと、はしたない音が鼓膜を擽ります。ナハト様の男性をまた味わいたくて、私は何度も唾液を嚥下します。
「困ったね、セラ…そんなに淫らに誘われたら、我慢が出来なくなりそうだ」
「我慢なさらないで…お願いです…欲しいの、ナハト様のこれが…」
あの苦くて独特の味がするミルクが欲しくて、私はナハト様のスラックスのボタンを外し、ナハト様の男性を空気に触れさせました。
「悪い子だね、セラは」
ナハト様は淫らに微笑まれ、一度私から身を離されてしまいました。手にしていた熱を失い、私は泣きそうになりました。
「セラ」
「あ!」
ナハト様は私の顔を跨ぐように覆い被さり、ナハト様のお顔は私の下半身の真上にくるような体位になっておりました。
まさか、これは!
「セラ…愛してるよ」
ナハト様は私の寝間着を捲り上げ、私の潤んだ花園に躊躇も無く口を落とされました。いつほどいたのか分からない私の紐パンツは何処に行ったのか、既に空気に触れた花園はナハト様の熱い舌と指で淫らに優しく愛されておりました。まさに電光石火です。ナハト様、流石です。
「あ…っ…ん、あ、あ、駄目、そこは…っ」
赤ちゃんが心配なのか、深くは入って来ない指と舌が、花園の入り口を丹念にそして的確に愛して下さいます。入り口の小さな芽を強く舌で舐められ、私の腰がガクガクと痙攣いたします。ああ、駄目です、このままでは私一人で果ててしまいます。
「…ん」
私は歯を立てないようにナハト様の大きな男性の先端に吸い付き、既に分泌された粘った透明なミルクを味わいます。ああ…美味しいです。
私達は、互いの秘所を味わいながら、何度も極みに達しました。
どちらが六でどちらが九かは分かりませんが、初めての体位は私達に沢山の笑顔をもたらしてくれました。
笑う門には、福来る…六九、来る?あら、少し語呂が怪しいかしら。うふふふ。そういう時も笑っていれば、それで良いのです。
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